お久しぶりです。大学も夏休みに入り、やっと時間ができました。では、ちょっと短いですが続きを。
『どうかこの凍った薔薇を……』シリーズ
【No:1187】→【No:1208】→【No:1226】→【No:1300】→【No:1627】→今作です。
冷たいシャワーが私の心を鎮めていく。
私の思考は水の肌を打つ音で満たされる。
キュッとシャワーを止めると、小さなため息がもれた。
「ねぇ、祐巳ちゃん。祥子さまは大丈夫だったの?」
母であるみきがシャワーから上がったばかりの私へ矢つぎばやに問いかける。
「祐巳ちゃんが仲良くなった祥子さまが、『さーこさま』のお嬢様だったなんて……。ねぇねぇ祐巳ちゃん、お母さん、さーこさまに今度お会いしてお話ししましょうって誘われたのよ! あぁ、何の服を着ていこうかしら。あのドレスはちょっと小さくなっちゃったし……」
はぁ……。
心の中でため息をつきながら、どこかにトリップしている母を置いて、私は鞄を取って来るために自分の部屋に向かった。途中で祐麒にぶつかりそうになり、つっかかってきた祐麒に「またリリアンに行かせるわよ」と告げると、青い顔をして逃げていった。私はたくさん弟の弱味を握っているのだ。
だから祐麒が去り際に「またあんなの着たら柏木に襲われる」と呟いた声も想定の範囲内だ。
祐麒を弄って少し気分の良くなった私は少し早めに家を出ることにした。
元々遅刻するかもしれないと思っていたのに、結局のところいつもより早い時間に着いてしまった。おかげで生徒の数もほとんどいない。案外に新鮮だ。
明日からもこの時間にしよう。
それに、これなら気に入らないあのマリア像に望んでもいない願いを祈る必要もない。これはいいやと思い、通り過ぎようとする。
が、ふと思った。
そういえば、ここで祐麒が写真に撮られたからこの騒動が始まったのだ。
そう考えると何か釈然としなかった。
こんなものがここにあるからいけないのではないか、などというやつあたり的な考えが頭をもたげてくる。
「……死んじゃえ」
右手をピストルのように構え、引き金をひく。
マリア像が壊れることはない。そんなことは分かっているのに、何故か体が動いていた。
「こらこら、リリアン生がそんなことするもんじゃないよ」
――見られたッ……!
内心かなりの驚きだったが、ゆっくり指を下ろす間に自分をコントロールする。
振り向くと、いいものを見たとでもいうようにニヤニヤしている白薔薇だった。
「全く、見つけたのが私だったからよかったものの、これがシスターだったら生徒指導室直行だよ?」
「それで恩を着せようとでも?」
「いや、そんなつもりは無いよ。着せてほしいなら着せてあげるけどね」
白薔薇はいかにも面白いという顔で近づいてくる。
「いえ、結構です」
何か白薔薇に不穏な空気を感じ、無意識に足が一歩後ろに下がってしまった。
「あれ、どうしたの? あ、そうか……ふ〜ん」
何かまた変なことでも企んでいるのだろう、そんなことを考えているといつの間にか白薔薇が目の前まで近づいてきていた。
「ヘヘヘ〜〜〜、ハグしちゃえ♪」
「――――――ッ!」
いきなり抱きつかれた。
何をやっているんだこのアーパー白薔薇は。
いや、私もだ。さっさと立ち去ればよかったのに、何たる不覚。
「離してください」
我ながら冷たい声だったと思う。
白薔薇は一瞬驚いたように目を見開き、辛そうな顔をして引き下がった。何に同情しているのかは知らないが、私にそのようなものは要らないのに。
全く、せっかくのいい気分が台無しだ。
「祐巳ちゃん、あなた……」
「では、ごきげんよう」
白薔薇が何か言いかけていたが背を向けて教室へ向かおうとする。
「待って!」
その後ろ手を掴まれ、振り向かされる。白薔薇の顔は必死だった。
「何か?」
「……いや、何でもない。ごきげんよう」
――あなたには、その時いなかったのね……そばにいてくれる人が……
そんな声が背中に投げ掛けられた、気がした。