【1745】 威風堂々アルコール  (楓野 2006-08-04 15:37:28)


注:)キャラ壊れ警報発令中&16KBあります。長いです。



なぜこんなことになっているのだろう、と乃梨子は自問した。
ここは食べ放題1980円の焼肉店。
居並ぶ顔は私立リリアン女学園山百合会の淑女たち。
しかし。
今現在、この店は局地的に戦場へと化しているのであった……!


そもそもの始まりは文化祭に来ていた先代薔薇さまの一言だった。
『皆、お疲れー。これから焼肉食べに行かない?』
誰が言ったかは一目瞭然である。
それから大急ぎで各々自宅に戻り、私服に着替えてまた集合。
先代白薔薇さまオススメという食べ放題の店に11人という大人数で乗り込み、
運良く15名まで座れる大テーブルに席を取った。
そこまではいい。
注文したドリンクが運ばれ、乾杯の音頭をとるべく先代白薔――めんどくさい、聖が立ち上がる。
「えー、それじゃ文化祭で頑張った皆へのおねーさんたちからのご褒美ってことで、カンパ……」
「待てい!!!!」
やたらと漢らしい制止の声とともに、聖の肩を蓉子がガッシと掴む。
ちなみに聖と蓉子の席は3人分ほど離れており、後日祐巳は『某漫画のゴム人間みたいでした』と語った。
「何、蓉子。まさか乾杯なしでいきなり争奪戦!?」
「違うわ!!そうじゃなくて、コレはなに?」
そう言って、自分の前に置かれたドリンクを指差す蓉子。
「なにって……青リンゴサワー」
「ンなことは聞いてないッ!!!」
「ちなみに私と江利子はビール、祐巳ちゃんはカルピスサワー、祥子と瞳子ちゃんは白桃サワー、
由乃ちゃんと令はライムサワー、志摩子は梅干サワー、乃梨子ちゃんがレモンサワーで可南子ちゃんはライチサワー」
「んなこたぁどうでもいいっ!!なんでアルコールなのかって聞いてるんでしょうが!!」
山百合会現メンバーは言わずもがな、先代三薔薇とてまだ未成年である。
先代三薔薇を除く8人全員が『いいのかなぁ』という微妙な表情をしていた。
「いーのよ、蓉子。急性アル中にでもなって病院に担ぎ込まれない限りバレないわよ」
ここで、江利子が口を開いた。
ちなみに彼女、文化祭終了時にはいなかったのだがいつの間にか合流していたのだ。
「そういう問題じゃないでしょう!?」
「それにね。こういうところで自分の限界知っておいたほうがいいのよ。
二十歳になって初めて飲んで限界知らずに急性アル中、なんてよく聞く話じゃない」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
声も出ない蓉子。
山百合会現メンバーはハラハラしながら見守っている。
「それとも何?まさか自分が飲めないから難癖つけてる……とか?」
止めとばかりに挑発するような笑みを浮かべる江利子。
普段なら引っかかることもないのだろうが、頭に血が上っていた蓉子はあっさりとかかった。
「………飲むわよ」
うつむき加減で前髪で目を隠し、ボソリと蓉子が呟く。
そしてガバッと顔を上げ、
「飲んでやろうじゃないの!!こう見えても新歓コンパじゃ最後まで飲んでたのよ!!
『大飲の悪魔(ベヒーモス)』のアダ名、ダテじゃないってこと教えてあげるわ!!」
凶暴な輝きを宿した瞳で、吼えた。
「んじゃ、蓉子も納得したところで改めて、カンパ〜イ!!」
『カ、カンパ〜イ!』×10
すかさず取った聖の音頭に続いて、やや戸惑った乾杯の声とグラスを打ち合わせる音が響く。
ある者はグイグイと、ある者はチビチビと杯を傾ける。
「ハイハイ肉焼くよ〜!他食べたいものある人は自分で持ってきてね〜!」
聖が率先してトングを手に取り、肉を焼き始める。
「祐巳、他には何があるのかしら?」
「でしたら一緒に見に行きましょう、お姉さま」
「あ、私もいく!令ちゃん、タン塩取ってくるね!」
「志摩子さん、なにか欲しい物ある?取ってくるよ」
「それじゃあ―――」
何人かが和気藹々と目当てのものを確保すべく立ち上がる。
それを尻目に、蓉子はすでに一杯目の青リンゴサワーを飲み干していた。
ダンッ、とこれまた漢らしい動作でグラスをテーブルに叩きつける。
「おー、蓉子やるねえ」
鉄板の上に肉を載せつつ、聖が茶化す。
「っふゥ……今日はピリオドの向こう側を超えるわ……」
――早くも酔っているのかもしれなかった。
若干約一名ヤバ気な人を抱えつつ、全員が席に戻ってきた。
いい感じに肉が焼け、食欲をそそる香りが辺りに広がる。
「さて。お肉も焼けました」
聖がのんびりと言葉を発する。
その裏に隠された真意を理解した者数名、気づくことすらない者若干名。
「それじゃあ」
パン、と聖が手を合わせる。
それに習って、全員が手を合わせる。
「いただきます」
『いただき』
全員が唱和する。
『ま』
ルールを理解している者達の目が貪欲に光る。
そして。
『す』
最後の一声とともに幾つもの腕が動き出し。
かくて、食卓は戦場となった。


「もらったっ!!!」
まず先陣を切ったのは山百合会突撃隊長、島津由乃。
鉄板を削り取るが如き箸捌きで、カルビ数枚を一度に掴み取る。
だが。
「甘いわ、由乃ちゃん」
江利子が、動いた。
箸を持つ手の甲で由乃の手を打ち、箸のバランスを乱す。
「なっ!?」
驚愕する由乃の箸から肉が落ちる。
――瞬間。
鉄板へと落下する以前に、江利子の箸がそれを捕らえて自分の皿へと持ってゆく。
タレを付け、冷ますことすらなく口に放り込み、それを味わう。
「秘食―――燕返し」
肉を飲み込んだ江利子が不敵に言い放つ。
「江利子さま!いまのはマナー違反じゃありませんか!?」
由乃が憤慨するも、江利子はフフンと鼻で笑う。
「あら、箸から直接取ったわけでもないし、自分のお皿に持っていくまでは鉄板の上にあるのと同義……。
それがルールじゃなくて、由乃ちゃん」
「むきーーーーー!!」
まあ、マナー違反かといわれるとぶっちゃけアウトだろう。
というか、思いついてもやらない。
ついでに言うと、江利子によって落とされた肉は令と可南子によって捕食されていた。
「何で令ちゃんが食べてるのよーーーー!!!」
「だ、だって早い者勝ちだし!!それにホラ、ちゃんと由乃の分も取っておいたから!!」
「一枚ぽっちで許せるかーーーーーー!!!!!」
……島津由乃、爆発。
支倉令、敗色濃厚。
そんな光景の横では。
「ハラミはもらったわ!!可南子ちゃん!!」
「ふ、もとよりこちらの狙いはそのロース!!」
江利子と可南子による割といい勝負が繰り広げられていた。

〜その頃の志摩子さん〜
「♪」
焼くのに時間がかかる骨付きカルビをじっくりと焼いている志摩子さん。
「♪……あら?空いてしまったわ」
チビチビとはいえ飲みながら待っているので、梅干サワーがすっかり空になっていました。
「すみません、緑茶サワーをお願いします」
〜その頃の志摩子さん・終〜

「祐巳!!そのタン塩をよこしなさい!!」
「ダメです!!お姉さまといえどもこれは譲れません!!」
「おー、焼けた焼けた」
祐巳と祥子が熾烈な争いを繰り広げる傍らで、聖が自分と蓉子の皿に肉を取ってゆく。
蓉子の皿にも取っているのは、
「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ……ふぅ〜〜〜〜〜……次!!ライチサワー!!」
江利子の挑発が予想以上に功を奏し、蓉子が飲む方にしか執着しないためであった。
ほとんど焼肉ではなく肉をつまみに酒を飲んでいるようなものである。
そんな中、乃梨子と瞳子は理由は違えど同じように固まっていた。
乃梨子は周囲の熱気が理解できず。
瞳子は目の前の現状が理解できず。
共に、戦闘が始まってから一口も肉を食べていない。
「ん?どしたの二人とも」
それに気づいた聖が声をかけた。
「うちらの焼肉は早い者勝ちだからねー、ノリが悪いと食いっぱぐれるよ?」
「ああ、いや……それはわかっているんですが」
どういったものかと乃梨子は首をかしげる。
「焼肉というのはここまで熱いものだったかな、と」
乃梨子とて何度かは焼肉の修羅場を経験している。
それは友人とであったり、家族とであったりした。
だが、今まで経験した焼肉の全てがもっと和やかなものであり。
決してこんなロザリオの契りもぶっ飛ばしそうな、バトルじみたものではなかったはずだった。
「まあ、普通はそうかもしれないね」
追加の肉を鉄板に載せながら、聖が穏やかに呟く。
「私達が初めてお姉さま達に連れられて来た時も似たような感じだったよ。
肉なんてほとんど食べられずに、野菜と冷麺だけで腹を塞いだ。
けどさ、食べ放題が終わって、店の外に出て思ったんだ。
『悔しい』『負けた』ってね。それは蓉子と江利子も同じだった」
肉皿とトングを脇に置き、グラスを手にしながら聖は続ける。
「だから、私達はこのルールに乗った。
腹いっぱい、満足いくまで好きなものを食べるためにバカになった。
そしたら、楽しかった。
私はその頃ヒネてたけどね、それでもその時ばかりは楽しかったよ。
―――――だから」
ニィッ、と聖の口が吊り上がり、笑みを作る。
「食べなよ、バカになって。腹一杯、自分の力で食べたいものを掴み取れ。
後悔したくなければね」
ヒュッと聖の腕が動き、鉄板の上の肉を掴み取り、それを口に運ぶ。
美味そうにそれを嚥下する聖の姿を見て―――瞳子が、動いた。
「瞳子?」
「乃梨子さん、私は行きますわ。負けることなど許されません。
私は私の意思で、私の欲求を満たすために行動します」
瞳子の目の色が変わる。
それは貪欲に輝く獣の瞳。
「―――松平の名にかけて!!!」
修羅となった瞳子が、聖に真正面から戦いを挑む。
狙いは全て見通され、望まぬものを掴まされる。
年季の差はどうしようもない、ましてや瞳子は焼肉の素人。
それでも、瞳子は戦いを挑む。
なりふり構わぬ、飢えを満たしたがる獣となりて牙を剥く。
「……なんだかなぁ」
自分はたしかにクールだ。
だが、それでも熱狂しないわけではない。
心は熱狂し、頭は冷静に勝利への方程式を導き出す。
熱に浮かされながらも、冷静に獲物を狩る獣。
「……ああ、それでいいんだ」
加熱しろ。
心を、意識を、自らを動かす意思を。
鎮めろ。
思考を、脳を、頭の隅から隅に至るまで。
これより後、唯の一つも喰わせない。
全ての肉は、私のものだ。
わたしは……冷静な、狩人。
「祐巳ィィィ!!そのロースは私のものよ!!」
「いいえ、私が美味しく頂きます!!」
「―――残念ですがどちらのものでもありません」
不意に横合いから響いた声に、祐巳と祥子の動きが止まる。
―――一閃。
研ぎ澄まされた、日本刀のような軌跡。
その後に残っているのは、ほぼ炭化しかかった肉の切れッ端のみ。
「覚悟していただきますよ―――空腹なんです、私は」
羅刹、二条乃梨子―――推参。

〜その頃の志摩子さん2〜
「はむはむはむ……」
食べるのに時間がかかるため人気のない骨付きカルビをじっくりと味わう志摩子さん。
「くぴくぴくぴ……あら?もうからっぽ」
やはり肉があると酒もすすむもので、先ほど頼んだ緑茶サワーは空になっていました。
「すみません、ウーロンハイをお願いします」
〜その頃の志摩子さん2・終〜

「餓突!!」
由乃が箸を構えて一直線に突き出す。
猛烈な飢えと突進力が作り出すこの技、決して容易くは見切れない。
「ワンパターンよ由乃ちゃん!!」
仮に見切られて標的を外したとしても―――
「それはどうでしょうか?」
瞬時に横薙ぎに派生し、第二第三の標的を奪い取る!!
「やるじゃない由乃ちゃん」
「むぐむぐ……この程度は序の口です」
肉を食べながら会話する二人。
「……肉食べたいなぁ……いや野菜も美味しいんだけど……」
その横でちまちまと野菜(主にカボチャ)をつまむ令。
「再び餓突!!」
肉を飲み込んだ由乃が再度箸を構えて突き出す。
「見せてあげるわ……薔薇とつぼみの圧倒的な差というものをね」
江利子が箸を構える。
由乃の箸が肉へと突き進む。
(捉えたっ……!!)
勝利を確信し、胸の内で叫ぶ由乃。
だが、その標的は寸前で江利子の箸に攫われる。
(予測済みっ!!)
餓突から派生する横薙ぎによって、由乃の箸は次の標的へと向かう。
だが。
(え……!?)
江利子の腕が鉄板スレスレを薙ぎ払う。
それは死神の鎌のごとく、由乃の標的を全て奪い去る。
由乃の箸はむなしく鉄板を打ち、数秒前までは確かにあった肉が今はない。
振りぬいた江利子の箸には、由乃が標的としていた肉三枚全てが掴まれていた。
「そんな……」
「燕返しは小手先芸……これがお姉さまの本来のスタイル。
由乃の一点集中に対してお姉さまの広範囲攻撃、しかもスピードはお姉さまのほうが速い……」
「令ちゃんうっさい!!」
「由乃ぉ〜……」
すっかり解説役に成り下がった令だったが、由乃に一喝されてヘタレた。
その間に、江利子は奪い取った肉をすっかり食べ終えていた。
「あ〜、おいし」
「ぬっが〜〜〜〜〜〜〜!!!」
満面の笑みを浮かべる江利子と、乙女らしくない声を上げる由乃。
「餓突・零式出してやるぅぅぅぅっ!!」
「おおっ!やるわね由乃ちゃん!!」
由乃の絶叫と江利子の楽しげな声と共に、再び激闘が開始された。
ちなみに話に出てこなかった可南子はどうしていたかというと。
「仔袋が美味しい……」
モツ類を食べるのに忙しかったという。

〜その頃の志摩子さん3〜
「ずるるるるる〜〜……」
骨付きカルビを満足するまで食べつくし、冷麺をすする志摩子さん。
「はあ……美味しい♪」
酔っ払っているせいかちょっとキャラの違う志摩子さん。
「もう一杯いっちゃいましょう♪」
〜その頃の志摩子さん3・終〜

喰ラエ。
喰ラエ、喰ラエ、喰ラエ喰ラエ喰ラエ喰ラエ喰ラエ喰ラエ喰ラエ喰ラエ喰ラエ。
―――喰ラエ。
喰らえば喰らうほどに動きは加速する。
喰らえば喰らうほど意識が研ぎ澄まされてゆく。
喰らえば喰らうほど―――腹は減ってゆく。
「乃梨子ちゃん!!ちょっとは先輩に譲ってちょうだい!!」
「乃梨子さん!!少しは手加減して下さらない!?」
「嫌です。食べたければ実力で取ってください」
只今祐巳と瞳子の紅薔薇姉妹(仮)は、二条乃梨子ただ一人相手に圧倒的な劣勢を強いられていた。
その理由は……
「そこだっ!!!」
羅刹へと覚醒した乃梨子の圧倒的なスピードであった。
祐巳と瞳子が少しでも動けば箸で防壁ともいえる防御を展開し。
「シュッ!!」
返す腕で、食べ頃の肉を根こそぎ奪い取る。
修羅と化したはずの瞳子でさえ、その動きに隙を見出すことはできない。
乃梨子の独壇場は続く。
そんな中。
祥子と聖は、また別の劣勢を強いられていた。
「お姉さま……大丈夫なのですか?」
「んー、言語ちゅーすーにバグが出てるだけだから、まだ平気よ〜はははははは」
かなり平気ではないし、キャラも違う。
実際、『中枢』が平仮名だし。
「あのねえ蓉子……潰れたら担ぐのは私らなんだけど」
「だいじょぶだいじょぶ。足はちょ〜っとふらつくけど意識はしっかりしたものよ」
言って、ぐいー、とライムサワーを飲み干す蓉子。
「つまり!!!!」
飲み干したグラスをダンッ!!と机に打ちつけ、叫ぶ。
「足を使わず逆立ちでいけば大丈夫シラフ同然!!ダ〜ヨネエ〜〜」
『んなわけあるかぁ!!!!』
聖と祥子が声をそろえて蓉子にツッコむ。
「あははははははははは〜〜」
大声で脈絡もなく笑い出す蓉子。
完全完璧疑いようもなく酔っぱらいである。
「ああもうどうにかなりませんのこの酔っ払い!!」
「もはや蓉子ってゆーか酔う子だね」
もはや姉に対する敬意すらアルコールで吹っ飛んだ祥子と、うまいこと言う聖。
「つーかさ……蓉子、何杯飲んだ?」
「……15杯以上は確実に」
「バケモノだ、バケモノ」
ちなみに聖は5杯、祥子は3杯である。
「せ〜〜い〜〜」
酔う子…じゃなかった蓉子が間延びした口調で聖に擦り寄る。
「お腹すいた〜」
「知らないよ!!勝手に食べればいいじゃん!!」
「うえ〜〜〜〜い」
わかったんだかわかってないんだかよくわからない返答を残し、のそのそと移動する蓉子。
「……蓉子が潰れたらぜったい江利子に担がせよう」
「+激しく同意+」
呟き、聖と祥子はだいぶ薄くなったグラスの中身を一気に飲み干した。

〜その頃の志摩子さん4〜
「けぷ♪」
すっかり満腹になって満足そうな志摩子さん。
「デザートは何にしましょうか……」
くぴくぴと梅干サワー(総計7杯目)を飲みながら考える志摩子さん。
「……アイスクリームにしましょう」
〜その頃の志摩子さん4・終〜

(私の勝ちだ……このまま誰にも肉は渡さないッ!!)
ギラギラと目を輝かせた乃梨子が心の中で快哉を叫ぶ。
だが、次の肉に手を伸ばしかけたその時、乃梨子が不自然に手を引いた。
―――刹那。
乃梨子を遙かに凌駕する速度の腕が、鉄板の上を薙ぎ払った。
その腕の勢いが空気を押しのけ、対面に座る祐巳と瞳子のお下げを大きく揺らした。
(嘘……!?)
(腕の勢いだけで、風を―――!?)
祐巳と瞳子、そして乃梨子が風の元へと視線を向ける。
そこにいたのは―――先代ロサ・キネンシス水野蓉子。
その手には肉を掴んだ箸。
「………(にへら)」
しかし、今の蓉子はただの酔っ払いであった。
浮かべられたその屈託のない笑顔に祐巳たちは訳も泣く恐怖する。
「シャァァァ!!!」
「ひいっ!?」
奇声と共に繰り出される箸に祐巳は怯えて反応すらできず。
「(ギロッ)」
「う……!!」
その睨みは瞳子の体を硬直させ。
「ガツガツガツガツガツ……!!!!!」
「ま、負けた……」
その食いっぷりは乃梨子に敗北を認識させた。
それでも止まらずに蓉子は喰らい続ける。
すでに負けた三人は、蓉子のための給仕と化した。
『大飲の悪魔(ベヒーモス)』と、蓉子は称された。
だが、『ベヒーモス』が本来意味するのは『大食の悪魔』である。
今まさに、蓉子は真の『ベヒーモス』へと進化を遂げたのであった。
「肉、十秒以内に焼いてちょうだい」
「無理です、蓉子さま……」
……暴君、という言葉も追加しておくべきだろうか。

〜その頃の志摩子さん5〜
「……(ぱく)」
バニラアイスを口に含んで幸せそうに味わう志摩子さん。
「……(ほわ〜〜ん)」
一口すくって口に運ぶたびに至福の表情を浮かべる志摩子さん。
「……(ぱく)」
〜その頃の志摩子さん5・終〜


紆余曲折ありまして。



「やー、美味かった美味かった」
「まあ、それなりに満足といったところでしょうか」
店前の歩道にて、ぽんぽんと腹を叩く聖と割と満足そうな祥子。
「……ちょっと聖」
「ん?なに江利子?」
「どうして私が蓉子を担がなきゃならないわけ?」
不機嫌そうに言う江利子の肩には蓉子の腕が回され、だらーんと身体が垂れ下がっていた。
「江利子さま挑発のせいでこうなったのですから責任を取ってください」
「ちっ……」
「だいじょーぶ、よっこ軽いし」
「いや、スッゴイ重いんだけど」
意識が半分トンでる状態なのでそりゃ重かろう。
「よっこー、大丈夫?」
「うぃー、ひっへっはー……」
かなりヤバそうである。
「つーか酒臭いんだけど」
「まあ20杯以上は飲んでたからねえ」
「ゲフ〜〜〜〜〜〜」
真っ赤な顔で酒臭い息を豪快に吐く蓉子。
それでも吐き気すらしないのは素晴らしいとしか言いようがない。
その後方で、地に四つん這いになっている由乃。
「……負けた……」
結局あの後負けたらしい。
「……負けた……」
同様に敗北を噛み締める乃梨子。
そして、最も悲惨なこの人。
「……結局、最初の一枚しか食べられなかったなぁ……ははは……」
乾いた笑いを上げつつ涙を流す令。
おそらく今回の不幸MVPであろう。
「可南子ちゃん、満足した?」
「はい。私はどちらかというと肉よりもモツ派なので」
「うう、私もモツを食べればよかったですわ……」
一人満足そうな可南子と、イマイチ不満の残る祐巳と瞳子。
そして満足そうな人といえばもう一人。
「♪」
満面の笑みを浮かべ、まさにマリア様のような表情の志摩子さんであった。
「さーて……」
聖の呟きに、その場の全員の視線が集まる。


「カラオケ行くべ♪」


てっきり解散かと思っていた、先代薔薇さまを除く八人が停止した。
言ってなかったっけ?と首を傾げる聖を尻目に停止し続ける八人。
きっかり三十秒停止した後、彼女らはいっせいに口を開く。
『聞いてないよ!!!』
「ダチョウ倶楽部ですな」
八人の遅いツッコミと、聖ののんきな台詞が夜道に高らかに響き渡った―――。


〜終〜


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