お初です。10回程リロードしてようやく題名らしい題名(?)が見つかりました。が・・・
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振り返ってみればそこには無数の思い出があって、思い出すのも一苦労な位たくさんあって。
出会いがあって別れがあって、喜びがあって笑いがあって、時に怒りもあって、涙もある。
3年間という、とても長くて、とても短い時間のなかにそれらは詰め込まれている。
人生、振り返っているばかりではダメ。だけど今は、思い出の小部屋の扉を一つずつ開けては、『ありがとう』って言って回りたい。たとえどんなに辛い思い出にも今日だけは笑顔で。
私は今、講堂に並べられた椅子に座っている。去年はお姉さまの代の、一昨年はそのまたお姉さまの代の3年生達が座っていた場所。ここからの眺めは、普段なら見慣れた講堂のそれなのだけれど、ステージ上に飾られた大きな花や、左右両面の壁を覆う紅白の幕、いつもはジャージの体育科の先生の礼服姿とか、いつもに輪をかけて時間の掛かってそうな国語科の先生のお化粧とか。そして何よりこの独特の静寂が醸しだす雰囲気が・・・
「(本当に卒業なんだなあ・・・)」
なんて今更ながらしみじみとした気持ちにさせてくれる。
もうあと何時間かで、私は高等部を卒業する。
不思議と緊張はしていない。話し合い(という名の押し付け合い)によって卒業生答辞という大舞台を仰せ付かったこの身であるが、まあ祐麒から呆れられるくらい何度も練習したし。大勢の人の前で喋るってのは、初めての事ではないし。
それよりも、卒業というものをどこか他人事のように眺めている、現実から乖離した自分が確かに居て、実感が湧かない、というのが本当のところだ。
だから、今のところ涙腺はセーフティーゾーン。だけれど、まあ長くは持たないだろうな。
ほら、右隣の桂さんなんて今日は朝から涙腺緩みっぱなしだ。涙もろさクラス一は伊達じゃない。
一人泣いている人が居ると、その隣もつられてホロリときちゃって、結局私より後ろの出席番号の人達のハンカチは今や総出で活躍中である。私より前の番号の人達はどうやらまだこらえているようだけれど、もしこれで私が陥落したら、波が広がるようにあっという間にクラス全員が号泣しちゃうんじゃないのだろうかって、それ位しんみりとした空気が漂っている。
「・・――由美」
はっ!びっくりした。違うユミさんか。
ぼんやりとしてる間に、式は卒業証書授与まで進行していたらしい。国歌斉唱が終わって着席してからこのかた、意識は式からかなり遠ざかっていたようだ。
結局、卒業までに落ち着いた思考が身につかなかったな、私。せめて社会に出るまでには、といっても特に焦りが感じられないあたり、つくづくマイペースだなあ我ながら。この前蓉子さま達に会った時なんか、少しは頑張ろうなんて思えたのに・・・
卒業祝いを言いに、先々代薔薇様と、先代、つまり祥子さまと令さまが薔薇の館を訪れたのはつい一週間前のことだった。まさか、私達の代の生徒がお世話になった元・薔薇様全員が来て下さるなんて思っても無かったから、それはもう嬉しかった。
結局、今年度の薔薇様3人とも、リリアン大に進むことになって、そのことを知った先々代の方々の反応は、それこそ三人三色だった。
蓉子さまは、妹を再び後輩に迎えることになった祥子さまを冷やかしながらも、まさしく先輩の鑑のような祝福をしてくださった。
聖さまは、いつもの親父仕様でまるで派閥に入った新入社員を歓迎する企業のお偉いさん、という表現がピッタリの祝福をしてくれた。あ、それと久々に抱きつかれもした。
江利子さまはというと、呆れたように『意外性が無いわねぇ』と呟いて、それから『誰か一緒に未来のマティスを目指さない?』なんて芸術学部勧誘をしていた(どうやらピカソよりもマティス派らしい)。
反応はそれぞれだけど、みんな心から祝福してくれた。言葉は様々だったけど、それは伝わってきた。来年は私達も、あんな風に後輩を祝ってあげられたら、どんなにか素晴らしいことだろう。セクハラ以外は。
「藤堂志摩子」
「はい」
そんな他愛も無い思考を正すように、柔和だけれども芯の通った綺麗な声、聴きなれた親友の声が聞こえてきた。目を壇上にやると、巻き毛の綺麗な親友が粛々と歩いている。物思いに耽っていると時間は早く流れるもので、証書授与はもう中盤に差し掛かっている。
なんだかんだで、学部こそ違えど引き続き同じ学び舎で学業を修める事になった銀杏マニアの親友。確か2年前の今頃、クラスメイトに注目される中で志摩子さんの手を握って『一緒に山百合会を背負って行こう』なんてほざいていしまって赤面した記憶がある。
それを覚えていてかどうかは分からないが、共に山百合会幹部として勤め上げてくれた彼女はいわば戦友だ。そんな志摩子さんに『ずっと仲良しでいようね』なんて昔誰かさんに言った言葉を送りたい。何を今更、野暮ったいことこの上ないかもしれないけど、今日はそんなの言いっこなし。
戦友といえば、由乃さんもそうだ。彼女との友情物語は、黄薔薇革命のあの時から本格的に始まった。当時の豹変する前の由乃さんと病室で交わしたあの会話さえ、昨日の事の様に思い出せる、というのは嘘で、実は改造手術されてからの彼女の印象が凄まじ過ぎて、フルカラーじゃなく少々セピアがかった映像として思い出される。でも紛れも無く、それは由乃列伝の一ページであるし、かけがえの無い親友と自分の共有した思い出でもある。ほんとにいろいろなことがあったな・・・。
思うに、この卒業証書授与という式目は、勿論証書を各生徒に渡すという目的があるんだけれど、もう一つ、同級の学友との3年間を一人一人回顧してゆく、そんな機会でもあるんじゃないのかな。
一つ前の出席番号の級友が名前を呼ばれ、いよいよ次、という場面でそんなことを思った。
私の名前が呼ばれて、この3年間を共に過ごした人達は果たしてどんな思い出を想い返すのだろうか。
ピアノの伴奏の、最後の音が講堂に響いて、聖歌斉唱は終わった。
卒業式の式次第なんて、暗記して面白いものでもなんでもないけど、聖歌斉唱の次がなんであるかは覚えている。私の涙腺に与えられる本日最大の試練、『在校生送辞』だ。
送辞・答辞は紅薔薇姉妹の役目、なんていう、もしあったら傍迷惑この上ない伝統など、当然ながら存在しない。あくまで偶然に、今年もそうなっただけ。
「送辞」
教頭先生の声が響く。
「在校生代表、松平瞳子」
「はい」
よく通る声。私の自慢の、可愛い妹。視界の端に瞳子の歩く姿が入ってきた。背筋を伸ばし堂々とステージに歩いてゆくその姿は、いつもの気丈な、縦ロールの瞳子だった。よかった。あの子のことだからまさかそんなことはないと思うけど、もし肩を震わせてたりなんかした日には、椅子を引っくり返して形振り構わず助けに行ってしまったところだった。冗談抜きに。
壇上に上がり、マイクの角度を、それが礼儀であるかのようにちょっと弄ってから、正面の卒業生の一群を見据えて、瞳子は口を開いた。
「リリアン女学園高等部を巣立っていかれるお姉さま方」
自信に満ちた表情で、手に持った原稿に目を落とすことなく、瞳子の送辞は始まった。
「ご卒業、おめでとう御座います」
そういえば、祥子さまはこのあたりで早くも泣き出してしまったんだったなあ。去年の私は、もうちょっと進んだらへんで。
「お姉さま方という、立派な先輩を持ち、そして今日この式に立ち会えることを、私達在校生は誇りに思います」
そう言い終えて、一呼吸つく壇上の瞳子の目に、何かがキラリと光った気がした。
だけれど、当の瞳子は相変わらず、微かに笑みを湛えて堂々と喋っている。
あ、また光った。間違いない。もう限界かな。だけれど一向に泣き崩れる様子は無い。
むしろどんどんと自信に満ちた声色になってきている。
そうか。泣いてるんだ。ほんとは。だけど、ぎりぎりのところで踏ん張っているんだ。努めて笑顔で。涙がこぼれない様に。
思い切り泣いたって、いいのに。誰も文句は言わないのに。みんなちゃんと温かい拍手を送ってくれるというのに。いざとなったら、乃梨子ちゃんが助けに駆けつけてくれるかも知れないのに。
ほんとに、こんな時にまで可愛くないんだから。そんでもって可愛いんだから。
周りの卒業生達も、徐々に瞳子の様子に気付き始めてきたようだ。壇上を見つめ、悲壮な声をハンカチで抑えて泣き出す姿がそこここに認められる。あんな健気な姿を見るに至っては、それは仕方の無いことだろうな。隣の桂さんはもう、一枚のハンカチでは足りなくなって、四枚位いっぺんに使って号泣している。
だけど、私は何故だか泣けなかった。その代わりに、笑顔で瞳子の勇姿を見つめていた。その姿を胸に刻み付けるように。
泣き崩れるのも十分感動的だけれど、これはこれで十分に、いや、最高に感動的だ。
「最後となりましたが、お姉さま方のご健康とご活躍をお祈り申し上げ、これを送辞とさせていただきます」
そして最後の毎年お決まりの台詞。いただきますの「す」までひっくり返ることなく言い切った。涙をその長い睫毛いっぱいに溜めたまま、一筋も流すことなく。
きっと今の彼女の視界は涙でぐちゃぐちゃなんだろうけど、尚もまっすぐ卒業生を見据えながら
「本当にご卒業おめでとう御座います」
とアドリブを添えて送辞を締めくくった。御座いますの「す」は感極まっていた様だけれど、やっぱりひっくりかえらずに。
「在校生代表、松平瞳子」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、講堂は拍手と感激の声に満たされた。
壇上の縦ロールが満足そうな表情でお辞儀をして、降りた後も、轟音は鳴り止まない。
最後のアドリブには、瞳子の、そして在校生全員の、「おめでとう」が集約されているようだった。今まで言われた「おめでとう」の中で、一番嬉しいおめでとうだ。
みんな、本当におめでとう!3年間お疲れさま!
いつの間にか、私は心の中でそう叫んでいた。多分、瞳子に感化されたからといのもあるんだろうけど、こんな不甲斐無い私を山百合会幹部として認めてくれて、支えてくれて、着いて来てくれたみんなに、心からそう言いたかったんだ。
もうなんか瞳子を山車に乗っけて講堂中を練り歩きたい気分だ。おめでとう、って叫んで回りながら。姉馬鹿丸出しで。
「うおっほん」
もはやこれも毎年恒例となった教頭先生の咳払い。彼もタイミングを掴めてきた様で、会場が大分落ち着いてから、式の進行を再開した。
「答辞」
興奮冷めやらぬ会場に落ち着いた声が響く。
「卒業生代表、3年 福沢祐巳」
「はいっ」
かく言う私も、興奮冷めやらぬまま、元気に返事をした。
まだ頭の中では瞳子の「おめでとう」がリピートされ続けている。
あんな送辞をしてもらったんだから、精一杯お返ししなくちゃ。
・・・――おめでとうございます!
瞳子の声はまだまだ響き続けている。
(ほんとうに、みんなおめでとうだね!瞳子、見守っていてね、私の勇姿を・・・!)
壇上に上がってマイクをすこし弄ってから、息を吸って吐いて、もう一度吸ってから、言った。
「みなさん、ご卒業おめでとうございます!」
(うんうん、ほんとにそうだね、瞳子・・・って、あれ?)
え・・・?(祐巳以外の会場全員の心の声)
ぇあっ!(祐巳の心の声)
・・・あの、すみません、やり直しって利きますか・・・?ここじゃなんなので、出来れば第二体育館で・・・
なーんちゃって・・・って、やっぱり・・・ダメ・・・?orz