【1624】 わたしゃ神様だよ  (まつのめ 2006-06-19 18:10:45)


(節操も無くまたクロスです。元ネタというかベースの文はHomeのとこ参照)




 由乃さんは黄薔薇のつぼみでクラスメイトで、ちょっと強引なところもあるけど頼りになる親友だ。そしてなにより美少女でそこそこ成績もいい。
 でもそれは由乃さんに限ったことではなく、祐巳の周りには容姿端麗、成績優秀みたいな人が多すぎた。
 そんな人たちを見て祐巳は、時々なんて神さまは不公平なんだろうと思うのだ。
 神はニ物を与えずなんていうけれど、成績も容姿も平均点な祐巳から見れば、ニ物も三物も与えられてる人がこの世には多すぎる。
 でも祐巳がそんなことを思っていられるのも昨日までのことだった。


 あるよく晴れた日の昼休み。
 薔薇の館で昼食をとっていた祐巳は向かいで同じようにお弁当を広げている由乃さんに話し掛けた。
「由乃さん」
「ん?」
「わたし神様になっちゃった」
 由乃さんは、一瞬目を見開いてこちらを見た後、また目を伏せて何も無かったようにまたお弁当に箸を伸ばし、言った。
「なんの?」
「わかんない。昨日なったばかりだから」
「ふうん」
 口に運んだご飯をもぐもぐと味わいながらまた箸をお弁当にのばし、今度は輪切りのピーマンを一切れつまんで、そのまま祐巳のお弁当のご飯の上に置いた。
「お供え」
「いらない」
「神さまが、好き嫌いしちゃダメでしょ?」
「信じてないでしょ」
 由乃さんは、祐巳の言い分をてきとうにあしらってお弁当を味わうのに集中しているようだ。
 頬を膨らませて不満をアピールするも完璧に無視を決められて、祐巳は「ふぅ」とため息を一つ。
 まあいい。急いで信じてくれなくても。祐巳だって急なことで戸惑っているのだから。
 由乃さんのくれた『お供え』を箸で摘み上げつつ言った。
「とにかくね、私もなったからには自分が何の神さまか知っておきたいんだ」
 神さまといってもキリストさまのお父さまたる天の創造主さまではなくて、日本各地に偏在する八百万の神々、有名なところで学問とか縁結びとか安産とか交通安全とかあるけど、そんな系統。
 カトリック系の女学園に通ってるのにキリスト教とは全然関係ないのだ。
「でも、どうしたらいいのかな……」
 窓の外に視線をやり、そう呟いた。
 ああ、いい天気。今日みたいな日は外でお昼寝すると気持ちが良さそう。
「とりあえず、」
 由乃さんはなんだか詰まらなそうな口調で言った。
「小テストの予習でしょ」
「やっぱ信じてない」
 午後の授業の小テストが目の前の問題で、お弁当を食べ終わったらのんびり過ごすわけにはいかなかった。
 いつもイケイケ青信号な由乃さんが妙に詰まらなそうにしているのはその辺も関係している。
 その抜き打ち小テストの情報はクラスの違う志摩子さんからもたらされたのだけど……。
「今、神さまの話をしてたわよね? 祐巳さん?」
 その、ちょっと離れて乃梨子ちゃんと一緒にお弁当を食べていた志摩子さんが、いつのまにか食べかけのお弁当を手に祐巳の隣に立っていた。
「え? う、うん」
 志摩子さんはお弁当を祐巳の隣の席に起き、椅子を引いて祐巳の方に向いて座り、言った。
「わたしも気づいていたわ。今日の祐巳さんは一味違うって」
「え? わかったの?」
「家がお寺だと判るのかしら?」
 なんか由乃さんが興味なさそうに突っ込み(?)を入れた。
 志摩子さんはテーブルの方に向いて座り直し、両手を胸の前で組んで回想するようにして言った。
「遅刻しそうになって廊下を走ってシスターに咎められていた祐巳さんは、昨日と違う!」
 そして、目を見開いたかと思う上体ごと祐巳のほうを振り向いて続けた。
「神々しさに満ちていたわ!」
 やはり、わかる人にはわかるのだ。
「由乃さん、神々しかった? 私?」
「堂々とはしていたけど。遅刻して来た割には」
 すげない由乃さんの答えは置いといて。
「で、志摩子さん?」
「なあに?」
 志摩子さんはマリアさまみたいに微笑んで祐巳を見ていた。
「私、何の神さまなの?」
 祐巳のことを神さまだと看抜いた志摩子さんならきっと判るに違いない。
 そう思ったのだけど、志摩子さんはきっぱりこう言った。
「わからないわ」
 はあ、志摩子さんでも判らないんだ。
 ちょっと期待しただけにガッカリ。
 志摩子さんはそんな祐巳の手を取って言った。
「判らないから、調べましょう?」


 食べ終わったら由乃さんとテストの予習をする筈だったのに。
「ねえ、テストの予習は?」
「あとでやる〜」
 でも、祐巳はお弁当を食べ終わると同時に、志摩子さんにひきづられて薔薇の館を後にした。
 表情には現れていないけど、志摩子さん妙にハイテンション。『神さま』と聞いてなにかスイッチが入っちゃったみたいだ。
 ちなみに乃梨子ちゃんは日直の仕事があるからと先に教室に戻った。
 そして。
「ふぅ、ふぅ……なんで、屋上?」
「人目があると、恥かしいからよ」
「恥ずかしいことするの? 私」
 一気に階段を上ったせいで祐巳は息を切らして、前かがみになり、膝に手を当ててふうふういっていた。
 結局屋上まで付いて来た由乃さんも、祐巳の肩に手をかけて同じように息を切らしている。
 なのに、志摩子さんはぜんぜん平気な顔をしている。
「祐巳さんがなんの神さまか知る方法。それはどんな力が使えるか調べることよ」
「どうやって?」
 ようやく息が整ってきたので身体を起こして、祐巳は訊いた。
「まずは形から。テレビのヒーローが力を使うときは、どうしてる?」
 祐巳は弟と一緒に見たヒーロー物のテレビを思い起こした。
「ええと、ポーズとったり、かけ声だしたり……」
 そう答えると志摩子さんは嬉しそうに微笑みながら寄ってきて、祐巳の手をとって言った。
「理解が早いわ。さすが祐巳さんね」
「やるの?」
「ええ」
「ポーズ?」
「ええ」
「かけ声?」
「ええ」
「わかんないよ」
「じゃあ、わかる動きでやってみましょ?」
 志摩子さん、なんでそんなに楽しそうなの?


「ワルツでいいわね。はい、ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」
 わかる動きって言ったって、どうしてこんなところで一人で即興ダンスを踊らなければならないのだろう。
「なにか感じない? いつもとは違う感覚を」
 志摩子さんの掛け声と手を打つ拍子に合わせて適当に手を振りながらうろ覚えのステップを踏んでいるのは……。
「……恥ずかしい」
「そんな事じゃダメよ! もっと気持ちを込めて!」
 志摩子さん、なんか燃えてるよ? どうしたの?
「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー、もっと大胆に、ナチュラルに!」
「判らないよ、どんなの?」
「自分で考えなさい! あなたのイマジネーションが大切なんだから」
「えー?」
 もうだめ。
 食後なのに階段を全力疾走したりしてもうへとへと。
 祐巳はその場に座り込んで、それでも足りなくて突っ伏した。
 頬にあたるコンクリートがなんだかぬるい。
「ワルツじゃダメなのかしら?」
 そういう問題じゃない気がするんだけど。
「それにノリが悪いわ。もっとなりきらないと」
「だって恥ずかしいし」
 はあ、空が、青いなあ……。
「ほら、汗」
「あ、」
 一応、来たもののついてこれなくて一人で網にもたれて黄昏ていた由乃さんが、いつのまにか近くに来てて、ハンカチを差し出してくれた。
「ありがとう」
 とりあえず身体を起して汗を拭く。
 なんか。
 雲が白いや。
 風が屋上を囲うフェンスを通り抜け、ヒュンと小さな音を立てた。
 見上げれば空。そして、屋上へ出る階段に続く扉の更に上方を見れば長い黒髪をなびかせるお姉さまのシルエット……。
「って、お姉さま!?」
「あら、祐巳?」
 祥子さまが屋上の一番高いところ、屋上の平面から更に鉄の梯子を上ったところに佇んでいた。
「祥子さま、危ないですよ?」
 志摩子さんがそう声をかけている間に祐巳はお姉さまのところへ向かうべく鉄の梯子がある方へ向かった。
 そして、梯子を上り、なんとかお姉さまの立っているところに顔を出し声をかけた。
「あの、お姉さま? 高いところは苦手でしたのでは?」
「そうだったわね。でもこれくらいは一人でも克服できてよ」
「そうですか」
 よく判らないけど、ご自分で克服しようと思われたのは良いことだ。
「祐巳、そこに居なさい」
「え?」
「私は降りるわ」
 そう言うとお姉さまは、祐巳に覆い被さるように鉄の梯子を下りてきた。
「わわっ」
 下りる祥子さまの邪魔にならないように梯子の片側の棒を抱えこんで右側に寄った。祥子さまは祐巳を背中から抱えるように祐巳側の梯子の棒を掴みながら降りていった。
 たんっ、と最後のステップから祥子さまが飛び降りた音が聞こえた。
 祐巳が下を見ると祥子さまはハンカチを出して手を拭いていた。
「祐巳、午後の授業に遅れないようにしなさい」
 祥子さまはそう言い残して階段へ通じる扉の向こうへ去っていっていった。


 何のために登ったのやら。祐巳も祥子さまの後姿を見送った後、梯子を降りて屋上の平面の上に立った。
 というか最近、祥子さまと一緒に居る機会が少ない。放課後もお家の用事があってさっさと帰ってしまわれるし。デートの約束もまだ不履行のまま伸ばし伸ばしにされていた。
「はぁ」
「まあ、家の用事じゃしょうがないよね」
 由乃さんはそう言ってくれるのだけど。
「うん……」
 俯いてコンクリートの床を見つめていると志摩子さんの声が聞こえた。
「ねえ祐巳さん」
「なあに?」
「風の強い日に屋上で願いをかけるとそれは絶対に成就すると言われているわ」
「本当?」
「聞いたこと無いわ」
 すかさず由乃さんの突っ込みが入る。でも志摩子さんの言うことだし。
「本当よ。もう少し頑張ってみない? 風を呼ぶのよ」
 そうだ、そうすれば伸び伸びになっているお姉さまとのデートが実現するじゃない!
「うん! 私、頑張ってみる!」
「祐巳さん、あなたチョロ過ぎ」


 再び、祐巳は屋上の真中に立っていた。
「じゃあ、祐巳さん、まずは風を呼ぶ想いを込めて呪文を唱えるのよ」
「う、うん」
 祐巳は目を瞑り、思いを込めた。
 が、すぐにまた目を開けて振り返った。
「ねえ、なんて唱えるの?」
「そうね、そうだわ。まだ初心者で『神さま見習中』だから、略して『かみ「わー」』でどうかしら?」
 志摩子さんの言葉の途中で大声を出したのは由乃さんだ。
「どうしたの由乃さん」
「あからさまなのはダメ!」
 由乃さん、さっきまでダウン系になりきっちゃってたのに、急に元気になって腕で胸の前にばってんを作っている。
「でもまだ商標登録していないみたいなのよ?」
「そういう問題じゃないの! 文化庁なんちゃら優秀賞とった話のタイトルなんて畏れ多いから使っちゃダメ!」
 いや、そこでメタなこといわれても。
「そうなの? じゃあどうしましょうか? 祐巳さん何かない?」
「えー、私? えーと、ぴ「わー」ゅうとか?」
「ダメダメダメ、もっとダメっ!」
 由乃さんダメって四回も言ったよ?
「じゃあ、取っておきの呪文を使うしかないわね」
「取っておき?」
「ええ。あなたのハートに?」
「ああ、あれ?」
「ふふふ、そうよ。祐巳さんの場合は判るでしょう?」
 判りました。
 由乃さんはなんかうんざりした顔しているけど。


 というわけで、再び目を瞑り、
(風よ来い)
「ろー」
(風よ来い)
「さー」
(風よ、来い!!)
 そこで、空を仰ぐように両手を振り上げて。
「きねんしすー!」


 ……。


 青い空。
 白い雲。
 ゆるやかな風が通りすぎる。
「なにも起こらないわね」
「五時間目始まるわよ」
 祐巳はまた屋上のコンクリートに突っ伏していた。
「疲れたよ……」
「ほら、教室戻るわよ」
 そう言って由乃さんが祐巳の肩を揺らしている。
「じゃあ、放課後は私の家で続きをしましょう」
「えー、志摩子さんの家遠いじゃない」
「家ならいろいろ道具もあるから、きっと判るわよ」
 そんな訳で、放課後は志摩子さんの家へ行くことになったのだ。


 そして放課後。
「ほら、祐巳さん、着いたわよ」
「うん」
 午後の授業は異様に疲れて眠かった。
「早く起きて、降りるわよ」
 祐巳は志摩子さんの家へ向かう電車とバスの中で寝まくっていた。
 なんかだるいー。
「大丈夫なの?」
「うん、大丈夫ー」
「なんかダメそうね」
「平気。古文の時間も休めたし」
「いや、それ休んじゃダメでしょ」


 そんなこんなで志摩子さんの家、小寓寺の本堂にやってきた。
「ちょっとそこで待っててくださいね。乃梨子を呼んできますから」
「え? 乃梨子ちゃん?」
 なんて驚いているうちに志摩子さんは行ってしまった。
「なんで乃梨子ちゃんが?」
「さあ?」
 そんなふうに由乃さんと顔を見合わせたりして、しばらく座って待っていたら志摩子さんは戻ってきた。
「あの?」
 乃梨子ちゃんを連れて。
「……聞かないでください」
「でも」
「仰りたいことは判ります」
「だってそれ」
「私はツッコミ側だったのに……」
 顔を赤くして登場した乃梨子ちゃんが着ていた服は、白衣に緋袴。
「どうして巫女服なの?」
 そう、お祓い棒(?)まで持っててすっかり巫女姿の乃梨子ちゃんだった。
 黒髪のおかっぱ頭が紅白の装束に妙にマッチしているのだけど、背後に鎮座する仏像にはあまりにアンマッチ?
「私が聞きたいですよ」
 ちょっと投げやりだ。
「私から説明するわね」
 和服に着替えてきた志摩子さんが言った。
「志摩子さんの家、いつから宗旨変えしたのかしら?」
 由乃さんの質問に志摩子さんは微笑みながら答えた。
「あら、由乃さんはご存知ない?」
「なにを?」
「大黒様の名前はご存知よね」
「知ってるわ。七福神の一神よね?」
「そう。神社では大国主命と同体して祭られるこの神さまは、インドではマハーカーラと呼ばれるもともとは仏教の神さまなのよ。もう一つあるわ弁天様をお祭りしているの神社だけど弁財天といえばインドではサラスヴァティというやっぱり仏教の神さまなのよ。もともと日本の神道は八百万の神といってありとあらゆる神さまを包含してきたわ。それは土着の自然神信仰みたいなものもね。もちろん仏教も例外ではないわ。明治時代の神仏分離令までは、神仏が混在した神社やお寺が沢山あったのよ。これは神道側が吸収したという話だけど、逆に氏神さまが仏道に帰依したいという宣託を下ろしたという話も伝わっているくらいで……」
「ちょっと待ちなさい」
 志摩子さんの長演説に痺れを切らし、由乃さんが割り込んだ。
「私は神仏習合論を聞きたいわけじゃないのよ。もうちょっと簡潔に説明してくれない? お寺に巫女さんを用意して何をするつもりなの?」
「祐巳さんが何の神さまかを調べるのよ」
 志摩子さんはあっさりそう答えた。
「ごめんね、お御堂で告白してから志摩子さんはっちゃけちゃってて……」
 乃梨子ちゃんが申し訳なさそうに言う。
 つまり、それって山百合会幹部関係者全員の責任じゃない。
「良いものは何でも取り入れるべきだわ」
 それを世間では無節操と言いませんか志摩子さん。
「さあ乃梨子?」
「はい?」
「祐巳さんを見て」
「は、はい」
 乃梨子ちゃんは祐巳の前に正座して祐巳と見合った。
「どう?」
「どうと言われても……」
 それでも志摩子さんに言われたからか、乃梨子ちゃんは目を凝らして祐巳をじっと見つめてきた。
「あっ!」
 急に目を見開いて声を上げるものだから祐巳も驚いて思わず仰け反った。
「な、なに?」
「後光が見えるわ」
「ええ!?」
「祐巳さま本当に神さまなんだ……」
 そう言って乃梨子ちゃんは祐巳に向かって合掌した。
 志摩子さんはそれは当然だとでもいわんばかりに微笑んでる。
「ねえ、乃梨子ちゃん、私、何の神さま?」
「それは、判りません」
「そう」
 後光が見える乃梨子ちゃんでも判らないんだ。
「巫女服、関係ないじゃん」
 由乃さんのツッコミ、もっともです。




 つづけ!


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