【1639】 もういっぱい死にそう…  (朝生行幸 2006-06-26 13:59:42)


 11月。
 秋と言うには遅いが、冬と言うには少し早い微妙な月間。
 駆け足で暮れ行く夕日が、僅かに余韻を残しつつ、夜の帳をそっと下ろす。
 そんな時期の、ある放課後のことだった。

 校舎に囲まれた中庭の一角に、薔薇の館がある。
 脇には、これでもかと積まれた枯葉枯草枯れ木の山。
 その前に、山百合会関係者を含めた、数十人の生徒たちがたむろしていた。
「よーし、それじゃそろそろ準備は良いかな?」
 黄薔薇さまこと支倉令が、軽く捻った新聞紙とチャカオ(発火部が長いライター)を手にしながら、数人の生徒に確認した。
 一斉に頷いたのは、お菓子づくり同好会の会員たち。
 令は、チャカオのノーズに火を点して新聞紙に移すと、それを枯葉の山に突き立てれば、しばらくブスブスと燻っていたものの、やがて大きくなり、紅蓮の炎を巻き上げ始めた。

 事の起こりは、昼休みに遡る。
 いつものように、薔薇の館で昼食を摂っていた山百合会関係者、その中で特に令の元に、一人の生徒が訪ねてきた。
 お菓子づくり同好会の会員であるその生徒は、田舎から送られてきた大量の『サツマイモ』を、流石に量が多すぎるので、必要な分だけ取っておいて、残りは部活で利用するために学園まで持って来たは良いのだが、何を作ればいいのか判断に迷い、そっち方面での知識に定評のある黄薔薇さまを頼ってここまで来たということだ。
「そうねぇ、いろいろメニューはあるけれど……。ところで、どのくらい送られて来たの?」
「はい、粒に大小の差はありますが、120本ほど……」
『ブッ!?』
 思わず吹き出す山百合会関係者。
 「いっぱいあるから持って来た」と言うので、せいぜい十数本と思っていたら、なんとその十倍。
「そ、そんなにあるんだ……」
「はい。そこそこ日持ちする食材ですから、一度に全部使う必要はないんですが、だからと言って、ずっと置いておくわけにも、更にはサツマイモばかり使ったお菓子を作るわけにも行かず……」
「……じゃぁ、考えるまでもないわね。一番オーソドックスなパターンで行きましょうか」
 こうして、令の意見に従い、今日の放課後、急遽焼き芋パーティが執り行われることになったのだった。

 そして、現在。
 防火用水や消火器を準備し、山百合会幹部が立ち会うという条件で、学園長の許可が下りた。
 一同の前では、アルミホイルに包まれた大小80本のサツマイモに被せられた、落ち葉の山が燃えていた。
 昼食後、昼休みの余った時間や休憩時間を利用し、山百合会関係者がクラスメイトや友人たちにイベントの臨時開催を説いて回ったお陰で、今ではかなりの人数が中庭に集まっていた。
 どこから聞きつけて来たのか、中等部の生徒もちらほら。
「はーい、焼けた分から持っていってもいいよ。でも、二つか三つに分けて、できるだけ多くの人に行き渡るようにね」
 焼ける先から地面に敷いた新聞紙に並べ、自由に取って行けるようにする。
 大抵仲の良い二人組三人組で集まってきているので、言われた通り、素直に分け合う生徒たち。
 食べた後の『アレ』も気になるし、食べ過ぎにも気を使う年頃なので、小さな物を除いては、流石にまるまる一本を食べるような剛の者は、抜け出してきた運動部員のごく一部を除いて、ほとんど存在しなかった。
「由乃、ほら」
 妹である黄薔薇のつぼみ島津由乃に、あまり大きくないサツマイモを手渡す令。
 令は軍手を履いてるので熱くはないが、渡された由乃は、
「熱熱!?」
 と言いながら、お手玉していた。
「はい、志摩子。乃梨子ちゃんと半分コしてね」
 同じようにお手玉しながら受け取る、白薔薇さま藤堂志摩子とその妹二条乃梨子。
「ほら、祐巳ちゃんも、祥子と分けて」
「はい」
 まだ紅薔薇さまこと小笠原祥子は顔を出していないが、彼女の分も含めて、一本を受け取った紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
 とりあえず半分に折って、片方を食べ始めた。
 ある程度の数が焼けたところで、作業を同好会の生徒たちに任せ、焚き火から離れた令は、軍手を脱ぎ、頭や肩に付いた灰をパタパタと払い落とした。

「由乃、どう?」
「うん、美味しいよ」
 皮を剥がしつつ、ちまちま齧る由乃。
 熱いので、由乃の指では、広い範囲の皮を一度に剥くことができないのだ。
「はい」
 なんとか皮を取った湯気を上げる黄色い身の部分を、由乃は相手の口元に差し出すと、令はそこにはくっと齧り付いた。
 ほくほくとした、甘い味が口内に広がる。
「これは美味しいなぁ」
「でしょでしょ」
 由乃は、笑みを浮かべながら、令が齧ったすぐ隣の部分に齧り付く。
 こうして二人は、一本の焼き芋を、剥いては齧らせ、齧っては剥いてと、一口ずつ食べ分けていった。

「乃梨子」
「はーい」
 志摩子は、芝生の上にハンカチを敷いて座り、妹を手招いた。
 乃梨子も同じようにハンカチを敷いて、彼女の隣に腰を下ろした。
 出来るだけ半分になるように、慎重に芋を折ったのだが、やはり片方が大きくなってしまった乃梨子は、妹ゆえに遠慮して小さい方を選び、大きい方を姉に渡した。
 大好物の、しかも大きい方を貰えたせいか、妙にご機嫌そうな志摩子だった。
 正座を崩したような、所謂少女座りで、満面の笑みを浮かべながら両手で持った芋に齧り付く。
 志摩子には、年齢不相応とも言うべき食の嗜好があり、ギンナンはよく知られているが、ユリネやひじき、他にも豆類、芋類といった、結構渋い物が好物だった。
 本人は気付いていないようだが、それらを食べる時の志摩子は、普段の柔らかい微笑みではなく、驚喜とも言うべき笑みを浮かべるのだ。
「志…お姉さま、美味しいね」
「そうね、とても美味しいわ」
 その志摩子の笑みに、乃梨子はドキっとしてしまうのだった。

「……」
 そんな黄薔薇姉妹や白薔薇姉妹のやりとりを、心底羨ましそうに見ている祐巳。
 肝心のお姉さま、祥子が未だ姿を現さない。
 なんとなくツマンナイ心境で、もそもそと芋を齧る。
 視界の隅に見える、楽しげな写真部姉妹?や新聞部姉妹の存在が、更に祐巳をズンドコに叩き落す。
「……面白くなさそうですわね」
「……あ、瞳子ちゃん」
 小さい芋を片手に、祐巳の隣に腰を下ろすのは、演劇部所属の松平瞳子。
「残念ながら紅薔薇さまは、用があって帰られました。祐巳さまにお伝えするように、言付かって参りましたの」
「そう……」
 思っていたほどリアクションがない祐巳に、訝しげな視線を向ける瞳子。
「あまりガッカリされていない様ですわね」
「今に始まったことじゃないしね。それに……」
「それに?」
「代わりに瞳子ちゃんが来てくれたから、私はそれで充分だよ」
 その言葉に、頬が赤くなる瞳子。
「ま、まぁ、代わりと言ってはアレですけど、私でよければお相手ぐらいはして差し上げてもよろしいですわ」
「そう? ありがと。じゃぁ、はい、あ〜ん」
 打って変わって、今度は心底楽しそうに、芋を瞳子に向ける祐巳。
「なななななななな!」
 パチパチと爆ぜる焚き火の炎が、瞳子の頬を更に赤く染める。
 イキナリの行為に、瞳子の動きと思考が完全に停止した。
「……」
「やっぱり瞳子ちゃんには、お姉さまの代わりは無理かなぁ……?」
 首を傾げて、祐巳が残念そうに呟けば、当然瞳子にはそれが挑発に聞こえるわけで。
「そそそそそんなことありませんわ。あ〜ん」
 少し黒い祐巳の行動に疑問を持ちつつ、はしたなくも大口を開ける瞳子。
 そのまま、ぱくりと祐巳の芋に齧り付いた。
「美味しい?」
「……ええ、美味しいですわ」
「じゃぁ交代。あ〜ん」
 今度は祐巳が、大口を開けて瞳子を誘う。
 瞳子が慌てて皮を剥いで差し出せば、祐巳は躊躇うことなくその芋に齧り付いた。
「……如何です?」
「うん、美味しいね。さすが瞳子ちゃんが食べていたお芋だよ」
 その一言に、ようやく事態を把握した瞳子。
 そう、よくよく考えてみれば、これは明らかに関節接吻(古典的表現)。
 でも、黄薔薇姉妹は当たり前のように一本を、白薔薇姉妹もさも当然のようにお互いの芋を食べあっている。
 アチコチに見られる姉妹だって、その行為にまったく疑問を持っていないようだ。
 完全に祐巳の手の内で踊らされるハメに陥った瞳子は、周りの生暖かい視線にさらされながらも、半分イヤイヤ、半分ニヤニヤの心境で、芋を完食するのだった。

 当然その話は、翌日にも祥子の耳に入るわけで。
 恨みがましい目で瞳子を見た祥子は、授業が終わると速攻で帰宅し、小笠原邸の庭の落ち葉を使用人総出で掻き集め、大量のサツマイモを焼かせると、自分が満足するまで、無理矢理ひたすら散々これでもかと、祐巳に食べさせ続けたのだった。

 数日に渡って、一生分“以上”の焼き芋を食べさせられた祐巳は、その後二度とサツマイモを口にすることは無かったという……。


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