【No:1492】と同じ世界でのお話。
中庭の隅に建つ木造2階建ての建物は、思っていたよりも少しばかり小さく、思っていたよりもはるかに大きかった。
「大丈夫、由乃?緊張してない?」
「大丈夫よ。……そりゃ緊張してないって言ったらウソになるけど、これから毎日通おうっていうのに怖気づいても仕方ないじゃない」
過保護な姉に、精一杯の強がりで答えた。
「そっか。そうだね」
最愛の姉はそう言ってにっこり笑った。
きっと足かすくんでるのも声が震えてるのもばればれなんだろうけれど、この笑顔の隣なら大丈夫。
令ちゃんと一緒なら恐れるものなど何もないのだ。
「ごきげんよ、う……?」
巨大なビスケットみたいな扉を開いて入ろうとしたとたん、前で手を引っ張ってた令ちゃんが固まってしまった。
中に何かあったんだろうか?
幾ばくかの不安と溢れる好奇心を胸に、思い切って令ちゃんの横に出て中をのぞいた。
視界に入ったのは、おおよそ予想していたのと違わぬ光景。
正面に座っていらっしゃるのが紅薔薇さまだろう。怖いくらいの美人、艶やかな黒髪、全てが噂通りのお嬢様だ。……何故かその顔は呆れというか諦観というか、浮かない表情で彩られてはいるけれども。
こちらから見て左隣にいる、何やら楽しそうな表情をしているのがおそらく白薔薇さま。紅薔薇さまと違い、日本人離れしたその容姿はやはり噂通りだ。纏った雰囲気は聞いていたのとは違うが。
お茶の用意をしているのは紅薔薇のつぼみに違いない。紅薔薇姉妹は揃いも揃って純日本人的美人だ。
となれば、残る紅薔薇さまの右に座っているツーテールの方が、令ちゃんのお姉さまである黄薔薇さまのはずなのだが……
「ごきげんよう、貴女が由乃ちゃんね?」
「ご、ごきげんよう……!」
思わずまじまじと見つめてしまった黄薔薇さま(?)からの声に、反射的に返事をしようとしたが舌が回らなかった。
考えてみれば、挨拶もせずにじろじろと観察するなど失礼にも程がある。
だが、相手は特に気にした様子もなく微笑んで声を続けた。
「ふふ、令に聞いていた通り可愛い子。ようこそ薔薇の館へ、歓迎するわ」
違う。
何か違う。
令ちゃんがだらけきった顔で無邪気に――それが私にとっては気に食わないのだけど――話す黄薔薇さまとはあまりにも違う。
その令ちゃんは未だ固まったまま動かない。
こうなったら失礼を承知で直接
「あ、もうきてたんだ。ごきげんよう」
「ひぃあっ!!!」
前に集中していたから、背後からの声に思わず奇声を発してしまった。
「ほら、こんなところにいつまでも立ってないで中に入って」
後ろの女性は私と令ちゃんの背中をやさしく押してきた。
おかしい。今の薔薇の館の住人は、三薔薇さまと紅薔薇のつぼみと令ちゃんの5人だけのはず。
ではこの背中の温もりはいったい?
「お、お姉さま……」
「ぅぇ?」
石化が溶けた令ちゃんの声に、はっとして振り返る。
そこに佇むのは、まるで春の野を思わせる微笑を携えたツーテールの少女。
ああ、間違いない。
この方こそ令ちゃんのお姉さまにして山百合会幹部の一人黄薔薇さま、そして我が最大のライバル
「祐巳……さま?」
「うん。貴女が由乃ちゃんね、ごきげんよう」
挨拶を返すのも忘れて再び部屋の中を振り返る。
では、あそこに座っているのは――?!
「何やってるんですか、お姉さま」
「黄薔薇さまごっこ」
「は?へ?」
「祥子も聖も止めてよ」
「無理よ」
「無理ね」
「まあ酷い。久しぶりに会ったお姉さまに挨拶もなしかしら」
「お、お姉さまぁ」
「ごめんね、令。卒業したからと油断してたわ。大丈夫、貴女は私が守るから……」
「黄薔薇さまのお姉さまって、え?じゃなくてっ、令ちゃんに抱きつかないで下さい!」
「あらあら、振られちゃったわね由乃ちゃん。振られたもの同士仲良くしましょ?」
「振られてなんていません!って言うかあなたは誰なんですかーーーー!!」
中庭の隅に立つ木造2階建ての建物は、思っていたよりも少しばかり小さく、思っていたよりもはるかに大きくて、思いもしないほどすぐ近くにあった。
あとがき?
リクエストいただいたので祐巳VS由乃を書こうとしたのですが、どうしてだか江利子さまが乱入してきてしまいました。
仕方ないんです。主人公は江利子さまですから。
それよりも出演したのにセリフ一つない紅薔薇のつぼみが不憫でなりません。
Amen.
遅れましたが、投票、感想を下さった皆様、ありがとうございます。