その日、藤堂志摩子と福沢裕巳は音楽室にいた。二年生になってからは掃除の担当区域も変わってしまい、授業以外ではあまり使わない場所。ではなぜ彼女達はこんなところに二人っきりでいるのだろう。愛の告白や宣戦布告のため?いや、答えはもっと単純だった。
「裕巳さん、笛見つかった?」
「うん、あったよ!よかった〜、見つかって」
そう、ただ単に裕巳が忘れ物をしただけだった。
いつものように山百合会の会議を終え、後片付けをしていた裕巳は自分の縦笛がカバンに入っていない事に気付いた。急いで取りに戻ろうとしたところ、「職員室に用がある」と言って志摩子が着いてきた。その後他のメンバーに悟られないようにこっそり抜け出して現在に至る。
「盗られてなくてよかったわね、裕巳さん」
「やだなぁ志摩子さん。笛なんか盗んで何に使うっていうの?」
「それは今大人気の紅薔薇のつぼみの笛ですもの。いろいろとね・・・ふふふ」
「・・・い、いろいろって?」
「うふふ・・・裕巳さんには内緒」
「そんな〜志摩子さ〜ん。こ、怖いよ〜」
「怖がる裕巳さんも可愛いわ♪」
現在の山百合会はつぼみの妹が一人もいないため6人体制で運営されているのだが、その中でも紅薔薇のつぼみである裕巳の人気は高く、薔薇様方に匹敵する程である。特に一年生からの人気は高く、彼女達を中心に「裕巳様を愛でる会」という怪しげな組織までできており、一年生の約半数はその会に所属していたりする。合言葉は「裕巳様でご飯三杯はいけます!」だった。そんな彼女らの一人が裕巳の笛を見つけてしまったならばすぐさま懐にしまってしまうであろう。それを何に使うかはご想像にお任せする。余談だが現山百合会メンバーも「裕巳様を愛でる会」に全員所属している
ここはその一年生の掃除担当区域であるため笛がまだ残っていたのはある意味奇跡と言ってもよいだろう。
「それにしても、誰もいない音楽室を見るのも久しぶりね・・・」
わずかに目を細めゆっくりと教室を見回しながら裕巳がつぶやいた。
裕巳にとって音楽室は姉である小笠原祥子と連弾した思い出の場所で、こうやって静かな教室を見ているとその時のことが思いだされて幸せな気分になる。
「そうね、こんなに静かな音楽室を見るのは本当に久しぶり・・・」
志摩子も同じように目を細めながらつぶやいた。
志摩子には特に音楽室に思い出はないのだがなんとなくこの一年の事を思い出していた。
ほとんど裕巳の事だけではあり軽く涎が垂れているが・・・
「うん・・・あれ?」
静かに教室を眺めていた裕巳の視界に突然見慣れないものが飛び込んできた。
「あれってドラムとギターとベース、それにキーボード?」
「どうしたの、裕巳さん?」
「ほらあれ、楽器。仕舞い忘れたのかな?」
「そ、そうみたいね。まったく軽音楽部の人たちったら」
「軽音楽部?吹奏楽部じゃなくて?」
裕巳は小首をかしげながらそう尋ねた。リリアンにそんな部活があるだなんて裕巳は知らなかった。
「ええ、先週出来た新しい部よ。なんでもどうしても『ろっく』っていうのがやりたいんですって」
「『ろっく』ってあの音楽の『ロック』?」
「そうよ、それ。裕巳さんはそういう音楽はお好き?」
「私というか裕麒が好きでね。CD借りて何回か聞いたことはあるけど。でもよく先生方が認めたね」
リリアンは一応お嬢様学校である。裕巳は「ごきげんよう」と「ロック」はどうしても合わないような気がしていた。
「まあリリアンに相応しくないんじゃないかって職員会議で問題になったりはしたらしいけれど学園長が許可したらしいわ。・・・ねえそれよりも裕巳さん、ちょっとあの楽器に触ってみない?面白そうよ」
「志摩子さ〜ん、それはまずいよ」
「うふふ、ちょっとだけ、ちょっとだけよ」
「・・・もう、仕方ないなあ」
泣く子と地頭には勝てない。裕巳はいつも志摩子の笑顔には勝てなかった。彼女に微笑まれると何でも許してしまう気がするのだ。
「(それにしても・・・)」
志摩子さんは変わったなあと裕巳は思う。一年前に比べるとよく笑うようになったし、こんな風に時々ふざけるようにもなった。なんというか学校生活をとても楽しんでいるのだ。裕巳はその志摩子の変化がとてもうれしかった。
「裕巳さん、裕巳さん。これはどういう楽器なの?」
裕巳がそんな事を考えている間に志摩子はすでにドラムの前に立って目を輝かせていた。
「あ、うん。それはドラムって言って木の棒で叩いて音を出す楽器なの」
「わかったわ、つまり西洋の木魚なのね!」
「いや、違うと思う・・・」
志摩子は天然だった。
「でも棒が見つからないから叩けないよ?」
「大丈夫よ。私いいものを持っているの」
そういって志摩子はいそいそとカバンからあるものを取り出した。
「し、志摩子さん、それって葱?」
「ええ、いい葱でしょう」
「なんでカバンの中に葱が?」
「イヤだわ裕巳さん。乙女の嗜みでしょう?」
「(そんな乙女はいない!!!)」
裕巳は心の中で絶叫した。声に出さなかったのはきっと自分には志摩子を完全に理解することはできないと考えたからだった。決して追求するのがこわかったからではないハズだ。
「・・・それで、その葱がどうしたの?」
「もちろんこれで叩くのよ♪」
「・・・ドラムを?」
「ええ。大丈夫よ。これで木魚を叩いた経験ならあるから!」
小さくガッツポーズをしながらそうのたまう志摩子。その姿は非常に愛らしいのだが裕巳には宇宙人にしか見えなかった。
「(聖様、あなたの妹は私には理解不能です。ていうかご自分で志摩子さんと似ているっておっしゃってましたけどそれは一体どの部分なんでしょうか?もしかしてあなたも宇宙人なんですか? お姉さま、私には来年志摩子さんと山百合会をやっていく自信がありません。不甲斐無い妹でごめんなさい。でも私はただの狸であって宇宙人に比べると圧倒的に力不足なんです。 そしてマリア様、どうかこの異空間から私をお救い下さい!!)」
嬉しそうにスティック代わりの葱でドラムを叩く志摩子を見ながら裕巳は静かに涙を流した。そして思った。志摩子さんは双子で、自分の知っている志摩子さんはきっと宇宙飛行士になって火星にでも行ってしまったのだと。私をこの異空間に残して行ってしまったのだと。
志摩子の熱いプレイはまだ始まったばかりだ・・・
あとがき
初めて書きました。題名に思わず笑ってしまったので。
読んでいただいてありがとうございました。面白くなくてすいません。