「月が綺麗ね」
ユミは呟く。
「そうね、でもあのビルが邪魔」
ミユは月の下にある大きなマンションを冷たく見る。
ミユとユミは二人並んで夜空を見ている場所は、小さな神社の屋根の上。
ミユは白い着物に赤い帯。
ユミは深い色のセーラー服。
「何しに来たの?」
不意にユミはミユに質問するが、その視線は月を見たまま動かない。
「貴女に会いに、私の妹にして娘である貴女にね」
「そう、だったらもういいでしょう?明日にはこの街から出て行って欲しいな」
ユミもミユも視線は月の方。
「そうもいかないわ、貴女、いつまでここに居るつもり?」
「お・か・あ・さ・ま・には関係ありません」
「そうもいかないわ、無闇に人の記憶を操作したままなんて、貴女の力が弱まってしまう。喉、渇くでしょう?」
その言葉にユミはようやくミユを見る。
「どうしてあの子達を食べないの?」
「美夕!!」
「――くすくす、やっと名前で呼んだわね祐巳」
祐巳の前に立つのは金色の瞳を輝かせる美夕。
美夕の前に座るのは金色の瞳を輝かせる祐巳。
「祐巳って面食いよね……志摩子、令、乃梨子、由乃、瞳子、可南子、笙子、聖、江利子、蓉子……そして、祥子。皆、綺麗な子たち、姿も、心も」
「美夕、いつからはぐれ神魔に変わったの?」
「?――くすくす。それでは祐巳は人間に戻ったの?」
祐巳は美夕を睨むが、美夕はそんなこと気にしもしない。ただ、笑っている。
「吸血鬼よ、貴女と同じ、貴女の血を受け継いだその日から」
「鬼ではないわ姫よ。間違わないで」
「鬼よ。なんと言葉で誤魔化しても、鬼でしかないわ」
祐巳の言葉に今度は美夕が睨む。
「まったく、私の名を与えたのに貴女は――くすくす」
美夕はまた笑った。
「まぁ、いいわ。どちらにしろ、貴女はそんなに一箇所には住めない。それは、この五十年で分かっていることだろうから、でも、また、あの学校なのね」
「そんなの関係ないわ」
「そうかな?そう言えばあの時は白薔薇って呼ばれていたわね――くすくす」
「呼ばれていないわ」
美夕の笑いに、祐巳は視線を移す。
その先には、森に包まれたリリアンの校舎が見える。
「そう?――くすくす……でもそんなこと別にいいの、今の祐巳は休憩時間だからね……でもね。はぐれ神魔がこの辺に入ってきてるわよ?」
「な?!」
「勘が鈍ったみたいね……だから、休憩時間は終わり。そろそろ仕事に戻って欲しいかな――くすくす」
「……美夕」
祐巳は笑う美夕から視線を外し、立ち上がる。
「ラヴァ!!」
美夕の言葉に、仮面をつけた黒い影が現れる。
「相変わらず美夕にべったりなのね、ラヴァ」
「私は美夕の影」
祐巳の言葉にそれだけしか言わない。
祐巳は手の中に炎を生み出し、炎を大きくさせ自分自身を炎に包む。
炎が弾け飛び。
炎の中から、赤い着物姿に白い帯の祐巳が現れる。
「夢の時間は終わりか……」
いや、まだ、夢の時間は終わってはいない。この地に入ってきたはぐれ神魔を倒せば美夕はまた出て行くだろう。
そうすれば、あと一年は居られるはず。今度こそ間違わないようにしなければ……失わないように。
「お姉さま、瞳子ちゃん……メイさま」
祐巳は愛しい人の名を呟く。
「じゃ、行きましょうか」
美夕の言葉に、祐巳は頷いた。
美夕が夜の闇に消え、ラヴァも消える。
祐巳もまた、僅かな夢の時間を求め姿を消す。
もう、誰もいない小さな神社の上には明るい月が輝いていた。
美夕を見て、反対にすると祐巳だなと思っただけです……はい。