『仮面のアクトレス』より
「私、先生の気に障ることもしたかな」
「……さあ」
ペタペタとスリッパの音をさせながら呟くように言った瞳子の言葉に、乃梨子は答える言葉を持たなかった。
ああ、ダメだ。
最近なんだか酷く涙脆くなってしまったような気がする。
瞳子には人の気に障るような行動を取っているという自覚があるのだろう。というよりは、むしろわざとそう振舞っているように見える。
だからこそ、そうと意図していない相手にもそう取られることは、不本意なのに違いない。
「私、先生の気に障ること『も』したかな」
それは偽らざる本音から出た言葉のように思えて。涙が出そうだった。
瞳子の味方になりたいけど、自分の立場で瞳子を庇えばかえって状況が悪化しかねないのはわかってる。
それでも、瞳子が頼ってくれたら誰とだって戦えるだろう。
それすら拒絶されて、何もできないでいる自分が歯痒くて、情けなかった。
どうしたらいいのかわからない。
なんでもソツなくこなすことがそれなりに自慢だった。けれどもそれは、大事なところで何の役にも立っていない。自分の無力さが腹立たしくさえある。
ああ、そうだ。一般生徒相手ならともかく、先生が相手なら何を遠慮することがある。もし瞳子にそのことで何か言う気なら、先生だって容赦はしない。むしろ先生相手なら遠慮なく戦ってやる。
いきなり泣きそうになったり燃え上がったりする自分を瞳子が怪訝そうに見ていることに気付きもせずに、乃梨子はちょっとした決意を固めるのだった。
もちろん、先生が意趣返しなんてことを考えるはずもなく、乃梨子の決意は空回りに終わったのだけれども。