【1696】 がんばります山百合少女探偵団  (いぬいぬ 2006-07-17 01:39:26)


※このSSは、新刊「仮面のアクトレス」のネタバレを含みます。
 





 生徒会役員選挙を数日後に控えたある日、2年松組の教室に、細川可南子が訪ねてきた。
「 可南子ちゃん? 」
 突然の来訪に驚きつつも、祐巳はいそいそと扉へと歩み寄った。
「 ごきげんよう。何か用かな? 」
「 ごきげんよう祐巳さま。ちょっと由乃さまに用があって・・・ 」
「 由乃さんに? 」
 何だろう?可南子ちゃんが由乃さんに用だなんて珍しいかも…などと祐巳が考えていると、すかさず可南子に「確かに私が由乃さまに用事があるだなんて珍しいですよね」と突っ込まれた。いつもながら全てを語る便利な百面相だ。
「 ごきげんよう可南子ちゃん。首尾はどお? 」
 いつのまにか祐巳の背後に立っていた由乃が、可南子に問いかける。
「 ごきげんよう由乃さま。準備は整っています 」
 そう言いながら、何かトランシーバーのようなモノを見せる可南子。
「 ただ、久しぶりなので上手く作動するか… 」
「 そう。まあ、実際試してみれば解ることよ 」
 そう言うと、由乃は可南子からトランシーバーのようなモノを受け取った。
「 由乃さん、それ何? 」
 そんな問いかけに、ふたりは祐巳へと向き直る。
「 コレが何か説明する前に、まずは何故可南子ちゃんがここにいるのかを教えるわ 」
 由乃はぴっと親指を立て自分を指し示すと、ニヤリと男らしい笑顔で宣言した。
「 私達は、『山百合少女探偵団』を結成したのよ! 」
「 ・・・・・・・ふ〜ん 」
「 リアクション薄っ! 」
 ものすごくどーでも良さそうな祐巳の反応に、大げさに驚く由乃。
「 ちょっと祐巳さん! せっかく祐巳さんのために結成したんだから、もう少し興味持ちなさいよ! 」
「 いや、急にそんなこと言われても・・・・・・・・・・・・って、私のため?! 」
「 そうよ! 」
 由乃は腰に手をあて、やけに偉そうに宣言する。どうやらこの直進しか知らない超特急は、今日も順調に暴走を始めているらしい。乗客の命なぞお構いなしに。
 勢いに乗った由乃は、可南子を指差して叫ぶ。
「“あの”可南子ちゃんが、わざわざ休み時間削ってまで動くって言ったら、祐巳さん絡みしか無いでしょうが! 」
「 ・・・・・・由乃さま。“あの”可南子とはどういう意味ですか? 」
 ゆらりと怖い顔で由乃に詰め寄る可南子だったが、由乃の「あの“祐巳さんのストーカーで、他人にはまるで興味が無かった社会不適合者な”可南子ちゃんて意味よ!」という直球でストライクで危険球なセリフに撃沈されてしまった。
「 か、可南子ちゃん! もう気にしてないから! 」
 慌ててフォローに入る祐巳。だが、可南子は廊下の壁にのの字を書きながら「良いんです・・・ どうせ私は・・・ 」と、鬱に入ってしまった。
「 それで、何で私達が山百合少女探偵団を結成したかって言うと・・・ 」
「 ・・・・・・由乃さん。ほんの少しで良いから、周りに気を使うってことを覚えようよ 」
 可南子を撃墜したままほったらかしな由乃に、さすがに注意をする祐巳だったが・・・
「 ある疑問を解決するために、協力者が必要だったからよ! 」
 豪快にスルーされた。
 祐巳はなんだか、可南子と一緒に壁にのの字を書き始めたくなった。
「 ちょっと祐巳さん、聞いてる? 」
「 聞いてる。・・・で、疑問て何? 」
 祐巳は「聞いてないのはオマエだ」というセリフをぐっと飲み込み、半ばヤケになりながら由乃に話の続きを促す。
 どうせこっちが聞きたくないって言っても無理矢理にでも聞かせる気なんだろうし。
「 松平瞳子についての疑問よ 」
 その言葉を聞いた瞬間、祐巳の表情が苦しげにゆがんだ。
「 由乃さん、瞳子ちゃんのことは・・・ 」
 祐巳がそう言うと、由乃は祐巳を教室の扉から少し離れたところへと連れていった。
 どうやら、クラスメイト達(主に7:3とメガネ)に聞かせたくない話らしい。
「 祐巳さん聞いて。私だって最初は様子を見ようと思ったし、こんなことはお節介だって判ってる。でもね?私なりに考えてみたら、ある可能性に気付いたの 」
「 可能性? 」
「 松平瞳子は焦っている可能性 」
「 焦ってる? 」
 祐巳は由乃の言っている意味が判らず、首をかしげた。
「 話をむし返して悪いけど、“何故今じゃなければいけないのか”ってことよ 」
「 それは・・・ 」
 それは、考えても判らないこと。
 瞳子の胸の中にしか正解が無いこと。
 祐巳はそう言おうとしたが、由乃はこんなことを言い出した。
「 思うに、松平瞳子には残された時間が少ない 」
「 時間? 」
「 このリリアンに居られる時間よ 」
「 え? 」
 祐巳は、由乃の言っている意味が理解できなかった。
 いや、理解したくなかった。
「 何故今なのか。何故1年生の身で現役の薔薇さまを含む2年生に闘いを挑まなければならなかったのか。・・・つまり、どうしても薔薇さまになりたいのなら、何故あと1年待って、2年生同士の対決となる時を・・・ 少しでも選挙を有利に進められる時期、“来年”を待てなかったのか 」
 祐巳は、由乃の話の続きを聞くのが急に怖くなった。由乃の話を聞いているうちに、気付いてしまったのだ。
 つまり・・・
「 つまり・・・ 松平瞳子には、その“来年”が無い可能性がある 」
「 そんなこと・・・ 」
「 無いって言い切れる? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
 祐巳は由乃の仮説を否定できなかった。
 そして、由乃の仮説は、あのクリスマスイヴの日の記憶すらも、強制的に祐巳に思い出させていた。
 瞳子は祐巳の妹になりたくないのではなく、妹になり祐巳と過ごす時間が残されていなかったのではないのか?
 だからこそ、祐巳の申し出を断ったのではないのか。そして、何も知らずに瞳子を妹にしようとした祐巳に、怒りすら感じたのではないのか。
 “今更妹にされても、もう遅い”から。
 由乃の仮説を基に、自らの胸のうちに湧き上がった更なる仮説を、祐巳は否定できなかった。いきなり突きつけられた、瞳子と過ごす時間の“タイムリミット”に、目の前が真っ白になる。
「 ちょっと祐巳さん、しっかりしなさい! 」
 由乃の言葉にも、祐巳は反応できずにうつむいている。
 反応の無い祐巳に、由乃はあえて静かに問いかける。
「 このまま瞳子ちゃんが居なくなっても良いの? 」
「 !! 」
 祐巳は弾かれたように顔を上げた。
 そんなことは、耐えられなかったから。
「 もう一度言うわ。お節介だってのは判ってる。でも、このままで良いの? これはあくまで私の仮説だけど、このまま瞳子ちゃんがリリアンから去ってしまうかも知れないのよ? 」
 祐巳は、無言で首を横に振る。
「 私は・・・ 私達は祐巳さんに、最後かも知れないチャンスをあげたいの。瞳子ちゃんと和解できるチャンスを 」
「 由乃さん・・・ 」
 祐巳は、由乃のセリフに感動して、少し涙が出そうだった。
 なかなか前に進むとこのできないノロマな自分の手を引いて、無理矢理にでも前へ進ませようとしてくれる友人の心意気に。
 お節介と判っていても、あえて汚れ役を買って出ようとする友人の心意気に。
「 だから、少しでも瞳子ちゃんの情報を集めるために、彼女のセーラー服に盗聴器を仕掛けてみたの 」
「 ・・・由乃さん? 」
 なにやら不穏な単語が飛び出してきた。
「 別に、松平瞳子の弱みを握ろうとか、あわよくば祐巳さんに対して優位に立とうなんて、少しも思ってないのよ? 」
 感動して損した。
 祐巳は素直にそう思った。
 普通なら正直は美徳だが、ここまで正直だと馬鹿にされているとしか思えない。
 少しはタテマエというモノを知らないのだろうか? この暴走超特急は。
「 選挙の準備もひと段落して、あまりにもヒマ・・・ いえ、祐巳さんのことが心配だったから、可南子ちゃんを脅迫・・・いえ、協力をお願いして、この子のストーキング・・・ いえ、特技を生かして山百合少女探偵団の結成と相成った訳よ 」
 今まできっぱり無視していた可南子を廊下の壁際から引っ張ってきて、そんなふうに探偵団結成の様子を語る由乃。
 どうやら少しはタテマエというモノも知っているようだ。
 本当に少しだし、無いほうがよほどマシな代物だったけれども。
「 そんな訳で、コイツの出番なのよ 」
 由乃は先ほど可南子から受け取ったトランシーバーのようなモノを振りかざす。
 由乃のセリフから推測すると、どうやらこれは盗聴器の受信機らしい。
「 上手く作動すれば良いのですが・・・ 」
 やっと由乃から受けたダメージから回復したらしい可南子が呟く。
「 感度はどのくらい? 」
「 以前、ゆ・・・ とある場所に仕掛けた時には半径500m以内ならクリアな音質でした 」
「 いま何か“ゆ”って言いかけなかった?! 」
 祐巳が慌てて問いかけるが、可南子も由乃も無表情にスルーした。
「 それなら十分でしょ 」
「 ねえ可南子ちゃん、今“ゆ”って・・・ 」
「 ええ、恐らくクリアな音質で聞こえるかと 」
「 私の名前は福沢“ゆ”巳なんだけど、無関係じゃないよね? 」
「 じゃあ、さっそく聞いてみましょうか 」
「 ふたりとも人の話聞こうよ! 」
 祐巳の話を聞こうとしないふたりは、受信機のスイッチを入れた。 しかし、受信機からは、ザザっというノイズしか聞こえてこない。
 可南子は何やらダイヤルを回して微調整を始めた。すると・・・

『 ・・・・・・・祐巳さま・・・・・嫌い・・・ 』

 突然、受信機から飛び出したノイズ混じりのそんなセリフに、3人は思わず固まる。

『 祐巳さまには・・・・・・美貌や・・・知性や貫禄はない・・・・・・・・・これからも・・・期待できない・・・・・・・・・・・・・・・・・私・・・そう・・・・・・・思う・・・ 』

 あきらかに祐巳に対する批判にしか聞こえないソレに、祐巳は激しく落ち込んだ。
「 ちょっと可南子ちゃん、これ松平瞳子なの? 」
「 いえ・・・ 瞳子さんの声とは違うようですが・・・ 」
 ヒソヒソとささやき合う二人の前で、祐巳の顔色はどんどん青くなってゆく。
「 祐巳さん・・・ 」
 由乃もさすがに祐巳をフォローしようとするが・・・
「 今更そんな判りきったこと気にしちゃダメよ! 」
「 ・・・・・・・・・判りきったことなんだ 」
 全くフォローになっていない由乃のセリフに、祐巳は力無く突っ込む。
「 嘘でも良いからせめて否定しましょうよ・・・ 」
「 否定・・・ 嘘なんだ 」
 可南子までがフォローになってないフォローを由乃にして、祐巳に追い討ちを掛けた。
 祐巳は一瞬、ふたりに何か言いかけたが、砂漠にジョウロで水をまくような無力感に包まれて、再び口を閉ざした。
 その間にも、受信機からは声が聞こえてくる。

『 祐巳さま・・・・・・・・・・立候補するなんてどうかしている・・・自分・・・が優れているとでも思っているの? 』

 どう聞いても冷たい口調の祐巳批判であるソレに、かすかに震えている祐巳。
 そんな祐巳を見て、さすがに由乃と可南子も「これはマズい」という顔になった。
( どうすんのよ、この状況 )
( 私に言われても・・・ )
( 何よ! 私のせいだって言うの?! )
( 少なくとも、盗聴器を仕掛けようと言い出したのは貴方です )
( くっ!・・・ )
 一瞬のうちにアイコンタクトでそんな会話を成立させたふたりに、祐巳がぎこちない笑顔を見せた。
「 もうよそうよ・・・ こんな盗み聞きみたいなこと。瞳子ちゃんのことは、私自身で何とかするから・・・ 」
 祐巳は受信機から聞こえてくる言葉に耐え切れなくなったらしく、そっと可南子から受信機を取り上げてそう言った。
「 そ、そうね 」
「 判りました 」
 祐巳がぎこちない笑顔で言う言葉に、ふたりとも素直にうなずくしか無かった。
「 じゃあ、山百合少女探偵団は解散ということで・・・ 」
 由乃が「あ〜あ、せっかく面白そうなネタだったのに・・・」という表情を隠しもせずそう言いかけると、突然「ばきょっ!!」という音が響き渡った。
 何事かと思い、由乃が音の出所を探すと、何と祐巳の手の中で受信機の砕け散った音だった。
『 ひいっ! 』
 思わず抱き合いながら悲鳴を上げる由乃と可南子。
「 ・・・・・・解散ですって? 」
 祐巳が笑顔のまま由乃に問いかける。
「 え、ええ・・・ 」
 由乃が何とか答えると、祐巳はヒクヒクと笑顔を引きつらせながら言った。
「 その前にやることがあるでしょう? 」
「 い・・・いったい何を? 」
 異様な迫力を見せる祐巳の笑顔に、由乃は恐る恐る問い返す。
「 可南子ちゃん 」
「 は、はいっ!! 」
「 今、私について色々言ってくれた人物を特定して。放課後までに 」
「 あ、あの・・・ 特定して何をする気ですか? 」
「 “何を”ですって? 」
 可南子の問いに、ますます笑顔が引きつる祐巳。口元がピクピクと引きつっている。
 どうやらぎこちない笑顔で隠していたのは、悲しさではなく怒りだったようだ。
「 私が何をするか聞きたい? 」
「 き・き・き・聞きたくありません! 」
 何故か敬礼しながら答える可南子。横にいた由乃も真っ青な顔色になっている。
 ふたりとも、さっきまでの祐巳をダシにして楽しんでいた姿が嘘のようだ。
「 由乃さん? 」
「 な・な・何かしら? 」
 カクカクと震える膝を自覚しながら由乃が問い返すと、
「 ついでだから、全学年で今の山百合会に不満がありそうな・・・ ぶっちゃけ瞳子ちゃんに投票しそうな人物をリストアップして。放課後までに 」
「 む、無理よ! そんな短期間で・・・ 」
 さすがに無茶な要求に由乃が反論するが、祐巳は相変わらず笑顔のまま由乃の肩にポンと手を置くと、由乃の目を見ながら一言だけ言った。
「 がんばれ 」
 と。
「 ・・・・・・・・・・・・・がんばります 」
 祐巳の目が全く笑っていない事実に気付かされ、反論する気力を根こそぎ奪われた由乃は、ただ素直にうなずくことしかできなかった。
 祐巳の中で眠る“何か”を目覚めさせてしまったことを、由乃と可南子は死ぬほど後悔していたが、もはや後の祭りである。




 こうして、暇つぶしで結成されたはずの山百合少女探偵団は、最初で最後の活動に突入したのだった。
 文字通り、命がけで。
 ちなみにこの後、1年椿組でひとりの行方不明者が出た。
 投票日直前にひょっこり帰ってきた彼女に、椿組のほぼ全員が事情を聞こうと群がったところ、行方不明中の記憶は無いらしいのだが、“祐巳さま命”な部分だけが破滅的に悪化していたそうである。
 色んな意味で怖かったので、誰もそれ以上は突っ込まなかったそうな。


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