「ごきげんよう、静さま」
「あら、志摩子さん。ごきげんよう」
マリア様の前でご挨拶。
未だ早朝、人通りは少ない。
「お早いですね、部活ですか?」
「ええ。志摩子さんは?」
「私は、委員会で少し」
と、そこを通り過ぎる人影。
ごきげんようロサ・カニーナ、などと声かけられる。
「黒薔薇さま、ですか?」
「ふふ、祐巳さんに聞いたのかしら」
二人して小さく笑う。
と、静の胸元に目がいく志摩子。
よくよく見れば、タイが少しばかり曲がっている。
「静さま、タイが……」
静さまのタイが。
ロサ・カニーナのタイが。
黒薔薇さまのタイが。
「……ブラックタイガー?」
「誰が甲殻類よ」
突然何を言い出す。
「カニなだけに?」
「ブラックタイガーはエビよ」
「ロサ・エビーナ?」
「何でそっちを変えるのよ」
「黒海老様?」
「いいかげん甲殻類から離れなさい」
周りに人がいなくてよかったと思う蟹名静。
一方止まらぬ藤堂志摩子。
「日本産……」
「産とか言わないで」
「輸出先はイタリアでしたか?」
「留学先よ」
「海鮮パスタに……」
「食べないで」
そこへ通りかかるは佐藤聖。
「おや、ごきげんよう志摩子、静」
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、白薔薇さま……」
応えるは、いつもと変わらぬ藤堂志摩子と、どこか疲れた蟹名静。
はてと首をかしげ静を見れば、タイが曲がっている様子。
「静、タイが曲がってるよ」
と、慣れた手つきでちょちょいと直す。
それを見て、志摩子が一言。
「エビがタイで釣る……」
その日以来、蟹名静がエビを目の敵にしていたという記録は、残念ながら残っていない。