【No:1487】や【No:1489】の外伝にあたります。
時期は12月某日、祝部祐麒がはじめてリリアンに来た時のお話です。
「ごきげんよう、シスター上村」
先日から学校を休んでいた小笠原祥子が、学園長室を訪れた。
とある少女を伴って。
「ごきげんよう祥子さん。それと・・・・あら?」
その少女はどこか見覚えがあった。
そうだ。祥子の妹、福沢祐巳にとてもにているのだ。
「その方は?ごめんなさいね。生徒の顔はみんな覚えていると思っていたのだけどわからなくて」
「当然の事ですわ。彼女は祝部祐麒さん。1月からリリアンに転校してくる事が決まりましたの」
「転校ですか?そういった話は聞いていないのだけど」
ここリリアン女学園は、いわゆるお嬢様学校である。
つまり、上流階級のお嬢様たちが多数在学しているのだ。
そういった訳で、外から入ってくる人間はおのずと制限される。
一応入学試験もあるが、合格出来る者は親や親類がリリアンの卒業生だった者に限られる。
たとえ成績トップでも駄目なのだ。
転入となると、転入試験に加え素性調査も行われる。その結果を見て学園長が判断をするのだ。
つまり、転入生について知らないと言うことはありえない。
それに祥子は「転入予定」ではなく「転入することが決まった」と言った。
「私にそんな話は来ていないのだけど。誰が転入許可を出したのかしら?」
「もちろん私ですわ。ついでに言えば、理事会の承諾は得ています」
「どうやってですか?」
「・・・・・」
祥子は不適に微笑んだ。
なるほど。理事会は小笠原財閥の力でねじ伏せたのだろう。
「わかりました。ですが、転入は許可できかねますね。
転入には私の承認が必要なのはわかっていますね?それがないのですから」
「ですが、こちらにも事情があります。それを聞いて判断していただけないでしょうか?」
「・・・・・いいでしょう」
2人は、向かいのソファーに腰を下ろす。
「それで?事情とはいったいどういったことなのかしら?」
「・・・・・そうですわね。それではお話いたします。実は、私には妹がいるのです。福沢祐巳といいます」
「もちろん知っています。祐巳さんは人気者ですからね」
「その祐巳なんですが、私の親戚にあたる松平瞳子を妹にしようと頑張っていました。
ですが、先日彼女は妊娠した為退学することになりましたでしょう?」
「そうですね。あのことは職員会や理事会でも色々と問題になりました」
「おかげで妹にする子がいなくなってしまいました。
もう1人候補として細川可南子さんもいたのですが、彼女もこの件で休学をするといっていますし。
そこで私は考えました。それはもう大切な祐巳の為に一生懸命。結果、彼女の転入が決まりました。以上です」
祥子は、全て言い切ったとばかりに満足げに頷いた。
「以上ですって祥子さん。ちっとも説明になっていませんよ」
「あら、どうしてですの?」
「祐巳さんの事はわかりました。ですがなぜ祝部祐麒さんが転入することにつながるのですか?」
「おわかりになりませんか?」
祥子はやれやれと首をすくめた。
頭にきた上村はぶん殴ってやろうと思ったが、「私はシスターよ。暴力はいけないわ」と自分に言い聞かせ何とか耐えた。
「私は、瞳子ちゃんか可南子ちゃんならば必ずや祐巳を支えてくれる。それだけの力があると考えていました。
ですがこんな事になってしまって。他の1年生を妹にするにも、肝心の祐巳が落ち込んでいて駄目ですし。
第一こんな状態の祐巳が適当に選んだ相手では私は認めませんから。
そこで私は考えました。代わりに私が祐巳の妹を見つけてこようと。
私が信頼して祐巳を任せる事ができる相手を選ぼうと考えたのです」
「つまりその相手が祝部祐麒さんだと?」
「ええ」
上村はふむ、と一息つき考え込んだ。
「・・・・・貴女が祐麒さんを信じられる根拠を教えていただけないかしら?」
「根拠、ですか?簡単な事です。私を除けば、祐麒さんが一番祐巳を理解している人間だからです」
「一番ですか?あの2人よりも?」
「はい。だって祐巳の姉妹ですから」
あれこの人今おかしなこと言ったよ?上村はポカンとした顔で祥子を見つめた。
「姉妹?祐巳さんには妹はいなかったはずよ。同じ祐麒という名前の弟さんが花寺にいるようだけど」
「ですから、彼女がその祐麒さんです」
「は?」
「弟である祐麒さんなら祐巳の妹として最適ですから。
男ということでリリアンに転入できないのならば、女になれば問題はありません。
我が小笠原の力を持ってすれば造作もないもないことですわ。
既に戸籍はいじってあります。祝部は祐巳のお母様の旧姓だそうなので利用しました。
ちょうどお兄様がおられるそうなので、その方の娘ということで登録してあります。
昔から祐巳に憧れていて、どうしてもリリアンに通いたくて福沢家に押しかけたことになっています。
福沢祐麒さんは、未来の福沢家を担ってもらう為海外留学をしたという設定です。
もちろん、ご両親や祝部の叔父様には承諾を得ております。今後福沢家は安泰ですわ」
安泰ですわって、息子を売ったのか?そう思い祐麒をみると、
初めて知った事実にショックでうな垂れていた。本人の承諾はないようだ。
上村は慰めの言葉をかけようとしたが、ふとある考えが浮かぶ。
なぜ祥子はこのような秘密をペラペラと話したのだろうか?
「祥子さん」
「なんでしょうシスター上村」
「なぜそのような秘密を私に話したのです?知らない方が都合も良いのではないですか?」
「いいえ。それに祐麒さんのことについてはいずれ生徒達の間でも知られる事になるでしょう。
その時に、祐麒さんが退学などの処分にならないように味方になって欲しいのです」
「味方にってあなた・・・・・」
その時、上村は祥子の目を見て確信した。この女は私を巻き込むつもりだ!と。
冗談じゃない。理事会の承認があるのだから転入は認めるが、それ以上の係わり合いはご免だ。
そう言おうとした上村だったが
「そうそうシスター上村。春日せい子という方をご存知?」
ピシリッ!と上村は固まった。
「何でもリリアンの卒業生で、自分が体験した学園生活を元にした本を書いたらしいのです。
その本に登場するカホリさんは、確か本当は佐織という名前だとか・・・・・・」
「さ、祥子さん?その話が今関係のあることなのかしら?」
「さぁ?ところでその佐織さんの事なんですが、夢を叶えシスターになってリリアンに戻ってきたとか。
その後にハジケてしまって、次々と生徒を食べて100人斬りを達成したという伝説が」
「でも所詮証拠もない話なのだし信用できないのじゃなくて?」
「事実です。裏もとってあります。それにしても、札束ビンタって効果絶大ですね」
「そう、裏も・・・・・・」
上村は、逃げられない事を知った。
身から出た錆びとはいえ、怨まずにはいられない。
(ばれないように将来修道院に入る子ばかり選んでヤったのに。シスターたる物がお金に目が眩むなんて!)
正論だが、理由が理由だけにかなり理不尽な怒りである。
「どうしたのですかシスター上村?・・・・・・そういえば、シスターも佐織という名前でしたわね?」
祥子はクスクスと哂った。そして立ち上がる。
「それでは、転入の件よろしくお願いしますわ。クラスは1年椿組で」
そう言うと祐麒の手を引いて学園長室を出て行く。そしてドアの前に来たところで
「そうそう。先ほどの佐織さんのことですが証拠のインタビュービデオもありますし、
斬った記念に相手に贈ったロザリオに指紋も残っていましたから、近いうちに特定をして報告できると思います。
シスター上村も嫌でしょう?同じ名前だと疑われるのは。
貴女の疑いを晴らす為にも、次にここへ来る時には報告できるように頑張りますので心配なさらず。
それではごきげんようシスター。クスクスクス・・・・・」
バタン
ドアが閉まると同時に上村は机に突っ伏して、己が楽園の終焉を悟った。
その顔は一気に老け込んでしまっている。白髪もかなり増えたようだ。
この時から、シスター上村の苦悩の日々が始まった。
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後書き
「なぜ祝部なのか?」との質問への回答のつもりです。