【No:1492】【No:1500】【No:1511】と同じ世界でのお話で、
【No:1520】から続くお話。
「ごきげんよう」
黄薔薇さま曰く『ビスケットのような』扉を開けると、その黄薔薇さまが出ようとしていたので、ぶつかりそうになり足を止めた。
そこそこの量の書類を抱えており、ちらと覗くとどうやら職員室へ向かうようだった。
「ごきげんよう。ずいぶんとのんびりとしたご登場ですこと」
しっかりと挨拶を返しつつ、棘も多分に含んだ言の葉を飛ばすのはやはり紅薔薇さまである。
「ごめんごめん。外でちょっと休んでたらいつの間にか寝ちゃって」
棘の部分はきれいにスルーして、答えだけ返しておく。
「外で寝てたの?」
と、今度はすぐそばから声が。
「そ。寒くておきた」
「風邪ひかないようにね……って志摩子も一緒だったの?」
後ろを覗き込んで、少し驚いたような声色になる黄薔薇さま。
そういえば通路をふさいだままだったと、慌てて道をあけて志摩子を通してやった。
「はい。……ごきげんよう、遅れて申し訳ありません」
丁寧に頭を下げる志摩子の髪に枯葉がついているのに気付いたので、髪をすいて落とすと、くすぐったげに笑った。
「聖……外はよくないよ」
「へ?あ、いや、それはそうだろうけど」
すると突然黄薔薇さまが真剣な目で射抜いてきたので、うろたえてしまった。
「もし誰かに見つかってたら大変なことになってたろうし」
「そ、そうかな?別に授業中ってわけでもないし……」
どうも話がかみ合ってない気がしてならない。
「意外と声って遠くまで響くんだよ?特にこの辺は周りが静かなんだから」
「あの、祐巳サン……?」
もしかしてこの人、とんでもない勘違いしてやいないだろうか。
「志摩子だって本当は、布団の上――」
「ストップ!ストーーーーーーーップ!!」
光の速さで祐巳の口を手でふさいでそのまま部屋の端へ連れ去る。
ばさばさと書類が落ちる音がしたけれど、今は無視だ。
なんていうことを言い出すんだこの子は!
「変な誤解をしないでくださるかしら、黄薔薇さま」
「誤解?」
「そう!私たちは本当にただ寝てただけで、それ以上は何もないから!」
「ほんとに?」
「本当に!ね、志摩……」
同意を得ようとして振り返ると、志摩子は目をそらして紅くなってうつむいた。
どうやら祐巳の言葉は意味までしっかり伝わっていたらしい。
ああ、でも、恥ずかしがってる志摩子も激ぷりちーだ……
「やっぱり……」
「違うんだって!信じてよ祐巳!」
「どう見ても浮気現場見つかって修羅場、って感じですよね」
「そうね」
我関せずな紅薔薇姉妹はいたってマイペースだ。
「ごきげん、よ……う……?」
「あ、ごきげんよう、令」
背中の向こうから聞こえた声に、ヤバイ、と反射的に思った。
肩を押さえつける手を離し、乱してしまった祐巳の制服を整え、タイもきっちり直す。
そう、何事もなかったように、自然に振り返れ――!
「令、ごきげんよ、う」
羅刹がいた。
「ごきげんよう、お姉さま。そこは危険ですから、少し離れていてくださいね」
「うん?わかったわ」
あっさりと私から離れる祐巳。
ゆっくりと上段に構える令。
「お姉さまを襲うとは良い度胸ですね、白薔薇さま」
「待って、落ち着こう。落ち着いてください。竹刀は丸腰の相手に向けるものじゃないと思います」
「ご心配なく、これは悪を滅ぼす断罪の剣。貴女に非がなければ痛くありません」
「そんなわけ……」
「楽に逝けます」
「いやいやいやいやいや、ちょっと待って。待とう。頼むから。私は悪くないんだって。そうよね祥子?!」
藁にもすがる思いで紅薔薇さまに問う。
彼女なら暴走する令を止められるはず。
ふう、とため息をつくと、小笠原祥子は面倒くさげに顔を上げて口を開いた。
「令」
「はい」
「一撃でしとめなさい」
「はい」
「お覚悟を」
「ちょ、待って!そう、昔の偉い人も言ってた!話せば分かる!」
「白薔薇さまは歴史に疎いようですね。いいでしょう、その言葉に刺客が何と答えたか、不肖私がお教えしましょう」
あとがき
自分でやっておいてなんだけれど、この配役だとシリアスが書けない。
シリアスも書いて見たいのですが、絵がまったく浮かびません。
でもまあ、そんな世界があってもいいのかも。
そして相変わらず出番のない紅薔薇のつぼみでした。
おまけNG
「『話せば分かる』『問答無用』っていうのは、当時の創作なのよ?」
「そうなのですか?」
「最初に突入した三上隊の人たちは、犬養首相の話をきちんと聞いたの。でも、後から来た黒岩隊の人たちが銃で撃った。
そのときに言った言葉が『今の若造を連れて来い。俺が話をしてやるから』なのよ」
「そうだったのですか……私が間違ってました」
「いいのよ、わかってくれれば。人は、話せば分かるのだから……」
「お姉さま……」
「祐巳、聖を踏んでるわよ」
「しとめろと命令したのはお姉さまですけどね」