【1640】 夢のあと後悔はしない許されぬ想い  (クゥ〜 2006-06-26 20:04:32)


 海辺の教会のお話、その二。
 前回【No:1611】

 また、マリみてSSなのに誰も出ない?
                                『クゥ〜』



 ここ数日降り続いていた雨が止んでいた。
 といっても空模様はどんよりと曇り空。
 何時また雨が降り出してもおかしくはない天気だ。
 少女が朝拝を終え外に出ると、学校に向かう子供達が見えた。
 「お姉ちゃん!!」
 「おはよう、皆」
 「「「「おはようございまーす!!」」」」
 子供達は元気に少女の方に駆け寄ってくる。足元には長靴を履いているから水溜りも気にしていない。いや、むしろ男の子達はワザと水溜りに飛び込んで女の子達に文句を言われていた。
 「もう!!お姉ちゃんなんか言ってやって!!」
 マキちゃんが少女の横に来て怒っていた。
 「へへ〜ん!!」
 男の子達は少女から距離をとり笑っていた。
 少女は仕方ないわねといった顔で男の子達を見ている。少女から見れば可愛いジャレ合いにも見えるが、マキちゃんたちにしてみればたまらのだろう。
 「こら!!カイくん、コウジくん」
 「あ!!お姉ちゃんが怒った!!」
 男の子達は名前を呼んだだけで逃げ出した。
 「こら!!アンタたち、お姉ちゃんの話を聞きなさいよ!!」
 それを見てマキちゃんとカエデちゃんが追いかけていく。
 少女はポツンと残されてどうしたものかと笑っていた。
 子供達の笑い声が遠くになり、教会は静けさを取り戻す。
 少女はいつもの仕事に戻ることにした。


 少女が雨が上がったので、その間にとここ数日出来なかった庭の掃除をしていると。
 「おーい」
 パタパタとエンジン音を立てながら郵便局のおじさんがやってくる。
 「おはようございます」
 少女は挨拶をして、おじさんから手紙を受け取る。
 「ごくろうさまです……あ!!」
 その中に、少女宛のピンク色の封筒を見つけ、少女は慌てて差出人を確認する。
 「わぁ」
 「そういや、今日はお譲ちゃんに手紙が来てたか、恋人かい?」
 「まさか、学校にいたときの友人からでよ。私、これでもシスターですので、懐かしいなぁ」
 「ほほほ、こんな所で懐かしがらんで、部屋に戻って早く見てみなさい」
 「あ……いいえ後でゆっくり見ます。それよりお茶していきませんか?」
 「いやいや、今日はゴンベさんのところに小包あるけん、急がんとお昼に戻ってこれないからな」
 そう言って、郵便のおじさんはパタパタと来た道を戻っていった。
 少女は思わずはしゃいだ姿を見せてしまい、照れながら手紙を持って母屋に戻る。
 「あら、どうしたの?」
 「あ、シスターメイ。お手紙です」
 少女は自分への手紙を抜き、残りをシスターメイに渡す。
 「あぁ、手紙ね。あら、それは?」
 シスターメイが、少女が大事そうに持つピンク色の封筒を見る。
 「友人からです」
 「あらあら、それじゃ、掃除はいいからゆっくり読みなさい」
 「いえ、後で」
 「いいから、いいから」
 シスターメイはそう言って少女を部屋の方に押し出す。
 少女は「すみません」と言いながら自分の部屋に戻り、急いで封筒を開く。
 封筒の中には写真が一枚と便箋が三枚入っていた。
 ……。
 …………。
 「……そうか妹が出来たんだ」
 写真の中に写る笑顔の友人と少し照れた顔の可愛い少女。彼女が、妹になった子なのだろうが……。
 「可愛い子だね……でも、この子の笑顔は……」
 少女は少し悲しい顔で、写真の中の友人に語りかける。
 ……彼女に似ているね……と。
 手紙には妹となった子の名前や経緯が書かれていた。
 少女の友人は、あの何も変わらない場所にいる。
 陽だまりのような優しさに包まれた場所。
 少女にとってその場所はもう戻る場所ではないが、友人はまだそこで待っている。
 そう思うと、そこを去ってしまったことに少し罪悪感を感じてしまう。
 少女は手紙と写真を手にしたままベッドに仰向けに倒れこみ。
 「返事、どうしようかな」
 目を瞑って、呟いた。


 朝方何とか上がっていた雨だったが、お昼にはまた空は暗くなりもう雨が降り出してもおかしくはなかった。
 少女がシスターメイと一緒に聖書の勉強をしていると、ついに窓を雨が叩き始める。
 「降りだしたわね」
 「はい、子供達が帰る頃に何か温かい飲み物とタオルを用意しておきましょう」
 「そうね、それは良い事だわ」
 「もっとも、あの子達はジュースがいいとか言うのでしょうが」
 「ふふふ、そうね」
 小さな書斎に、少女とシスターメイの笑い声が響く。
 「そういえば貴女が此処に来た日もこんな雨の日だったわね、もうすぐ一年に成るのかしら?」
 シスターメイは「懐かしいわね」と、笑顔で言った。
 「そうですね……でも、私は雨の日は嫌いです」
 「そうなの?」
 「はい、こんな雨の日は彼女を思い出すから」
 「そうだったわね、彼女……そう彼女を求めて貴女は此処に来たと言っていたわね」
 「はい、そしてそのままいついてしまったのは、笑い話ですが……」
 少女は少し照れた笑いを浮かべる。
 「あらあら、でも信者の皆さまも喜んでいますし、何より私が嬉しいから感謝しているのはこちらの方ね」
 「そう言ってもらうと助かります」
 小さく頭を下げる少女を愛おしそうに見つめるシスターメイ。
 「貴女は……」
 「シスターメイ?」
 「貴女は、私の学園に保存されていた卒業アルバムを見て此処に来たと言っていましたね」
 シスターメイの表情は優しい。
 「はい」
 「そして、そこに残された彼女の写真を見たと」
 「そうです、シスターメイ」
 「彼女の話、聞きたいですか?」
 少女はシスターメイの言葉に、少女はゆっくりと頷いた。
 ……。
 …………。
 少女は礼拝堂で祈りを捧げていた。
 礼拝堂の屋根に打ち付ける雨音が内部に響いている。だが少女は、落ち着いた気持ちで祈りを捧げていた。
 少女は祈りを捧げるとき今は何も願わない。ただ、心を落ち着け……いや、心を抑えてただ祈る。
 どのくらいそうしていたのだろう、教会の扉が開きヒョコッと顔を出したのはカエデちゃんだった。
 「……お姉ちゃん」
 少女は自分を呼ぶ声に振り返る。
 「カエデちゃん、お帰りなさい」
 「うん!!」
 少女は祈りを止めカエデちゃんと礼拝堂を出る。雨はまだ降り続いている。
 「皆は?」
 「おばちゃんとお茶を飲んでる」
 そういえばお茶を用意するのを忘れていた、少女が言い出したことだったのに。
 「そう、じゃ私達も行こうか」
 少女はカエデちゃんを連れ母屋に向かう。
 「ねぇ、お姉ちゃん」
 「なに?」
 「お姉ちゃんは何を神さまにお願いしていたの?」
 「ううん、何も、ただ祈っていただけよ」
 カエデちゃんは少女の言葉に不思議そうな顔をする。
 「お願いしないの?神さまってお願いするものだよね?」
 「そうでもないんだけどなぁ……それに、私のお願いは神さまが許さないと思うから」
 少女は少し寂しそうに呟く。
 「それじゃ、お姉ちゃんはどうしてシスターになろうとしたの?」
 「どうしてそんなこと聞くの?」
 母屋に入り、少女はカエデちゃんを見る。
 「だって、マキちゃん言っていたもん、お姉ちゃんは神さまにお願いがあってシスターに成ったんだって……」
 「うーん、それは違うかな?」
 「そうなの?」
 「シスターに憧れていたのは私じゃないの、私の大事な人。私はその人がなれなかった代わりを務めているだけなのよ」
 そう言って少女は黙ってしまい、カエデちゃんはその小さな手で少女の手を握る。
 「ありがとう、カエデちゃん」
 少女の言葉にカエデちゃんは笑った。


 夜、就寝の時間だが少女は珍しく夜更かしをしていた。
 ベッドに座り、膝の上に小さなアルバムに今朝送られてきた友人からの写真と手紙をアルバムに挟む。
 アルバムを眺める。
 そのアルバムの写真に写るのは、たった一年前に別れた友人達と大事な人たち。
 その中にあって、写真の何枚かに写る一人の少女の顔はマジックで塗りつぶされていた。
 そのマジックで塗りつぶされた写真を指で触る。
 少女は夕方、カエデちゃんに言った言葉を思い出していた。
 シスターになった理由。
 それは確かに、少女の大事な人から聞いた夢だった。だが、それならこの小さな教会でなくても良かった。
 少女がこの小さな教会に来たのは彼女を求めて、シスターに成ったのは此処で彼女を待つため。
 それは少女自身、馬鹿げたことと思うのだが、後悔はしていない。何故ならそれほど、彼女への想いは募っているから。
 会いたいと……。
 ただ、会ってどうするのか、少女にも分からない。
 本当に、彼女に出会ったとき、少女はどうするのか。
 少女は涙を流す。
 彼女に会えない苦しみ、会わない喜び。
 ……。
 少女は躊躇いながらアルバムを閉じ。
 小さな溜め息を一つ。

 ……手紙は明日書こう。

 そして、毎日の日課である机の上の一枚の写真に祈りを捧げ。
 眠りに着く。

 窓の外に雨音が、まだ響いていた。

 少女の今日が終わる。



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