【1584】 いわゆる墓穴ドレスアップ解き放たれし力  (一体 2006-06-05 15:10:24)


 この作品は、自分が過去に掲載させていただいたNo.863『魔法使い記念撮影切ないほど』の改訂版です。根本的な内容は殆ど変わってませんので、前作を覚えている方は読んでも楽しめないのでお気をつけください。あと読んでない方も、内容自体が腐ってますのでお気をつけください(笑)
 あと前作を読んでくださった方が読んでくれたとしても、簡易投票はしなくて結構です。えらそうに聞こえたらすみません。一応、正確な数がどれくらい入るのか知りたいものですので(汗


  自分的タイトル『マジ狩る☆由乃』(改)


カアカアと墨汁のような黒い直線が黄昏時の夕日に描かれ、ちりんちりんとどことなく懐かしさを覚える音が涼やかに揺れている。
 そんな平和としかいえない町並にバックの夕焼けでさえ恥ずかしさのあまり三倍速で沈みかねない生モノが、
「マ、マジ狩るクラッシャー☆ミラクル由乃。おおおお、お呼びとあらば、そく参上!! ……うっうっ」
『哀』と『狂気』だけが友達としか思えない哭き声をあげ。
 その横では、
「よっ、お似合いやで!」
 などとエールならぬエールを一杯きゅーとひっかけたとしか思えない生温かい応援が転がっていて。
 そして素敵な応援をいただいた生ものは、
(こ、殺したる!! い、いつか絶対殺しちゃる!!)
 その両眼からから本気ビームをぶち放っていた。
 そんな上の心温まるやりとりは、由乃があるもの拾ったことから始まった。

 それは、学校から帰宅途中の帰り道。
 とことこ、とことこ……。
 アスファルトに刻まれていた由乃の演奏が止むにいたたったのは、
(ん、なんだろう、あれ?)
 みょうちくりんな棒状のものがアスファルトの上に転がっているのを発見したからだ。
 ひょい、と由乃はそれを手にとって見る。
(ふむ?)
 それは由乃にとって、あるものを連想させてくるようなシロモノだった。
(……これって、アレか? よく魔法少女とかが使うステッキってやつ?)
 そうそれはTVアニメとかの、いわゆる魔女っ娘必須アイテムであるステッキの形をしていた。
(どこかこの辺の子が忘れて帰ったのかな? に、しても)
 懐かしい、由乃はそう思った。その水晶が先についたステッキを見ると、由乃が子供の時に好きだった『マジカル少女☆ジンバブエ』を思い出させてくれる。
 『マジカル少女☆ジンバブエ』とは由乃が小学校の時に好きだったアニメで、部族に代々伝わる魔法のステッキを盗み出したジンバブエがその力を使って悪の組織アパルトーに正義の鉄槌を下す、というまあどこにでもある普通の魔女っ子ものだ。
 由乃としてはジンバブエの手段を選ばないちゃっかりなところが大好きで、決め台詞でもある『勝てば官軍、負ければ賊軍! 豚の餌!』には子供心に大いに共感を得たものだった。
 ただどうしてなのか5話ぐらいでいきなり何の前触れもなく番組が、親友であるシャロンちゃんをやたらと自爆したがる敵幹部から守るために戦う『愛と友情でジハード』がテーマの『魔法少女☆マジカルテロル』になってしまった。(これもこれでおもしろかったのだが、やっぱり突然終わった)
 せっかくジバブー(ジンバブエの愛称)が敵幹部の息子に取り入って、ひと時のラブロマンスを味あわせた後一片の容赦なく裏切ってパパもろとも地獄のずん底につき落とす、という展開が終わりを迎えていて楽しみにしてたのに、とても残念だったと記憶している。
(あーあ、好きだったのになあー)
 あの時は本当に残念だった。思わずお父さんに、どうしてジンバブエやってないの! って突っかかったぐらいだ。
 (そういやお父さんって、おとなには色々事情があるんだよ、いってたわよね)
 幼かった時の由乃は、おとなの事情、とやらが分からなかったが、今なら分かる。
 お父さんはこういいたかったのだろう。
(はあー、やっぱりスポンサー会社が倒産でもしたんだろうなー。まったく世知辛い世の中ね)
 と、昔を振り返るのはそれぐらいにしておこう。由乃はステッキに意識を戻した。
(たしかジンバブエって、こうだったっけ?)
 きょろきょろと左右を伺い周りに人がいないのを確認すると、由乃は右手に持っていたステッキを上にかざした。
 ステッキが沈みかけた太陽に反射する中、由乃の口が大きく開かれる。
「ジンバブージンバブー。神さま神さま、虐げられてるものに力を貸してくださいな。よーし、今日も白ブタどもの悲鳴を上げさせちゃうぞ! マジカル少女☆ジンバブエ。気が向いたら、そく参上!」
 と、ポーズをとったその瞬間、
「きゃっ! な、何!?」
 由乃の視界はまるでカーテンを引かれたかのように白一色に染められる。
 それはあまりに突然で、強烈。
 視界そのものが閉ざされたわけではないのは、うっすらと団地のシルエットが写っていることからわかる。
 しかし、視界が用を為さないということには変わりはない。
 そして文字通り輪をかけたかのように、素敵なサプライズが由乃を襲う。
「えっ? えっ?」
 ようやく目が慣れ始めた由乃はの目に飛び込んできたものは、くるくると由乃の身体を覆っているリボン。
 リボンといったがそれは見た目上の便宜に過ぎず。ただ見た目がそのように見えたからに過ぎない。
 しかしそれ以上の考察が不可能なぐらい、由乃の3段変速の思考能力はローギア全力疾走で空回りを起こしていた。
「ちょっ、まっ!?」
 などといっても、これが私の仕事ですから、と言わんばかりに無常にもリボンはくるくると回っている。
 それはやがて、足元から頭まで突き抜けていくように消えていった。
 だがリボンが消えたからといって、由乃に日常が戻ったわけではない。
 いや、むしろそれからが本番。
「ななな、なんじゃこりゃー!!」
 と叫びたくなるくらいに、トンデモな展開が由乃を待ち受けていた。
「なっ、なんなのこれ? こ、この痛いコスチュームは!?」
 由乃の右手にあったはずのカバンは消えてなくなり、由乃が着ていたはずのセーラー服はピンクのフリルが幾状にもついたひらひらというある種の最強装備に替わっていた。むろん、呪われているのも間違いない。
「ちょっ、誰か説明しなさいよ!! 訳わかんないわよ!!」
 そんな叫びを上げても、返事など返ってくるはずがない。と思われたのだが、
「そこから先は、わてが説明しましょ」
 そんな声が由乃の背後からかけらる。
「えっ?」
 由乃が驚いて振り向くと、
「……って、誰もいないじゃない?」
 耳までおかしくなってしまったのか、と思って振り返ろうとしたが。
「ちゃうちゃう。下や、下」
 などという声が聞こえてくる。
 そんな声に導かれるように下を向くと、そこにはクマのヌイグルミというか、タヌキの出来そこないみたいなのが2本足で突っ立っていた。
「……えっと、アンタ誰? つーか、何?」
「ワシか? 魔法の国から愛とムチと希望を伝えにきた、さすらいのケロル三等兵とはわしのことや。まあ、みなからは親しみを込めてサンペイと呼ばれとるで」
「サ、サンペイ?」
「あ、サンちゃんでもええよ」
 やばい、聞いてはだめだ。
 由乃は目の前で起きてることを幻聴という方面に追いやって、さっさと帰宅の路につくことにした。
「あっ、ちょっと、待たんかい」
 幻聴だ。これは幻聴だ。
 たとえ由乃がピンクのふりふりを着ていたとしてもこれは幻聴だ。
 だがこの幻聴はしつこかった。
「つれないなあ、今日からアンタの相棒になるっちゅうのに。あ、せや、お近づきの印にこれでもうけとってや、おっと」
 その幻聴は、そう言いながらと一枚の薄い写真みたいなものを落としている。
 はらりひらりと引力という目に見えない力に力なく吸い寄せられるを写真の被写体を認識した時、由乃は凍りついた。
 何故なら、その写真にはドえらいものが写っていたからだ。
「こ、これは!!」
「よく映ってるやろ。あんさんの変身シーンやで。ま、思い出に一枚どうぞってやつや」
 そう、その写真にはピンクのヒラヒラをきている由乃の姿が写っていた。それだけでも人生を3回ほど繰り返してもお釣りがくるくらいの羞恥心満載なのに、さらにその写真の由乃は変身ポーズをとっているという、他人に見られたら自分が死ぬか見た相手を殺すしかない、という明るい未来図が目に見えるようなお宝映像だった。
 むろん由乃は、
「うおおおおー!!」
 と粉微塵なまでに業にまみれた写真をこの世界から抹殺した。
 だがしかし、
「あー、そのポーズは気に入らんかったか。なら、好きなもん選びなはれ」 
 目の前の何かはサービス精神満点に10枚ほど由乃の変身シーンがコマ送りになっている写真を並べてくれた。
「く、くおおお!!」
 無駄に映りのいい写真を見て由乃が悶絶していると、
「いや、わいってよく落し物をよくするんや。この前も写真を落としてしもうてなー」
 さわやかな笑顔でサンペイが『うっかり』な自分をアピールしてきた。
 むろん、そのうっかりは某時代のキャラのように『こりゃまた、うっかり』なんて一言で済むようなかわいげな代物ではないだろう。
「く、くううう!!」
 由乃は悟った。
 由乃が人としての大切な何かを失わずにすむかどうかは、目の前のクリーチャーに握られたということが。
「……わ、私になにをさせたいの?」
「話が早くて助かるで。何、悪い話やないで。あんさんの、魔法使いになりたい、ちゅう夢を人助けをしながら叶えられるのやから」
「別に、魔法使いなんてなりたくないのだけど」
 由乃がそう吐き捨てた瞬間、どこからか『かちゃ』という音が耳に入ってくる。
 まるで銃の檄鉄を立てるようなそれは、
『……ジンバブージンバブー。神さま神さま虐げられてるものに力を貸してください……』
「なりたいです! なりたいと思ってました!! ですからテープを止めてください!!」
 ピンホールショットで見事なまでに由乃の羞恥心を打ち抜く。
「せやろ、人間やっぱり正直が一番やで」
 そして目標を見事に打ち抜いたスナイパーは、にこやかな笑みを浮かべていた。
「ぐぎぎぎっ!!」
 ここで、歯軋りという名のソロ演奏が急遽開幕。
 ギリギリと聞くもの魂を揺さぶる慙愧に満ちた音が、由乃の口元から演奏された。
(がっ、我慢よ、由乃。そう、臥薪嘗胆よ!)
 知識としては知っていても、自分自身一生使うことは使うことはないだろう四字熟語を頭に思い浮かべていると、
「よっしゃ、なら話を続けさせておらうで」
 そんな由乃とは対照的に由乃の歯軋り演奏にアクセントを加えるかのようにさわやかな顔でサンペイは由乃に語りかけてきた。
「わては、魔法の国にある魔法を世界に促進させるための秘密企業組織『マジカル☆さいとう』(有)から派遣されてこの世界にやってきた、いわば企業戦士ってやつや」
「マ、マジカル☆さいとう?」
「せや、自分で言うのもなんやけど、向こうじゃ『マジカル☆たかお』(有)と唯一張れる組織やで」
 つっ込み所は満載だが、あまりまともに聞かない方がいいと判断した由乃は先を促すことにする。
「で、そのサンペイさんはどういう理由で私を魔法少女にさせたいのかしら」
「この世界に魔法を促進させるため、やな」
「その、魔法を促進させる、の意味が分かんないんだけど?」
「簡単に言えば、この世界とわてらの世界は微かにやが見えない線で繋がっとるんや。で、近いうちいつかは完全につながるっちゅうんがうちの学者さんたちの見解でな。ま、といっても十年後か、百年後かわからんのやけどな」
 そのあっさりと述べられた言葉に、由乃は目を大きく見開く。
「つ、繋がんの? 私たちの世界とあんたたちの世界が?」
「せや、いつになるかはっきりとは分からんがな」
「で、でも、それと私が魔法少女になるのってどんな関係があるのよ!」
 由乃がそう言うと、サンペイは溜め息を一つついた。
「一つ聞くが、あんさんはもしそうなったらどうなると思うんや」
「ど、どうなるっていわれても」
 話をいきなりこっちに振られたので、由乃は面食らってしまった。
「分からんか。じゃ、質問を変えるで、あんさんたちの文明は何によって成立してるんや?」
 私たちの文明? ……それは、間違いなく。
「科学、かな」
「せや、この世界は科学っちゅう力で成り立っている。で、わてらの世界は魔法で成りたっとるんや」
「さっぱり話が見えないのだけど」
 由乃がそう言うと、サンペイは器用に肩をすくめてきた。
「あんさんは、例えばやけど、今この瞬間から魔法の国が隣に引っ越してきました。今から魔法は常識の枠組みとしてください、なんていわれたらどう思うんや?」
 どう思う、といわれても。
 それは今、由乃が置かれている状況に近いのだろうか?
「そりゃ、びっくりするというか、簡単に、はいそうですか、と納得できないと言うか」
 由乃がそう言うと、サンペイはニヤリと笑っている。
「せやろ、魔法と科学っちゅうもんはいわば水と油みたいなもんや。せやのに、いきなりずっと科学で文明を築いてきた世界に魔法っちゅう科学と相容れない世界が隣に引っ越してきたら、どうなるかは火を見るより明らかやで。ヘたすりゃ、戦争になるかもしれん」
「せ、戦争って」
 言葉の意味としてはともかく、生活をしていく上で全く縁のないその言葉に由乃は実感が湧かなかった。
「歴史っちゅうもんを紐解くと、戦争ちゅうもんは資源確保が目的とかのやつはともかく、相手に対する無理解、もしくは価値観の相違という感情的なことが発端となったんも多いんや。まあ、ただ支配欲に駆られて、っちゅうんも多いけどな」
「だ、だからといってそう簡単に戦争なんて」
「ま、確かにいきなりドンパチやらかす可能性は低いやろうけど、このままで繋がると揉めることは間違いないと思うで。だいたい・・・・・・」
 ここでサンペイが少し顔を曇らせた。
「……あんさんがたの世界は、その前例があることやしな」
 前例、その言葉に由乃はひっかかりを覚える。
(……そのようなもの、あっ!)
 そして、ある忌まわしき歴史上の出来事が思い当たった。
「……ひょっとして、魔女狩りのこと」
「せや。ま、それだけやないけどな」
 確かに魔法が身近なものからしてみたら、あれを忘れることはちょっと無理だろう。
「で、でもあのときは時代が時代だし。だいたいそのあとで、あの裁判は間違いでした、って発表されているじゃない」
 こっちの世界そのものを非難された気がした由乃はそんなことを口にした。しかし、
「殺されたあとに、そんなん言われても嬉しくないと思うけどな」
「うっ、そりゃあまあ」
 そんなサンペイの短くも説得力のある言葉によって、由乃の言語能力はあっさり封じられる。
「と、あんさんに文句言うのは筋違いやったな。結局、ワイが言いたいのは、この世界は科学で理解できないものは異端として扱われる、とうちの世界が結論したことなんや」
 由乃は、なんとなくだがサンペイの言いたいことが分かったような気がした。
「つまり、このままではこの世界とサンペイの世界は仲良くできない、って言いたいの」
 由乃がそう言うと、サンペイは、正解! てな表情を浮かべている。
「ぶっちゃけた話、その通りや。で、うちの世界のお偉いさん方はこう考えたんや、この世界に魔法が日常にあっても違和感がないようにゆっくりと魔法を浸透させる、と。そのためにある計画を発動させたんや」
「どんな?」
 由乃が聞くと、サンペイはにやっとして口を開いた。
「聞いて驚きなはれ。その名も、人類魔女っ子化計画や!」
「……はい?」
 由乃は驚いた。
 いろんな意味で驚いた。
 今、こいつは何を言ったのだろう。
 人類? 魔女ッ子化? 計画? 単語の一つ一つの意味はわかる。
 だがその三つをいっぺんにまとめると、とても正気という言葉からは三行半つけられかねないような言葉になった。
 聞き間違いだろうか?
 いや、そうであって欲しい。
「あの、もう一度言ってくんない?」
 とりあえず由乃はそう言ってみた。
「なんや、若いのに耳が遠いんやな。人類魔女っ子萌え化計画や」
 そして、さらに見逃せないポイントが増えて返ってきた。
 由乃は、ひとまず理性には休暇をとってもらうことにして本題を口にする。
「いったいそれは何をする計画なのよ?」
「簡単なことや、罠にかかった、もとい選ばれた少女に魔法少女の力を与え魔法を世のため人のために使って、この世界の若者達に愛と希望と萌えを与えて魔法が存在することを当たり前と感じてもらい、これから10年、20年後にその彼らがこの世界をリードするころにうちらの世界の存在を明かして、お互いお互いを干渉しない対等の不可侵条約を結ぼうって計画や!」
 ふざけた計画名の割には意外とスケールがでかいし、なんとなくだが理にかなってるような気もする。
 だが、萌えを与える、というところがよく分からなかった。
「萌え、って何? 他のはなんとなく分かったけど」
 由乃がそのことに突っ込みを入れると、
「何をいっとるんや、萌えこそがこの計画の一番のポイントなんやで!」
 もうこれでもかっていうくらいに力説されてしまった。
「……一番なの?」
「電話は二番やで」
 いや、そんなん知らんて。
 まあいい。細かいことを言っても仕方がない、さっさと終わらせてとりあえずヤツが今握っている写真だけでもとり返そう。
「まあいいわ。それじゃあ私は何をすればいいわけ?」
「おっ、やっとその気になってくれたっちゅう訳やな。よっしゃ、なら今あんさんが握っとるステッキの説明からさせてもらうで」
 由乃は、自分の手に握られている呪いのアイテムを見つめる。
「ステッキて、これ?」
「せや、そのステッキはあることをしたら契約が発動する仕組みになってな。一度契約すると、その発動させたもんしか使えん仕組みになっとるんや。せやからこのステッキは、あんさん専用や」
 その言葉に思わず由乃は身震いした。
「あることって……ひょっとしてアレ?」
「せや、変身ポーズや。あのお約束のポーズが人前でできんと、魔法少女にはなれんからな。ま、ある意味、羞恥心をいかに克服するかが魔法少女になるための第一歩てとこやな」
 由乃は呪った。自分自身の軽率さを、マジカル少女☆ジンバブエを、そしてこの目の前のクリーチャーを。
「いや、なかなか自然に変身ポーズをとってくれる人間が少のうて困ってたとこやったんや。ルールで、ヤラセはあかん、ちゅうことになっとるしな」
「……どうして、やらせはだめなのよ?」
「そりゃ、やってくれるかどうかも分からんのに、わてらの正体をうかつに明かすわけにもいかんし、だいたいワシらが求めとるんは、羞恥心を物ともせず自ら進んでポーズを取ってくれる強者やからな」
(つ、つわもの)
 もうだめだ、耐えられそうにない。
 由乃は、さっさと話を進めることにした。
「……ちなみに、どうすれば魔法は使えるの」
「いや、その点あんさんの変身ポーズは完璧やったで」
「うっさいわ!! さっさと話を進めんかい!!」
「お、おこらんでもええやないか、せっかく人が誉めとるのに」
 これ以上変身ポーズの話をしたら許さん、という由乃のおどしが効いたのかサンペイはしぶしぶと説明を進めてくる。
「じゃ、さっきの続きやけど、まず、このステッキの名前をつけてやってや」
「名前なんているの?」
 サンペイは呆れたような顔をしている。
「なんや、せっかくこれから一緒にやっていく相棒に名前もやれんのかいな」
「い、いや、そういうわけじゃないけど」
 由乃がそう言うと、さっきとはうって変わってサンペイは笑顔を由乃に向けてきた。
「なら、ええ名前を付けてやってや。やり方は簡単や、何々ステッキて呼ぶだけでええんや」
 え、てことは?
「じゃ、最後のステッキは外せないの?」
 と、由乃はサンペイに質問をした。
 そして。
「せや、ステッキちゅう部分は彼らの体を表すもんやからうかつには変えれんのや。まあ、剣とかでも何々の剣とか、結局のところその存在の意味を表せとる言葉はついとるやろ」
 サンペイは肯定の言葉で返してくる。
 ふむ、なるほど。
 人間で言うとステッキは苗字に当たる所なのかもしれない。
 由乃はそう納得していると、
「あ、でも、気いつけえや、一回名前を言ったらもうやり直しは利かんから」
 サンペイからそんな言葉がかけられた。
「わ、わかったわ」
 チャンスは、一回、か。
 正直あんまり長いこと一緒にいたくないが、毒を食わらば皿屋敷だ。
(よし、これに決めた!)
 由乃はいくつか考えた名前の中で、一番魔法少女として王道の名前にすることにした。
「やっぱり、魔法少女と言えばこれね。いい、あんたの名前は『マジカル』 そう、マジカル☆ステッキよ!」
 その瞬間、由乃の声に応えるかのように、ステッキの先端からまばゆい7色の光が放たれた。
「きゃっ、なっ、何?」
 由乃が驚いていると、サンペイも由乃に負けず劣らず驚いたような声をあげてきた。
「いやあ、わしも何回か見てきたが、こんなに喜んだステッキを見るのははじめてやな」
「よ、喜んでるの、これ?」
「ああ、それだけは間違いないで。ステッキの輝きの強さが、感情のパラメーターちゅうわけやな」
 喜んでる、そういわれると流石に由乃も悪い気はしなかった。
(へえ、なんか、かわいいじゃない)
 あんまり長く付き合いたくはないけれど、仲良くやれるならそれに越したことはない。
 ひょっとしたら、見た目の痛さを除けばだが、案外楽しめるのかもしれない。
 ステッキの輝きがようやく収まってきた所に、
「せや、ステッキの先端についている水晶を見てみい。それで簡単な意思の疎通ができるで」
 サンペイがそんな言葉を声をかけてくる。
「本当に!」
 由乃の声が弾んだのは、意思の疎通が出来るからに違いなかった。
 光るだけだと感情の起伏は分かったとしても、その感情が怒りなのか喜びなのかはっきりと分からない。たとえ簡単でも、ハッキリと意思の疎通が出来るのなら絶対にそっちの方がいい。
 由乃はウキウキという最近日本ではあまりお目にかかれない表現を身体で表しながら、ステッキの水晶の方に視線を向ける。
 て、あれ?
「……ねえ、サンペイ。一つ聞きたいのだけど?」
 そこには確かに日本語で文字が映し出されていた。
「なんや、どうかしたんか?」
「どうしてステッキの水晶に映し出された『マジカル』が『マジ狩る』になってんの?」
 そう、そのステッキの水晶には『私の名、マジ狩る☆ステッキ。ヨロ!』と、えらい表記がなされていた。
「ん、なんか問題があるんかいな?」
 問題だらけだ。
 由乃は、その問題を声に出してサンペイを問い詰める。
「大ありよ! 人が真面目に付けた名前、何トンデモ変換してんのよ、コイツ!!」
 しかしサンペイは由乃のQに、
「ああ、まあそう責めたるなや。こいつはわしと違って、日本語表記は苦手なんやから。ま、OSも古いし、仕様ってやつや」
 よく飛びそうなAを返してきた。
 むろん、そんな某社にも似た投げやりな言葉では世間さまは納得してくれない。
「ふっ、ふざけんなぁ!! さっさとバージョンアップしとけぇぇ!!」 
と、由乃が怒りの咆哮をあげているその時。
 ぴかっ ぴかっ ぴかっ、と短い間隔の点滅が由乃の顔を照らした。
 何、と思うまでもない。その点滅は握られていたステッキの水晶からだった。どうやら何かを訴えているみたいだ。
(な、なんなの。ひょっとして、怒ってんの? ……ちょっと、言い過ぎたかしら?)
 由乃がちょっと反省しながら水晶を覗き込んで見ると、
『首領☆マイ、ボス!』
 なんて少々とんちのきいた文字が写っていた。
「何が、首領とかいてドン☆マイ、ボスじゃあ!! しかもマイボスなんて、シャレを聞かせたつもりかぁぁ!!」
 と、ここで。
 「きゃっ!」
 ただでさえ危険なひらひらが重力に逆らって舞い上がろうとした。
 がばっ!
 そんなお茶目な風のいたずらを、由乃はひらひらを抑えることによってギリギリでかわす。
 だが安心したのもつかの間、由乃両眼が極限なまでに見開かれていた。
 何故なら。
「あ”」
 その突風によって、サンペイの手に握られていたものが大空高く舞い上がってるのが由乃の視界に入っきたからだ。
(あ、あれは、まさか、まさかぁ!!)
 そうそれは紛れもなく、由乃のこれからの人生を素敵な方向に捻じ曲げてくれかねない例のブツだった。
「ちょっ!! あ、あんた何してんのよ!!」
 由乃は、即死もののうっかりを体現してくれた腐れタヌキに当然ともいえる抗議をする。
 が、加害者はいたってあっさり、
「いや、ま、不幸な事故っちゅうことで」
 と『事故』の一言でスルーしてきた。
 しかし、こんな飲酒運転まがいな事故を見逃すほど由乃の刑法は甘くない。極刑ものだ。
「ふ、ふざけんなあ!! あれを他人に見らでもしたら、私の人生がエビゾリ百四十度ぐらいまっとうな方向から歪んじゃうじゃないの!! な、なんとかしなさいよ!!」
 被害者Hさん(仮名)の血の滲むような叫びに、被告人Sは、しょうがないなあ、といった表情である提案をしてきた。
「せや、ならちょうどええ機会や。あの舞い上がってる写真に向かってステッキをかざして適当でええから呪文を言った後、最後は『マジ狩る☆ファイヤー』と叫びなはれ。何、安心せい。自動ホーミングで全て焼き払ってくれるで」
 非常に悪辣な詐欺にあっている錯覚を受けるのは、おそらくは気のせいではないだろう。
 しかし、現状ではそんな悪魔も目を覆いたくなるほどの取引をしないといけないのは明らかだった。
 ただ一つだけ、
「……マ、マジ狩る、って叫ばないといけないの?」
 それが問題だ。
 何が悲しくて、大気圏を突き抜けるほど高難度のレッツ! 羞恥プレイをしなければいけないのだろう。
 そんな由乃が心の中で葛藤と仲良くダンスを踊っていると、
「当たり前やで。魔法ちゅうもんは、己のイメージを具現化するんや。そしてその思いを相棒であるステッキの名前を叫ぶことによってさらに増幅されステッキもそれに応える形で発動されるんや!」
 サンペイが入ってワルツとなった。
「くっ、わかったわよ!」
 むろん、踊らされているのは百も承知。
 しかしみるみるうちに遠くなっていく写真を見れば、タイムリミットが近いのは間違いない。
 もう背に腹は変えられない。
 由乃はステッキを握り締めた。
(た、頼むわよ、マジ狩る☆ステッキ!)
 ぴかっ!
 ここで、まるで由乃の思いに応えるかのようにマジ狩る☆ステッキが光を放つ。 
 マジ狩るの水晶を見ると、
『逝け逝け☆ゴーゴー!』
 いささか素直に頷けない応援をしてくれた。
(ま、まあいいわ。よし!)
 由乃は気を取り直し狙いをさだめ、空に向かって大きく叫んだ。
 ちょっとだけノリノリだったのは、むろん内緒。
「わが人生をエビゾリさせてくれる悪しき存在よ。その報いをもって無にかえるがいい。マジ狩る☆ファイヤァァァ!!」
 ぶおおおー!!
 その瞬間、その宙に舞っている写真に向かって紅蓮の炎が激しく噴出した。
 由乃の口から。
(ちょっ、まっ、またんかいぃぃ!!)
 自分の口から激しく炎が噴出すという奇跡体験を体験した由乃は、慌てふためいてサンペイのほうに目を向ける。
 そのサンペイは、安心させるかのような笑顔を由乃に向けていた。
「ああ、安心せい。それは魔法の炎やから自分が焼けることはせえへんから」 
「んーっ!! んーっ!!」(そういう問題じゃねえぇぇ!!)
 危険な写真を見事に焼き払った後、ようやく由乃の口から吐き出されていた炎が収まり始めた。
 完全に炎が収まったことを確認すると、由乃は鋭い視線をサンペイに向ける。
「……ねえ、サンペイ?」
「なんや、よしのん」
「よしのん、て誰やねん!! ていうか、なんで『マジ狩る☆ファイヤー』がわたしの口から吐き出されたのよ!!」
 人として大切な何かを失った実感をライブ現在進行形で体験している由乃がサンペイに詰め寄ると、企画者であるサンペイはあっさりと答えを返してきた。
「ああ、あれは人によって変わるんや」
「……人によって変わる?」
「せや、魔法ちゅうもんはさっきも同じこといったけど一番大切なんはイメージなんや。使用者のイメージに合わせて、相棒のステッキが魔法を発動してくれるんや」
 つまり、あれか? いや、まさか。
 サンペイの言葉の意味を確かめるため、由乃は口を震わせながらサンペイに問いただす。
「つ、つまり」
「さっきのは、ステッキの中でもあんさんの一番ピッタリのイメージっちゅうことや。いや、ワシも長いこと魔法少女みてきたけど、だいたい七〜八割ぐらいはステッキから発射で、残りはせいぜい利き腕ぐらいなんやけどな。まさか、口から噴出すとは思いもせんかったで」
「わ、私も思いもしなかったわよ!!」
 なんとなくわかっていたが、そのあまりにふざけた答えに由乃の熱いまなざしはマジ狩るステッキに釘付けになる。
「コ、コラ、マジ狩る!! 私のイメージは『口から炎』なんかい? 何とか言いなさいよ、マジ狩るぅ!!」
 そんなホットなまなざしにマジ狩る☆ステッキはただ一言、
『ベスト☆チョ椅子!』
 という素敵な文字をその先端についた水晶に輝くように映し出していた。
「ふふふ、ふざんけんなぁぁ!! 何が、チョ椅子、だあぁぁ!!」
 由乃は怒りと悲しみに震えていると、どこからか悲鳴のような声が聞こえてくる。
「いやぁぁー!! だれかー!!」
 その叫びを耳にしたサンペイの口元は、右斜め上にトーンカーブを描いていた。
「おっ、どうやら、マジ狩る☆クラッシャーミラクル由乃の初出番みたいやで!」
「なっ、何なのよ、そのふざけた魔法少女というより無法少女みたいな通り名はぁ!!」
「いや、だって、ステッキがそう言っとるで」
「なっ!?」
 由乃が驚いてステッキの水晶を見ると、本日の由乃さんアンラッキーアイテムであるトンデモステッキの水晶が光を放っていた。
 光り輝く、本来なら幸せに満ち溢れるであろうそのイメージは、今の由乃にとって死神の鎌がきらりと反射しているに等しい。
 そして、その考えは間違っていなかった。
 その水晶には、
「ボスの名は、マジ狩る☆クラッシャーミラクル由乃だよ!」
 などという名誉毀損が形となった文字がきらきらと輝いていた。
 ぷちん 。
 それを見て、由乃の中の何かが壊れた。
「い、いや、いやだぁぁー!! こんなステッキとは一緒に出来ない、出来ないよぉ!! おうち帰るぅぅ!!」
「なに、安心せい。写真とテープならまだまだいっぱいあるで。なんなら動画も見せたるで?」
 そういってサンペイがHDDカメラを構えた瞬間、見事にハモった二つの悲鳴が大空にこだました。
「「誰かぁぁ 助けてぇぇー!!」」
 その叫びに応えるかのように、トンデモステッキが光り輝く。
 そしてやはりというか、
『ボス 私 そばに☆憑いてる!』
 心温まる文字が踊っていた。
「憑くなぁぁ!! あっちいけえぇぇ!!」
 そして冒頭の『マジ狩る』な無法少女、もとい魔法少女の幕を開けるのであった。
「マ、マジ狩るぞ!! オラァァー!!」

 終わり


一つ戻る   一つ進む