【1603】 あなたを守りたい  (まつのめ 2006-06-11 16:27:04)


 実は設定改変やクロスが流行るのはその作品のSS末期ではないかと危惧しているのですが、
 逆行というイロモノから入った私が言っても説得力ありませんよね。

【No:1168】→【No:1177】→【No:1203】→【No:1215】→【No:1310】→【No:1339】→六話
(※これは『新世紀エ○ァンゲリオン』とのクロスです。 クロスオーバーが苦手な方や、この手のSSはもうたくさんな方はご注意ください)





 目を覚ますと白い天井。見覚えのある病室。
 どうしてここにいるのか思い出せなくてしばらくボーっとしていたら志摩子さんが来た。

「明日午前0時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを、伝えます」
 志摩子さんは祐巳が寝ていたベッドの横に立ち、メモ帳を開いて読み上げた。
「福沢・藤堂の両パイロットは、本日1730、ケージに、集合。 1800、初号機および零号機、起動。 1805、発進。同30、二子山仮設基地到着。以降は別命あるまで、待機。明朝日付変更と同時に、作戦行動開始」
 そして、手帳を閉じてポケットにしまったあと、祐巳のベッドの上に何か投げてよこした。
「これ、新しいプラグスーツ」
 透明なビニールに包まれたプラグスーツだった。
「寝ぼけて、その恰好で来ないでね」
「え?」
 祐巳が自分の格好を確認すると、起き上がった時はだけた毛布の下は裸だった。
「きゃっ!」
 慌てて毛布で隠したけど、志摩子さんしかいないのだから別に慌てる必要も無かった。
 祐巳は毛布の下でもぞもぞと手を動かして身体が無事なことを確認した。
 何があったのかを思い出したから。
 アレに乗って地上に出たとたんに敵にビームで狙い撃ちされたのだ。
 あっという間に操縦席の温度が上がって、熱いというよいり痛いって感じて、それから気を失うまでは時間はかからなかった。
 で、気が付いたらここにいたのだ。
 別に火傷らしきものも無く、身体は綺麗なものだった。

 志摩子さんは祐巳の様子を黙って見ていた。
 もぞもぞしてた祐巳がようやく志摩子さんが押してきたものに目を向けると、志摩子さんは言った。
「食事」
 ワゴンに載っていたのは病院食だった。
「……何も、食べたくない」
 素っ気無い病院食だからではない、本当に食欲が無かった。
「60分後に出発よ」
 こんなこと、この志摩子さんに言っても仕方が無いのに。
 そう思いつつも祐巳は思ったことを口に出した。
「また、アレに乗らなきゃならないのかな」
「ええ、そうよ」
「私、嫌。志摩子さんはまだアレに乗って怖い目にあったことがないからそんな事いえるの?」
 志摩子さんは私の方を見たまま黙っていた。
「もう、あんな思いしたくないよ」
 そう言って目線をベッドの上に落とし背を丸めた。
 生きたまま茹でられる気持ちがわかった気がした。しばらく煮物とか料理ができなくなくなりそうなくらい。
「じゃあ寝てたら」
「寝てたらって……」
 あまりにそっけない志摩子さんの言い方に祐巳は再び志摩子さんの方を見た。
「初号機には、私が乗るから。水野博士が初号機のパーソナルデータの書き換えの用意しているわ」
「蓉子さまが?」
「じゃ、佐藤一尉と水野博士が、ケージで待っているから」
「あっ!」
 志摩子さんはドアの方へ歩いていった。
 そして、出る時に「さよなら」 とひとこと言って部屋から出ていってしまった。
 やっぱり寝てるわけにはいかないよ――。
 志摩子さんが置いて行った食事を見つめながら、祐巳はそう思った。


  〜 〜 〜


 今回の作戦で使用する武器は巨大なライフル。
 敵から離れた山の向う側でその準備がとり行われていた。
 近くにはもう初号機、零号機が停止して作戦開始を待っている。ちょっと前までは祐巳も初号機を動かして、武器の配置の手伝いや操作方法の復習を行っていたのだ。


 今、祐巳が居るのは移動指揮車の中。
「本作戦における、各担当を伝達します。祐巳ちゃん」
 聖さまが祐巳たちに作戦の指示をしていた。
「あ、はい」
「初号機で砲手を担当」
「はい」
「志摩子は零号機で、防御を担当して」
「はい」
 蓉子さまが言った。
「これは、祐巳ちゃんと初号機のシンクロ率の方が高いからよ。今回は、より精度の高いオペレーションが必要なの。陽電子は地球の自転、磁場、重力の影響を受け、直進しません。その誤差を修正するのを、忘れないでね。正確に、コア一点のみを、貫くのよ」
「そんな難しいこといわれても、習ってません」
「大丈夫。あなたはテキスト通りにやって、最後に真ん中のマークがそろったら、スイッチを押せばいいの。あとは機械がやってくれるわ」
 だったら難しいこと言って混乱させないで欲しい。
 祐巳は蓉子さまや聖さまみたいに頭の回転が速くないのだから。
 どうもこの蓉子さまは難しいことを言うのがお好きなようだ。
「それから、一度発射すると、冷却や再充填、ヒューズの交換などで、次に撃てるまで時間がかかるから。操作法はもう覚えたわね」
「はい」
 覚えるも何も祐巳がやるのは『撃鉄を起こす』だけだし。
 でも、今の説明からすると一回撃ったら、次はすぐ撃てないってことだ。
「じゃあ、外れて敵があれを撃ってきたら……いえ、それ以前にこっちが狙いを定めているうちに撃ってきたら……」
 最初はいきなり撃たれたのだし。
「今は余計なことを考えないで、一撃で、撃破することだけを考えなさい」
 蓉子さまは祐巳の不安をにべもなく一蹴にしたのだけど、聖さまはちゃんと答えてくれた。
「大丈夫よ。こんどは敵の射程外から狙い撃ちするから、敵はすぐは撃ってこないわ」
「そうですか……」
 でも、たしか撃ってくるんじゃなかったっけ?
「私は」
 祐巳が一回見ただけのあのアニメのシーンの記憶を手繰っていたら、志摩子さんが発言した。
「私は、初号機を守ればいいのですね」
「そうよ」
「わかりました」
「時間よ。2人とも着替えて」
「「はいっ」」
 結局祐巳の不安は残ったまま。
 シナリオを忘れてて酷い目に会ったばかりなので、流石に何とかしようと祐巳は思ったのだけど、対策といっても何が出来るのだろう。
 作戦部長である聖さまが撃ってこないと言ってるのに祐巳が「いや撃ってくるから何とかしてくれ」といって何をしてくれるだろう。
 蔦子さんみたいにシナリオを知ってて勝手にやってるような人は彼女以外会ったことが無い。 聖さまをはじめとして本部のスタッフは本来の人間関係が混ざってはいるものの、一歩下がった視点で物語を見てるような人は居ないように思えた。
 それならそれで上手い持っていきかたもあったのだろうけど、今の祐巳にはそれをやるだけの才能も時間も足りなかったのだ。


 基本的にシナリオ通りになると言っていたのは蔦子さんだったが、その彼女から、毎回シナリオがぎりぎりだから変なことをすると負けるかもしれないと脅されてもいた。
 ある程度シナリオから外れる自由があるのだから、重要な局面で選択を誤まれば負けて死ぬ可能性だってあるんだって。
 この世界は夢(?)なのに殴られれば痛いし、敵のビームに焼かれて本当に死にそうにもなった。
 祐巳は更衣室でプラグスーツに着替えながら、隣で着替えていた志摩子さんに言った。
「これで、死ぬかもしれないね」
「どうしてそういうこと言うの? あなたは死なないわ」
「え?」
「私が守るもの」
 そう宣言した志摩子さんは、微笑んではいなかったけれど、とても頼もしく見えた。
 ――志摩子さんが祐巳を守ってくれる。
 これってもしかして、良いかも。
 

 作戦開始時刻を待って、プラグスーツに着替えた祐巳は搭乗用タラップの上で待機していた。
 すぐ近くに零号機の搭乗タラップも並んでいて祐巳のすぐ隣といえる所に志摩子さんが体育座りで座っている。
 祐巳はなんとなく思いついた台詞を口にした。
「志摩子さんは、なぜこれに乗るの?」
 ついでに、これって『シナリオ』通りだなぁ、とも思ったけど、まあいいや。
 志摩子さんもそれに答えて言った。
「絆だから」
「絆?」
「そう、絆」
「誰との?」
「そうね、みんなとの?」
「そう、強いのね、志摩子さんって」
「ここには、何もないから」
「何もない?」
「そう、私がここにいる理由も居なくなる理由も」
「……?」
 なんだろう? ここはこんな台詞じゃなかったような……。
「時間よ。 行きましょ」
 祐巳が頭を捻っているうちに志摩子さんは立ち上がり、
「じゃ、さよなら」
「あっ」
 志摩子さんはさっさと零号機のエントリープラグの方へ行ってしまった。


 0時00分、作戦開始のアナウンスがあった。いよいよ作戦開始である。
『祐巳ちゃん、日本中のエネルギー、あなたに預けるわ』
 聖さまが通信ウィンドウの向うで笑っている。責任重大だ。
『頑張ってね』
「は、はい!」

 発令所や移動指揮車からの音声が流れてくる。
『第一次接続開始』
『第一から第八〇三区まで送電開始』
『電圧上昇、圧力限界へ』
『全冷却システム、出力最大へ』
『陽電子流入、順調なり』
『第二次接続』
『加速器運転開始』
『第三次接続、完了』
『全電力ポジトロンライフルへ』
『最終安全装置、解除』

『撃鉄起こせ!』
 これは祐巳に対する指示。習った通りに撃鉄を起こす。

『電圧、発射点へ上昇中。あと十五秒。14、13、12……』
 秒読みが始まる前後からモニター内でふらふらしていたマークが中心に集まり始める。
(えーっと、真ん中のマークが揃ったら、スイッチ……)
『10、9、8』
『使徒内部に高エネルギー反応発生!』
 オペレータの緊迫した声が秒読みに割り込んできた。
『なんですって!』
 蓉子さまの叫びに近い声が聞こえた。
(ど、どうしよう)
 その瞬間、モニター内のマークが揃った。
『発射』
(ええい!)
 祐巳は聖さまの声にほとんど反射的にスイッチを押していた。
 ライフルの先から出た光線の輝きで視界を映していたモニターが真っ白に染まった。
 次の瞬間、ライフルの光線とは違う方向が光り、続いて振動が伝わってきた。
 敵が撃ってきたんだ。
『ミスった!』
(あわわわ)
『再充填急いで!』
 そうだった。
 もう一度『撃鉄を起こす』。使い捨てのヒューズがライフルからはじき出された。
『再充填開始。あと19秒』
 19秒。間に合うのかな?
『目標に再びエネルギー反応!』
(もう来たの!?)
『まずい!』
 聖さまの声が響いた。

 盾が――。

 モニターには、志摩子さんの乗る零号機が支える盾が前方に立ちはだかり、敵の光線を遮っているのが映っていた。
 あと15秒。
 まだ、マークは揃わない。
 盾が融けてゆく。
「志摩子さん!」
 あと10秒。
(まだなの?)
 9、8、7、
 盾はもう原形をとどめていない。
 5、4、3、
 たった十数秒がこんなに長かった事はいままで無かった。
 やがて、照準のマークが中心に重なって。
(いまだ!)
 ライフルから出た光線は真っ直ぐに。
『ビームは敵生体の中心部を貫通!』
 敵の放っていた光が消えた直後、盾を失った零号機が前のめりに倒れた。
「志摩子さん! 志摩子さん!」
 熔けかかっている零号機に慌てて駆け寄り、プラグの上のカバーをもぎ取りって、エントリープラグを引き抜いた。
(志摩子さん、生きてて!)
 そのまま初号機を停止してプラグを排出、外に出て肩をつたって掌まで行った。
 LCLは自動で排出されたけど中の志摩子さんにもしも事があったら……
 手が熱いけど気にしている余裕など無かった。
 力いっぱいレバーを引いたため、非常用ハッチがパカっと開いたとき勢い余って尻餅をついてしまった。でもすぐに立ち上がり中を覗き込んだ。
「志摩子さんっ!」
 志摩子さんはハッチのすぐそこに横たわっていた。
 ぐったりとしているけど祐巳の声にちゃんと反応して身体が少し動いた。ちゃんと生きている!
「志摩子さん!」
 志摩子さんはうっすらと目を開いた。
「なにも……」
 涙まじりに、祐巳は言った。
「……なにも無いなんていわないでよ! 別れ際にさよならなんて言わないでよっ……」
 涙が溢れてくる。いや、零号機が倒れてからずっと泣いてたのだけど、今度は違う涙が溢れていた。
「よかった……ひっく」
 泣きながら目をつぶり、手で涙を拭っていたら、なにかが優しく頬に触れるのを感じた。
「祐巳さん……」
「え?」
 目を開くと志摩子さんが祐巳の顔に手を伸ばしていた。
 そして、祐巳の掌に触れて言った。
「ごめんなさい」
「あの、志摩子さん? もしかして……」
 確か志摩子さんは『祐巳さん』と呼んでいた。
「……思い出したの?」
 ゆっくりと志摩子さんは表情を微笑みに変え、黙って頷いた。
 そして、身体を軽く起こして祐巳を抱きしめた。
(志摩子さん?)
 抱きしめたまま、志摩子さんは耳元でこう囁いた。

「お姉さまに気をつけて」




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