注:オリキャラがちょっとだけ出ます
それは、少しだけ未来のお話。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように。
そんな不文律を守ることのできる最大限の速さで歩く。
約束の時間まであと少し。
お祖母ちゃんは多少遅れたところで気にしたりはしないだろうが、その“姉”はそういったことにはひどく厳しい。
招待しておいて、と叱られてしまうに違いない。
天を仰げば、高い空にいわし雲。
絶好の学園祭日和だった。
祐巳、と自らを呼ぶ声に、郷愁にも似た響きを聞いた。
それほど長い間会わなかったとは思わないが、久しぶりのリリアンという場所がそう感じさせたのか。
「こんにちは、祥子さま」
ごきげんようという挨拶を、お姉さまという敬称を使わなくなって、もう随分時が過ぎた気がする。
「元気そうね」
「もうすっかり涼しくなって、過ごしやすくなりましたから」
今年も残暑が厳しかったが、髪を揺らす風も色づく木々も、すでに街の風景は秋一色だった。
「祥子さまも、お元気そうで」
ええ、と今も変わらぬ微笑で応えられた。
黄金色に輝く銀杏並木を、二人でゆったりと歩く。
こうして二人並んで歩くのは別に珍しいことではない。
それどころか、祐巳が卒業してからも一度として小笠原祥子との関係が途切れたことはない。
でも、やはりリリアンのこの道を行くのは特別な感じがした。
「懐かしいわね」
「祥子さまも、そう思いますか?」
「ええ。たくさんの思い出があるけれど、貴女と此処で出会って、一緒に過ごした時間は特別だわ」
面と向かって言われるとさすがに照れたけど、私もです、と応えた。
運命、奇跡、偶然、必然。
言葉は何でもいい。ただ、ここで祥子さまと出会えたことは、祐巳の中のありとあらゆる物の中で最も美しく輝く宝石だった。
「ここで」
銀杏並木を抜けたところにある、二股の分かれ道。
誰よりも多くのリリアンの生徒を見守ってきたマリア像の前で、自然と二人の足は止まった。
「ここで、貴女を呼び止めたのよね」
変わらず凛とした、よく通る声が空気を揺らした。
そう、まるで昨日のことのように思い出せる。
突然背後から呼び止められ、タイを直されたあの日の朝。
「祥子さまは覚えてらっしゃいませんでしたけどね」
くすくすと笑いながら私が言うと、祥子さまは少しだけ罰の悪そうな顔をして、だけど平然と言い返した。
「私と貴女が此処で出会った、と言う事実が大切なのよ。あの写真、今も大切に持ってるわよ」
もう一度くすりと笑ってから、私もです、と先ほどと同じように応えた。
「貴女の孫、どんな子なの?」
ふと思いついたように、祥子さまが尋ねた。
「元気のいい子ですよ。ちょっと落ち着きがないですけど」
私に似て、と付け加えると、くつくつとのどを鳴らして笑った。
「そういえば、孫に会ったことありませんでしたっけ?」
「会ったことは何度かあるけれど、なかなか話が合わなくて。年の差かしらね」
「またまた。言うような年齢じゃないですよ」
「それこそ冗談だわ」
二人で声を出して笑った。
マリア像の前、招待した二人は楽しそうに談笑していた。
少しだけ約束の時間からは遅れたけれど、どうやら時間は気にしていない様子。
内心ほっとしながら、それを外に出さないように注意して呼びかける。
「お祖母ちゃん!」
二人の老婦人が、ゆっくりと振り返った。
それは、ほんの50年ほど先のお話。