【1588】 再び運命の日が近付く  (臣潟 2006-06-06 08:39:58)


 3月といえば、暦の上のみならず現代の区割りでも春に分類して差し支えない頃だ。
 だがその日は、晴天に恵まれたというのに冬に逆戻りしたかのような寒さだった。
 さて、探し人は何処だろうか?


「お姉さま?」
 放課後も幾許かの時が過ぎ、閑散としたミルクホールに独りぽつんと佇んでいたのは、見まごう事なき自らの姉、紅薔薇さまだった。
 空になったミルク瓶をこつこつと背にした壁にぶつけ、ぼんやりと天井を見上げていた。
「あら、蓉子」
 会議はもういいの、と視線をこちらへ向けて問いかけてくる表情は、いつもと変わりないように見えた。
 はい、と言葉少なに答え、歩みを進めてすぐ隣へ身をおいた。
「今日は寒いわね」
「そうですね」
 続いたのはなんでもない会話だった。
 だが、なんでもない会話をするような人じゃなかったと思うと、やはりこの人にとっても卒業というのは特別なものなのだと感じられた。

 しばらくの沈黙の後、ふと先ほど買ったのを思い出しストローを挿していちご牛乳を口にすると、それを見てくすくすと笑い出した。
「なにか……?」
「いえね、前に、黄薔薇さまと賭けをしたことがあったのよ」
 1年くらい前だったかしらね、とつぶやく。
「どちらの妹が先に妹を作るかって、いちご牛乳を賭けて」
 私の手に持つ紙パックを見て、ひどく穏やかに微笑う。
「貴女があと1日早く祥子ちゃんにロザリオを渡してれば、私がいちご牛乳を奢ってもらえたのに」
「そう、言われましても……」
 確かに祥子を妹にする心の準備はずいぶん前にできていたが、祥子自身の決意を聞いたのはマリア祭当日だったのだ。
 江利子のように、その放課後すぐに渡しに行くなどできようはずもなかった。
 もちろん、この人も本気で責めているわけはないのだろうが。

「だからね」
 ひょい、と私の手から紙パックをくすねる。
 あ、と私が惚けたように口を開いた頃には、すでにストローに口をつけていた。
「貴女からもらうことにしたわ」
 未だ呆然とする私の手に返してから、楽しげに笑って言った。
 でもホットミルクとは合わないわね、などと言うので、人のものを飲んでおいて酷いと思ったが、その表情を見たら何も言えなくなった。
 お姉さまはホットミルクの空瓶を、キン、と指ではじくと
「これが卒業の味なのかしらね」
 と嘯いた。


 探し人は並木道にいた。
 まだ掃除中のようだが、もう終わるようだし連れ去っても大丈夫だろう。



 さあ、卒業の味を味わいに行こう。




あとがき
 ああ、何だかもう既に誰かが書いてそうなお話に。
 例の賭けは結局どちらが勝ったんでしょうね。


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