『仮面のアクトレス』ネタバレ有り。
「…由乃さんの、そういうところ好き」
志摩子さんは、あの時にそんな事をいったような気がした。
いや、しっかり覚えているし、ちゃんと私も反応していたから忘れてるわけじゃないのだけど。
その言葉は私の中で不思議な感情として処理されている。
なんというか、多分令ちゃんに言われても「ふーん」くらいにしか思わないだろう――それでも、
一応嬉しいことには変わりない――言葉を聞いてしまって、私は困惑しているんだと思う。
あ、祐巳さんに言われても破壊力高いよな〜…志摩子さんとドッコイドッコイって所かな。
「由乃さま、ニタニタと笑ってどうしたんですか?」
「え?あ、ごめん。なんでもない。アハハ…」
私はちょっと桃色のかかった思考を、菜々の言葉で一旦封印することに成功した。
ナイスアシスト、菜々。
さて。なぜ今菜々と喫茶店の中で向かい合って座っているのかというと、菜々が「以前のお礼をさせてほしい」
と言って来たことから始まる。
ここで言う「以前」というのは、令ちゃんとの試合の件だろう。私は別にいいと思ったんだけど、まぁこういうチャンスも
いかしていったほうがいいかな。って事で、二つ返事でOKした。
まぁ、そのお礼というのが喫茶店でおごり。というのがいかにも中等部らしくて可愛らしかったのだけど。
一応、「ケーキバイキング週間」とかいう事だから菜々もなかなか抜け目が無い。
私は数週間前に聞いた親友からのプチ告白は一旦置いておいて、今は菜々との会話に集中することにした。
ま、会話っていっても特になにもない、普通なものなわけで。あとは黙々とケーキを食べているだけだったりする。
菜々と会っている間はこんな感じなんだ。と学習した私としては、別に嫌ではないけれど。
果たしてこれで菜々は楽しいのか。変な義務感から誘ってコレでは、あまりにも菜々が可哀想だ。なにか糸口を…
なんて思ってしまった私を見越してか、菜々はすました顔で言った。
「これは、私がしたくてしている事ですから。由乃さまが変に考え込む必要はありませんよ」
「…どういう意味?」
その言い方が癇に障ったのか、私はちょっと棘のある言い方をしてしまった。
「……いつも通りの由乃さまでいれば、それでいいんです」
……ふむ、なるほど。僅かに。ほんの僅かにだけど、菜々の顔に恥じらいの色がみえた。
この感情の変化に気付けるのは私だけだ!なんて、今からお姉さま風を心の中でふかせながらも、案外違ってはいない気がした。
そして、私は思わずポロッと。こう漏らしていた。
「……菜々のそういうところ、私好きよ」
自分でも驚くくらいのいい笑みで(多分)そう言ってしまった。菜々の反応はというと……。
「ゴホッ!な、よ、由乃さま。いったい、何を…ッ!」
完全に不意打ちだったのか、菜々は真っ赤――とはいかなくても、ほんのりと頬を赤らめながらむせてしまった。
…その、まるで私自身がしたような反応を見たとき。なるほど、これは、ヤバいな。と思った。
今すぐにでもロザリオを渡したい衝動を、「姉(候補)としての威厳」をみせるため、あえて押さえつける。
・ ・ ・ ・ ・
「これからも、仲良くしましょうね、菜々?」
私は、なんとなくなるべく志摩子さんがそうしたように、菜々の手を取った。
「え、ああ、はい」
菜々は、まるで見てきたかのように私と同じ反応を見せてくれた。
つまりは、これが黄薔薇姉妹としての繋がりなわけだ。なんて、よく分からない事を考えながら。
私は未来の妹になるであろう、この子の顔をジッと見つめてみた。
菜々は、どこか嫌なところを見られた。みたいに恥ずかしそうな顔をしながら、私を見返してきた。
そこで、このポケットに入ったロザリオの重みがいくらか増えたのを感じながら、これをいつ渡すのか、どう渡すのか、
何を言うのか、菜々の反応はどんなものだろうか。
なんて事を考えてしまい、いやいやまったく。今の祐巳さんには悪いけど、早く3年生になりたいものだ。なんて思ってしまった。
さて、とりあえず。
明日になったらなかなかいいアプローチ方法を伝授してくれた親友に感謝の言葉を述べるとするか。