一応、マリみてSSなのですが、主要キャラどころか誰も出ません(笑
雲の隙間から、朝日が海辺に上るのを見ながら、修道着を着た少女は息を吐く。
最近は、日が昇れば暖かいと感じるようになったが、朝の間の日が昇る前ではまだ息が白い。
朝日は、少女を照らし、その後ろに立つ小さな教会を一緒に照らし出す。
少女は手にした箒で、庭を掃き。砂利を敷き詰めた駐車場のゴミを拾っていく。
それだけで朝の一時が終わってしまう。
少女は掃除用具を片付け、海辺に立つ小さな礼拝堂に入っていく。
「おはようございます。シスターメイ」
「おはよう」
せいぜい入っても十数人の小さな礼拝堂には、一人の老シスターが待っていた。
老シスターは、少女に優しい笑顔を向けると、そのまま朝拝に入った。少女も老シスターに倣いゆっくりと跪いた。
「おねーちゃーん!!」
朝拝が終わり、礼拝堂を出た少女に元気な声が聞こえてくる。
「おはよーう、マキちゃん、カエデちゃん、コウジくん、カイくん」
声をかけてきたのは、ランドセルを背負った子供達、この教会よりも高い山の上の小学校に通う途中だ。
小学校といっても生徒数十人にも満たない分校なのだが、少女は時々、時間を見つけては小学校に行って子供達と遊ぶのが一つの楽しみに成っている。
「おはよう、お姉ちゃん。今日は来る?」
少女にまず駆け寄ってきたのは、おかっぱ頭の可愛らしいカエデちゃん。
二年生ながら、誰よりも活発で、この前、逆上がりが出来たと喜んでいた。
「う〜ん、分からないかな?」
「え〜、今日は皆で山菜取りに行くからおいでよ〜」
「バァーさんがダメって言うなら俺達が頼むからさ!!」
次に来たのはカイくん。
五年生で、この四人の中では一番のお兄さんだが蜂の巣に石を投げたり、教会の屋根で遊んだりとイタズラが少しキツイ。
「誰がバァーさんですか!!」
振り向けばシスターメイが立っていた。
「うわ!!出た!!ごめんなさい、おばちゃん!!」
「すげ〜、地獄耳」
そうではなく、カイくんの声は大きいのだ。実際、少女が礼拝堂に居ても、カイくんの遊ぶ声が一番良く聞こえる。
「おばちゃん、お姉ちゃんを山菜取りに呼んでもいいでしょう?」
そう、シスターメイにお願いを立てるのは、四人の中で唯一信者であるマキちゃん、四年生だ。
ちなみに、マキちゃんも含め小学校の子供達はシスターメイをおばちゃんとしか呼ばない。少女は、お姉ちゃんと呼ばれている。
「えぇ、勿論いいわよ」
「良いのですか?」
「楽しんでいらっしゃい」
「はい」
「良かったね、お姉ちゃん」
そっと少女の横に来て、少女に笑顔を向けたのは四人も含め小学校の生徒の中で一番大人しいコウジくんだ。
「うん、それでは後から行くから、ノノギ先生に伝えておいて」
「うん!!」
少女は四人を見送り、シスターメイと母屋の方に向かう。
少女の居る小さな教会は、小さな礼拝堂の裏に小さな住居が立てられている。
昔、少女の友人が同じような場所に住んでいて借り物と表現していたが、少女にとってそこは紛れもない暖かい住まいだった。
少女は、シスターメイと朝食を取り。朝食の片付けとその他の仕事を大急ぎで片付ける。
「あらあら、そんなに急いで」
「あっ、すみません」
「ふふ、いいのよ。でも、そんなに慌てると逆に失敗して時間を取ってしまうから落ち着いてやりなさい」
「はい」
少女は、シスターメイの言葉に、仕事のペースをいつものように戻す。
仕事はいつもの時間よりも少し早く終わった。
「それでは行ってきます。シスターメイ」
「はい、気をつけてね。そうそう、昼食はどうしますか?」
「多分、給食を頂いてくるので申し訳ありませんが」
「分かりました、それでは楽しんでいらっしゃい」
「はい」
少女は、シスターメイに小さくお辞儀をして、教会を後にする。
教会から、小学校までは道路沿いに行けば歩いて十分。
「よし!行ってみようかしら」
これを子供達が使う山の中コースを行けば、五分で着く。
少女は、教会を少し道路沿いに上り、そこから小さな脇道に入る。
雨の日以外は子供達が通るので、道は以外にしっかりしている。聞いた話では。子供達の両親の時代から使われている伝統ある抜け道らしい。
少女は、幾度も通ったことがあるとはいえ、滑る場所もあることから気をつけながら学校を目指す。
山の上の小さな学校は、どうにか廃校を免れている。
少女が学校に着くと、綺麗に整備されたグラウンドにジャージ姿の子供達が既に遊びながら待っていた。
「先生、今日はすみません」
少女は都会から赴任して三年のノノギ先生に挨拶する。
ノノギ先生は、少女よりも年上の女性で、少女にとって身近なお姉さんでもある。何でも自分から山村の学校を希望したらしい。
「いえいえ、シスター。私も、シスターが来て下さると嬉しいですから」
「そうですか、ところでマチヤ先生は?」
マチヤ先生は、この小学校のもう一人の教師兼校長先生。そして、唯一の男子教師。と言っても、この学校に常に居るのはこの二人だけ。後は週に三回ほど隣町の本校から先生が一人来る程度だ。
「マチヤ先生はいつもの調子でいつものメンバーと一緒に先に」
確かに見れば、生徒が何人か居ない。
マチヤ先生は五十を過ぎているはずだが、趣味が山登りというだけあって行動はパワフルだ。おかげで、ノノギ先生がいつも『生徒の方が楽でいい』などと愚痴を言うことになる。
「それでは追いついた頃には大量でしょうか?」
「そうですね」
少女は、ノノギ先生と笑い。遊んでいる生徒を集めマチヤ先生の後を追う。
少女は都会の学校では考えられない事にいつも驚くのだが、困っているというノノギ先生でさえ笑って済ますので、これがこの土地のルールだと思うように成ってしまった。
「お姉ちゃん、一緒に行こう!!」
少女は飛びついてきたカエデちゃんの手を取り。ノノギ先生の後に着いていく。
「何か歌おうか?」
このまま歩くのも何なので聞いてみる。
「うん!!ドナドナ!!」
カエデちゃんは明るく言った。
カエデちゃんは明るく元気に力いっぱいに楽しそうに、ドナドナを歌った。
少女の方が沈んだ。
「えへ」
カエデちゃんは嬉しそうに笑う、歌が上手く歌えたのが楽しいようだ。その笑顔は、大事な誰かを思い出させる。
しばらく進むと前方で先に上がった子供達とマチヤ先生を見つけた。
マチヤ先生と子供達は、こちらに気が付くといっせいに山に登る道ではなく。そこから伸びた脇道に走っていく。
「あ!また!!」
ノノギ先生が怒った声を上げる。
「確か、アノ道は」
「うん、メッメ浜に向かう道」
メッメとはこの地方の方言で小さいを意味する。
メッメ浜は岩山と岩山の間にある小さな浜辺で、ルート的に海から行くか、山越えをするしかなく町の隠れた遊び場に成っている。
だから、町では子供が夜遅くに成って帰ってこないとメッメ浜をまず探す。そして、たいがい遊びつかれて寝ているところが見つかる。
それもこの町のノンビリしたところだ。
だからと言って今からメッメ浜に行かれても困るので、慌てて追うが向こうの作戦勝ち。
結局、メッメ浜に来てしまう。
「はぁ〜」
少女は溜め息をつき。
「あぁ〜」
その隣ではノノギ先生がやっぱり溜め息をついている。
だが、子供達は山菜取りを忘れ浜辺で遊んでいる。まだ、冷たい海の水に触れ騒いでいる子達もいた。
「やぁ、シスター、先生、お疲れさんです」
やけに明るい顔のマチヤ先生、その笑顔にノノギ先生がキレた。猛烈な勢いで叱るノノギ先生、相手は年上の上司のはずだがそんなこと気にしている様子はない。また、叱られているマチヤ先生も叱られていることを気にしている様子がないので困ったものだ。
子供達もいつものことと笑って見ている。
「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」
少女は呼びに来た女の子達と海辺に向かう。
少女は修道着なので海には入らないが、女の子達は裸足に成って冷たい海で遊んでいる。
「痛!!」
「あ、どうしたの?」
海辺で遊んでいたマキちゃんが突然声を上げた。
「痛〜ぃ、何か踏んだぁ」
「大丈夫?……これかしら」
少女は砂浜に光るものを見つけ拾い上げる。
それは小さなクロスのペンダントだった。ペンダントと言っても子供用の物のようだが。
「わぁ、綺麗」
「そう、はい」
少女はペンダントをマキちゃんに差し出すが、マキちゃんは首を振る。
「え、いらないの?」
「ううん、首にかけて」
「え?」
マキちゃんは嬉しそうに首を差し出すマキちゃん。
「以前、お姉ちゃんが話してくれたスールの話」
あぁ、そういえば話したことがあった。そのとき一番嬉しそうに聞いていたのはマキちゃんだったことを思い出す。
「いいわよ」
少女は楽しそうに、ペンダントを広げマキちゃんの首にかけようとして手が止まる。
「お姉ちゃん?」
「あ、ごめんなさい」
少女は改めてマキちゃんの首にペンダントをかけた。
「やったー!!これでお姉ちゃんとスールだぁ」
マキちゃんの嬉しそうな声が響く。
「ふふふ」
少女はその姿が微笑ましくて笑った。
「シスター、そろそろ学校に戻りましょう」
「はーい、それじゃ行こうか」
少女はノノギ先生たちと帰ろうとして足を止める。
「ねぇ、先生」
「言わないでシスター」
少女の目の前には降りてきた山がそびえ立っていた。
「「はぁ〜」」
その後、学校にどうにか戻って、先生に招かれ子供達と給食をいただく。
代わりに、聖書の朗読と昔読んだ古典文学のお話を少々アレンジして披露する。
今日は、とりかえばや物語。
子供に聞かせるには、ちっと困った内容だが、これはアレンジできる出来事を知っているので楽しく話せた。
そうしているうちに、教室の中には疲れて眠ってしまう子供達が出てくるが気にしない、なぜならその後ろで寝ているノノギ先生がいるからだ。
ちなみに、マチヤ先生はしっかりと起きていて生徒達を見守っている。
……やっぱり凄い先生。
少女は、その穏やかな光景から静かに抜け出し教会に戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「あぁ、お帰りなさい」
教会に戻った少女をシスターメイが出迎える。
「おや、意外に元気そうね」
「いえ、メッメ浜に行きましたので明日は筋肉痛が酷いかと、それとこれを、いただいてまいりました」
そう言って少女は山菜の入ったビニール袋をシスターメイに手渡す。マチヤ先生は、既に沢山の三菜を取っていてメッメ浜に向かう道の脇に隠していたのだ。
どうやら先に上がった子供達と一緒に集めていたらしい。それで課外授業に成るのかは疑問だが、笑いながらマチヤ先生曰く大丈夫とのことだ。
「それでは夕方の礼拝の後の夕食にでもいただきましょう」
「はい」
少女はシスターメイの言葉に頷き、午後の仕事を始める。
今日は子供達と楽しい時間を過ごしたので午後の仕事は大変だったが、放課後にマキちゃんたちがやって来てお掃除などを手伝ってくれた。
おかげで少女はいつもの時間にゆっくりと一人祈りを捧げ。
少女が祈りを捧げて母屋に戻るとシスターメイが温かい料理を作って待っていてくれた。
料理は、いただいた山菜が中心。
夕食の後は、シスターメイに教授されながら聖書の勉強。夜の礼拝が終わって、ようやく自分の部屋に戻ってくるのは深夜に成ってからだ。
少女が使っている六畳の部屋には、パイプベッドと小さな机に小さなタンスが一つだけ。
パソコンやラジオどころか花もヌイグルミさえない殺風景な部屋は、少女の昔を知る者にそれなりの驚きを与えるだろう。
少女は部屋に戻ると、机の上に伏せて置かれた写真立てを手に取り。今度はキチンと机の中央に写真を立てる。
写真に写るのは少女と、そう歳のかわらない髪の長い少女。写真の中で、二人は深い色の制服を着てマリア像の前でお互いを見つめていた。
少女は、その写真の前に跪き長い時間祈りを捧げ。
どのくらい少女は写真に祈りを捧げていたのだろうか、少女は祈りを止めると写真を再び机に伏せる。
「……おやすみなさい」
少女は、伏せた写真にそっと呟いた。
そして、少女の今日は終わる。
『クゥ〜』