【1763】 増殖する最終兵器  (まつのめ 2006-08-08 22:05:55)


 ※注意。不条理、虚無感、ブラック、セカイ系(?)






 とあるよく晴れた日の昼休み。
 薔薇の館で昼食をとっていた祐巳は、向かいで同じようにお弁当を広げている由乃さんに話し掛けた。
「由乃さん」
「ん?」
「わたし、爆弾になっちゃった」
 椅子からずり落ちそうになった由乃さんは、無言でガタガタと音を立てて、また座り直して何事も無かったようにまたお弁当に箸を伸ばした。
 なんだか無理に興味が無い振りをしているみたいにも見える。
 由乃さんは視線はお弁当に向けたまま言った。
「いつよ?」
「今朝。気が付いたらなってたの」
「ふうん」
 口に運んだご飯をもぐもぐと味わい、ごっくんと飲み込んだ後、また箸をお弁当にのばし、綺麗な造型のタコさんウインナーを一つ箸でつまんで口に放り込んだ。
 そして口をもごもごさせながらおもむろに箸を置いて手をテーブルの下にやり、ごそごそと何かを何か探している風に肩を動かした。
 そして、
「はい」
「なあに?」
 由乃さんが取り出したのは金色の懐中時計だった。でもプラスチック製で金色のメッキがいかにも安物っぽい。
「起爆装置」
「いらない」
「勝手に爆発されちゃかなわないわ。これが12時になるまで爆発しちゃダメだからね」
 祐巳は口を尖らして言った。
「信じてないでしょ?」
 由乃さんは時計を祐巳の前の置いてまたお弁当を味わうのに集中しはじめた。
 頬を膨らませて不満をアピールするも完璧に無視を決められて、祐巳は「ふぅ」とため息を一つ。
 まあいい。急いで信じてくれなくても。祐巳だって急なことで戸惑っているのだから。
 由乃さんのくれた『起爆装置』を摘まみ上げつつ言った。
「とにかくね、私もなったからには自分が何の爆弾だか知っておきたいんだ」
 爆弾といったら当然だけど爆発するのがお仕事だけど、どんな爆弾なのかしらないことにはおちおち爆発も出来ないというものだ。
「でも、爆弾ってどうやったら立派な爆発が出来るのかな……」
 窓の外に視線をやり、そう呟いた。
 ああ、いい天気。今日みたいな日は爆弾日和だ。よく晴れた空にきのこ雲が栄えそう。
「とりあえず、」
 由乃さんはなんだか詰まらなそうな口調で言った。
「小テストの予習でしょ」
「やっぱ信じてない」
 午後の授業の小テストが目の前の問題で、お弁当を食べ終わったらのんびり過ごすわけにはいかないのだ。いつもイケイケ青信号な由乃さんが妙に詰まらなそうにしているのはその辺も関係しているらしい。
 そのときだった。
「今、爆弾の話をしてたわよね? 祐巳さん?」
 その、ちょっと離れて乃梨子ちゃんと一緒にお弁当を食べていた志摩子さんが、いつのまにか食べかけのお弁当を手に祐巳の隣に立っていた。何が嬉しいのか向日葵みたいに微笑んで。
「え? う、うん」
 志摩子さんはお弁当を祐巳の隣の席に起き、椅子を引いて祐巳の方に向いて座り、目をキラキラ輝かせて言った。
「わたしも気づいていたわ。今日の祐巳さんは一味違うって」
「え? わかったの?」
「家がお寺だから判るのかしら?」
 いや、由乃さん、爆弾とお寺は関係ないでしょ?
 志摩子さんはテーブルの方に向いて座り直し、両手を胸の前で組んで回想するようにして言った。
「マリア像の前で瞳子ちゃんに無視されて、鬱積した感情に震えていた祐巳さんは昨日とは違う!」
 そして、目を見開いたかと思う上体ごと祐巳のほうを振り向いて続けた。
「今にも爆発しそうなきな臭い雰囲気に満ちていたわ!」
 ああ、やはり、わかる人にはわかるのだ。
 由乃さんも思い当たったかもしれないので訊いてみた。
「由乃さん、きな臭かった? 私?」
「鬱積してるとは思ったけど、っていうか、いつまで引っ張ってるの? あんた達」
 微妙にメタなことを言う由乃さんは置いといて。
「で、志摩子さん?」
「なあに?」
 志摩子さんはマリアさまみたいに微笑んで祐巳を見ていた。
「わたしってどんな爆弾なの?」
 祐巳のことを爆弾と見抜いた志摩子さんならきっと判るに違いない。
 そう思ったのだけど、志摩子さんはきっぱりこう言った。
「わからないわ」
 がっくし。
 志摩子さんでも判らないんだ。
 そんな祐巳の手を取って志摩子さんは言った。
「判らないなら、調べましょう?」
「協力してくれるの?」
「ええ、祐巳さんが立派な爆弾になれるように」
「あ、ありがとう」 


    δ


 お弁当を食べ終わって、祐巳達は校舎の屋上に向かった。
 由乃さんが「テストの予習は?」とか文句をいっていたけど、強引に道連れにした。
 ちなみに乃梨子ちゃんも一緒だ。
 祐巳は訊いた。
「なんで、屋上?」
「広いところの方が良いからよ。それに薔薇の館壊してはいけないでしょう?」
 よく判らない。
「何をするの?」
「そうね。まず祐巳さん、髪の毛を一本もらえるかしら?」
「え? いいけど」
 祐巳は前髪を一本つまんで「えいっ」引き抜いき、涙目のまま、それをつまんで志摩子さんに差し出した。
「ありがとう。頂くわ」
 志摩子さんは慎重に祐巳の髪の毛を指先でつまんで受け取ると、何処からか取り出した小石にくるくると巻きつけて結んだ。
 そして屋上の端っこ、フェンスの前まで歩いて行った。
 祐巳も由乃さんと乃梨子ちゃんと一緒にフェンスのところに並んだ。
 志摩子さんはちょっと振りかぶって小石をグランドに投げた。
 小石は放物線を描いて地面へと吸い込まれていって、地面についたかな? ってくらいのタイミングでピカッと光り、一瞬遅れてどーんという音が響いてきた。
 志摩子さんの投げた小石が落ちたところには灰色の煙が上がっていた。
「爆発したわ」
「爆発したね」
「うん爆発した……」
「すごい……」
 なるほど。髪の毛も爆弾なんだ。
「もしかして、全身これ、爆発物?」
 私がそう言うと、乃梨子ちゃんと由乃さんがずささっと屋上の反対側のフェンスまでさがった。
 志摩子さんは隣で微笑んでるけど。
「大丈夫よ。そんな簡単に爆発しないわ」
 志摩子さんがそういうと二人は恐る恐る戻ってきた。
 二人が話が聞こえる範囲に落ち着いてから。
 というかまだ祐巳から距離をおいてるんだけど。
 志摩子さんは言った。
「さっきの髪の毛が1ミリグラムだとして、祐巳さんの体重が、ごじゅ「わーっ!」」
「だめ。極秘事項!」
「わかったわ。じゃあ仮に40キログラムとしましょう」
 由乃さんのブーイングが聞こえるけど無視。
「さっきの爆発の四千万倍が祐巳さんの爆発力よ」
「ほえ?」
「ほら、校庭に穴が開いたでしょう?」
 見るとさっきの爆発のあとに目測で直径一メートル位の穴が出来ていた。
 近くに立っている生徒と比較してそのくらいだろう。
「あれが四千万発よ」
「想像がつかないよ」
「そうね。単純に直径1メートルの空間を破壊するとして、四千万倍の体積なら、乃梨子?」
「え? ええとゼロが7つだから百万かける四十として三乗根だから……」
 なにやら手帳を出して計算してる。っていうか三乗根なんて計算できるのか。
「直径340メートルくらい……です」
 あ、乃梨子ちゃんの血の気が引いた。
「高さもあるし熱量とか圧力を考えるとそんなものでは済まないと思うけど、単純に考えてもその範囲は跡形もなく吹き飛ぶわね。リリアン学園はそっくりクレータになるわ」
「おお! 凄い。それじゃ苦しむ暇もなくみんな消えちゃうね? それって良いかも」
「良いって……、祐巳さん、何かいやなことでもあった?」
 由乃さんがそんなことを言う。
 いいんだよ、もう爆発すれば全部なくなっちゃうんだから。
「ちょっと心配だったけどそれだけ爆発力があれば大丈夫だ。あとは起爆方法だね」
 そのとき志摩子さんがさらっと言った。
「わたしは心拍数が一定以上に早くなったら爆発するのだけど、祐巳さんはどうなのかしらね……」
「「ええ!?」」
 驚いたのは乃梨子ちゃんと由乃さん。
「し、志摩子さんも、ば、爆弾なの!?」
「あら、言ってなかったかしら?」
「聞いてないよ」
 そうか、志摩子さんも爆弾になったんだ。
「仲間だね?」
「ええ」
「じゃ、志摩子さんに起爆してもらえばいいや」
「それが、わたしはそんなに心拍数上がらないから難しいのよ」
 志摩子さんが憂いた顔をすると由乃さんが会話に割り込んできた。
「ちょ、ちょっと物騒な相談しないでちょうだい! 志摩子さんも冗談言うのはやめて」
「冗談じゃないわ」
「あ、そうだ。志摩子さんも髪の毛爆発させて見せたら?」
「ああ、それも良いかもしれないわ。でもわたしの場合髪の毛一本でこの校舎くらい吹き飛んでしまうから危ないわ」
 由乃さんと乃梨子ちゃんが走った。
「意味無いと思うわ。逃げるんだったら関東地方から離れなきゃだめよ」
 由乃さんと乃梨子ちゃん、立ち止まって振り向いた。
 顔が真っ青。変な顔。


    δ


「夏場は大変ね」
「うん、私結構汗かきだから。その点志摩子さんは殆ど汗かかないよね」
「ええ、私が汗をたらすと薔薇の館がなくなってしまうわ」
 とりあえず会議室に戻って来た。
「はあ、でも起爆の仕方がわからないや」
「でも祐巳さんが爆発できればわたしも誘爆できるわね」
 そういって微笑む志摩子さん。
 その向うで由乃さんと乃梨子ちゃんはなんか変な顔して笑ってる。
 ああ、あれって壊れ系?
 目が合った由乃さんが言った。
「祐巳さん、ば、爆発って怖くないの? 死んじゃうんでしょ?」
「だってみんな一緒に死んじゃうから関係ないよ」
「関係ないって、関係ない人まで巻き込んで、あなた平気なの?」
「だって爆弾だもん」
「死にたくない人だっているでしょ? っていうかみんなそうよ!」
「そうかな? みんなどこかで終わりにしたいって思ってるんじゃないかな? ねえ志摩子さん?」
 横で聞いていた志摩子さんは言った。
「そうね。社会に出れば最後、働けなくなるまで、働き続けて、先に夢も希望もない人が殆ど。こんな生活いつか終わりにする、なんて心のどこかで思っていても、結局現実に流されて人生を磨り減らして行くんだわ」
「……ちょっと、その女子高生らしからぬ人生に疲れ切ったリストラサラリーマンみたいな後ろ向きな意見はなに?」
「いいえ、由乃さん、私は爆弾よ?」
「だーかーらー」
「あっ!」
 そこでなにやら乃梨子ちゃんが気がついたように声をあげた。
「どうしたの? 乃梨子?」
「私も爆弾だ」
「ええ!?」
「乃梨子ちゃんも?」
「いま、なったみたい?」
「やった、仲間が増えたね」
 そのとき、ばーんとビスケット扉が開いた。
 そこには祥子さまと令さまが立っていた。
「話は聞いたわ!」
「同じく」
 立ち聞きしていたのだろうか?
「私たちも爆弾よ!」
「そうよ!」
 その時、由乃さんの顔が引きつった。
「わ、私は違うわよ!」
 そして逃げるように由乃さんは茶色い扉に向かった。
「あ、由乃!」
「由乃さん!」
 令さまの横を抜けていった由乃さんを祐巳は追いかけた。
「まって! そんなに急いだら……」
 だだだだと激しく階段を駆け下りていく由乃さんが見えた。
 そして階段の一番下の段で案の定、由乃さんは躓いてバランスを崩して、



 あっ。


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