【1583】 祐巳をバージョン・アップ  (朝生行幸 2006-06-05 14:28:53)


「祐巳、まだ?」
「申し訳ありませんお姉さま、もう少しお待ちください」
 姉である小笠原祥子こと山百合ネーム『紅薔薇さま』にせっつかれた、福沢祐巳こと山百合ネーム『紅薔薇のつぼみ』は、焦りを露にしながら謝った。
 自称及び他称『平均点』がウリ(?)の祐巳は、それを証明するがごとく、身長・体重・スリーサイズ・運動能力等の肉体的特長から、精神年齢・各科目成績・記憶力・知識量等の精神的特長に至るまで、あらゆる全てにおいて平均なのであった。
 放課後の薔薇の館にて、本日の仕事を同量になるように三つに分け、紅薔薇姉妹・黄薔薇姉妹・白薔薇姉妹でそれぞれ取り掛かったところ、黄薔薇姉妹と白薔薇姉妹はほぼ同時に終わったのに対し、紅薔薇姉妹の場合は、祥子はともかく祐巳だけは遅れている状態だった。
 確かに祐巳は、他の人に比べて少々仕事が遅い。
 だが、紅薔薇姉妹が遅れているのは、何も祐巳のせいだけではない。
 黄薔薇姉妹と白薔薇姉妹の場合は、一つの山からそれぞれが、それぞれのペースで引き抜いて作業し、難しい仕事や分かり難い仕事に当たると、互いに協力して中断することなく進めるのに対し、紅薔薇姉妹の場合、大体6:4ぐらいの割合で二つに分けて、多い方を紅薔薇さま、少ない方をつぼみに割り当てて進めるといった、ノルマ消化型で仕事をするからだ。
 現状、黄薔薇・白薔薇姉妹共に既に仕事は終わっており、紅薔薇姉妹は、祥子は自分の割り当てを既に終了させていたが、祐巳は割り当て8割ってところ。
 つまり、黄白に比べれば、圧倒的に遅れているのだ。
 結構短気な祥子、そりゃ祐巳をせっつくのも致し方ないといったところか。
 更に都合が悪いことに、一番遅かった姉妹は、皆のお茶を淹れなければならないというバツゲームまで付いており、それが祥子を駆り立てる一因にもなっているのだった。
 そして結果は火を見るより明らか。
 紅薔薇姉妹は、結局『ゲビ』に終わった。

「まったく、あなたって子は………」
 カップを片手に、呆れた声を出す祥子。
「………」
 祐巳は俯いたまま、申し訳無さそうな顔をしていた。
「そこまでにしなよ祥子。あなたも私たちみたいな進め方をしてたら、そんなに遅れることもなかったと思うよ」
「私たちのやり方に、口出しして貰いたくないわ」
 多少の怒りを含んだ口調で、黄薔薇さま支倉令をバッサリ切捨てる祥子。
 何でも出来るタイプの人間にはありがちなことだが、祥子は自分が出来る故に、他の人も出来て当然と考えてしまう傾向がある。
 まだ回りに気配りが出来るのなら、そんな考えも抑えられるのだが、残念ながら祥子は、正真正銘のお嬢様。
 自分本位で我侭なところがあるため、しかも頼りない妹を鍛えなければならないという使命感、あるいは義務感を持ってしまっているので、どうしても厳しい態度になってしまうのだ。
「祥子さま、ご自分の割り当てが終わったのなら、祐巳さまの分も手伝ってあげればよろしかったのでは?」
「そ、そんなだと、祐巳がいつまで経っても成長しないわ。立派な薔薇さまになれるように、私が鍛えてやらないと」
 白薔薇のつぼみ二条乃梨子に指摘され、まるで逆ギレのように言い訳する。
 しかし、乃梨子の言う事はもっともだ。
 祐巳の仕事は遅い…と言うより、反対に他が早すぎるのだ。
 祐巳がノーマルな自動車だとすれば、他のメンバーは皆、チューンされた自動車。
 その車がレースに出れば、ノーマル車が遅れるのは自明の理。
「祐巳ちゃん、気にすることはないからね。由乃も志摩子もいるんだから、ワンマンにならずに、協力して行けばいいのよ」
「大丈夫。乃梨子も、あと由乃さんと祐巳さんの妹になる子だって、きっと助けてくれるから」
 令と白薔薇さま藤堂志摩子の慰めによって、ようやく顔を上げる祐巳。
「あんまり祐巳を甘やかさないで頂戴」
 いまだ頑なな祥子の態度に、一同苦笑いせざるを得なかった。

「そうね…一計を案じたわ」
 いつも通りの和やかさを取り戻した会議室。
 祥子も祐巳も機嫌を直し、雑談に耽っていたその時。
 祥子がポツリと呟いた。
「何のこと?」
「祐巳の能率を上げる方法よ」
 まだ引きずっていたのかよ、という視線で、祥子を見やる令。
「ある人物に倣えば、きっと祐巳も早く仕事ができるようになるはずよ。というワケで、本日はこれで失礼ごきげんよう」
 言うが早いか祥子は、さっさと一人で帰って行った。
 呆然と見送る一同。
「また、何かよからぬことでも考えついたのかな…」
 令は、小さな溜息を吐いた。

「さぁ祐巳、これに着替えなさい」
 祥子が徐に取り出したのは、リリアンの制服。
 しかし、ほぼ黒に近い深緑の標準制服とは違い、それはドギツイ赤系統の色。
 小豆色をベースに、カラーやタイは薄いピンク色。
「えーと、それってまさか………」
 おそらくは、山百合会で一番そっちの知識が多いであろう乃梨子が、信じられないといった風情で呟いた。
「そうよ。このシャア専用制服さえ着れば、祐巳の能力も3倍になるって寸法よ!」
 握り拳を作って、力強く断言する祥子に、
「アホかアンタは」
 呆れた口調で、令はあからさまに非難した。
「そんな赤い服に替えるだけで、祐巳ちゃんの能力が3倍になるわけないでしょ?」
「そうよ令ちゃんの言う通りよ。だって、ツノが付いていないんだもの」
「って、そうじゃないでしょ!?」
 さすが我が妹、と喜んだのも束の間、由乃のウスラトンカチな発言に、令も更に呆れるばかり。
「もちろん抜かりはないわ」
 ポケットから取り出した、羽根のような形の赤い物体を、祐巳に渡す祥子。
「着替えたら、それを額に…ここの両面テープを剥がして、貼り付けるのよ。それじゃ皆悪いけど、ちょっとだけ外に出てもらえるかしら」
 祐巳一人を残して、ぞろぞろ会議室を後にする。
「祐巳、もういいかしら? 入るわよ」
 数分後、会議室に入った祥子たちの目の前には、赤い制服に身を包んだ、紅薔薇のつぼみが立っている。
 紅薔薇姉妹にはふさわしい色合いではあるが、はっきり言って、全然似合っていない。
「………」
 しかもツノが、かなりマヌケな雰囲気を醸し出していたため、誰一人として声を出せなかった。
「………ええと、取り合えずは、これで3倍のはずだから、実験も兼ねて仕事をしてみましょう。見せてもらいましょうか、シャア専用の性能とやらを」
「紅薔薇さま、台詞が逆ですから」
 脱力した状態ではあるが、取り合えず今日の仕事を始めだした。
 しかし、もはや説明は不要だとは思うが、
「無駄だったわね………」
「当たり前でしょ………」
 結局、単なる着替え損になった祐巳だった。
 その後、
「制服の色の違いは、能力の決定的差ではないということを教えられたわね」
 と、祥子が言ったとか言わなかったとか。

 ちなみに、その日たまたま薔薇の館を訪れた武嶋蔦子嬢によって撮影された『赤い紅薔薇のつぼみ(ツノ付き)』は、激レア写真として、リリアン裏オークションにて天井知らずの値で落札されたらしい。
「ええい!紅薔薇のつぼみは化け物か!!」
 落札できなかった生徒は、一様にそう叫んだと言う噂………。


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