【1633】 夏休み人口密度が高い刹那の時を貴女と二人  (タイヨーカ 2006-06-22 18:03:41)


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 祐巳と乃梨子が実の姉妹という、超パラレルワールドでお送りします。








「楽しみですわねぇ、乃梨子さん」
「うん。まぁ、ね」
 真っ赤で、所々に薔薇のような刺繍が施された浴衣を着た瞳子は、満面の笑みで私を見た。
まぁ、別に楽しみなのを否定するつもりはないんだけれど、実際私も楽しみなんだけれど。
…なんでこうなってしまったのか。

「早いのね、乃梨子」
「志摩子さん……今日はありがとね」
「白薔薇さま、ごきげんよう」
 瞳子の挨拶に、ゆっくりと歩いてきた志摩子さんはにっこりと微笑んだ。
 志摩子さんも浴衣だった。真っ白な下地に、所々に桃色の花があしらってあって、とても志摩子さんに
似合っていた。
 しまったなー、私もやっぱり着て来ればよかったかもしれない。こんな中にいたら、シャツとハーフパンツと
帽子を被っただけの私は浮いているような気がしてならない。
「あれ…ところで、祐巳さまは?」
「………」
 私は黙って、3人が立っている所から数m離れたベンチを指差した。
 そこには、黄色の可愛い浴衣を着た祐巳姉ぇが、それは幸せそうな顔で寝ていたのだった。




 そもそも、私が思わず口を滑らせてしまったのがいけなかったんだろう。
夏休みにはいってバチバチ経っていたから、もしかしたら気が緩んでいたのかもしれない。

 まずは、瞳子だ。
 その日、私は瞳子の家に夏休みの課題を片付けるために訪れていた。
それなりに楽しい時間を過ごす中、私は思わず口にしてしまった。

「今度の日曜日に祭りあるでしょ?それに志摩子さんと行くんだー」
「まぁ、乃梨子さんも?実は私もですのよ」
「へー。勿論祥子さまとでしょ?」
「当然ですわ!………でも、乃梨子さんと行くのもいいかもしれませんわね」
 なかなか嬉しいことを言ってくれる親友だなと。この時の瞳子も、単純にそういう思いで言ってきたんだと思う。
「別にいいんじゃないかな。志摩子さんに聞いてみるよ。祥子さまとはいつ行くの?」
「お姉さまが空いてるのが月曜日ですし、お祭りも月曜日までみたいだから丁度いいんじゃないかしら」
 そう。じゃあそういう事で。
と、志摩子さんに聞いても「かまわないわ」と言うだけだろうから、この話はここで終了した。
 本当は志摩子さんと2人っきりでもよかったんだけど、今まで2人で遊んでばかりだったからたまにはいいか。
なんて思っていた。


 そして、祭りの前日。つまり昨日。私は口を滑らせてしまったんだ。あの人に。

「なんだかノリ楽しそうだね。どうしたの?」
「え、そう?いやー、明日さぁ〜……」
 っとと。ここで喋ると祐巳姉ぇも付いてくるかもなー。別にダメじゃないけど、瞳子もいるし……
志摩子さんと祐巳姉ぇを会わせるのもなー……どうしたものか。
 なんて考えると、こういう時に限って察しのいい我が姉は、目を光らせた。
「明日なにがあるの?教えてよ〜。もしかして、お姉ちゃんには言えないような事!?」
「いや、別に。ただ、お姉さまと、瞳子と一緒に祭り行くからさ……」
 そら見たことか。祐巳姉ぇの目はさらに輝きを増した。
 この後は、まぁ思ったとおりに自分も行くといいだして、自分から志摩子さんと瞳子に連絡をとっていた。
あの2人の事だ。断るはずも無く、結局祭りの日は二条姉妹と志摩子さん、瞳子の4人で行くことになった。
 で、その祭りというのは、リリアンからちょっと離れた所にあった神社でやっていて、志摩子さんによると毎年恒例らしい。
なんだかんだで、楽しみなのには変わりない。




「あ、ほらほらノリ!金魚すくい!」
「大声出さなくてもわかってるって。どうせ祐巳姉ぇには取れないよ」
「あー!ひどいノリ!こうなったら絶対に取ってやるんだから!」
「あら、じゃあ私も乃梨子の為にがんばろうかしら」
「瞳子も参加しますわ!お姉さまのため。そして祐巳さまのためにも!」
 なんでそこで祐巳姉ぇの名前が出るんだ。とか。

「結局取れたのは志摩子さんだけじゃん。ありがとう志摩子さん!」
「うふふ。どういたしまして」
「うぅ〜…瞳子ちゃん、今度はがんばってノリの鼻を明かそう!」
「はい、わかってますわ祐巳さま!!」
 志摩子さんが取ってくれた金魚は、小さくてとても可愛くて。菫子さんに水槽ねだろうかなー。なんて考えた。とか。

「ふふふ。甘いね瞳子も祐巳姉ぇも。私に射的で勝てるとでも?」
「すごいのね乃梨子。こんなに取っちゃって」
「うぅ〜!瞳子ちゃ〜ん」
「お、恐るべしですわね乃梨子さん…まさかこんな特技があったなんて」
 金魚のお礼に、射的でとった景品を志摩子さんにあげたり。それを見てさっきから祐巳姉ぇと瞳子が恨めしそうに見てたり。とか。

「なんだか小腹空かない?志摩子さん」
「そうね…今たこ焼き食べたばかりだけど、ちょっと空いたわね」
「乃梨子さんもりんご飴買えばよかったですのに」
「ノリはりんご飴食べるの下手だもんねー」
「祐巳姉ぇ、そんな事まだ覚えてるの?」
 今更小学生の時の話を持ち出してきた祐巳姉ぇにムッとしたり。とか。
 まぁ、ようはそれなりに楽しめたんだ。志摩子さんとも、瞳子とも、祐巳姉ぇとも、楽しい時間が過ごせたのが
なかなかよかった。

「じゃあ、焼きそば買ってくるわね。さっき乃梨子が欲しそうな目で見てたんだもの」
 小休憩として、屋台の並ぶ道から離れた石階段に座っていると、志摩子さんはそう言いながらスクッと立ち上がった。
「あ、私も行くよ」
「大丈夫よ。お姉さんですもの、これくらいさせてくれないかしら?」
 ようは、奢ってくれるという事なのか。申し訳ないというか、やっぱり志摩子さんは優しいなぁというか…
とりあえず、幸せだ。
「むぅ〜……よし、お姉ちゃんは綿飴買ってくる!瞳子ちゃんも欲しいよね!?」
 スタスタと歩いていく志摩子さんを見て、祐巳姉ぇは唸った。
「勿論ですわ!」
「志摩子さんもいるとして、ノリは!?」
 なにを張り合ってるんだこの人は。
「まぁ、別に欲しくなくはないけどね」
「いいのよ、はっきりと言えば。だって、私はノリのお姉さんだからね!」
 志摩子さんの優雅さとは間逆だよなー。なんて思いつつ、そんな間逆な姉を2人持っている私はなかなかにレアだろうな。
なんて考えていると、祐巳姉ぇはさっさと走っていった。

「まったく……あんなに走ると浴衣が……」
「まぁ。まるで乃梨子さんがお姉さんみたいですわね」
 言いえて妙かもしれないな、瞳子。
最近、祐巳姉ぇはどちらかというと妹みたいな気がしてきたのだった。
「やっぱり、祐巳さまを呼んでよかったでしょう?」
「え?」
 瞳子は、ニヤッと笑っていた。
「乃梨子さんと祐巳さまを仲良くしようの会会長として、当然の行動ですわ」
「はぁ…まだそんなことやってるの瞳子は。
そんな事しなくても、祐巳姉ぇとは仲良いからさ。心配しないでもいいよ」
 …自分で言っててちょっと気味が悪くなったけどまぁ間違いじゃないしね。最近はこっちに来た当時ほど拒絶反応が無い。
「あら、そうでしたの?でしたらこの会も終わりですわね」
「……ちなみに、会員は他にいるわけ?」
「私と、お姉さまと志摩子さまですわ」
 って志摩子さんもかい!どうやら無駄な心配をかけていたみたいだ。反省。

「君可愛いねぇ。俺らと遊ばない?」
 その後も瞳子といろいろ喋っていたら、突然3人くらいの男の人が私達を囲んだ。
 なんてレトロな人たちなんだろうか。と思っていたら、瞳子はギュッと私の服のすそを掴んだ。
「(……そうか。瞳子はこういう場面に慣れてないだろうからな…)」
 まぁ、私もなれてるわけじゃないけどね。
 と、言うわけで私はスクッと立ち上がって、リーダーであろうチャラい男をジッと見た。
「あ?なにアンタ。もしかしてこの子の彼氏とか?」

 ピキ。
 なにを言ってるんだろうか。いや、分かるよ。こんな親友の目から見ても可愛い浴衣姿の女の子の隣に
こんな格好の人が立っていて、髪も短いし、帽子とかで顔は見えないし、まぁ自分で言うのもなんだけど、
チがつく部分が無いし。男の思われて無理はないよ。
 しかし……この腹立たしさはどうしてくれようか。
 仮にもリリアンの近くである神社でこんな事態が起きる嘆かわしさと、てめぇいつの時代の人間だよと言いたいその
語り掛け方、その態度。そして男と言われて傷ついた私の怒りをこめて……
 公立共学出身をなめるなっ!!!パンチィ……


「アヴェ・マ――リアァ―――」
 ドスーン!!

 ……なんて事だろうか。瞳子も唖然としている。
 こともあろうか、私が今まさに拳を振り上げようとした瞬間に、男の背後からミサイルの如く飛んできた人物がいた。
しかも変な技名を叫びながら。
 いや、まぁ祐巳姉ぇなんだけどさ。
 祐巳姉ぇは倒れた男の上に何故か誇らしげに立つと、私と瞳子の腕をさっととって走り出した。
「う、うわぁー!タ、タツやん!」
「しっかりしろタツやーん!まだ傷は浅い!!」
 走り去る後ろから、倒れた男・タツやん(仮)をねぎらう仲間の声が聞こえたのがなにか微笑ましかった。


「それにしても、さすがは『二条家の化け狸』の名を持つ祐巳姉ぇだよねー。あんな低空ドロップキックをきめるなんて」
「うわーん。祐巳さまー」
 だいぶ離れた、神社の入り口辺りで私達はとりあえず立ち止まった。
 瞳子は本当に怖かったのか、演技でもなしに祐巳姉ぇに泣きついていた。
なんで私はこんなに冷静だったのかは分からないけど、まぁどうせ祐巳姉ぇが助けてくれるだろうという思いがあったんだと思う。
「よしよし、大丈夫?瞳子ちゃん。そんな酷いあだ名を思い出すノリはどうせ平気だろうけどねー」
 しかし、事実なのは仕方が無い。というか階段に立つ男の人に低空ドロップキックをかませるなんてとんでもない人だ。
「それにしても、あんな人が出てくるなんてね。2人を残して失敗だったなー」
「別に、私なら平気だったけどさ。祐巳姉ぇの変な技なくても、切り抜ける自信はあったよ」
 実際そう思っていた私だったけど、よく見ると手が震えていた。おやおや。
 しかも、こういう時に限って目ざとい祐巳姉ぇはもちろんそんなミスを逃さない。
「怖いのなら、ノリもくれば?」
 祐巳姉ぇは瞳子を指差しながら、私を見た。なにをバカな。
瞳子だって初めこそは本気だったろうけど、今はむしろ役得だ。みたいな事を考えているだろう。
なんとなくそんなオーラが出ている。

「あーあ。せっかくの祭りがなー」
「いいでしょ、また来れば。祭りなんて星の数だけあるんだし。そうだ!今度は山百合会の人たち全員呼ばない?
由乃ちゃんとか令さんとかにも会いたいし!」
 それは遠慮したい気持ちで一杯だ。由乃さまと祐巳姉ぇはなんとなく気が合いそうで怖い。
「ほら、瞳子ちゃん。綿飴あげるから」
「はい。ありがとうございますわ祐巳さま」
 やっぱりな。やけにスッキリした顔で瞳子は祐巳姉ぇから綿飴を受け取った。

 と、まぁこうして波乱(?)の祭りは幕を閉じたのだった。



 ちなみに、志摩子さんを呼ばなくてはと思い立った私が再び祭りの渦中に入り、
祭りの混雑の中でオロオロとしながら4つ分の焼きそばを持って「ノリコー。ノリコ−」なんて言っている
鼻血モノに可愛い志摩子さんと出会ったのは、数十分後だった。
 ごめんなさいという気持ちと同時に、あぁ、本当に志摩子さんってばかわいいなぁ。なんて妹ばかを発揮したりしてみた。


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