【1452】 最上の甘い罠  (翠 2006-05-07 18:46:46)


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【No:1448】の続き




先日の例の騒ぎから数日経ちました。
結局、あの動くアレ(思い出すのも嫌です)は破壊する事に成功しました。
あの時の私のお姉さまである祐巳さまと、乃梨子さんのお姉さまである白薔薇さまは凄かった。
今、思い出しても色々な意味で身震いしてしまいます。
動くアレ(多分、呪われていたんじゃないかと)の攻撃を平然と受け止める白薔薇さま。
「乃梨子シールド!」
「ええっ!?志摩――――ぶっ!!」
そして、祐巳さまの凄まじい攻撃。
「瞳子ミサイル!」
「なっ!?お姉さ――ま゛ーーーー!?」
祐巳さまに全力で投げられた瞳子さんが、弾丸となって動くアレに突き刺さり見事に粉砕。
ですが、勝利の余韻に浸る間もなく、勢い余った祐巳さまと白薔薇さまがそのまま戦闘開始。
瞳子さんの縦ロールが如何に手触り、弾力、攻撃力、味(?)、全てに於いて優れているか、
祐巳さまの妹自慢から始まって、じゃんけん、あみだくじ、指相撲、喉自慢、鬼ごっこに至り、
最終的に両者が得意とする格闘戦に雪崩込んで、互角の戦いを繰り広げた挙句、
マリア様のお庭を半壊させてしまいました。
そういうことで現在、業者に大急ぎで改修作業を進めさせています。



「暇ね」
いつもの薔薇の館、いつもの部屋、ちょっと豪華になった席で祐巳さまが退屈そうに仰いました。
「ええ、暇ね」
黄薔薇さまが頷きます。
そうなのです。
少し前にあった新入生の歓迎会は、波乱を含みつつも盛況の内に終わってしまいましたし。
しばらく何も行事がありません。
つまり、この時期、私たちは何もする事がなくてとても暇なのです。
その為、今日は乃梨子さんと白薔薇さまはここに来ていません。
菜々さんは来るはずなのですが、用事か何かで遅れているようです。
「ねぇ、由乃さん」
「なに?」
「そろそろお互いに呼び方を変えてみない?」
祐巳さまが、何か面白おかしいことでも思い付いたようです。
黄薔薇さまは気付いていないようですが、私には分かりました。
「呼び方?」
「うん。もっと親密に呼び合わない?」
「し、親密?」
黄薔薇さまが驚いている。
「うん。親密に……、ね?」
「で、でも、瞳子ちゃんや可南子ちゃんに悪いわ」
どの口でそんな事を仰っているのですか?
見ていて腹が立つくらい、顔がにやけてますよ?
私の隣に座って二人を見ていた瞳子さんも、私と同じ事を思ったようです。
黄薔薇さまを冷ややかに見ています。
「じゃ、せーので一緒にね」
「え?ちょっと祐巳さん」
「せーの」
さぁ、いったいどう呼び合うのか?
「ゆ、祐巳」
「よしのん」
お互いに呼び合って、黄薔薇さまが硬直した。
対称的に、にっこりと微笑んでいる祐巳さま。
「よしのんって何よ!」
「由乃さんの渾名。それよりも、なんで私を呼び捨てにしたの?」
「し、親密といえば、やっぱり呼び捨てでしょ?」
令ちゃんと祥子さまもそうだったでしょ?
と、微かに頬を染めながら黄薔薇さま。
「もう、由乃さんったら……」
同じように照れたように頬を染めながら祐巳さま。
チラチラと上目遣いで黄薔薇さまを見る。
そんな祐巳さまに、黄薔薇さまがぽ〜っと見惚れています。
気持ちはよく分かります。
ですが、ダメです。そこでそんな反応してしまっては祐巳さまの思う壺です。
案の定、
「……いったい何様のつもり?」
と、瞬時にバカにした表情になって祐巳さまが続けました。
黄薔薇さまが、頬を赤くしたまま硬直。
さすがに今のはダメージが大きかったようです。
あの様子では、しばらくの間は元に戻りそうにありません。
祐巳さまに持ち上げられたら、必ず落とされると思ってないとダメですよ?
まぁいいです。お陰で祐巳さまの興味が黄薔薇さまから外れました。
隣の瞳子さんに視線を送ります。
『どうします?』
『構って貰います』
「お姉さま」
瞳子さんは、余程祐巳さまに構って貰いたかったようで、すぐに話し掛けています。
それにしても瞳子さん。
本当に変わりましたね。
悪い意味ではなく、いい意味…………ええっと、なにか違うような?…………そう、変な意味で。
一時はどうなる事かと思っていたのですが、余計な心配だったようです。
祐巳さまを泣かせたと聞いた時には、縦ロールを引き千切ってやろうかと思いましたが……。
でも、本当に素敵な姉妹になったわね、瞳子さん。
「お、お姉さまっ!?」
私の隣では、瞳子さんが祐巳さまの膝の上で抱きかかえられています。
あー、いいですね、それ。
後でぜひ私にもお願いします。
「瞳子は軽いわね」
「そ、そうですか?」
不安そうな瞳子さんを安心させるように、祐巳さまが耳元に口を近づけて囁く。
「本当よ。それに柔らかくて良い匂いがする」
「……」
真っ赤になって俯く瞳子さん。
「瞳子かわいい」
言って、瞳子さんの首筋に口付ける祐巳さま。
あの祐巳さま、それ強過ぎませんか?
「お姉さまっ!」
「ん、どうしたの?」
「痕をつけるのは止めて下さい!」
そうです。体操着に着替える時とか非常に困ります。
特に瞳子さんは、首筋が見える髪型ですから。
「えー。瞳子は羞恥プレイが好きだったんじゃないの?」
そうだったのですか、瞳子さん?
危ない性癖は集団プレイの一つだけかと思っていたのですが。
「誰がですかっ!前々から思っていましたが、お姉さまは私をなんだと思っているんですかっ!?」
「瞳子ミサイル」
「もう二度と投げないで下さい!ものすごく痛かったんですよ?ちょっぴり泣いたんですよ?」
でしょうね。
動くアレを粉々に砕いた後、散らばった破片の中で目を回してましたし。
でも、祐巳さまに膝枕で介抱されてたじゃないですか。
しかも、途中で目が覚めてたのに気絶してるフリして、太腿に顔を埋めてましたよね?
おまけに匂いまで嗅いでニヤ〜って笑……っと、瞳子さんが私を睨んでいます。
まぁ、これ以上は瞳子さんの名誉のため、やめておきましょう。
「分かった。瞳子が言うなら止める」
「約束ですよ?もし次、投げたりしたら……、嫌いになりますよ?」
「あー、でもほら、何かの拍子につい、って事があるかもしれない」
普通ありません。
「本当に嫌いになりますよ?」
「瞳子が私の事を嫌いになるのなら、それは仕方ないわね。その時は姉妹を解消すればいいの?」
祐巳さまのセリフに瞳子さんが慌てた。
「それはダメですっ!」
「んー、なんで?」
うわ、意地の悪そうな顔しますね祐巳さま。
「え、えっとですね……」
瞳子さん、ガンバレ!
「と、瞳子は寂しいと死んでしまうんです」
可愛い事を言いますね。さすが瞳子さん。
でも……、それはちょっと言い訳には苦しいです。
「そうなの?」
「そうなんです。だから姉妹の解消なんて絶対ダメです」
けれど、祐巳さまはそれについては何もツッコミを入れなかった。
「それは困ったわね」
「困りました」
言いつつも二人とも困った顔はしてない。
当然ですね。ただ、ジャレあってるだけだから。
「どうすればいいの?」
「投げなければいいんです」
「分かった投げない。約束する」
「あと、痕をつけるのも止めて下さい」
あ、ちゃんと覚えていたのね。
瞳子さん、その事は忘れたのかと思ってました。
「えー?それはいいじゃない。瞳子は私のモノだって証なんだから」
「もう…………、仕方ありませんね」
結局、許すんですね。
まぁ、仕方ありません。瞳子さんは祐巳さまには弱いですから。
それにしても、二人のこの幸せそうな顔。
羨ましい。早く私と替わって瞳子さん。
「ところで、瞳子」
「……え?あ、はい、なんです?」
幸せに浸りすぎていたようで、直に返事を返せなかった瞳子さん。
この世の幸せを独り占めしてるみたいな表情になってます。
祐巳さまが、そんな瞳子さんの耳元で囁きました。
「私たち、もっと親密に呼び合わない?」
うぁ…………、ここでそうきますか。
言われた途端、顔色を変えた瞳子さんが私に視線を向けてきました。
『ど、ど、ど、どうしましょう?』
『落ち着いて瞳子さん。力を合わせて二人で問題を解決しましょう』
こくん、と頷く瞳子さん。
「どうしたの瞳子?」
「いいえ、なんでもありません」
祐巳さまにそう返して、瞳子さんがこちらを見てきました。
『それで、私はどうすれば?』
相手は祐巳さまです。
そう簡単にはいきません。
私は頭の中で様々なパターンをシミュレートしてみた。
その結果、最も有効な手段が一つだけ見つかりました。
『瞳子さん』
『どうですか?何かありました?』
『ええ、たった一つだけ』
瞳子さんの表情がぱぁっと晴れました。
『それは?』
私は答えた。
『諦める』
『な、なんですかそれは!?』
いや、だって、ねぇ……。
相手は祐巳さまですよ?
どうにかなると思いますか?
そう思うと同時に、私の心を読んだのか、瞳子さんの顔が青褪めました。
『まぁ、そういう訳で頑張って下さい』
『薄情者っ!』
「もう、瞳子ったらどうしたのさっきから?」
私たちがどんな遣り取りをしていたのか分かってるクセに、
わざわざ祐巳さまが瞳子さんに尋ねています。
「いえ、なんでもありませんわ」
瞳子さんの視線があちこち泳いでます。
ああ、ダメっぽいですね。
「瞳子は私をなんて呼んでくれるのかな?せーのでいくわね」
「ちょ、ちょっと待っ……」
慌てる瞳子さんを華麗に無視して祐巳さまが強引に話を進めます。
「せーの」
どうか、最良の答えを選んで下さい。
瞳子さんが失敗すると、次は私の番なんですから。
「ゆ、祐巳」
「瞳子」
瞳子さんが詰んだ。
よりによって、なんでその呼び方を選んだのよ?
「卑怯ですっ!いつもと変わってないじゃないですかっ!!」
「今以上に親密になろうと思ったら、残されてるのは融合くらいしかないでしょ?」
もうほとんど恋人関係ですからね。
「融合なんてそんなのはイヤよ。瞳子には私のこの手で触れたいもの」
「お姉さま……」
瞳子さんが、涙ぐんでいます。
祐巳さまの妹で恋人で玩具な瞳子さん。
別に羨ましくはない。
私も同じだし。
「それに、瞳子を渾名で呼ぶのもイヤ。私は、瞳子って呼びたいの」
「お姉さま……。私は……、私は嬉し――――」
瞳子さん。
感激するのは結構ですが、何か忘れていません?
「ところで、なんで私を呼び捨てに?」
泣き笑いの表情で、瞳子さんが彫像のように固まりました。
ああっ!瞳子さん、気を確かに!
「いつから私を呼び捨てに出来るほど偉くなったの?」
ガタガタと震えながらも首だけ動かして、瞳子さんが私を見てきました。
『助けて……』
視線にそんな想いが込められてるのが直に分かります。
私は瞳子さんをじっと見つめながら、同じように視線で答えました。
『ムリ』
先程までと違う意味で瞳子さんが泣き出しそうです。
「どこを見ているの?早く答えなさい」
「あわわわ」
怯える瞳子さん。
そんな瞳子さんに追い討ちをかける祐巳さま。
「返答如何によっては死も有り得るわ」
「きゅう――――」
あ、その前に恐怖で死んだ……。

「まだまだね」
気絶した瞳子さんを椅子に戻しながら祐巳さま。
「少し、やりすぎでは?」
「瞳子を立派な黒薔薇さまにする為よ」
「それはそうかもしれませんが……」
「まぁ、黒か紅かなんてどっちでもいいんだけど」
瞳子さんが聞いたら泣きますよ?
祐巳さまに言われたから黒薔薇さまになろうと頑張ってるんですから。
「さてと……」
瞳子さんを落ちないようにちゃんと椅子に座らせた祐巳さまが、突然私の膝の上に乗ってきた。
「な、なんの真似です!?」
祐巳さまは答えずに自分の背中を私の胸に押し付けてくる。
こ、これは!
まるで私が祐巳さまを抱き締めているような!
「私はね、可南子には抱き締めて貰うのが好きなのよ」
ほらほら、と言いながら私の手を持って、自分の体の前方向に持っていく。
いいのですか?
力いっぱい抱き締めますよ?
もう離しませんよ?
「慌てないで、ね?」
慌ててなどいません。
混乱しているだけです。
と、祐巳さまが何か思いついたような表情をされました。
こ、この上、何がくる!?
祐巳さまが、瞼を伏せて恥ずかしそうにしながら仰いました。
「抱いて……」
ぐふっ!
鼻血が噴き出るかと思いました。
ついでに意識も飛ぶかと思いました。
今のは危なかった……。
そんな私を横目で見て、楽しそうに笑顔を浮かべている祐巳さま。
意地悪ですね。
「ごめんごめん。可南子の反応が面白かったから」
いえ、さっきのは良かったです。
できればもう一度お願いしたいくらいです。
でも、今回はもう止めておいて下さい。
もう少しで私は限界っぽいです。
分かってくれたらしく、ふふっ、と笑った後に祐巳さまが尋ねてくる。
「ねぇ、私が抱き締めるのと、私を抱き締めるのと、どっちがいい?」
「そんなこと決められません」
どちらも非常に捨て難い。
というか、できれば両方お願いしたいです。
「可南子ったら欲張りね」
言って、くるりと私の膝(というか太腿)の上で回転する祐巳さま。
またまた、ぶはっ!
ちょっと出た?
出てませんよね鼻血?
「これなら両方、堪能できるわね」
私の顔の数十センチ前には、悪戯っぽい笑みを浮かべた祐巳さま。
これ以上ないくらい幸せです!
「私と同じようにぎゅってしてね」
祐巳さまが、私の背中に回した手に力を入れて、強く、そしてやさしく抱き締めてくる。
「りょ、了解です!細川可南子、いきますっ!」
祐巳さまの背中に回した手に同じように力を込める。
すっぽりと私の両手に収まる祐巳さまの身体。
くぁぁっ!
相変わらずの、この素晴らしい抱き心地!
に、二度と離したくない!
また天罰を喰らってもいい!
このままお持ち帰りしたい!
ああ、意識飛びそう……。
鼻血噴きそう……。
って、ダメよ耐えるのよ!
これはきっと、私に対する祐巳さまの試練なのよ!
持てる気力を振り絞って飛びそうになる鼻血と意識を必死に堪える。
そんな時、
「耐えたご褒美」
と、悪戯っぽい目をして私の顔に自分の顔を近付けてくる祐巳さま。
――――!?
唇に温かで柔らかな感触。
視界いっぱいに広がっているのは、目を閉じている祐巳さまの顔。
じゃあ、今、私の唇に触れているのは祐巳さまの唇?
いまさら確認するまでもない。
仄かに甘く、蕩けてしまう様なキス。
こ、これこそ、まさしくこの世のHEAVEN!?
生きてて良かった。
し、幸せ――――。
って今、幸せ過ぎて本当に意識が飛びかけた……?
だ、ダメよ!
せめてあと二秒は保たせ……。
「可南子?おーい、可南子?」
あれ?
祐巳さまの……声が……遠い――――。





「可南子ちゃんもまだまだね」
幸せそうな表情のまま、遠い世界に旅立った可南子を眺めながら、復活していた由乃さんが呟いた。
そうね、鍛え甲斐(弄り甲斐)がありそうだわ。
でも、由乃さんも人のこと言えないよねぇ?
「なによ祐巳さん?」
私の視線に気付いた由乃さんが言ってくる。
「けっこう早く復活したなぁ、って」
「ダメージは大きかったわ」
悔しそうに由乃さん。
私を指差して言ってくる。
「でも、いつもいつもやられっ放しな私じゃないのよ!」
私の中ではいつもやられ役なんだけど。
これからに期待するわ。
実際、期待してるし。
そんな事よりも、とりあえず今は……。
「ねぇ、由乃さん」
「何よ?」
警戒しつつ厳しい目で睨んでくる由乃さん。
酷いなぁ、と思いつつ、
「お茶淹れて」
と言ってみた。
「自分で淹れなさいよ!」
「面倒」
「本気でぶつわよ」
あんまり怒ってばかりだと皺増えるよ?
「えぇー、お茶飲みたーい」
ちょっぴり甘えた声を出してみる。
「自分で淹れて飲めばいいじゃない!なんで私が淹れないといけないのよ!?」
これくらいじゃ効かないか。
以前は効いてたんだけど。
耐性が付いたかな?
「今日だけなら『祐巳』って呼び捨てにしても構わないから」
「そ、そんな事でこの私が言う事を聞くとでも?」
目が泳いでるわよ。
仕方ないわね。
「『由乃』の淹れたお茶がいいな」
「いいわよ。何杯でも淹れてあげる」
ふむ、呼び捨ての効果は抜群のようね。
今度、志摩子さんたちにも試してみよう。
私は心にそう決めた。



「祐〜〜巳っ♪よ・し・の、特製の甘々ミルクティーでい〜〜い?」
鼻歌を歌いながら機嫌良く聞いてくる由乃さん。
……あなた誰よ?
キャラが壊れてるわよ?
そんな事を思っていると、数分前に遅れてここにやって来た菜々ちゃんが私に尋ねてきた。
「あのオモシロ生物はなんですか?」
「多分、あなたのお姉さま」
「新たにお姉さまを探そうかな…………」
美味しいお茶を淹れられるなら、私が貰ってあげるわよ?


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