調子に乗ってイニGシリーズ、第3弾。
【No:1675】→【No:1691】→今作。
「…やられたわね」
「やられましたね」
「人間ども…思ったより手ごわいわね」
「すでに犠牲者は140匹を越えています!」
「次なる手が必要かしら」
「必要ですね…それも、人間たちの度肝を抜くような対策が…」
何やら冷蔵庫の下で密談する声。
しかしその2匹は、その場所が佐伯家の冷蔵庫の下だということを、
すっかり忘れていた…。
「暑い〜」
「あちゅい〜」
ちあきの母親、佳代子と妹、はるかは同時に声を発した。
2人ともこの暑さで動く気力を奪われたのか、朝からぐったりとリビングの床に横たわっている。
「暑いのは私だっておんなじよ。さあ、お掃除するから向こうへ行って」
ちあきは掃除機を手に2人を促した。
「しかたないわね…はるか、向こうで遊ぼうか」
「うん」
うなずいてよちよちと歩いてゆくはるかを止める声ひとつ。
「はるか、ストップ!」
「な〜に?」
ちあきははるかを捕まえたまま、リビングの奥に目をやった。
そこに見えるのは、おもちゃの電話と絵本。
傍らにはピンクのおもちゃ箱がある。
「遊んだらあの箱に『ないない』しなさいって、いつも言ってるでしょ?
あそこに置きっぱなしにしたら捨てちゃうからね」
しゃがみこんで、目を見て伝える。
これがちあき流。
大好きなお姉ちゃんに怒られるのも、おもちゃを捨てられるのも嫌なはるかは、おもちゃ箱まで歩いていくと、
そこにあったおもちゃと絵本を箱の中に入れた。
「はい、おりこうさん」
すべてを見届けたちあきは一転して柔らかい微笑みをたたえ、はるかの頭をそっとなでた。
「ほら、お母さんのとこいっといで」
「おかあしゃ〜ん」
やれやれ、と1つ息をついて、ちあきはリビングの掃除をし始めた。
(家事が苦手な母親に、小さいとはいえ散らかし魔な妹。
父さんは忙しい人だし、これで私がいなくなったらこの家はどうなるのか…)
修学旅行から帰ってきたときも、妙に両親の態度がよそよそしい。
不審に思って問い詰めると、母親はあっさりと白状した。
「ごめんちあき…洗濯物もお皿も、全部ほったらかしなのよ…」
台所の奥の方で今にも崩れ落ちそうな食器の山。
洗濯カゴには洗濯物がこれまた山積み。
おまけにはるかが落書きしたあとの紙がリビングに散乱し、壁には現代アートと思しき
カラフルな模様。
ちあきは携帯を手にした。
「もしもし、ごきげんよう蓉子さま。ごぶさたしております。
今からお時間大丈夫ですか?…ええ、ちょっと手伝っていただきたいことがあるんですけれど…
はい…はい。分かりました。ありがとうございます」
しばらくして現れた蓉子さまは、洗剤やらモップやらをたくさん持っている。
「ちあきちゃん、もしかしてお掃除手伝ってほしいのかしら?」
「申し訳ありません…どうしても1人じゃ終わりそうになくて…!」
「気にしないで。大切な後輩のためだもの」
くしくも蓉子さまもちあきと同じ目に何度もあっているらしく、
「お互い大変よね」
なんていたわってくれたものだ。
(まあ、台所は私がきちんと掃除してるから、何とかなるだろうけど…)
確かに『台所』はこれ以上ないほどきれいになっていた。
が…その悲劇のシナリオは深く静かに始まっていた。
「岡本家と安西家には、まだ残存勢力はいるのかしら?」
「それが…岡本家にはあと2匹、両方ともオスです。
安西家は前の家が爆発により消滅し、その際我々を残して一族は絶滅いたしました。
今いるのは我々とは別系統の、比較的小規模な一族のため、戦力としてはどうかと…」
「…それをうまく使うのが、G一族の参謀たるあなたの才覚じゃなくて?」
「うっ…分かりました。例のプロジェクト、発動いたします」
「あれを?」
「ええ…『プロジェクトG』です」
「対殺虫剤耐性を強化し、人間を殺虫剤中毒にするという、あれね」
「そのために特別な免疫注射を全員に打っておきました。
我々は3億年も前からこの地球に生きる、いわば大先輩なのです。
たかだか100万年しかたっていない人間などには負けません」
「ずいぶん強気に出たわね…勝算はあるのかしら」
「なければこれほど大掛かりなプロジェクトは組みません。
ボス、あとはボスの決断次第です」
「…分かったわ。プロジェクト遂行を許可します。全員に伝え、記録しなさい」
「御意!」
掃除、洗濯、布団干し。
ちあきは17歳にして、すでに普通の主婦にも見劣りしないほどの家事の技術を
身につけている。
それもこれも生きるために必要な技術だったが、制服を着ていないと高校生に
見られなくなったのもまた事実。
要するに、あまりにもエプロンが似合いすぎるのだ。
そのせいか、最近では智子にまで
「ごきげんよう、お母様」
なんて言われてしまうほど。
(あ〜あ…いったいいつから、私はこんなふうになったんだろう…)
今は昼の12時。
台所で今日のお昼ごはんを作りながら嘆くちあきを、史上最大の悲劇が襲うまで、
あと6時間。
夕方になり、洗濯物を取り入れ、アイロンがけをしているちあきを、
なんともいえない嫌な予感が襲った。
(そういえば…去年の冬に防虫対策したけど、あのとき冷蔵庫の下ってどうしたかな…)
去年の冬。
主に台所や水周りを中心に、大規模な防虫対策をほどこした。
その近辺の大掃除と、殺虫剤での処理。
それが効いてか、今年は比較的Gの発見回数が減っている。
ただ、冷蔵庫の下がどうであったのか、どうしても思い出せないのだ。
(こうなったら、ミッション・インポッシブル、開始かも…)
ちあきは智子に連絡した。
「いいこと、今日のミッションの舞台は…うちかもしれないわ。
ユニフォームと必要な道具を用意して、待機していなさい」
「…了解しました。全員に伝えます」
それからわずか数分後。
ミッション・インポッシブルのメンバーたちは、緊張した面持ちで
佐伯家前に集まっていた。
今日はかなり重要なミッションらしいため、旧山百合会も呼ばれている。
「…ついにちあきちゃんちもGの洗礼を受けたのね」
江利子の口調はどことなく面白そうである。
「むしろ、佐伯家に私たちがいるということ自体が緊急なのですわ」
瞳子が眉間にしわを寄せた。
「確かにそうだよね、これほどのきれい好きな人から救援要請なんだもん」
乃梨子が同意する。
ちあきは内心の動揺を隠すように、メンバーたちに向かって言った。
「大丈夫です皆さん、今までのミッションと中身はそう変わりません。
ただ…」
「ただ?」
言葉を繰り返した祐巳に、ちあきは一筋の汗を流しながら答えた。
「今回の敵は、かなり手ごわいんです」
今回の号令は、瞳子がかわりに発した。
『今回のミッションは、パワーアップしたG軍団を紅薔薇こと佐伯ちあきの家から
完全追放することですわ!全員個々の役割を完璧に果たしてくださいな!』
『ラジャー!』
冷蔵庫の下に、何匹かGが潜んでいるのが確認できた。
「うっぷ…こりゃ確かに手ごわそうだ」
懐中電灯を手にした令が青ざめる。
「ちあき、1つ聞いてもいいかしら?」
「何でしょうか、お姉さま」
「去年の冬に防虫処理をしたと言っていたわよね。そのときここはどうしたの?」
「…ここは対象外にしたのよ、この家の娘は」
答えがなぜか冷蔵庫の下から聞こえてきた。
「…ちょっと、こ、このG、しゃべってる…」
祐巳は震えていた。
「しゃべってるというより、あなた方の脳に直接働きかけているのよ。
言ってみればテレパシーというやつ」
「なんですって!?」
「ちあき、それは本当なの?」
「…はい、その2匹の言うとおりです」
全員絶句した。
3億年を生き延びるうち、人間には決して身につくことのないであろう能力を
彼らは持つようになったのだから。
「私たちは他のGとは違う…殺虫剤とか毒餌にはすでに耐性ができてるから、
使ってもムダよ…倒せるものなら倒してごらんなさい」
「去年彼女が大掛かりなことをやっていたのは知っていたから、我々も対策は
怠らなかった…でもここを逃したのは致命的なミスね。
まあそのおかげで私たちが生き残ることができたのだから、彼女には感謝しないとね」
ボスと参謀の言葉に、いち早く反応したのは由乃だった。
「くらえスリッパ!悪即斬!」
2匹はあっという間にキッチンの壁に逃げた。
「なんてすばしっこいのかしら…」
由乃をあざ笑うかのように、2匹はさらに逃げる。
「残党ども!全員集合!」
岡本家のミッションの残党と、安西家のミッション後に住み着いていた別の一族が、
いつの間にかこの家に集まっていた。
っていうか、どこから入ってきたんだ。
「全軍出撃!」
自由自在に動き回り、メンバーたちをかく乱するG軍団。
佐伯家のキッチンはすでに戦場と化していた。
「エッセンシャル・ボール!」
聖がタイムのエッセンシャルオイル入りボールを投げつけると、ボールはボスの体を
かすめて破裂した。
「こざかしい!消えよ!」
ボスは聖の顔に向かって高速で飛んできた。
「うわ〜っ!」
なんとかその攻撃を避けた聖は怒りに燃えていた。
手にはなぜか育毛剤のビン。
「殺虫剤がだめなら、これでどうだ!」
なんとボスはその一撃に、激しいダメージを受け、動きが鈍り始めた。
「なんなのこれは…並みの成分じゃないわね」
別の場所では、動きを止めた1匹に、すかさず志摩子が熱湯を浴びせる。
「ぐわっ!…無念…」
「ちあきちゃん、1匹しとめたわよ」
優雅なしぐさで触角をつかむと、そのまま庭へ放り投げた。
「卵は産んでませんか!?」
「大丈夫、これはオスだから」
続いて由乃が叫ぶ。
「討ち取ったり!」
「安西家の一族がやられたわ!」
手にしているのは、スリッパではなく丸めた雑誌と古い辞書。
どうやら辞書を上から落としたあと、雑誌で滅多打ちにしたようだ。
G軍団の足並みが、傍目にも分かるほどに乱れ始めた。
「参謀!人間の力を見くびっていたわね!」
「そんなはずはありません!」
これを見たちあきは叫んだ。
「今よ、一気にいくわ!」
小笠原家から分捕ってきたプロ仕様の機械で、残ったGを全部捕獲する作戦に出た。
機械がうなり声をあげる。
「さあ、あんたたちの最後よ!」
機械の中に次々吸い込まれていく残りの敵たち。
「おのれ…我ら死すとも、Gは死せず!」
ボスはそう叫んで、機械に吸い込まれていった。
史上最大の作戦は、ちあきたちの勝利に終わった。
「…今年の冬は、冷蔵庫の下も処理しなくちゃだめね」
すべてが終わって、ちあきはほっと息をついた。
「これおいしいね。トマトのケーキ?」
祐巳の無邪気な言葉に、なぜか純子が青ざめている。
ちなみに祐巳以外のメンバーは一口は食べたが、そのあとが続かない。
それもそのはず、このケーキ、やたらに色が毒々しいのだ。
しかも甘くもないらしい。
「皆さん、申し訳ありません!今日作ってきたお菓子はそちらです!」
今食べているお菓子とは別の、見るからにおいしそうなお菓子。
「じゃあ、私たちがさっきまで食べていたのは…」
純子は力なく告げた。
「キャロットケーキです…以前大量に作ってあったのを持ってきたんですが…」
「その以前ってのは、いつごろ作ったものなの?」
蓉子の迫力の前に、純子はすべてを白状した。
「去年です…しかも色が足りなくて食紅で補うつもりだったのに…
中身が唐辛子だったんです…!」
「純子ー!!」
「ごめんなさ〜い!」
白薔薇ファミリーとちあきに追いかけられる純子を見て、涼子はボソッとつぶやいた。
「お姉さまのドジを直すのが、一番ミッション・インポッシブルかもな…」