『仮面のアクトレス』
某乃梨子が瞳子を呼び出したシーンより
「私、瞳子のこと好きだよ。どんなときでも味方になりたいと思ってる………」
けれど、選挙に関してだけはそういうわけにはいかないのだ。だから言った。「お姉さまを応援する」と。
瞳子は軽く笑った。
「そんなの当たり前じゃない」
「それから」
なぜだか、涙が出た。これでお別れというわけでもないのに。
「恋人だって言ってくれて、うれしかった」
「おめでたい人ね……って、ちっがーう!」
「あなたの恋人に相応しいくらいには」
「だからそんなこと言ってません!」
そう言って瞳子は両腕をバタバタと振り回した。
きょとん、とした顔で乃梨子は首を傾げる。
「………愛人?」
「さらに違う!」
顔を真っ赤して怒っているように見せているけど、中身はまちがいなく照れているに違いない。
そんな瞳子を見ながら、乃梨子は思った。
愛情って難しい。
すぐそばで、誰かの声がはっきりと耳に届いた。
「楽しそうだねえ」
「「ひぃっ!」」
乃梨子と瞳子は揃って悲鳴をあげた。
「そうか、そういうことになってたんだ。瞳子ちゃんにふられたわけだよね」
「「ゆ、祐巳さま!」」
「息もぴったりだし。っていうか余裕あるよね。こんな時に、こんなところで、秘密の逢瀬!」
「ち、違うんです。さっきのは乃梨子さんが勝手に」
「というか、何故ここに?」
「そりゃ乃梨子ちゃんの様子を見てたらね。何かあるって思うじゃない」
と、わきから出てきたのは由乃さま。
「私は止めたのだけれど……」
って志摩子さんまで!
「でも、来てよかったわ」
志摩子さんはゆっくりとそう言って、静かに笑った。
「!!」
あたりの気温が3度ほど下がった気がした。
「し、しまこさん?」
「なあに? 乃梨子」
遺言は決まった? とその目が言っている気がした。
「ち、違うの! 志摩子さんはお姉さまで、瞳子は恋人ぶごがっ」
気が付くと、乃梨子は血反吐を吐いて地面に横たわっていた。
志摩子さんの腕が、かすかにぶれたように見えたけど、何が起きたのかわからなかった。
薄れゆく意識の中で乃梨子は、一言「志摩子さん、すごい」とつぶやいた。
ああ、それから。「瞳子、逃げろ!」と言ってやりたいけど、もう声も出せないからしょうがないよね。