【1607】 大成功恥ずかしい写真  (タイヨーカ 2006-06-12 18:41:02)


 せっかくの休日なのでちょっと遠出してみよう。
 なんて思っていた真美はK駅前にて、あまり見たくはないものを見てしまった。

「……お姉さま。こんな所でなにしてるんですか?」
「え?あ、真美じゃない。いいからちょっとこっちに来なさい」
 そして有無を言わさずにお姉さまであり、現在受験生として絶賛勉強中のハズの三奈子さまが
隠れる電柱の裏につれこまれた。
 わざわざ三奈子さまはいつもの変装グッズを着けていたりと、どうやら計画的な行為のようだった。
と言っても、計画的だからいいというわけじゃないのだが。
「……もう一度聞きますけど、何をしているんですか」
「もう、見て分からないの?」
 分からないから聞いているんだ。という言葉をグッと飲み込み、真美は三奈子さまの視線の先を辿ってみた。
 するとどうだろうか、その先には仲むつまじく歩く由乃さんと、中等部らしき少女が一緒に歩いているじゃないか。
「へぇ。あれは一体誰なんでしょうね」
「ふふふ……行くわよ、真美」
 三奈子さまが不審な笑みを浮かべながら、真美の方を見た。かなりのやる気だ。
 だが、そこで真美は思考する。
あれは噂に聞く由乃さんの隠れ妹候補なのだろう。ということは、むしろそのうち本人から聞く話なんじゃないか。
そして、この『スクープとしてゲットした場合』と、『由乃さん本人から聞いた場合』の2つがあるとき、
どちらがより意外性があるだろう。
 もちろん前者だ。しかし、前者の場合はむしろ由乃さんが怖い。
なんだかんだで人より先に動いたり、驚かしたりするのが好きな人だと思っているので、真美がここでこのネタを
新聞にすることで……。
「(……止めておこう。むしろそれよりも言いたい事はあるし)」
「どうしたの真美。さっさと行くわよ」
 見てみると、すでに由乃さんと妹候補ははるか前方を歩いている。
真美を急かす三奈子さまだが、真美はキッと三奈子さまを睨んだ。
「そんな事より。ここで何してるんですか」
「もう。だからスクープだって……」
 聞こえてないのか。みたいな顔をした三奈子さまだったが、予想外に真美がマジで睨んでいたのを見て、
言葉を止めてしまった。
「こういうのは私達の仕事なんで、お姉さまはゆっくりと勉強しててください!」
 小声で叫ぶ。なんて芸当はなかなかに簡単だった。と、後に真美は語った。


 所変わってとある喫茶店の中。
 ムスッとした顔でコーヒーを飲んでいる真美の向かいには、居心地悪そうに笑みを浮かべている三奈子さまが
座っている。もちろん、変装グッズは取った状態で。
「初めはね、勉強に疲れたからちょっと休憩と思ってブラリと歩いてたのよ。
そしたら目の前に由乃ちゃんがいるじゃない。しかも知らない子と。そこで新聞部としての血が騒いじゃってさ」
「今の編集長は私ですので、お姉さまは口を出さないで下さい」
「そんな〜」
 きつく言う真美に、三奈子さまはぐったりと机につっぷした。
 真美も、別に息抜きするな。とか、情報を取ってくるな。とは思っていないが、その新聞部のために生まれてきた
ような性格を、もっとどうにかできないのか。とは思っているのだ。
 仮にも、受験生であるお姉さまがそんなのでは、安心できない。
「今日の事も、私が由乃さんに確認をとったうえで掲載するので、お姉さまはじっくりゆっくりと受験勉強を
していてください」
「それじゃあ面白くないじゃない」
「私は山百合会と無駄に争いごとを引き起こしたくないので」
 というか、お姉さまが無駄に引き起こしすぎなのだ。とはあえて言わないことにした。

「あ〜あ……せっかくの息抜きが〜」
「もっと健全な息抜きはないんですか?」
 どうしてそうもスクープスクープなのだろうか。我がお姉さまながら驚嘆してしまう。
「……でもまぁ、久しぶりに真美に会えたからいいんだけどね」
「……」
 突然の三奈子さまの言葉に、真美は少しだけ頬を赤くすると、あわててコーヒーに口をつけ、
ググイッと飲んだ。
そのあからさまな照れ隠しに、思わず三奈子さまの顔にも笑みがこぼれた。
「なに笑ってるんですか」
「別に?あ、そうか。なんでこんなに疲れるのかと思ったら、最近真美分を取ってないからかー」
 ……この人は突然何を言い出すのだろうか。
「…そんな、祐巳さんみたいな事突然言わないで下さい」
 最近、祐巳さんはやけに「瞳子分が足りない」だのなんだの言っているので、もうその言葉はお腹一杯である。
……まぁ、言われて嫌ではないのだけれど。

「お待たせしました。苺のショートケーキになります」
 そこに、ウェイトレスが真美の頼んだケーキを持ってきた。
ちょうど話の流れを引かせれる。そう思いながら真美がケーキに手を伸ばそうとするが……
「あ、それ私です」
「では、ごゆっくりと」
 突然割って入った三奈子さまの前にケーキは置かれ、ウェイトレスは去っていった。
「な、なにしてるんですか!食べたいのなら別に頼めば……」
「はい、真美。あ〜ん」
 ……やると思った。思っていたのならもっと素早く反応していれば。
今更になって真美に後悔の念がおしよせる。
 この人は何をさせる気なんだ、こんな人前で。しかも、そんな…嬉しそうな笑顔で。
「どうしたの真美?私が食べちゃうわよ?」
「うっ……お姉さま、ズルイです」
 そして、三奈子さまはニヤッと勝利の笑みを浮かべて、真美の前に小さく切ったケーキのささった
フォークを差し出した。
 じょじょに赤くなっていく真美の顔を見ながら、三奈子さまはご満悦だ。
「(……えぇい、もうどうにでもなれ!)」
 パクッ。
 真っ赤な顔のまま、そのケーキを食べる真美。
 まぁ、別に悪い気はしないのだけれど。こんな人前でやる。という事に、真美はさらに顔を
赤らめていく。
「ふふ。じゃ、もう一口あ〜ん」
「ッ!モグモグ…ま、またですか?モグモグ」
「早くしないと、私が全部食べるわよ?」
 だから、そんなに嬉しそうな笑顔でフォークを差し出さないでほしい。
 結局、ケーキを一個丸々「あ〜ん」で食べてしまった真美が、別のを頼めばよかったんだ。という事に
気付いたのは食べ終わった後で、三奈子さまが真美に使ったフォークで残りのケーキを綺麗に食べている
姿に赤面しているときだった。



 そして、月曜日。

「ひ、日出実!!これはどういう事!?」
「はい。先日駅前を歩いていましたら、ちょうどお姉さまと三奈子さまがいたので」
 その日のリリアンかわら版には、真美が三奈子さまに「あ〜ん」をしてもらっている写真と、
『新聞部姉妹、未だ衰えず』という謎のキャッチコピーが載っていた。
 そもそも、この新聞は真美が確認してOKを出したものとは全然違っており、
ということは、これは全て妹である日出実の仕業であり、他の部員――+蔦子さんも関係しているであろう――
も加担していたのだろう。

 やられた。というか、すっごく恥ずかしい。
 真っ赤な顔をしながら日出実に説教をする真美と、ものすごい笑顔で三奈子さまが部室に来るのはほぼ同時で、
その後数日の間。真美はとても恥ずかしい思いをしながら学校生活をすごしたという。


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