「ごきげんよう、遅くなりました」
「ごきげんよう」
乃梨子と瞳子がいつものように放課後の薔薇の館の扉を開けると、いつものようにお姉さま方が、いつものように出迎えてくれた。
「ごきげんよう、乃梨子。急がなくても良かったのよ」
「そうそう、祐巳さんは新聞部とマリア祭の話し合いで遅れるし、菜々はまだ掃除中らしいから」
「そうですか、お茶のお代わりはいかがですか?白薔薇さま、黄薔薇さま」
いつものように瞳子がお茶をいれて・・・。
なんだろう?この違和感。
瞳子は流しに行って、由乃さまと志摩子さんはそれぞれ本を読んで・・・。あれ?
「志摩子さん、もしかして、由乃さまと仲が悪いなんて事ないよね?」
「どうしたの、乃梨子ったら」
「おかしなことをおっしゃいますのね、乃梨子さん」
瞳子が四人分のカップをそれぞれの前に置いてくれる。ちょっと考えをまとめようと志摩子さんの横の椅子に座り、一口紅茶を口に含む。
「うん、前から妙な違和感があったんだけど、由乃さまと志摩子さんって他の人が居ない時に話をしているのを見たことがないんだ。先代の祥子さまや令さま、特に祐巳さまが居ないときって全然話をしなかったり。どうしてかな?って」
「言われてみると・・・」
ほら、瞳子だって心当たりあるでしょ?もしかして仲が悪いのかな?
「私と由乃さんは親友よ。ねぇ、由乃さん」
「そうね、親友・・・そしてライバルかな」
「あら、不可侵条約ではなかったかしら?」
不適な笑みを浮かべる由乃さまと、天使の微笑みで物騒なことをおっしゃる志摩子さん。訳も分からずに瞳子と顔を見合わせるのだった。
あれは卒業式の前日だっただろうか、放課後の薔薇の館で鳥居江利子さまと二人きりになった。
令ちゃんを挟んだライバル、そのライバルの顔も明日で見納めか、となんとなく感傷的な気分で居たら。
「ねぇ、由乃ちゃん。あなた最近よく笑うようになったわね。祐巳ちゃんのお蔭かしら?」
「えぇ、多分」
「そうよね、同学年同士仲が良いのはいいことだわ」
何が言いたいんだ?この凸は。同学年同士が仲が良いのは当たり前じゃないか。
「で・も。志摩子と一緒に居てもそんな笑顔はしないわね」
どきっ!そうだ、私は志摩子さんと話をすることさえほとんど無いのだ。というか、接点が無い。
病弱で人付き合いに距離を置いてきた私と、意図的に人付き合いを拒絶している志摩子さん。こんな二人がどうやって仲良くするというのか。
それに、自分は不幸ですって殻に閉じこもってる志摩子さんは、病気という逃げ道に逃げ込んでいた自分と重なり嫌いなのだ。
「くすっ。志摩子が嫌い?」
「えっ?」
「そんな顔してたわよ」
情けない、この凸に読まれていたとは。
「いいんじゃないの。嫌いだって言えるということは、相手を認めているということよ。認めたくも無い相手なら嫌いなんて感情も湧かないもの」
「そういうものですか」
「そういうもの。私と聖が仲良しに見える?」
「違うんですか?薔薇さま方は親友だと思っていたのですが」
「ぜ〜んぜん違うわよ。幼稚舎のころに殴り合いの喧嘩をやって、それ以来顔を合わせるのも嫌だったわ」
おいおい、黄薔薇さまと白薔薇さまが喧嘩してたなんて、リリアンかわら版が喜びそうなそんな話だれも知らなかったぞ。
「それがなんの腐れ縁か三薔薇さまと呼ばれるようになるし。不思議なものね。私はね、蓉子が居たから薔薇さまなんてつまらないものもやって行けたのよ。ものすごく一生懸命に努力してる蓉子。私の限界すらも努力で乗り越える姿は素敵だった。蓉子に親友と呼ばれるのが嬉しかった。でもね、その蓉子がいつも見ていたのは聖だったわ。だから聖が嫌い。嫌いなんだけど、蓉子に私と聖の二人とも同じ親友だって言われりゃ、認めざる得ないじゃない。だから親友にして恋敵、蓉子を挟んでね」
「はぁ・・・」
私は志摩子さんと喧嘩してるわけではないんだけど。たしかに、祐巳さんという親友を奪い合う関係かもしれない。親友である祐巳さんの親友の志摩子さん、親友にして恋敵、か。
ふふふふ、それも面白いかも。
「白薔薇には負けないようにね、黄薔薇の後継者さん」
バレンタインデートの後、お姉さまとの帰り道でふと。
「志摩子は年相応に泣けるようになったけど、怒ったり笑ったりしないね」
「えっと、いくら私でもそこまで無感情ではありませんが」
妙な言葉を口にされた。
「そうだね、祐巳ちゃんと一緒にいる時は笑うようになった。けどさ、由乃ちゃんと楽しげにしてる志摩子って見たことが無いんだけど」
それは、私が由乃さんの激しい感情に合わせるのが苦手だから。
人を嫌いになることは無いけれど、苦手な人というのはどうしても出来てしまう。
「まぁ、由乃ちゃんはある意味志摩子とは正反対の性格だから、馬が合わないのかもしれないけどね。それでもこれから続く長い腐れ縁、逃げるわけにもいかないよ。祐巳ちゃんが好きならね。由乃ちゃんに盗られないようにしないと」
それは嫌だ。祐巳さんだけは手放したくない。
「そうそう、そういう風に顔に出てると志摩子も可愛いんだけどね」
「からかわないでください、お姉さま」
「祐巳ちゃんと仲良くやっていくなら、由乃ちゃんと折り合いつけなきゃ。私と江利子みたいにさ」
白い歯を見せてニーっと笑うお姉さま。でも、お姉さまと江利子さまは親友だったのでは?
「私と江利子はね幼稚舎時代からずーっと喧嘩ばかりしてきたの。顔を見るのも嫌だったねー。それがさ、お互いつぼみの妹なんてものになるわ、蓉子がおせっかいを焼いて私や江利子に付き纏うわ、嫌でもなんとかやって行くしかないわけよ」
お姉さまと江利子さまがそんな関係だったなんて。
「蓉子のおせっかいは以外と気持ち良いもんでさ、色々あった私にとって無くてはならない存在なわけだけど、蓉子は江利子にもおせっかい焼くもんでそれが気に入らなくて・・・、まぁ蓉子の取り合いになるわけだ。蓉子はまったく気が付かないけど」
「それで仲直りを?」
「んー、休戦協定かな。江利子も蓉子が好きで、私も同じ。喧嘩して蓉子を悲しませるのはお互い避けたいもんだから、無期限休戦中ってところね」
あぁ、私も由乃さんと祐巳さんの一番の親友の座を巡って静かに争っているのだろうか。争いなんて主の教えに背くことなのに・・・・・・でも、私は祐巳さんの一番になりたい。
「志摩子は次代の白薔薇なんだから、黄薔薇なんかに負けないようにがんばりなさい」
「あの、由乃さま、志摩子さま、どういうことなのでしょう?」
うん、瞳子も分からないよね。志摩子さん、教えてよ。
「それはね・・・な・い・しょ。私達二人だけの秘密よ」
「そうね、これだけはその立場にならないと分からないことですもの。乃梨子と瞳子ちゃんには難しいと思うわ」
ちょ、ちょっと。志摩子さん?すごく珍しいんですけど、志摩子さんが私に隠し事なんて。
あーぁ、志摩子さんも頑固だから教えてくれないだろうなぁ。
「ごきげんよう。どうしたの?」
「お姉さま、すぐにお茶を用意しますわ」
「ん、ありがとう、瞳子。で、何の話?楽しそうだけど」
祐巳さま、良いところに来てくれました。二人の親友の祐巳さまなら聞き出せますよね?
「「私達が親友だって話よ」」
「なんだ、そんなことか。そこにはもちろん私も入れてもらえるんだよね?」
うわっ!祐巳さまあっさり信じ過ぎだってば。だめだこりゃ・・・って、ため息を吐いている私を無視して、由乃さまと志摩子さんは祐巳さまに駆け寄り、その手を両側から引っ張り合うように掴むとこう言った。
「「もちろん、祐巳さんは(私だけの)親友よ」」