【No:1562】の後編
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小さな生き物達は食べられてしまわないように武器を隠している。鋭い刺に痛
みを与える毒。私達は弱い、とても弱い小さな生き物だから自分だけが生き残
ろうと必死で刺を磨く。そうして刺される前に刺すのだ。だけど……。
聖達は無言のまま身体を離し、壁に寄りかかるように並んで座り直した。
「制服、汚れちゃいますよ。私は体操着だから平気ですけど」
「うん、大丈夫。これくらい叩けば直ぐ落ちるし、そろそろクリーニングに出
す時期だから」
「新学期始まったばかりなのに?」
「意外と生意気だね」
「すみません」
「いいよ」
「あの高等部のお姉さま」
「……その呼び方面倒でしょう。こうしよう。私は貴女のことセンと呼ぶから
貴女は私のことハクと呼んで。」
「ハク様?」
「そう、それでいいよ、セン」
「はい。それでハク様」
「何?」
「化粧室に行きたいのですけれど」
「それは駄目だな。どうしようか、何かオマルの代わりになる物があるといいけど。」
「ええっ? まさかここで?」
「うん。見ててあげるから」
「あの、でも」
本当に表情の豊かな子だと思った。見ていて楽しいけれど、ちょっと可哀想な
気もしてきた。
「冗談よ。窓から行っておいで。バリケード崩すの大変そうだからね」
「はい。ありがとうございます。すぐ戻ってきますね」
ぺこりと頭を下げると窓枠を乗り越えて走って行く。意外に身軽なんだなと聖
は思った。運動が好きそうにも見えなかったけれど丸きり不器用というわけで
もないらしい。
(戻ってくるわけないよね)
誘拐された被害者がトイレに行って戻ってくるなんてまるでギャグだ。聖はも
う一度座りなおして膝を抱えた。そのまま顔を埋める。
小さくて弱い生き物達は一匹では身を守れない。寄り集まって大きな集団を作
ろうとする。でもそれは皆でお互いに守りあうなんて奇麗事なんかじゃない。
数が多ければ自分が襲われる確率が減る。ただそれだけのこと。自分じゃない
誰かが喰われている間に逃げ出す為に。
「ん?」
少し眠ってしまったのだろうか。肩を叩かれて目を覚ました。思い出せないけ
れど夢を見ていた気がする。
「どうぞ」
目の前にハンカチが差し出される。意味が分からずに黙って見ているとハンカ
チは聖の頬に当てられた。
(まさか)
視線を落とすとスカートも少し濡れていた。聖の涙を吸ったハンカチはそのま
ま持ち主のポケットにしまわれた。
「貴女は誰?」
「もう忘れてしまわれたのですか? センです。ハク様」
すっと記憶が蘇る。聖はやさぐれた気持ちになって衝動的に誘拐をして。
「戻ってきたの?」
「はい。そう言いましたけど?」
「貴女、変わってるわね。セン」
「ハク様ほどではないと思いますけれど」
「言うわね」
「ご飯にしませんか? 教室に行ってお弁当取ってきたんです。ハク様の分は
サンドイッチとコーヒー牛乳買ってきました」
「うそ。そんなことしてたら見つかるでしょう。先生は何も言わなかったの?」
「頑張れって言われました」
(応援してどうする)
この子も少し変ってるけど先生も十分おかしい。何を考えているのだろう。大
丈夫なんだろうかこの学校は。聖は自分のしていることを棚に上げて頭を抱えた。
「甘い」
「あ、コーヒー牛乳駄目でした? ごめんなさい」
「ううん、大丈夫。コーヒーは好きだから。普段はブラックで飲んでいるから
久しぶりだなって思っただけ」
「そうですか良かった」
「あ、そうだお金払わなきゃ」
「いいですよ」
「年下に奢られるわけにはいかないよ」
「いえ、私じゃなくて先生が出してくださったので」
「そう」
ご飯を食べ終わってしまうとまたすることがなくなった。聖は欠伸をした。つ
られる様に彼女も欠伸をする。
「少し寝ようか」
「眠いんですか?」
「うん。貴女は眠くない?」
「眠いです。体育の後で疲れてますし、お腹もいっぱいですし」
「おいで」
聖は中等部生の肩を抱き寄せた。素直に体重が預けられてちょこんと頭が肩に
乗ってくる。聖がリボンで結ばれたお下げを触るとくすぐったそうに笑った。
(暖かい)
どうして自分ではない体温が直ぐ近くにあると安心するのだろうか。聖は目を
閉じて眠りに落ちて行くのを待った。
(どうして私たちのことを放っておくのだろう)
聖は目が覚めてそんなことを思った。白薔薇のつぼみの称号のせいなのだろう
か。私がこの子に何もしないとたかをくくっているのか。寝起きが悪いわけで
はないけれど。聖は無性に腹が立ってきた。
「お目覚めになりましたか?」
「まあね。センは何時まで私に付き合うつもり?」
「ハク様が望むなら何時までも」
「貴女も私を馬鹿にしてるんだわ」
「そ、そんなことありません」
「うそつき」
「うそじゃありません」
「じゃあ証明して」
「えっと、あの、どうすれば?」
「脱いで」
「え?」
「貴女に服は似合わないわ。生まれたままの美しさを私に見せて」
自分はとんでもない意地悪を言っていると聖は思った。泣いてしまえばいい。
泣いてさっさとここを出て行けばいい。
「分かりました」
「え?」
センは勢いよくトレーナーを脱ぐと瞬く間に下着姿になった。その目は本気の
目だった。ブラに手がかかったところで止める。
「もう止めて。どうしてそこまで出来るの?」
「……ハク様に泣き止んで欲しいから。それとリリアンに忘れられない思い出
が欲しいんです。」
「思い出?」
「私、高校は山梨の学校に進むんです」
「そう。もしかして三年生だったの?」
「はい」
聖はふと手首のロザリオがこの子の首にかかっている姿をイメージした。しか
しそれはあり得ないわけだ。
「残念ね。でもきっとセンなら大丈夫。貴女は強い子だから」
「あ」
聖はセンをきつく抱きしめておでこに唇を落とした。センの顔が桜色に変わる。
「早く服をきなよ。風邪ひいちゃうよ」
「良いのですか?」
「何が?」
「私を食べたいのではないのですか?」
「ふふふ。耳年間だね。止めとくよ。そうゆうことは何時か本当に好きになっ
た人の為にとっておきなさい」
「……はい」
センは残念そうに人差し指で唇を押さえた。
「もう帰ろうか」
「はい」
聖たちはバリケードを元に戻して放送室の扉を開けた。
「気が済んだ?」
「お姉さま。蓉子」
聖はどうして誰もやって来なかったのか、その理由が分かった。
(お節介。……ありがとう)
そう、カオナシはセンについて優しい魔女の元へ向かうんだった。