【1717】 難攻不落  (朝生行幸 2006-07-23 22:09:43)


 天地が覆りそうになり、火が滅びようとしている
 大勢が崩れようとしている今、一人の力ではどうしようもない
 身近な場所に賢人がいて、明主に協力しようとするも
 明主はかえって私を知ろうとしない──

 リリアン女学園生徒会、通称山百合会の現況を打破するべく、平均量の脳味噌をフル回転させているのは、生徒会長の一人、紅薔薇さまこと福沢祐巳だった。
 眉を顰めつつ、首を捻って視線を上にやりながら、腕を組んで歩いていると、何やら歌のようなものが聞こえてきた。
 なんだろうと思って、そちらに目をやると、どこかで見たような見てないような並の風貌の少女が、テニスラケットを片手に、かの歌を歌いながら、こちらをちらちらと窺っていた。
 相手を知っているような知らないような、どうにも煮え切らない感覚を抑えつつ、その歌の内容を改めて吟味してみれば、思い当たるところがあり過ぎる。
「ごきげんよう」
 ひょっとして彼女が、加東景が言った『眠れる龍』か『鳳凰の雛』かも? と思い、意を決して話し掛ければ、振り向いた少女の顔は、やはりどこかで見たことがあるような気がする顔だった。
「ごきげんよう紅薔薇さま。何か御用ですか?」
「……さっき歌ってた歌のことを教えてもらいたいんだけど、ええっと、その、あの、えーと、あれ?」
「……私のことは、『きどつち』とお呼びください」
 泣きそうな顔で、自己紹介?する彼女。
「最近の山百合会は、運動部連合や文化部同盟との軋轢か、どうにも追い詰められている模様。そこで、私でも少しはお役に立てると思い、歌で気をひいたのです」
 その言葉に大いに喜んだ祐巳、感じたものがあるのか、早速自称きどつちさんを、仲間に入れることにした。

 運動部連合が、山百合会に対してちょっかいかけようとしている情報を入手した祐巳たちは、さっそくきどつちさんを呼んで協議すれば、
「白薔薇さまには左手から中央へ、黄薔薇さまには右手から後詰に、紅薔薇さまと白薔薇のつぼみは正面から迎撃すれば、追い返すことができるわ」
 山百合会関係者は、その進言に従って、ただちに白薔薇さま藤堂志摩子と黄薔薇さま島津由乃を先行させ、祐巳は白薔薇のつぼみ二条乃梨子ときどつちさんを伴って、薔薇の館をあとにした。
 進むこと十数メートルといったところで、およそ十名の運動部連合の生徒が、二人の生徒に連れられて姿を現した。
「山百合会にちょっかいかけようなんて、随分大それたことをするものね」
 と、祐巳らしからぬ大音声を上げれば、
「運動部連合代表の命により、あなた方を捕らえに来たわ」
 普段は温厚な祐巳だが、その言葉には激怒したのか、乃梨子を出馬させ、あっと言う間に一人を追い返した。
 祐巳の下知で一斉に乗り出せば、運動部連合のもう一人の生徒、耐えられなくなって引き返そうとするも、志摩子が現れ散々に蹴散らし、およそ半数にまで減ってしまった。
 その半数も、横合いから現れた由乃によって、ほうほうの体で逃げ去らざるを得なかった。
 かくて、勝利を収めて引き返した山百合会関係者は、祐巳の音頭で祝杯をあげ、きどつちさんを大いに褒め称えた。

「紅薔薇さま」
 悲壮な顔付きで祐巳を呼んだきどつちさん。
「あ、きどつちさん。どうしたの?」
「実は……、私はきどつちなんて名前ではありません。本当は、一年生の時、祐巳さんと同じクラスだった桂です」
 はっとした顔の祐巳。
 そう言われて、ようやく思い出すことができた。
 目の前の人物は、紛れも無くかつてのクラスメイト、桂だった。
「すっかり忘れ去られていたのにはスゴイ落ち込んだけど、それは我慢してせっかく祐巳さんたちのお役に立てるようになれたのに、残念ながら、ここから去らなければならなくなりました。テニス部に所属している私は、言うまでもなく運動部連合の一員。そして私の妹も孫も同じくテニス部員です。でも、私が山百合会に協力していることによって、二人が……」
 皆まで言わせずに祐巳は、桂に正面から涙ながらに抱き付くと、
「今までありがとう桂さん。さっきまでスッカリ忘れてたけど、私たちに協力してくれたことは、絶対に……、いえ多分……、いえ、恐らく……、まぁいいや、忘れないようにできるだけ努力するつもりでいるから」
「祐巳さん……」
 感極まっているのか、祐巳の不穏当な発言に気付くことなく、感涙に咽ぶきど…桂さんだった。

 こうして、知恵者が必要であることを切実に願うことになった祐巳たちは、かつ…かつ…えっと誰だったかが最後に推薦していった、『眠れる龍』なる人物に、思いを馳せることになるのだった……。


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