ハラハラと木の葉が舞い落ちる秋の夕暮れ。
釣瓶落としとはよく言ったもので、あっという間に外の景色が薄暗くなる。
「あ……」
窓から差し込む微かな明りに、ふと目を覚ました。
どうやら寝入ってしまったらしい。
スイッチに手を伸ばし、室内の電灯を点せば。
白い壁と天井に覆われた、飾り気の無い病室が露になる。
無機質で色味の無い部屋は、只でさえ不安に揺れる心を、更にどん底に叩き落す。
「はぁ」
小さな溜息を一つ。
生まれた時から持っている心臓の病。
数日後に行われる予定の手術のため、かかりつけの病院に入院している。
でも、やっぱり手術は怖い。
心臓といえば、脳と同じく命に直結する重要な臓器であり、危険は殆ど無いと聞かされていても、やはり不安は隠せない。
コンコン。
震えようとする身体を宥めすかしていると、扉を叩くノックの音。
一瞬、身体がビクリと揺れる。
(一体誰だろう、看護婦さんかな?)
見舞いに来る人なんて、身内以外では思いつかないし、今日は既に一度来ているので、こんな時間に改めて来るとも思えない。
もちろんクラスメイトは全員、自分が入院していることを知っているが、病院までは教えていないので、担任の先生ならともかく、生徒が来るはずもない。
「はい」
小さく、掠れた返事ではあったが、きちんと聞こえていたようで、そっと扉が開けられた。
「ごきげんよう。お邪魔するよ」
そこに現れたのは、会いたくて会いたくて、仕方が無かった人。
支倉令だった。
「あ……」
「入院している人に言うのはなんだけど、元気にしてる?」
「……」
すぐには声を出せなかったけど、小さく頷くことは出来た。
日暮れにはイマイチそぐわないけど、爽やかな笑顔を見せられると、さっきまで感じていた不安な気持ちが、全て吹っ飛んで行くのがわかる。
「今日しか時間が取れなかったから、遅くなっちゃってゴメンね」
すまなさそうな顔で謝りながら、ベッドの横にあった椅子に座った令に、フルフルと首を振る。
一番会いたい人が来てくれたのに、相手の顔を見ることも、話すことも出来ず、ただ俯くだけ。
何か話そうと思っても、先週からずっと病院にいるので、話題になるものが全く無い。
無言のまま、いたずらに時間が過ぎ行くのみ。
「じゃぁ、次は手術の後になるけど、また来るよ。悪いけど、今日はもう帰るね」
ハッと顔を上げれば、優しく微笑む令の顔。
「手術、頑張ってね」
大きな手で、頭をポンポンと軽く叩いてくれた令は、激励の言葉を残して、静かに立ち去って行った。
「ありがとう令さん。僕、頑張るよ」
谷中少年は、閉じた扉の向こうを歩く令に、力強く誓ったのだった。