【1427】 黒薔薇と遊ぼう!  (翠 2006-05-01 15:38:28)


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可南子さんとお喋りしながら、いつものように薔薇の館にやって来ました。
二階に上がって、扉を開いて、
「ごきげんよう……、あら?」
部屋に入ろうとして気が付いたのは、椅子に座って眠っているお姉さまの姿。
「どうしたの?」
すぐに部屋に入ろうとしない私に可南子さんが訝しげに尋ねてこられます。
「いえ、お姉さまが……」
「祐巳さま?」
そっと音を立てないように二人でお姉さまに近付きます。
しばらく観察してみますが、どうやら完全に眠っている様子。
とりあえず、お姉さまの隣の席に私達は腰を下ろしました。
「よく眠っているようですね」
天使のような寝顔のお姉さまを眺めながら可南子さんが言います。
と、その時、お姉さまが少し体を動かしました。
「とう……すき」
「まぁ、聞きまして可南子さん?」
私の夢でも見ているのでしょうか?
「ふふ、良かったわね瞳子さん」
微笑を浮かべながら可南子さんがそう言います。
直後にお姉さまが呟きました。
「豆腐大好き」
「……」
スパーン!
鞄から取り出したハリセンで思い切りお姉さまの頭を叩きました。
「と、瞳子さん!?」
可南子さんが慌てています。
「大丈夫です。お姉さまは完全に眠ると、これくらいでは目を覚ましません」
「そ、そうなの?って、そうではなくて。それは何?」
私の持つハリセンを指差して尋ねてくる可南子さん。
「こんな事もあろうかと作っておいた瞳子特製のハリセンです」
「……」
どうしました可南子さん?変な顔して?
と、その時、再びお姉さまの寝言。
「よし……の」
黄薔薇さまの夢?
「よして志摩子さん、みんなが見てるの」
「いったいどんな夢を見ているのか気になるわね。あと、寝言が長いです」
可南子さんが呆れた表情を浮かべながらお姉さまを見ています。
「かな……」
私と可南子さんが顔を見合わせました。
『きっと、可南子さんですわ』
『そ、そうですか?なんだか照れますね』
「カナダ」
可南子さんが私に手を伸ばしてきました。
私はハリセンを渡しました。
スパーン!
軽やかな音が部屋に響き渡ります。
可南子さんのとても晴れた笑顔が印象的ですわ。
それにしても、カナダですか。今年はお姉さまと。そして……、ふふふふふ。
「かな……」
「また同じ?」
「金縛り」
可南縛り?可南子さんを縛るんですの?
瞳子、以前からそちらの方にも少し興味がありましたの。
それにしてもお姉さま、いつそんな新たな素敵スキルを身に付けられたのですか?
「瞳子さん、落ち着いて。金縛りだから」
「え?……ええ!?も、申し訳ありません。私とした事が……」
思わず熱くなった頬を押さえます。
「もうなな……さす……ね」
「今度は菜々さんでしょう」
「そうでしょうね」
可南子さんも頷きます。
「もう七回目よ、さすが瞳子は変態ね」
無言で可南子さんに向かって手を差し出すと、その手の上にハリセンが乗せられました。
ぐっと力を込めてそれを握って振り上げ、思いっきり大きく振り下ろします。
スパーン!
「まったく!」
スパーン!
「どうして!」
スパーン!
「お姉さまは!」
スパーン!
「そんな事ばかり!」
スパーン!
「仰るんですかっ!」
スパーン!
「このっ!」
スパーン!
「このっ!」
スパーン!
「このっ!」
スパーン!
「このっ!」
スパーン!
「バカーーーー!!」
ふぅ、スッキリしましたわ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
清々しい気分で、乱れた呼吸を整えます。
「瞳子さん、相当ストレスが溜まっていたのね」
可南子さんが呆気に取られた表情で呟いています。
色々とあるんです。
「のりこちゃん」
まだ続くのですか?
私はお姉さまを睨みます。
可南子さんもお姉さまを眺めています。
今度こそ、間違いなく乃梨子さんです。
「すき」
「……」
「……」
鞄の中からある物を探そうとしたのですけれど、持ってない事に気が付きました。
すると、可南子さんが自分の鞄からそれを取り出して、私に渡してきました。
それを受け取ると、キャップを外して、お姉さまの頬に猫ヒゲを描いて差し上げます。
描き終わり、可南子さんにマジックペンを返しました。
「どうです?」
「やりますね、瞳子さん」
二人で笑いあっていると、お姉さまが呟きました。
「……焼きは美味しいね」
「さ、さっきまでとパターンが違いますわっ!!」
「ど、ど、ど、どうしましょう!?」
どうしましょうって……。
二人で動きを止めて、お姉さまの頬に描いた猫ヒゲを見つめます。
もしこれがバレたら……?
『死』へと繋がるイメージしか湧きません。
「と、とにかく、なんとしても消さなければなりませんわ」
何故こんな恐ろしい事をしでかしてしまったのやら……、勢いとは恐ろしいものです。
ハンカチを取り出し、消そうとしますが消えません。
というか、まだ乾いてないところが伸びて、
「お、お姉さまの頬が真っ黒に……」
「こ、こちらもです……」
『眠っているうちに逃げます?』
『そうしましょう』
絶妙なアイコンタクトで一瞬で会話を終了して、鞄と荷物を片付け、素早く椅子から立ち上がります。
そそくさと扉に向かい、開けたところで、
「どこに行くの?」
と、お姉さまの声。
『起きたーーーー!』
私たちはその場で固まりました。
隣の可南子さんを見ると、心なしか青褪めています。
というか、真っ青です。
ここは、私がなんとかしなくては……。
覚悟を決めて、ゆっくりとお姉さまの方へと振り返ります。
どうか、体が震えている事にお姉さまが気付きませんように……。
「私たち、少し用事を思い出しまして」
「用事?」
頬を真っ黒に染めたお姉さまが、私たちの心中を探るように観察しています。
「逃げようとしているように見えるけど?」
す、鋭い……。
「何か後ろめたいことでもあるようね」
バレた!?
思った瞬間、お姉さまが目を細めました。
しまった……!私の反応を見るのが本命ですかっ!
「瞳子、可南子、二人ともこっちに来なさい」
私の隣で可南子さんがぎこちなく首を左右に振ります。
「よ、用事が……」
もうムリですわ。
諦めましょう可南子さん……。
「来なさい」
逆らえませんもの。
「……はぃ」





「あま〜いミルクティーを淹れましたわ。お姉さま、どうぞ」
少し手が震えていますが、中身を零してしまうほどの震えではありません。
現在、まだなんとかお姉さまを誤魔化せています。
お姉さまから学んだモノが、まさかこんな風に役立つとは思いませんでした。
ですが、時間の問題です。
もう少しすれば皆様が来てしまいます……。
と、
ギシ。
微かに聞こえた階段の軋む音。
この音は……、黄薔薇さまと菜々さん!
視線を飛ばすと、可南子さんがそれを受け止めて頷きました。
不意打ちすれば、私たちでも黄薔薇さまを沈める事が出来ます。
扉の前に可南子さんが近寄りました。
「ごきげんようっ…………」
扉が開けて黄薔薇さまが入ってきた瞬間、可南子さんの右手が霞みました。
挨拶の途中で、黄薔薇さまがくの字になって可南子さんにもたれかかります。
見事な技ですわ。
「黄薔薇さま、どうなさいました?え?気分が悪い?それは大変です。今日はお休みになって下さい」
可南子さんが早口で捲くし立てて、ぐったりしている黄薔薇さまを菜々さんに任せます。
「え?え?え?」
菜々さんは状況が分かっていないようです。
ですが、こちらもそれに何時までも構っている暇はありません。
「ほら、早く黄薔薇さまを連れて帰って下さい」
「でも……」
「いいから帰れ」
可南子さんが菜々さんを物凄い形相で睨むと、菜々さんはあっさりと引き下がります。
「わ、わかりました。それではごきげんよう」
菜々さんは愛想笑いを浮かべて、黄薔薇さまを支えながら去って行きました。
『さすがですわ』
『いえ、このくらい大した事ではないです』
「可南子。なぜ由乃さんを気絶させたの?」
ドキーーーン!
心拍が跳ね上がりました。
「な、なんの事ですか祐巳さま?」
「お、お姉さまったら疲れているのではありませんか?」
お姉さまからは見えないように、私が死角を作っていたのに何故アレが見えたのでしょうか?
「ねぇ、さっきから何を隠しているの?怒ったりしないから言ってよ」
怒るどころか殺されますわ。
私はお姉さまの首に両腕を絡ませます。
「もう、お姉さまったら、そんなに私たちが信用できませんの?」
お姉さまの耳元で甘え声で囁いて考えます。
このままお姉さまの首を捻ったら、なんとかなるでしょうか?
……ムリですわね。
捻る前に私がどうにかされてしまう。
お、恐ろしい……。
「瞳子」
「は、はい?」
しまった!心を読まれた!?
「紅茶をお願いできる?」
「え?ええ」
ほっと胸を撫で下ろします。
お姉さまの首から両腕を離して、紅茶を淹れる準備をしていると、再び階段の軋む音。
白薔薇さまと乃梨子さん!
しまった!
可南子さんだけではマズイです。
ピーーーーンチですわっ!!
そう思っていると、可南子さんが扉から外へと出て行かれました。
なるほど!
その手がありましたか!
三十秒ほどして、可南子さんが白薔薇さま方を連れて、
何事もなかったかのように部屋へと入ってきました。
「ふふふ、ごきげんよう祐巳さん」
白薔薇さまが素晴らしく機嫌のいい笑顔で挨拶。
「ご、ごきげんよう、祐巳さま……」
恐ろしいモノを見るような目で乃梨子さんが挨拶。
「どうしたの乃梨子ちゃん?私の顔に何か付いてる?」
ひぃぃ!
ぽ、ポーカーフェイスですわっ!
私と可南子さんの命に関わる事なんですよ!?
可南子さんも乃梨子さんを凝視しています。
「い、いえ」
乃梨子さんは視線を逸らさずに続けました。
助かりました。
もし、視線を逸らしていたら終わっていました。
しかし、可南子さんもやりますわね。
白薔薇さま相手に黄薔薇さまに使った手は通用しませんもの。
まさか、白薔薇さま方を懐柔するとは思いませんでした。
白薔薇さまがお姉さまと張り合っている事が幸いしましたわ。
「ふふ、祐巳さん。今日はとても楽しいわね」
「何が?」
や、やめて下さい白薔薇さまっ!
「ふふ、なんでもないわ」
ニヤニヤ笑っている白薔薇さま。
怪訝な表情を浮かべて、何かを探るようにお姉さまが白薔薇さまを見ています。
し、心臓に悪いです……。
しかし、お姉さまの顔のアレはどうすればいいのでしょうか?
躓いたフリをして紅茶を頭からかけて、拭く時に一緒に……。
それで汚れが取れるのならいいのですが、取れなかったら意味がありません。
そもそも、お姉さまにそんな事した時点で、私がどんな目に合うかわかりません。
この案はやめておきましょう。
「瞳子」
「あ、はい、なんでしょう?」
一瞬だけドキッとしましたが、もう元通りです。
どうです?私のこの技能。
これもお姉さまとの付き合いで得たモノです。
「頼んだ紅茶はまだなのかしら?」
そんなこと、すっかり忘れてましたわっ!
慌ててカップに紅茶を淹れて、お姉さまに持っていきます。
少し、ぬるくなってしまっていますが、……この際、仕方ありません。
淹れ直している間に白薔薇さまが余計な事をしでかすかもしれませんし。
「どうぞ」
お姉さまの前に紅茶を差し出します。
ぬるくなっている事を変に思われたらどうしましょう……。
「ありがとう」
そう言ってお姉さまは持っていた鏡を机の上に置き、カップに手を伸ばしました。
ドキドキしながら見守ります。
お姉さまは一口だけ飲んで、
「少しぬるくなってるけど美味しいわ」
と仰いました。
心の中でほっと一息。
どうやら、なんとも思わなかったようです。
しかし、どうしたらいいのでしょう?
この場をうまく切り抜けられたとしても、お姉さまがこのまま帰宅してしまえばそこで終わりです。
本当になんとかしなければ……。
帰る迄になんとか出来ないものでしょうか?
やはり紅茶を頭から……。
いえ、それはマズイんですってば。
もう、いっそのこと、正直に話して土下座でもして謝ったほうがいいような気がしてきましたわ。
それにしても、先程から皆さん、やけに大人しいですわね。
白薔薇さまなど、もう少しお姉さまに絡むかと思っていたのですが……。
なにかあったのでしょうか?
でも、お姉さまは普通に紅茶を飲んでいますし。
……そこでふと、他の方々の浮かべている表情に気付きました。
乃梨子さんは、なんだか愛想笑いしたまま固まっているように見えます。
白薔薇さまは笑顔が引き攣っています。
可南子さんは……、なんだか魂が抜けてるような……?
もう一度、お姉さまに視線を向けてみましたが、やはりお姉さまに変わりはありません。
そう思いながらお姉さまから視線を外した時に、私は机の上のそれに気付いてしまいました。
鏡――!?
「ぎゃわーーーー!!」
あまりの衝撃に、叫びながらその場から一目散に扉に向かいます。
扉を開いた所で、何かに掴まれて前に進めなくなりました。
「どこへ行く気?」
ジタバタしている私の首根っこを掴んだお姉さまがそう仰います。
私は涙を浮かべて、子供がイヤイヤするように首を振りました。
「まぁ、いいから部屋に戻りなさい、ね?」
「いやぁ…………」
パタム。
無情にも扉が閉じられました。





正直、何があったかは、思い出したくもありません。

「なかなかいいわね、それ」
「くっ……」
私の頭の上では、左右の縦ロールが一つの縦ロールになって天に向かって伸びています。
く、屈辱ですわ……。
泣きたくないのに涙が零れて……。

「可南子。面白いわね、それ」
「……」
頭の頂点から伸びた髪が四方八方に垂れ下がっています。
なんというか……、まるでパイナップル。
可南子さんは相変わらず魂の抜けたような表情をされています。

「乃梨子ちゃんは……、似合わないわね」
何故か人生が終わったような表情の乃梨子さん。
ですが、普通の縦ロールです。
なぜそれが罰になるのか謎です。
それだけで済むなんて卑怯ですわ。
と、
「こんな……まるで瞳子みたいな…………」
そう呟いて泣き崩れる乃梨子さん。
それはどういう意味ですかっ!?

「で、志摩子さんだけど……ぷっ」
皆の視線が白薔薇さまに集まります。
「み、見ないで……」
顔全体が白いです。
真っ白です。
まさしく白薔薇さま。
ですが、他の生徒が見たら、笑ってしまうよりも泣き出してしまうような気がします。
というか、私も可南子さんも、乃梨子さんでさえ白薔薇さまから一歩離れました。

「これにて一件落着。と言いたい所なんだけど……」
お姉さまが困った表情をされています。
「これ、取れないんだけど……」
自分の真っ黒になった頬を指差すお姉さま。
簡単に取れるのなら、私と可南子さんはこんな目に合いませんでした。
「このまま取れなかったら、あなた達もそのまま学校に出て来ること」
「ええっ!?」
「そんなっ!」
「ありえないありえないありえないありえない……」
乃梨子さんが隣でブツブツと何か言ってます。
とても危険です。
と、そんな事を思っていると、白薔薇さまがお姉さまを睨みながら言います。
「祐巳さん、それは私もなのかしら?」
「当然でしょ?」
当たり前のようにお姉さま。
白薔薇さまが挑発します。
「私が言う事を聞くとでも?」
お姉さまが静かに私たちの名前を呼びました。
「瞳子、可南子」
「はい」
もちろん、お姉さまの仰りたい事は理解していますわ。
「ええ」
可南子さんも同じく、です。
「ちょ、ちょっと二人とも?」
白薔薇さまが私たちを見て慌てています。
「一人だけ逃げようったって、そうはいきませんわ。ねぇ可南子さん?
「ええ、そうですとも。ねぇ、瞳子さん?」
「ふふふふふ」
「ふふふふふ」
「の、乃梨子っ!乃梨子っ!?」
「ありえないありえないありえないありえない……」
同じ言葉をずっと繰り返している乃梨子さんに助けを求める白薔薇さま。
残念ですが、乃梨子さんは壊れている最中ですわ。
邪魔しては悪いですよ?
可南子さんと二人、白薔薇さまに詰め寄ります。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」




結局、二日ほどで元通りになりました。
ですが、そのあとの三日間、あまりの恥ずかしさに学校を休みました。
そうそう、あとで聞いた話なのですが、
お姉さまはあの時、何も無い所からいきなり鏡を取り出した、とのこと。
その際、何もない空間に向かって、
「鏡を貸して」
と、呟かれたとか。
…………謎ですわ。


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