【1612】 聖、静かなる胎動  (タイヨーカ 2006-06-15 23:33:16)


 【No:1592】【No:1594】【No:1598】の続編。
 祐巳と乃梨子が実の姉妹という、超パラレルワールドでお送りします。







 5月の始めの頃、初めて聖さまと出会ったときに言われた言葉がある。
「へぇ……君が、二条乃梨子ちゃんか。はじめまして。話は聞いているよ」
 あの言葉は、私は志摩子さんから聞いたものだと思っていたけど、むしろ祐巳姉ぇから。
と言う方が確立は高いんじゃないだろうか。

「さっすが乃梨子ちゃん。大正解だよ」
 そんな疑問を口にしたら、聖さまはあっさりと肯定した。


 なんで私が聖さまと一緒にいるのかと言うと、時を遡ること数十分前。
 夏休みも近くなった昨今、志摩子さんを待っていた私は、突然現れた聖さまにほぼ無理やりに
ミルクホールへと連行された。ガッチリと掴まれた腕は、なかなか振り解けなくてまるで
いつもの祐巳姉ぇだった。

(やっぱり聖さまと祐巳姉ぇは同種だよなー)
 なんて思いながら、目の前でパックのミルクを飲んでいる聖さまをジッと見つめてみた。
「おや?どうしたの乃梨子ちゃん。もしかしてお姉さんに惚れちゃったかい?」
「なにをバカな」
 本当に、それはないから安心してほしい。
「それより、なんなんですか突然。私志摩子さん待ってるんですけど」
「いや、私も友達待ってるからちょっとした暇つぶしだって」
 暇つぶしに私を巻き込まないで欲しい。
 まぁ、志摩子さんもどうやら少し時間がかかるようだし、このコーヒーも聖さまのおごりだから
丁度いいといえば丁度いいんだけどね。
「ま、その友達っていうのは他でもない祐巳ちゃんと景さんなんだけどね」
 ……だからなんだと言うのだろうか。
「祐巳姉ぇを連れまわすのもいいですけど、ほどほどにしてくださいよ。困るのは私なんですから」
「分かってるってー。乃梨子ちゃんってばお姑さんみたい」
 いっそ、本当に姑さんみたいにグチグチと文句を言ってやろうか。なんて考えたけど、
まぁやめておくことにした。

「志摩子は元気でやってる?」
「ご自分で確認してはどうですか」
「しないから聞いてるのになー」
 じゃあすればいいのに。
「じゃあすればいいのに。って顔してるね」
「えっ」
「ははは!ホンットに祐巳ちゃんそっくりだね!負けず劣らずに百面相だ!」
 く……そんなに笑うことはないじゃないだろうか。
ほら、周りの人も見てるじゃん。
「……じゃあさ、乃梨子ちゃんは、祐巳ちゃんのこと気にならないの?」
「祐巳姉ぇを?」
 …気にするといっても、どうせいつも通りに行動しているだけじゃないのか。
まぁ、そういう意味では逆に気になるのだけれど。
「私と志摩子の間にも、そういう信頼はあるから、まぁ会話のカンフル剤的な意味で聞いたんだけどね」
 なんでこの人は他人の心を読んでいるかのごとく話を続けるんだ。
そういえば、瞳子もよくするな。瞳子は女優だから。とか言うんだろうけど、聖さまは……って待て待て
「……遠まわしに、自慢してるって事ですか?」
「いや、そうとらえるならそれでもいいんだけど。他意はないからね?」
 そんな可愛い感じに首を傾げても私には無駄だ。
危うく志摩子さんとの仲を自慢されているのに触れないでいる所だった……

「それにしても、本当に祐巳ちゃんは面白い子だよね」
「そうですか。私としては、もうホントに勘弁してほしい元気さなんですけどね」
 面白い。って表現がどうも気になるけれど。
 と、返した私に聖さまはなにか企んでいるような顔をして、ミルクを一口飲んだ。
「いやいや。あの元気さは見ていて飽きないし、いいことだよ。それに、可愛いし」
 ……む。どこか含みのある発言な気がしたんだけど。
「そうですか?未だに小さい頃から同じようなツインテールしてる人ですよ?」
「そういうのも含めてね。すっごく可愛いの。本当、持って帰りたいくらいにさ」
 またまた。
 なんて言おうと思った私だったが、聖さまの表情は真剣で。私は少し、言い淀んでしまった。
それでも、なぜか私は、言いたかった言葉と違う言葉を発してしまった。
「どういう、意味ですか?」
「そういう意味だけど?安心して、私は『そういうの』だから」
 『そういうの』。と言うのは、まぁそういう事なのだろう。
 まぁ、祐巳姉ぇも同じようなものなので丁度いいんじゃないか。むしろよくなくてもいい薬だ。
なんて思ってみたけど、心の中で無理してるな。なんて自覚してしまたのが嫌だ。
 なにが嫌なのか。相手が聖さまだからだろうか……。
「恋愛は、個人の自由っていうし。まぁ、乃梨子ちゃんも祝ってくれると嬉しいかな」
「そう……です、ね」
 くそ。なんでこんなに動揺しているんだ私は。
 なんでそんな真剣な顔で語るんだ、聖さまは。
「と、言うわけでさ。今日は祐巳ちゃん帰り遅くなるかもしれないけど、よろしくね」
 どういうわけなんだ。と、いつも通りに言いたい。
けど、なぜか声は出なかった。なんてことだ。ツッコミがいなくなったらこの話は暴走したままじゃないか。
そんなのは困る。嫌だ。さぁ突っ込め!心のソコから突っ込め、乃梨子!!
「…………」
 そしてこの時、小さく笑う聖さまの顔を、私は見ることができなかったのだけれど
それは関係ないことなのだろう。多分。


「………くく」
 ん?
「くく……あっはっはっははー!!!の、乃梨子ちゃん面白いなー!百面相してるんだもんなぁー!!」
「ッ!!!せ、聖さま!!」
 ここで、お腹をかかえて笑う聖さまを見て、やっと私は自分が遊ばれているのに気付いた。
なんて人だ。悪趣味にもほどがある!!
「ひひひ…いやー、いいよ。乃梨子ちゃん。最高。今ので私の中の順位がグンと上がったよ」
「上がらなくていいです!本当に悪趣味ですよ!志摩子さんに言ってやる!」
 こう言うと、聖さまは少しだけ困った顔をするのを発見した。

「あれ!ノリ、何してるの?」
「……佐藤さん。また高等部の子苛めているの?」
「ちょ、景さん『また』ってなんなの。『また』って!」
 私が憤慨していると、とても驚いた顔の祐巳姉ぇと、冷め切った目で聖さまを見る景さんが現れた。
まぁ、ちょうどいい間だったので助かったけど。
「志摩子さん待ってたら、聖さまに拉致られたの」
「ちょっと佐藤さん。人の妹を勝手に弄繰り回さないでよ」
 弄繰り回されるとまでは言ってないって。
「ごめんごめん。じゃ、行こっか。乃梨子ちゃん、志摩子もどうせそろそろ来るだろうから、一緒に行くかい?」
 どこか、聖さまの視線は挑戦的で、少しだけムッときた私は、適当に返事をして祐巳姉ぇの隣を付いていった。


 マリアさまの像が見えてくる所まで来て、志摩子さんがその前で祈りをしているのが見えた。
「志摩子は真面目だねぇ」
「聖さまは真面目じゃないですね」
 そんな真面目じゃない聖さまは、チラッと私の方を見てから、
「じゃ、私達はここで。乃梨子ちゃん、お姉さん借りてくけどごめんねー」
 …………。
 別に、さっきの話のせいではないし、あれは聖さまの遊びだったんだけれど。
どこか釈然としない私がそこには居たわけで、

「祐巳姉ぇ、帰ろ」
 と、思わず腕にしがみつきながらに、言ってしまった。

「え?いや、でもこれから佐藤さん達と……」
「志摩子さん家に呼ぶんだけど、今日菫子さんいないじゃん。丁度いいから、祐巳姉ぇの料理食べさせてあげようよ」
 あぁ。自分でも何を言ってるのかさっぱりだ。
祐巳姉ぇも、景さんも。ちょっと困った顔で見ている。
聖さまは、なんというか……微笑を浮かべていた。
「……ま、なんだか乃梨子ちゃんが珍しく祐巳ちゃん誘ってるから、今日は祐巳ちゃん抜きにしておこうか」
「えぇー……んー、ごめんね佐藤さん。ノリがなんか変な事言って」
 変な事とは失礼な。       否定はできないけど。
「いいっていいって。またいつでも誘えるんだしね」
「菫子さんって人がいなくて、乃梨子ちゃんも寂しいんじゃない?居てあげなよ祐巳さん」
 し、志摩子さんも一緒だけどね!
「んー……じゃ、今日はノリと一緒にいようか。本当にごめんね、聖さん。景さん」
 仕方なさそうに、祐巳姉ぇは軽く頭を下げた。
 ……なんというか、これはこれで心が痛い気が。

「乃梨子。それにお姉さま、景さまに祐巳さままで……」
 いつのまにか、志摩子さんが私達の方まで来ていた。まぁ、あれだけ喋ってれば気配に気付くか。
「志摩子さん、今日祐巳姉ぇの手料理付きだよ!早く帰ろう」
「まぁ、いいんですか祐巳さま」
「うん。勿論!志摩子ちゃんのためなら腕を振るうよ」
 なんだかんだで、祐巳姉ぇも乗り気になったようだ。よかった…………よかった?
「……さて、景さん。私達も行くとしますかね」
「行く。って言っても私の家だけどね」
 そんな光景を見ていた聖さまと景さんが、スッと歩き出した。
「ごきげんよう、お姉さまに景さま」
「ホントにごめんねー。じゃあねー」
「……ごきげんよう、景さん」
 三者三様の挨拶を受けて、2人は歩いていった。
 わざと聖さまの名前を呼ばずにいたら、そのことか、または別のことかは知らないけれど、聖さまが私にサインをくれた。
『今日は、乃梨子ちゃんに譲るよ』
 なんとなく、そう言っているように見えた。
と同時に、もしかしたら、聖さまの話は……なんて考えたけど、今日はもう考えるのをやめようと思った。
どうせ、またからかってるだけだ。       多分。

「じゃあ、なんか知らないけれど今日はノリが妙に可愛いからお姉ちゃんがんばっちゃうかー」
「や、止めてよ祐巳姉ぇ!志摩子さんの前で変なこと言わないでよ」
「まぁ。ふふふ」
 嬉しそうに私をみる祐巳姉ぇを見て、どこか嬉しくなってる自分もいて。
 それを見て笑っている志摩子さんを見て、またも嬉しくなってる自分がいて。

 まぁ、自分の考えてることも、本心も分からないような私だけど、これからは、ちょっと考えてみようかな。
 と、帰り道に祐巳姉ぇと手を繋ぎながら。もう片方の手を志摩子さんと繋ぎながら。
 私は思ったのだった。


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