【155】 実況松平家の瞳子ちゃん  (柊雅史 2005-07-04 22:41:13)


「皆さま、ごきげんよう。本日はわたくし、松平瞳子さまにお仕えして13年。身も心も瞳子さまに捧げたお嬢様就きのメイド長、メイドA子と」
「どうも〜。お嬢様にお仕えして2年、そろそろ女として人生の門出に出くわさないとマジやばいんじゃないの、と思われるA子さまの跡を継ぐべく絶賛メイド修行中のメイド下っ端、メイドB子が」
「わたくし達の主である瞳子さまの一日をお伝えします――って、B子さん、誰がやばいんですか! わたくしはまだまだ余裕綽々デス! 瞳子さまが立派に巣立つまでは見守り続ける所存であり、それでも別にまだ人生の門出には間に合う」
「あ、A子さま! お嬢様がお起きになられますよ!」
「む……分かりました。この話は後ほどじっくり楽屋でするとして。それでは『松平家ホームシアター6,757号・瞳子さま16歳・11月01日の記録』を始めようと思います」
「一日一本作成はさすがにやりすぎだと思うの旦那さま……」


B子でっす☆
お嬢様を起こす役割はA子さまのお仕事なので、ここは私が実況します。
お嬢様は早起きですけど、その割にちょっと低血圧気味です。今日もむっくりとベッドの上に体を起こしたまま、ぼんやりと宙を見据えています。
のろのろとした動作は、普段のお嬢様からはちょっと想像できない感じですよね! 可愛いんですよ〜、朝のお嬢様は。
あ、お嬢様が枕の下に手を入れました! そこから取り出したのは一枚の写真です! カメラさん、ズームズーム!
夜寝る時に枕の下に写真を入れておくなんて、お嬢様ったら可愛いですよね〜。あん、ここからだと誰の写真か見えません! 残念!
ではここで、B子のトリビア。お嬢様が枕の下に入れている写真は…………57日前から違う写真に変わっている!!
それがどんな写真なのかはホームライブラリー・6,698号をご覧下さい! まぁ写真そのものは映ってないんですけどネ! 迷った挙句違う写真を入れるお嬢様の葛藤――思い出しただけで萌え萌えデスよ!
――あ、今A子さまが到着しました! お嬢様、慌てて枕の下に写真を隠しています!
でもベッドメイキングしているのも私たちですし、あんまり意味ないです! ちょっと迂闊なお嬢様萌え〜。
さて、ここからは特殊ピンマイクを装備したA子さまによる実況に切り替えたいと思います! 毎日同じようなホームムービー撮ってるメイドチームは、日々新たな刺激を求めて色々努力しているんです! 旦那さま、お給料を上げるか、せめてイベントがある日だけにしてください撮影日っ!


A子です。今朝も瞳子さまはお元気そうです。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう」
もそもそとベッドから抜け出る瞳子さまに、わたくしはいつも通りにタオルをお渡しします。毎朝のシャワーが瞳子さまの日課です。
「今日の下着はどういたしましょう? わたくしとしましては、先日買いに行きました、例の可愛いタイプの下着などオススメですが」
「なんでも良いですわ、別に。A子さんに任せるから」
「分かりました」
シャワー室に消えた瞳子さまを見送って、それでは、とわたくしはタンスの引き出しを開けます。ここには瞳子さまの下着コレクションが――って、今気付いたんですけど、これ、旦那さまも見るんですよね……。
とりあえずこの部分は一時中継をカットさせて頂きます。ぶち。


ああん、惜しいっ!
お嬢様の下着コレクションが映れば、旦那さまも大喜びだったのに!
A子さまのバカー!


シャワーを浴び終えた瞳子さまは、制服に着替えて髪の毛を整えます。
「今日はどうしますか? 強めですか、弱めですか?」
「んー……」
瞳子さまの髪型が縦ロールなのは確定。これは昔、祥子さまに髪型を褒められて以来続いているお約束事です。
「今日は薔薇の館に遊びに行くから、強めが良いわ」
ちょっと考えた後に瞳子さまが言う。
「はい、分かりました。祐巳さまに引っ張られでもしたら、大変ですものね」
「そうなのですわ。あの方は瞳子がどれだけ祥子さまに褒められたこの髪型を大事にしているか分かっていないんです。引っ張ったり、手のひらでぽよんぽよんしたり。しっかり巻いておかないと大変なことになるって、分かってないのですわ!」
ぷんすか文句を言う瞳子さまですけど、ちょっと嬉しそうに見えます。分かりにくいですけど、瞳子さまにお仕えして13年と172日の私が言うのだから間違いありません。
でもここで、嬉しそうですね、なんて言うと瞳子さまがへそを曲げてしまうので、黙っておくことにします。瞳子さまはまだ、ご自分が祐巳さまのことを話す時に、どんなお顔をしているか、気付いてないですからね。
わたくしが縦ロールを巻き終えると、瞳子さまはつんつんと突っついたり、軽く引っ張って縦ロールの動作を確認した後、うんと満足そうに頷きました。
多分、アレです。予想シミュレーションの結果、満足いく結果が得られたのだと思います。具体的にはホラ、祐巳さまに悪戯された場合を想定して。
「今日、お父様は?」
髪型の決まった瞳子さまは朝食を摂られます。女優として体調管理は怠らず、必ず朝食をしっかり摂るのが瞳子さまのこだわり。
毎朝旦那さまが一緒かどうかを確認するのも、瞳子さまの日課です。
「本日はまだ起きてきておりません。昨日も遅かったようですし」
「そう……。お父様、大丈夫かしら?」
大丈夫だと思いますよ。深夜3時に帰ってきて、そこから2時間、昨日の瞳子さま記録を鑑賞するだけの元気がおありでしたから。
けれどそんなことは知らない瞳子さまは、旦那さまのことを心配しています。なんて心優しいのでしょう。A子は瞳子さまがこんなにも優しく、心清らかに育って下さったことを、マリア様に感謝したい気分です。
「食事の方はB子が用意していますから。わたくしはベッドを整えてから参ります」
「分かったわ。じゃあ、よろしくね」
とてとてと部屋を出て行く瞳子さまを見送ってから、わたくしは枕の下から瞳子さまの宝物である写真を取り出します。
どうも低血圧の瞳子さまは、毎朝ご自分がここに写真を隠していたことをお忘れになっているようなのです。ちょっぴりボケボケな瞳子さま、萌えです。
子供の頃から優さま・祥子さまを経て、現在の写真は……まぁ、秘密ということで。
しっかりラミネート加工された写真を、そっとベッドサイドに伏せて置き、わたくしは瞳子さまの給仕を手伝うべく、ダイニングに向かいました。


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「……どうだね。可愛いだろう、瞳子は」
「ええ、そうですね……」
『松平家ホームシアター6,757号・瞳子さま16歳・11月01日の記録』を上映しながら、旦那さまはご満悦だ。
ちょっと遊びに来て、そんなことにつき合わされている優さまの心情を思うと、涙が出てきそうになる。
「ところで、優くん。瞳子が枕の下に入れているという写真なのだが……心当たりはないかね? まさか、男の写真じゃあるまいな?」
「さて……」
優さまがこちらに軽く視線を向ける。
その視線にわたくしは「秘密にしてください」と、視線で返す。優さまも心得たようで、にっこりと微笑みになった。
「僕には分かりかねますね。最近はあまり会ってもいませんから」
「そうか……一体誰なのだろう。どうもカメラの位置が悪いのか、一向に写真の人物が判明しないのだよ。男じゃないか、心配でな……」
溜息を吐く旦那さまには申し訳ないのですけれど。
瞳子さまの新しい恋――と言っても、差し支えないでしょう――は、始まったばかり。
子煩悩過ぎる旦那さまには、当分の間蚊帳の外にいていただきましょう。
心苦しいですけれど――わたくしとしましては、旦那さまより瞳子さまの方が100万倍大事なものですから。
「おおい、A子。次はアレが見たいな。ほら、夏の別荘の」
「はい、6,685号から6,697号ですね」
しめて12号分、24時間。
優さまが「嘘でしょう?」というように、困惑の目をわたくしに向けてきた。

優さま、ガンバ。


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