【1499】 お姫様ってどうよ?  (砂森 月 2006-05-20 13:13:32)


 4月。今年から再びリリアンに通うことになった美冬には気になることが2つあった。
 1つは小笠原祥子さん。幼稚舎以来の再開だけれど、あの人は私のことを覚えているのだろうか?
 そしてもう1つ。

「美冬ー、ちょっと降りてらっしゃーい」
「はーい」

 母親に呼ばれたので思考を一時中断して階段を降りていく美冬。
はたしてそこには、もう1つの気になること……花寺に通う従兄弟がお茶を出されているところだった。


「美冬お姉ちゃん、久しぶりー」

 彼は綾瀬稔(あやせみのる)。花寺学園中等部2年生。
美冬の従兄弟に当たる彼は実の兄弟でもないのに何故か美冬にそっくりで。
一人娘だった美冬にとっては弟のような存在で、家もそんなに離れていなかったこともあってよく遊んだのを覚えている。

「久しぶりね、稔」
「うん。とりあえずリリアン合格おめでと。これ合格祝いね」
「えっ? あ、ありがと」

 そう言って何かの包みを手渡してくれた稔。

「そんなに気を遣わなくても良いのに」
「じゃあ新作お菓子の実験台って言った方がよかった?」

 どうやら中身はお菓子らしい。
 その気持ちは嬉しいのだけれど、となるとやっぱり気になってしまうわけで。

「それもあれだけど。ところで花寺はどんな感じ?」
「うーん。良くも悪くも男子校って感じかなぁ」
「というと?」

 だって、稔は美冬にそっくりなのだから。

「喧嘩も時々あるけどおおむね平和だよ。ただ、男好きを公言してはばからない人もいるけれど」

 うわ、どんな人だそれは。
そういう人には男子校って天国なのかもしれないけれど、逆に目をつけられた人はたまったものじゃないだろうなと思う。
まあ、相手もそういう人なら問題ないわけだけれども。

「他にもひたすら体鍛えている人とか、逆に女の子みたいな人もいるけれど」
「で、稔は?」
「え?」
「稔はどんな学校生活送っているの?」
「あ。えーと、それは……」

 あ、何か言いにくそう。ということは何かあるわけだ。

「それは?」
「うーっ、どうしても言わなきゃダメ?」

 可愛い。って、相手は弟だ、しっかりしろ私……じゃなくて。可愛いからこそ心配なのだ、姉としては。

「だって稔のこと心配なんだもの。変な男の人に引っかかったりしてないよね?」
「あー……」

 あーって。どんな反応なんだそれは。

「ま、まさかもう既に口には出来ない関係持っているとか?」
「それはないよー。もう、話すから変な想像やめて」

 もうお姉ちゃんってばとか呟きながら居住まいを正す稔。
よくよく考えれば美冬の発言も相当アレだけれども、健全な女子高生として気になるものは気になるのだ。
もちろん、従兄弟の姉としても。

「えっと、その、告白されたことなら……」
「あるんだ」
「何回も」
「えーっ」

 そんなにあるのか、弟よ。

「あとね」
「うん」
「襲われそうになったことも、あったりして……」
「ちょっとぉ!?」

 それはかなり危ない気がする。というかよく未遂で済んだものだ。

「まあ、告白は全部断ってるし最近はほとんど無いんだけどね」
「そ、そう」
「合唱部で発表会あってからかな、何か有名人になっちゃったみたいで」
「へえ」

 そうか、合唱部に入っているのか。
ひょっとしたら見に行く機会があるかもしれないから覚えておこう。
有名人になるくらいだから、きっと上手なんだろうし。
 それから花寺の話や美冬の前の学校での話で一通り盛り上がったあと、稔は帰っていった。
あるいはこの時にもっとちゃんと聞いておけば良かったのかもしれないと、後に美冬は思うことになるのだった。


 再びリリアンに通いだした美冬にはショックなことが待ち受けていた。
小笠原祥子さんは、美冬のことを覚えていなかったのだ。
もう一度一から関係を築いていくことになるわけだけれども、
祥子さんの普段の雰囲気から考えて、それはかなり難しいことのように思えた。

 そして、もう1つ。地域の中学・高校が集まって行われる音楽祭でのこと。
もちろんリリアンも、そして花寺も出ると言うことで、他のクラスメートと共に美冬も見に行った。
リリアンは歌姫とも呼ばれている静さんもいるので注目度は高かったのだけれど。
 花寺の合唱も凄かった。そしてあの稔が中等部ながらにテノールのソロパートまで担当していることにも驚いたのだけれど。
その後のクラスメイトの会話に美冬は少し嫌な予感がした。

「やっぱり花寺は迫力あるわよね」
「特にあの子がね〜」
「花寺の歌姫って言われるだけのことはあるよね」

 男子校なのに歌姫って。名前が出ていないわけでそうだとは限らないけれど、
その呼び名に思い切り当てはまりそうな人間を美冬は1人知っている。

(でも、まさかね……)

 疑問というよりも信じたくない気持ちでそう思っていた美冬だが、そのまさかが当たっていたことはすぐに明らかになった。
 終盤、静さんと稔が2人で舞台に上がったのだ。
 静さんはいいとして、問題は稔。さっきの花寺の制服姿ではなくて、黒のセーラーワンピースを着ていて。
その姿は確かに花寺の歌姫と称されるにふさわしいとは思うのだけれども。

(だけど、それはどうなのよ)

 歌姫の共演は大好評で、稔の声はテノールというよりボーイソプラノに近いことに気付いたりはしたものの。
それよりなにより、稔の通り名に頭を抱える美冬だった。


 美冬には、従兄弟だけれども顔や体型がそっくりで落ち着いた性格の2つ下の弟がいる。
 彼はその女の子のような容姿と抜群の歌唱力のおかげでなかなかに大変な学園生活を送っているらしい。

(でも、よりによって歌姫って……)

 美冬は従兄弟の姉として、少しだけ弟の学園生活を心配した。
実は他にも「深窓の令嬢」だの「中等部2年の華」だの言われていたりするのだが、
もちろん美冬がそんなことを知っているはずもなかった。


一つ戻る   一つ進む