今日は、私一人だった。
乃梨子は用事があるとかで、先に帰ってしまったし、
紅薔薇姉妹も黄薔薇姉妹も今日はデートをするとかでそうそうに帰ってしまっていた。
そんな中、私は、今まで一人で仕事していた。
何となく、早く帰りたくなかったのだ。
今日はなぜだか家に帰りたくないと思っている自分がいた。
お茶を飲んだあとの食器を片づけ、バス停に向かう途中で、わたしは寄り道をした。
のろのろと歩いていても、やがて目的にはたどり着く。私は立ち止まり、じっとその方向を見つめた。
見つめる先は大学の校舎。遅い時間の講義が終わったのか、幾人もの人が、バス停へと向かって歩いていく。
よっぽどのことがないと来ない、むしろよっぽどのことがあっても来ないこの場所に私は来ていた。
いつもは我慢できるのだけれど、今日はなぜか無性にお姉さまに逢いたかった。
普段は話さなくても離れていても寂しいと思わない。それこそ、数秒でも視界に存在すればお互いに満足してしまう。そんな関係だった。
そんな関係が卒業という絶対的なものによって破壊されてから、3ヶ月以上経った。
当時は結構辛い思いも多かったが、今は乃梨子という妹もいるし、普段は寂しいと思わない。
でも、時には、感傷的になってしまう。
それは、今日が七夕だからかも知れない。
流れていく人を見て、向こうにはお姉さまがいる。この人並みの中に、お姉さまがいる。それはなぜだか確信できた。
それは、距離は離れていても、心はつながっている、でも、近づきすぎると壊れてしまうそんな姉妹だからかも知れない。
お姉さまに会いたい。でも、突然押しかけたら、迷惑になってしまうかも知れない。
だから、私は高校の敷地内で、流れていく大学生を見ていることしかできなかった。
そう、私にとって、高校と大学を挟むこの道は、天の川にも等しい物なのだ。
だから高校と大学を結ぶこの道を乗り越えるのは、私にとって物凄く大変なことだった。
だから、じっと、川の水のように流れていく大学生を見つめることしかできなかった。
「あれ? 志摩子どうしたの?」
見知った顔が、川の水をかき分けてこちらにやってきた。
それは、私にとっての、彦星。
今日会いたかったまさにその人物だった。
「ごきげんよう。お姉さま。よかったら、薔薇の館でお茶でも飲んでいきませんか?」
そう言いながら、私は返事も聞かずに、お姉さまの手を取り、薔薇の館へと歩き出す。
「なに? どうしたの?」
目をぱちくりさせながらも、お姉さまは私の後ついてくる。
「今日は、ちょっとうちに帰る気分ではなかったので………」
今日、どうして家に帰りたく無かったのか……。
それは、多分七夕だから。
毎日のように会えていた二人が引き離され、一年に一度七夕の日だけ、逢うことが許される。
そんな伝説を持った日だから。
「じゃあ、今日はトクベツに私が紅茶を入れてあげよう」
お姉さまは私の言葉にほほえむと、つないでいた手をほどき、私の隣に並んだ。
ちょうどこぶし一個分の距離。これが、私たちの距離。
その距離が今はとても心地よかった。