【1710】 けれど蒔かぬ種は生えぬ  (計架 2006-07-21 01:12:02)


心臓がドキドキいってる。

頭が真っ白になって何も考えられなくなる。

この学校を前にしただけでそうなる。

もし、本当にあの人にあったら、私はどうなってしまうんだろう?

私は壊れてしまうかもしれない。

私は狂ってしまうかもしれない。

狂気と呼ばれてもおかしくないほどの愛おしさ。

あいたいあいたいあいたいあいたい!

でも、


「っつ・・・はぁああぁぁ」


思い切り息を吸い、吐く。
                                             あいたい
私は誰?
                                             アイタイ
私は祐巳。
                                             会いたい
福沢祐巳。
                                             逢いたい
中等部3年の女子。
                                             あいたい
そう。
                                             アイタイ
まだ私はあっていない。
                                             会いたい
あっていない人に逢いに行く・・・そんな可笑しな話も無い。
                                             逢いたい
だから、大丈夫。
                                             あいたい!
落ち着いて、落ち着きなさい福沢祐巳。
                                             アイタイ!!
この慕情も愛情も友情も独占欲もすべて。
                                             会いたい!!!
すべて!
                                             逢いたい!!!!
すべて!!

私には必要ない。

だから・・・消えなさい。

今ここに、“未来の”福沢祐巳はいらない。

今ここにいるのは、“今の”福沢祐巳なんだから。


               ・・・・・・アイタイヨ・・・オネエサマ・・・・・・
















蓉子様・・・江利子様・・・

お久しぶりです。

そう言いたいけど。

私の口から出た言葉は・・・


「ごきげんよう」


そんな簡単な挨拶だった。

蓉子様と江利子様は、私の記憶より若く、いや、幼さすら残すその面影は。

しかし、やはり美しさは変わらず。

この人たちが成長して、どうなるかを知っている私は、口元を綻ばせて微笑みかける。

教えたい。

未来、私がどれほど彼女たちにお世話になったか。

教えたい。

未来、彼女たちがどんな選択をしてどうなっていくのか。


でも。


それは出来ないことしてはならないこと。

何より、それは“私”の知らない事。

いいじゃないか。

私は、“今”ここにいるんだから。

これから作られていく道は・・・きっと前とは違う。

寂しく、切なく、辛く、悲しく。

でも、ほんの少しの希望を持って。

私はここにいる。

変えたくない?

私には出来ない。

同じ行動をとる事はできない。

なら、どうしたって未来は変わる。

もう、変わっている。

いいさ、ここで接点が出来ても。

彼女たちを忘れる事のできない私は。

だからきっと、また同じように山百合会へはいる。

方法は変わるかもしれない。

でもきっと。

きっと。

近付いて。

触れ合って。

入り込むだろう。

だって、それこそが私の始まり。

ある意味で“私”が産まれた・・・芽を出したその瞬間。

だから、私は・・・

そうか。

そうだよ。

私は後悔したくないんだ。

お姉さまと・・・祥子様と会うのは怖い。

でも、逃げたらきっと後悔する。

いや、逃げる事なんてきっと出来ない。

だって私は。

私は、だって。

だってこんなにも会いたがってる。

抑えても抑えきれないほどに。

・・・でも。

でも駄目。

今は駄目。

きっと、まだ駄目なんだ。

私の中で、誰かがそう叫んでるから。

きっと、私はまだ会えない。

会ったらきっと壊れてしまう。

逢ったらきっと潰れてしまう。

駄目なんだ。

私は弱いから・・・

だから。

でも、私は歩くよ。

一歩ずつ。

ほら。

一歩ずつ近付いて行ける。

一歩ずつ近付いていきたい。

あの未来に。

あの未来とは違う、もう一つの未来に。

だから、私は話すんだ。


「ごきげんよう。今日はいい天気になりましたね」

「ごきげんよう。そうですわね、本当にいい天気ですわ。
 チケットを拝見させてもらってもいいかしら?」


私は財布の中からチケットを取り出して蓉子様に渡す。

それを確認して、少し驚いた顔をする。


「こちらに、お名前をお願いします」


福沢祐巳、と。


「祐巳様、でいいかしら?」

「様・・・と呼ばれるような身分でもないので、名前でいいですよ」

「では、祐巳さん?」


その呼ばれ方に、少し寂しくなる。

そうか、もう変わっているんだ・・・


「白薔薇様から、少し待っていて貰うよう言付かっておりますので、そちらに御掛けになっていてください」

「判りました。失礼しますね」


校門の受付の裏。

日陰になったところにベンチがある。

目を閉じて、深く息を吐く。

変わらない物と、変わったもの。

私が変えたもの。

これから、こんなものばかりを見せられるのかもしれない。

耐えられる?

耐えるさ。

ここにいることは偶然でも。

生きていく事を望んだのは私なんだから。






「お待たせ」


そんなことを考えていると、白薔薇様が近付いてきた。


「御機嫌よう。きてくれて嬉しいわ」

「いえ、どうせ他にやる事もありませんし・・・」

「そういえば、互いに自分での自己紹介はしてなかったわね」


そういえばそうだ。

中等部の学園祭の時は、互いに先生に紹介されたんだった。


「私はリリアン学園高等部3年で白薔薇様を務めている紫藤咲姫よ」


よろしく、と。

手を差し出してくる。

私はその手をとって。


「私は中等部三年の福沢祐巳です」

「福沢祐巳・・・ね。
 祐巳って呼んでいい?
 私の事も呼び捨てでいいからさ」

「え?」


そんないきなりの提案。

話し方もかなりフランクになったし。

もともとそういう性格の人なんだろうか?


「いや、祐巳ちゃんとか呼んでもいいんだけどさ」


なんか違うんだよねって。

色々考えてたけど、しっくり来るのは呼び捨てだったらしい。


「なんかさ、年下って気がしないんだよ。
 だから、なんか敬称つけて呼ぶより、呼び捨てにしたい」


確かにそうだけど。

実際に生きてきた時間なら白薔薇様・・・お言葉に甘えて、咲姫よりも長生きしてる。

今でこそこんな事になっているけど、実際にはもう社会人だ。


「それに、友達になりたいんだ。
 また、何かあったら相談に乗ってほしいし、相談してほしい。
 そんなふうに思ったのは初めてなんだ」


だから、友達になろう?

いやな訳ない。

二度目の出会い。

でも、悪い人じゃないと。

私は“知っている”。

聖様を見れば判る。

この人がどれだけ心配して心を痛めたのか。

立ち直ったのを喜んだのか。

聖様を通して私は見たんだから。

だから、嬉しくもある。

そんな人が私と友達にないたいなら。


「咲姫・・・でいいかな?」

「うんうん」


こくこく、と。

少し子供っぽくも見えるしぐさで私に返す。


「よろしくね、咲姫」

「よろしく祐巳」


こぼれるような笑顔で。

本当に嬉しそうに。

笑っていた。

笑っている。

たぶん、私も。

きっと、大丈夫。

きっと私は、壊れなくてもすむ。

そうでしょう?

だって、こんなすばらしい人が近くに居てくれるんだから。

今じゃない、でも決して遠くない未来。

再びであったとしても。

私はきっと乗り越えられる。

その想いの重さも。

知っている辛さも。

すべては始まっていく。

“これから”が始まる。









後書き
週間『超能力カウンセラー祐巳』最新刊をお送りします。
前回までで乗り越えたかと思いきや、全然乗り越えれていない、あがき続ける祐巳ちゃんです。
やっぱり、支えてくれる人って必要だと思いません?
そんなわけで、こうなりました。

あと、やっぱり一行あけで行こうと思います。
前回の読み返したらなんか納得行かなかったので・・・

ではまた次回会いましょう


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