【1750】 不意に胸がときめいた全然わかってない弱さを彩るための刃  (まつのめ 2006-08-05 20:06:31)


『桜の季節に揺れて』
 act1〜act2は【No:1746】です。



act.3 人間って大変だよね


 翌日の朝。私がマリアさまのお祈りを済ませて校舎に向かって歩き出すと、程なくして私の後頭部に何かがごつんとあたって、足下の道にバウンドした。
 また水の入ったペットボトルだった。今度は命中。
 私は振り向いて、私の後方でペットボトルを投げきったポーズのままにやついている少女に言った。
「……痛かったんだけど」
「えへへ」
 私はため息を一つついた。
「ごきげんよう。今日はなに? “海野もくず”さん?」
 そう言うと、彼女は足を引きずりながらも嬉しそうに微笑みながら私に向かって来た。
 そう呼ばれるのが嬉しいのか。変なやつ。
 今日の彼女は肩掛け鞄を肩に掛けていた。中学生が背負っているようなやつだ。
 学校指定の革鞄はどうしたのだろう。確か入学準備の時に注文して買ったはずだけど。
 彼女は私の横まで来ると言った。
「乃梨子って呼んでいい?」
 いきなり呼び捨てかよ。
 でもまあ。
「好きにすれば。でも人前では『さま』をつけた方がいいと思うわ」
「どうして?」
 表情が素だ。本気で聞いているらしい。この学校の習慣を知らないのか。
「そういうものなのよ。それよりあんた、足、痛いの?」
 足を引きずるたびに微妙に表情を歪めているように見えたから。
 彼女は言った。
「痛いよ」
「なに、靴擦れ?」
「魔女にやられたの。ぼくが海から上がるときに、歩くたびに痛くなるようにされたんだ」
 またか。
「でもね、三年で友達が出来なかったら泡になっちゃうって言う呪いもね、本当は一週間の筈だったんだ。でもこんなに足が痛いんだからサービスしてよって交渉したの。でもね人魚はあんまり交渉事は得意じゃないんだ。だって人魚同士は仲がいいし、世界中の海に居るから交渉なんてしなくてもみんな上手く行っちゃうんだ。ぼくはサービスしてもらえて運がよかったんだ」
 どんなサービスだよ。
 というか、よくもまあぽんぽんと話を考えつくもんだ。
 そんなふうに、呆れつつも感心していたら彼女は言った。
「ねえ、乃梨子、映画いこっ」
「あん? 映画?」
「うん、凄いよね。こっちはいっぱいやってて」
「いっぱいってなにがよ」
「映画館いっぱい。前のとこは一軒しかなかったのに」
「そうなの?」
 そんな話をしながら、私は昨日に引き続いてまたしても彼女に歩調を合わせつつ校舎に向かって歩いていた。
「うん、そうだよ。前に居たところは田舎だったんだ。でもぼくが生まれた海のそばだったから。知ってる? ぼくたち人魚は卵からうまれるんだよ。十年に一度の繁殖期に世界中の海からその生まれ故郷の海に集まってきて卵を産むんだ。ぼくもそのときは人魚の姿に戻るんだ」
 彼女は私に一生懸命嘘の話をする。
 まるで話題が途切れるのを恐れるかのように私との会話を嘘で埋め尽くすのだ。
 私はそんな彼女の話を聞きながらどこか『苛立ち』を感じていた。
「一番最近の繁殖期は一年半前。凄いんだよ。そのとき海が人魚で埋めつくされて白っぽく見えるんだ。あ、でもそのとき凄い嵐が来るから見た人は居ないんだよ。見れた人は死んじゃうから。あのね、ぼくみたいな陸に上がった人魚は繁殖期になると魔法が効かなくなって強制的に人魚に戻っちゃうんだけど、そのときは急だったんでせっかく出来た友達と別れ別れになっちゃったんだ」
 私はそこでピンと来るものがあってこう言った。
「それってこの間言ってた一緒に逃げてくれるって女の子?」
 あ、しまった。こういうことを言うと調子付いて話が長くなるわ。
 そう思ったが、後の祭り。彼女はその大きい目を輝かせて言った。
「うん。そうなんだ。ちょうど一緒に逃げようって約束して家の前で待ってもらってた時、人魚に戻っちゃってね。人魚に戻ったら絶対に人間に会っちゃいけなくて、急いで海に戻らないといけないから。その女の子、がっかりしてたなぁ」
 苛立ち?
 虚無感?
 いや、ある種の違和感かもしれない。
 そう。いってみれば彼女の話はとことん実が伴ってない夢物語なのだ。幾ら言葉を重ねても何の重みも感じられないというか、まあ相槌をうったりして聞いちゃってる私も悪いのかもしれないけど。
 そういえは今日は一つだけ実が伴った話があった。話が脱線し過ぎて忘れるところだった。
「それで、映画、どうするの?」
「あ、映画映画、一緒に行こう。今度の日曜日」
 うーん、私ったらどうしたのだろう。
 こんな嘘つき娘と映画に行く義理なんて無いんだけど。
 でも私はこう答えていた。
「べつに良いけど。じゃあ連絡、携帯持ってる?」
「うん。あるよ」
 そう言って肩掛け鞄をあけてごそごとと彼女は探しはじめた。
 学校に持ってくるのはいけないんだけどな。
 結局、番号を交換してそれぞれの教室に分かれた。


 メモした彼女の番号は私の携帯に“海野もくず”という名で登録されることになるのだが、それは家に帰ってからの話で、今日はその前にもう一騒動あった。


 先日、志摩子さんに彼女、――名前がないと不便なので『もくず』と呼ぶことにするが――、そのもくずの話をした時、「どうして(彼女の教室を)見てこなかったの?」と問われたことを思い出した。
 昨日までは教室にわざわざ押しかける事もないと思っていたのだけど、携帯の番号まで交換してしまってそんなことは言ってられなくなった気がする。
 少なくとも本当の名前くらいは知っておきたいと思い、私は休み時間に彼女の教室へ向かった。
 この学校の生徒なのだから名前くらいすぐ判る。そう思っていた。
 でも一年菊組の前まで来て、ちょっと困惑した。
 名前を知らないのだから呼び出すことが出来ない。まあ、中を覗いて顔を探せば良いのだけど、気を利かせたクラスの他の人に誰に会いに来たのか聞かれたら答えられない。入学して間もないとはいえ、もう白薔薇のつぼみの顔を知ってる人は居るだろう。私は怪しい行動は慎まなければならないのだ。
 でも、ここまで来て何もしないで帰るのはなんか負けたみたいで悔しかった。
「あの、どなたをお尋ねですか?」
 結局、おっかなびっくり、人の目に止まらないようにそうっと教室を覗いていたら、背後から声を掛けられてしまった。
 おでこを出して髪を後ろで止めた丸い眼鏡の子だ。
 まあ、特徴はどうでも良いのだけど。
 ここは正直に言うしかあるまい。
「ええと、名前は判らないんだけど、」
 そういえばあのもくずの特徴は、と考えてちょっと困った。言い表わしにくいのだ。
「ペットボトルを持ってて、足を引きづってる子って……」
 なんか身体的欠点を言ってるようでちょっと嫌だった。
 でも思い当たるわかりやすい特徴ってそれしか思い浮かばないから。
 それを口に出して私は後悔した。
 身体的欠点云々ではない。
 眼鏡の彼女がはっきり表情を曇らせたからだ。
 それは私が奇異なことを言ったから、ではなく、明らかに眼鏡の彼女が思い当たる人物に関して良い印象を持っていないってことが判る反応だったからだ。
 私は確信した。彼女はクラスでも浮いた存在だ。
 もしかしたら、いやもしかしなくても友達は一人も居ないのだろう。あの子がこの学園の子羊たちの手に負えるとは到底思えない。
 ここでもくずのことを聞くのは果たして良いことだろうか?
 この眼鏡の子に聞けばもくずが教室でどんな風に見られているのかが判るだろう。
 でも、もくず抜きにここでそれを聞いてしまうのはフェアでない気がした。
「あ、あの……」
「やっぱりいいわ。ごめんなさいもう時間だから」
 私は眼鏡の子の言葉を遮って強引にその場を離れた。
 たぶん私は事実を確認するのが嫌だったのだと思う。彼女に関する否定的な話なんて聞きたくなかったのだ。
 
 廊下を数歩進んですぐに声が掛かった。
「あ、乃梨子」
 もくずだった。
 もくずはやっぱりペットボトルをぶら下げて足を引きずって歩いていた。
「も、もくず?」
 思わずそう呼んでしまったが、もくずは嬉しそうな表情で私に近づいてきた。
 実際はなにも聞いていないんだけど、私は後ろめたいことをしてた気分になり少しうろたえた。
「なになに?」
 もくずはその青白い顔を私に寄せて来た。
「あ、いや、外でしか会った事なかったからどうしてるかと思って」
「見に来たんだ」
「う、うん」
「大丈夫だよ。ぼくは人魚だから愚かな普通の人間とはちょっと話が合わないけど、もともと人間を観察しに来たようなもんだからそのほうが都合が良いんだ」
 集団の中に標準を大きく外れた者が居た時の周囲の反応はいくつかに分類出来る。
 それは好奇心による注目、そして異端ゆえの排斥、そして無視。
 先の眼鏡の子の反応からして今は三番目であろうことが伺えた。
 そう。たぶん彼女は“判っている”。
 もくずがこんな話をしたのは私が教室の様子を見にきて『知った』と思ったからだ。
「あのさ……」
「あ、乃梨子は別だよ。人魚だって人間全てを蔑視してるわけじゃないからね。ちゃんと賢い人間と愚かな人間がいるって判ってるんだ。でも賢い人間って少ないから人間は大変だよね」
 言葉をかけられなかった。
 何故だか判らないけど、泣きたくなった。
「もう、いいわ」
 なにが「いい」のかよく判らないまま、そう言い残して一年菊組を後にした。
 背中に突き刺さるもくずの視線を感じながら、私は涙を堪えて足早に歩みを進めた。



act.4 死んじゃえ


 土曜日。学校はお休み。
 午前中、自分の部屋でパソコンに向かってお気に入りのHPをチェックしていると、携帯が鳴った。
 特に今日は約束も無かった。もくずとの約束は明日だし。
「あれ? もくずからじゃん」
 携帯には『海野もくず』と表示されていた。
 そういえば「映画に行く」ってだけでどこに行くとか詳しい話をしてないことを思いだした。その話だろうか?
 そう思いつつ電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、海野もくずです。乃梨子ですか〜? もくずだよ〜』
「あー、私、乃梨子よ。なあに? 明日の話?」
 昨日の教室の前の件でちょっと気まずさを感じていたのだけど、もくずにその様子は全然無かった。
『遊びにいこっ!』
「はぁ?」
『今M駅に来てるの。乃梨子暇でしょ?』
「暇ってあなた……」
 この際、気になることを本人に聞いてみようか。
 そんな気になったのは不幸か幸いか。
「判ったわ。どこに居る?」
『着いたら電話して』
「わかった」
 この時点でまた聞きたくも無い人魚の話とやらを山ほど聞かされることになるだろうことは想像出来た。
 でも私は彼女が嘘の中に少しだけ本当を混ぜる事があることにも気づいていた。
 それは話の重さを気取られない程度のほんの少しの真実だけど。


 駅前で彼女に合流してまず最初に私がしたことは後悔だった。
 彼女は可愛らしいひらひらのワンピースの上からカーディガンを羽織っていた。
 ふわりと広がったスカートの下からか細い青白い足がのぞいていて、小さな膝小僧が見えている。
 靴も高級そうなミュール。
 まるで別人。もともと綺麗な顔をしているもくずは、まるでファッション雑誌のグラビアからそのまま出てきたかのようだった。
 それに対して私の気合の入っていない庶民の格好。穿き古したジーンズにTシャツ・パーカー。
 靴は履き潰したスニーカー。
 誰に見せるでもない、町を歩くに恥ずかしくない程度の格好しかしてこなかったのだ。
 これが志摩子さんと会うんならもう少し格好にも気を使っただろうに。
「乃梨子〜」
 私を見つけて手を振るもくずは良く見ると例によって2リットル入りの水のペットボトルを持っていた。
 なんか綺麗なコーディネートが台無しだ。
 もくずが足を引きずって私の方に向かってこようとするので、慌てて駆け寄った。


「さて、どこへ行く?」
「ゲーセン!」
 そうきたか。
 ゲームセンターもそうだけど遊ぶならM駅より隣のK駅の方が向いている。
 まずは電車で移動だ。
 K駅に移動すると伝え、もくずの歩調に合わせるようにゆっくり改札に向かった。
 もくずは水のペットボトルをちゃぽちゃぽいわせながら、私について来た。
 電光表示の発車案内を見ると次の下り電車は五分後だった。
 電車を待ちながら私は彼女に声をかけた。
「もくず」
「なに?」
 もくずの嬉しそうな顔。
「あなた、なんで?」
「?」
 私の述語の無い問いに彼女は首をかしげた。
「『もくず』って呼ばれて嬉しいの?」
 私は彼女が嘘をついていることが不快で、皮肉をこめて『もくず』なんていう悲惨な名前で呼んだのに、彼女はそう呼ばれるのが当然のように反応する。いや、むしろそう呼ばれることが嬉しいようにさえ見えるのだ。
 もくずはうつろな目をすると、ペットボトルの水をぐびぐびと飲んだ。
 そして視線はホームの白線の方に向けたまま言った。
「それは前の学校の友達がぼくのこと『もくず』って呼んでいたから」
「ニックネームか」
 それはまあ、ありうる話だけど。
「海野はお父さんの名前」
「え?」
 もくずは顔をあげた。
 次の瞬間駅の構内放送が電車の接近を告げた。
 もくずは電車が来る方角に振り返って、もう小さく見えていた電車が駅に入ってくるまで黙って眺めていた。
 先頭の車両が通り過ぎ、風圧でもくずの髪と白いワンピースが揺れた。
 そのとき、風に煽られてスカートの裾が持ち上がり、彼女の青白い太股が一瞬、露になった。
(え、なに?)
 彼女の太股には痣のようなものが走っていた。
 それも白い肌に際立って幾重にも。
(怪我のあと?)

 ――彼女はいつでも足を引きずって歩いている。

 足を挫いたとか靴ずれとかではなかったのか?
 スカートは戻って太股は見えないけれど、私は視線を外せなくなっていた。
「……死んじゃえ」
 視線を上げるともくずの青白い顔が私を見つめていた。
 上目遣いに「見たな」って表情をして。
 

 店の前のクレーンゲームを横目に私達はゲームセンターの中に入った。
 ゲームセンターの独特の騒然さに包まれながら店内を進み、どんなゲームがあるかチェックした。
 私は高校に入ってからはゲームセンターには来たことが無かった。
 中学の頃、千葉の地元の駅前のゲーセンに入ったことはあったが、それも数えるほどだ。
 なるほどスロット・格闘ゲーム・シューティング。後は大型筐体のゲームがいくつかと、入り口近くにプリクラもあった。
 私は良く判らないのでもくずに聞いた。
「やりたいのある?」
「うん! あれ!」
 彼女が指差したのは格闘ゲームの一つだった。
 思いの外もくずはゲームが上手だった。
 私は後ろからプレイを見ていたのだけど、もくずは女のキャラクターを選んで、「死んじゃえ」を連発しながら敵を何回もノックアウトしていた。
 駅のホームで初めてもくずの「死んじゃえ」を聞いたときは思わずぞっとしたが、これはどうも彼女の口癖っぽかった。
 プレイヤー同士の対戦では向う側から「つえー」とか聞こえてきたから、もくずは結構なゲーマーなんだろう。
 一時間ほど過ごして最後にプリクラ撮ってゲームセンターを後にした。

 時間はまだ昼前。
 ちょっと小腹も空いてきたし、どこかで落ち着きたかったので近くのバーガーショップに入った。
 私はメニューをさっと見て迷わずバーガー・ポテト・アイスコーヒーのセットに決めた。
 まあ経済的に見ても無難な選択だ。
 一方のもくずはプラスチックの下敷きのようなメニューを手にとってしばらくうんうんと悩み、最終的に季節物のバナナシェイク(L)とトマトなんとかとかいう新発売の一番高いバーガーを注文した。シェイクはセットにならないから割高だ。ポテトを勧めて、もくずにうんうんと悩まれて結局「いらない」といわれた店員はちょっと笑顔が引きつってる気がした。
 支払いの段になってもくずが当然のように金色のカードを差し出したとき店員は目を丸くしていた。
 いや、私もちょっと驚いた。高校生の分際でクレジットカードか。
 もくずって実はすごいお嬢様?
 でも、その割にはゲーマーだったりと俗世慣れしていて良く判らない子だ。
 座席に落ち着いてから私は言った。
「あんたってさ、ゲームとか結構やるんだ」
 本当は聞きたいことはこんな事じゃない。
 足のこと。
 クラスのこと。
 家庭のこと。
 でも聞けない。
 もくずは私の問いに答えて言った。
「うん、お父さんの田舎行く前は毎日通ってたから」
 あれ? と思った。
 今日はあのホラ話が出ない?
 もしかしたらと思って聞いてみた。
「ねえ、お父さんてどういう人?」
「弱い人」
「え?」
「激しいけど凄く弱くてすぐ泣いちゃう」
 もくずの答えはいちいち予想外だった。
 もくずは話を続けた。バーガーのソースを口の周りにつけたままだった。
「だから、ぼくはお母さんと戦って、勝ったからお父さんのところに行ったんだ」
「……」
 判らない。
 また得意の嘘なのだろうか?
 私はもくずを嫌いになりたくなかった。
 なのに、もくずはいつも実の伴わないおとぎ語をして私を苛立たせるのだ。
 私は心が冷えていくのを感じた。
 相槌を打てなくて私が黙っていたら、もくずも話をするのを止めた。
 それから私はバーガーとポテトを、もくずはトマトなんとかバーガーとシェイクを黙々と口に運んだ。
 食べ終わって席を立つ前にもくずは言った。
「……ぼくね、お父さんが好きだったんだ」
「過去形なのね?」
 もくずは独り言のようにいった。
「好きって絶望だよね」

 判らない。理解できない。
 私はもくずのことを何も知らない。
 本当の名前さえ教えてもらえない。
 私の心は苛立っていた。

 私はもくずに提案した。
「映画、これから行かない?」
「明日は?」
「宿題やらなきゃ。予習もあるし」
 本当はそれは今日やる予定だったのだ。
「ふーん。判った」
 もくずはあまり考える事もなく私の提案に納得した。
 駅のそばの映画館でやっていたのは日本のアニメ映画と洋物のCGアニメ作品だった。
 時間的には丁度良かった。一時間も待たずに次の上映が始まる。
 他にも恋愛物とかアクション物の映画をやっているみたいだけど、次のは夕方からで上映時間が合わなかった。
「これでいい?」
「いいよ」
 二人で洋物のCGアニメ作品のチケットを買った。フルCGでレーシングカーが主人公の映画だ。
 順番に一人ずつ買ったのだけど、もくずは買うのにずいぶん時間がかかった。係りの人になにか見せて話をしているみたいだった。カードで支払えるか聞いていたのかもしれない。
 私は映画の内容にあまりこだわっていなかった。
 いや違う。明日もまた一日もくずに付き合うのを避けたかったのだ。だからその言い訳のために一緒に映画を見たという事実が出来れば何でも良かった。
 そんな気持ちで臨んだ映画だったのでストーリーには没頭できず、最初はただボーっとスクリーンを眺めていた。
 が、車が喋る話なんてもくずの人魚話とどっこいだと思っていたのだけど、なかなかどうして感動的なストーリー仕立てになっていてクライマックスシーンでは思わず目頭が熱くなった。
 なんとなく隣を見るともくずが、わんわん泣いていた。



(続)


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