※この話は、たぶん誰かがどっかでやってる可能性大なありがちなネタです。
悪のり入ってますので関係各所の皆様にはあらかじめごめんなさいと言うことで……。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
爽やかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様の庭に集う乙女達が、今日はハンターのような冷徹な笑顔で、逆三角形の下をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、コスプレでよその学校の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、セーラーカラーは翻られせないように、徹夜で仕上げたコピー本の材料満載のキャリーで人を轢かないように、かつ、迅速に行動するのがここでのたしなみ。
もちろん、「走らないでください!」とのスタッフの怒号に応え競歩やスキップで返す茶目っ気も忘れてはならない。
東京ビックサイト、コミックマーケット二日目。 ……それは、乙女(?)の園。
「ああ、夏コミねぇ……」
異常なまでの乗車率で軋む車体に鞭打って、ゆりかもめは戦地へと赴く。
都バス・ゆりかもめ・りんかい線・水上バス。
交通機関はいろいろあるが、タクシーと水上バスは利用しないのがサークル参加者のたしなみだ。
昨夜、というか今朝方印刷の終わったコピー本の材料が重い。
徹夜明けのちょっとハイテンション気味の私、そんな私を知る人間はリリアンには居ない。
……いや、居なかったと言い換えておこう。
車内の異常なまでの乗車率に怯えた赤ちゃんがもの凄い勢いで泣き出す。
いや、乗車率に怯えたのではないかもしれない。
そこに乗っている乙女達の異常なまでのオーラに本能が危険を訴えたのかも。
フジテレビ前で赤ちゃんを抱えた女性は逃げるように降りていった。
そうだ、ここで降りればいい。
この先には地獄が口を開けて待っているのだから。
一般参加者の何処まで続いているのかわからない列を横目で眺めながら、ああ……この人の山が全部この会場に詰め込まれるんだわと少し冷静に考えてゾッとしながらもサークル入場口を目指す。
正確に言うと、この時間に並んでいる人間達にさらに相当量の人間が加算されるのだが、それは考えないでおくことにしよう。
ネットオークションに出品すればプラチナチケットに変貌するそれ(※絶対にやってはいけません)をスタッフに渡してまだ平穏さを残す数時間先に地獄へと化す内へと足を踏み入れる。
まっすぐ自分に与えられた机半分を目指し、心の安全装置を解除する。
そして、自分の城に付くとひたすらに紙とホッチキスとの戦いを繰り広げる。
ここからは時間の勝負だ。
刻一刻と迫ってくる運命の刻を待ちながら折る!折る!折る!閉じる!積み上げる!
徹夜はお肌に大敵なんて気にしたら負けだ。
三日寝てなくたって、目の下にクマができたって、そんなのまわりを見ればみんな一緒だ。
「さて、もうすぐ開場時間よ。 準備はいい?」
売り子の子に、確認し準備はほぼ整った。
開場してしばらくは買い物を担当してもらう彼女に謎リストを渡す。
任務は過酷になるだろうが、必ず全うしてもらいたい。
そして……大地が大きく揺れた。
灼熱地獄・満員電車・人の壁。
この世に、こんなおそろしいところがあるなんて普通の人間は多分知らない。
日本は平和な国だねなんて思っていられる人達はきっと幸せなのだ。
ラッシュ時の山の手線に一日中乗っている感覚。
汗で失われていく水分と、薄くなっていく酸素。
極限状態で消耗していく体力とは裏腹にテンションだけはあがっていく。
「どうぞ、手に取ってご覧下さい〜」
「300円になります」
「ありがとうございました〜」
「ハガレン、豆×無能(反転)エロで〜す。 どうぞ、手に取ってご覧下さい」
こんな事しているのを学園の天使達が見たらどう思うだろうか。
そんな背徳感にエクスタシーを感じながら、媚薬を配布し続ける。
これが、私の本性。
人の道に背く、男性と男性の恋愛を愛して病まない落ちた駄天使の姿。
「げっ……蔦子さん!?」
突然、目の前に現れたその少女は見慣れた顔をしていた。
「真美さん!?」
……こんな所で出会ってしまうとはなんとも運命というのは残酷なのだろう。
だが、ある意味最悪な人間と出会ってしまったとも言えるのに私は冷静だった。
それは、彼女があわてて後ろに隠した物と動揺している彼女のおかげだ。
「ごきげんよう、真美さん。 こんな所で会うなんて偶然ね」
だから、いつもと変わらない口調で居ることが出来る。
テニスの王子さまのキャラクターがあられもない姿で絡み合う、表紙を見ただけで露骨に内容がわかってしまうその本は彼女にとって命取りだったろう。
それは、私が並べている本達と比べても遜色ない濃さを醸し出している。
「ぐ、偶然ね……蔦子さん」
たぶん、彼女はこの島を訪れたことをこれから後悔し続けることになるだろう。
学園の天使達は新聞部の次期部長であり才女な彼女が、まさかこんな本を求めてこんな所にいるなどとは思っても居ないだろう。
それは、お互いに相手の事を大勢に向けて暴露できない良き材料となることだろう。
だが、状況はすこしだけ私に有利な展開と思える。
「真美さんがこういう趣味の人だってしらなかったわ」
「私だって……」
「ふふっ、日出美ちゃんが知ったら面白いことになるかもしれないわね」
私は早速、彼女にとって一番脆い箇所をつついてみることにした。
去年の茶話会で妹にした日出美ちゃんに真美さんは良き姉を演じ続けている。
この姉の失態を知ったら彼女はどう思うだろう。
もっとも、それを知るにはあまりにリスクは大きすぎるのだが。
「……お願い、日出美には言わないで」
「ほう、幽白もお好きとはいい趣味をしてらっしゃる」
チラッと見えた他の本についても言及すると、彼女の焦り様はどんどん増していく。
こりゃ、結構濃い本を沢山お持ちのようだ。
「つ、蔦子さんも笙子ちゃんには知られたくないでしょ? ねっ?」
お互いに、大勢に向けて暴露は出来ないとわかっている。
しかし、相手の知られたくない人間にピンポイントで暴露する可能性はゼロではない。
私が日出美ちゃんを持ち出したことで、彼女なりに反撃というか防護策を打ったつもりなのだろうが……ふふっ、あなたの負けね真美さん。
「蔦子さまぁ〜、WJの島と西の企業ブース、ハガレン無能受系全て任務完了しました!」
午後から、売り子をしてくれる私のかわいい天使が戻ってきた。
その声は、真美さんにとっては絶望だった。
「……わかったわ、あなたの代わりにこのリストを回ればいいんでしょ?」
「ええ、必ず新刊を押さえてくること」
「それができたら、日出美には内緒にしていてくれるんでしょ?」
「約束するわ、私からは絶対に喋ったりはしない。 そのリストの物をきちんとゲットしてきてくれたならね」
「えっと、一つ目は東2、サークルBear One……これ、外周サークルばっかりじゃないの。 今から並んだらどれも夕方までかかるわ」
「頑張ってくださいね、真美さま」
隣で私のかわいい天使が微笑む。
「……じゃあ、行ってくる」
肩を落とし、ふらふらと最初の目的地を目指そうとしている彼女に私は声をかける。
「あ、待って。 くれぐれも、リストは上から順に優先でお願いね」
「……わかったわ」
振り返りもせず、力無く手を振り返す彼女が人の狭間に消えていく。
「……でも、よかったんでしょうか蔦子さま」
「よく言うわ、ちゃっかり笙子ちゃんも欲しいものをリストに書き足した癖に」
「ですよね〜」
そう言って小悪魔のように微笑む彼女もとても愛おしい。
さて、リストの最後に記されたサークルで真美さんはどんな顔をするだろう。
それが楽しみだ。
「ひ、日出美……どうしてこんな所で!」
「お、お姉さま!?」
(終わっとけ)
注:18歳未満はサークル参加できないとか、入場前にコスプレしてちゃ駄目じゃんとか、そもそも高校生な蔦子さんがエロ本出しちゃ駄目じゃんとかそういうツッコミは無しの方向で。
(おまけ) ←7/2 15:18追記
笙子が西の企業ブースへ向かっていた頃、その近く。
「ちょ、ちょっと……なんで笙子が居るわけ?!」
妹は昨日「明日は蔦子さまとでぇと♪〜」と鏡の前でくるくる回って浮かれていたはずだ。
内藤克美は柱の陰に隠れ、妹に気づかれずにやり過ごせることを神に祈った。
普段の彼女を知るものにはおおよそ想像できない出で立ち。
可愛らしいピンクの魔女っ娘衣装。
こんな姿でこんな所にいることを妹に知られてしまったら、厳格で真面目な理想の姉の仮面をかぶり続けていた努力が全てふいになってしまう。
そう、本棚の半分ぐらいは参考書に見せかけたや○い本。
勉強と言いつつ、部屋に鍵をかけコスプレ衣装を作り続ける毎日。
これがリリアンの鉄薔薇と呼ばれた内藤克美の真の姿なのだ。
「あの〜、写真いいですか?」
高そうなカメラを手にしたオタクが克美に群がる。
「は〜い」
最大限の笑顔でそれに応え、着ている衣装のアニメで主人公の少女が口にする決めゼリフとポーズ。
『汝のあるべき姿に戻れ、くろーかーど(ビシッ)」
シャッターの小気味のよい音が、魔女っ娘姿の克美をネガに焼き付ける。
女の子に産まれたからにはかわいい服を着る権利は誰にだってあるんだから。
でも。
絶対に誰にも知られてはいけない。 内藤克美のひ・み・つ♪
その数日後、武嶋蔦子から内藤克美宛に一通の封書が届いた。
同封されていた写真数枚を見て克美もまた彼女の下僕と成り果てることになるのだが、それは別のお話。
♪だぁれも知らない、知られちゃいけない〜