「ゆ、祐麒君? なんで?」
「えっ? 由乃さん……どうして?」
卒業式を終えて1週間、今日はかねてから祐巳さんと志摩子さんとで計画していた卒業旅行の日。 集合時間は間違っていない、でも目の前に居るのは、祐巳さんでも志摩子さんでもない。
「どういうこと? あっ、祐麒君たちも卒業旅行なんだ。 小林君とかアリスとかと待ち合わせなのね」
「あ〜、そういえば祐巳が言ってたっけ、そうか今日だったのか。 ……いや? ちょっと待って。 祐巳まだ家に居たけど?」
「準備に手間取ってるんじゃないの? 前日に済ませておけばいいのに」
「いや、そうじゃあなくて。 くつろいでテレビ見てたけど・・・・」
「はぁ? なにそれ?」
日付も間違っていないし、もう集合場所に来ないと踊り子号の出発時間になってしまう。 祐麒君も腕時計を見ながら時間を気にしているということは、そっちも出発時間が近いらしい。 ま、祐麒君と一緒に居られるからいいんだけどね。
行き先は同じで、確か南伊豆から西伊豆方面4泊6日とちょっと豪華目だったから”向うで会えたりして”とか言ってたんだけど・・・・・・・。
プルルルル プルルルル プルルル ・・・・・
どうしたんだ、どうしたんだろうと、周りを見回している時に、祐麒君の携帯が鳴った。 番号を確認して・・・・。
「祐巳だ。 もしもし、どうしたんだよ、由乃さん待ってるぞ。 ・・・・・・・・・・はぁ? 遅れるって・・・・・・・・2日遅れる? なんだよそれ? 2人で先に2泊してって・・・・・・・・・・・・ぉぃ。 ちょっと待て、って、志摩子さんも、小林もそこに居るのか?!」
なにか、不穏当な発言があったようだけど・・・・・。 なに? つまりは、祐巳さんと、たぶん志摩子さんも、小林君も、出発は2日後で、祐麒君と3日間? 一緒? 2晩ひょっとして……同室?
「祐巳、これってまずすぎるだろ・・・・。 あ〜、祐巳。 直接話し聞いてくれ、俺は知らないぞ」
神妙な顔をして携帯を差し出す祐麒君。 そんな顔を祐麒君に見せたくわないけど、仏頂面でひったくるに近い形で携帯を手にする。
「祐巳さん。 どういうことかしら? あと20分ほどで踊り子号が出発してしまいますわよ? それとも、わたくしとは旅行なんかしたくないということなのでしょうか?」
『・・・・・ま、ま、まぁ。 由乃さん、落ち着いて、落ち着いて』
「ええ、ええ、落ち着いていますとも。 そうでなければ! この携帯!! 床に叩きつけてるところよ!!!!」
『よ、由乃さん。 こ、これは。 志摩子さんと私からのプレゼントの様な物なんだよ〜〜』
「プレゼント?!」
『だって祐麒と付き合ってるのに、山百合会の仕事とか、部活動とかでなかなか会えなかったでしょ? 急に予定をキャンセルしてもらったことも1度や2度じゃないじゃない。 それで志摩子さんと話し合って、2泊分の由乃さんの宿泊料金は、私と志摩子さんが出して、小林君達にも話したら、話に乗ってくれて、祐麒の分は小林君達が出してくれたの・・・・・・』
「そういうこと・・・・・・」
山百合会の仕事も、部活動も好きでやってたこと。 急なキャンセルは、そういう意味ではしょうがない事、それも含めて祐麒君だって納得してもらっている・・・・・っと思うけど。
『だから2人で楽しんできてよ。 2日後には私達も合流するんだから。 ほら、そろそろ改札済ませないとダメなんじゃない?』
「祐巳さん、どう言うことなんだか判っててやってるよね? もしかして、女ばかりだったからそっちの方に頭が回ってないの? わかった、行って来るわよ。 その結果祐巳さんが少し早めに”おばさん”になってもモンク言わないでね」
『えっ? ち、ちょっとそれって?! あ〜〜! そういえば!!」
ピッ、主電源も切って携帯を祐麒君に返す。 そして、自分の荷物から乗車券を取り出し少しの間にらみつける。 嫌なわけじゃあないけど・・・・・・いいの? これで? 少し不安になる。 携帯をポケットにしまった祐麒君は、私の顔を覗き込む。
「どうする。 行く? それとも家に帰る?」
「・・・・・・・・・・・行くわ。 せっかくお膳立てしてくれたんだもん、あの2人がうらやましがるような旅行にしてやるんだから!」
「そうだね。 でも、気負いすぎると楽しめるものも楽しめないよ」
そういうと祐麒君は自分の荷物と、2つある私の荷物の大きい方の旅行カバンをひょいと持ち上げて。 あ〜、いい笑顔。
こうして、半ば強引に2人で行かされることになった私たちの卒業旅行、もちろん、祐麒君と一緒なんだから嫌じゃない。 いい思い出が出来るように祈りつつ、踊り子号は一路、早春の伊豆へ向かってホームから滑るように出発した。