【1601】 亜麻色の髪の乙女これが私の答えこの願い叶えて  (朝生行幸 2006-06-11 01:06:58)


「さて皆さん」
 月曜日の二年松組の教室では、ホームルームの真っ最中。
 黒板の前に立ち、教卓に手を付いて教室内を見渡すのは、黄薔薇のつぼみ島津由乃。
 その横では、体育祭の時と同じように、新聞部部長山口真美も、チョークを片手に立っている。
 なんだか学内行事での松組の仕切りは、この二人が定番になっているようだ。
 委員長はどうした?
「ご存知のように、四日後の金曜日は課外授業があります。班分けと各班の課題は既に決定していますので、このホームルームでは、最終確認を行います」
 とっとと終わらせて〜ってな、放課後のぬる〜く気だるーい雰囲気の中、由乃の元気だけが、いつものように空回りしている状態だった。
 小さい頃から、心臓の病のため殆どの学校行事に出られなかった由乃は、今までの鬱憤を晴らすかのように、必要以上に積極的になってしまうのだ。
「お手持ちのプリントに書かれている通り、場所は……」
「集合場所はM駅、時間は普段と同じで……」
 要点を、生徒会役員としての要領の良さで説明するその隣では、真美が重要と思われる点を分かりやすく黒板上に纏めて行く。
「……以上です。何か、質問はありませんか?」
 一通りの説明が済んで、再び一同を見渡しながら訊ねた。
「はい」
「はい逸絵さん」
 手を上げた陸上部所属の軽部逸絵を、名を呼びながら促す由乃。
「バナナはおやつに入るんですか?」
 定番の質問に、クラス内がドッと沸き立った。
「お弁当のデザートとしては可ですが、それ以外では不可です」
 由乃も分かったもので、笑いながら無難な答えを返した。
「はい」
「はい祐巳さん」
 次に手を上げたのは、由乃の同僚であり親友である紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
「おやつ関連が続くけど……、今時300円以内って安過ぎると思うんだけど」
「それは学園側が決めたことだから私に言われても困るんだけど。でも、確かに腑に落ちないわね」
 腕を組みながら、頷く由乃。
「物価も上がってるし、消費税も払わないといけないから、昭和のままでいられても困る話ね」
 写真部のエース、武嶋蔦子嬢の言葉ももっともだ。
 現在のリリアン生は、すべからく平成っ子。
 今年の卒業生ぐらいが昭和っ子ギリギリってところか。
「やっぱり、300円は少ない……いえ、少な過ぎるわね」
「う○い棒なら30本買えるんだけど」
「チ○ルチョコだって30個買えるわ」
「店によっては9円で売ってるところもあるから、33個買えたって」
「そんなに食べたら鼻血が出るわよ」
「チョコレート食べ過ぎたら鼻血が出るって、デマらしいわよ」
 なんだか、妙なおやつ談義で盛り上がる松組。
「はいはーい、そこまで。あんまり時間が無いから通るかどうか分からないけど、山百合会で検討した後、学園側に掛け合ってみるわ」
「由乃さん、そんな勝手に」
 由乃の独断に近い発言に、目を白黒させる祐巳。
「でも、祐巳さんが振った話よ。それに、恐らくは松組だけでなく、二年生の総意だとも思うのね。私たちもだけど、可愛い後輩たちのためにも、悪しき風習を断ち切ってしまいましょう」
 力強い黄薔薇のつぼみの宣言に、教室が拍手に包まれたのだった。


「みんな、喜んで!」
 課外授業を明日に控えた、木曜日の松組のホームルーム。
 再び司会を務める由乃が、笑みを浮かべながら皆に声をかけた。
「山百合会を通して学園側に掛け合ったところ、おやつ代の増額が認められたわ」
『おおー』
 朗報に感嘆するクラスメイト一同。
「それで、幾らになったの?」
「ちょっとまって、このプリントに書かれているから」
 一人冷静な蔦子の質問に、慌てて畳んでいたプリントを広げる由乃。
 しかし、喜びに綻んでいた由乃の表情が、突然険しいものに変わった。
「どうしたの? 何て書いてあるの?」
 隣の真美が、硬直している由乃に問い掛けた。
 しかし由乃は微動だにしない。
 仕方なく真美は、プリントを奪い目を通した。
「えーと、『増額を認めます。今回の課外授業におけるおやつ代は……」
 一斉に身を乗り出す松組ーズ。
「物価上昇、消費税を鑑み、315円とします。以上』」
 真美が読み終わると同時に、席を立った松組の生徒全員、いや、二年生の全クラスは、

『納得行くかー!!!!!』

 リリアンの乙女らしからぬ、凄まじい絶叫を迸らせたのだった。


 この絶叫は、隣接する中等部・大学部のみならず、小等部にまで轟き渡ったという……。


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