【1801】 もしも祐巳が  (らくだ 2006-08-21 01:48:01)


黄薔薇革命もひと段落し、あとは二学期の期末テストを待つばかりとなった冬の事。
江利子は受験も控えている事だし、本来授業に集中しないといけない時期なのだが、どうしても一つの邪心を払うことが出来ないでいた。


―――もしも祐巳ちゃんが私の妹だったら―――


そう、もしも妹が祐巳ちゃんだったらまた違った楽しさがありそうで、最近暇さえあればそんな事を考えているのだ。
聖が夢中になるのも分かる。あのコロコロ変わる表情に、ぴよんぴよん跳ねるツインテールを眺めてるだけでなんだか和むのだ。
もうすぐテストに入る。テストが終われば冬休み。そして江利子も本格的に受験勉強に打ち込まなくてはならないだろう。
つまり、祐巳ちゃんを妹にするにはテスト前の今しかないという事だ。
(だったら今日しちゃえばいいじゃない)
という事で、江利子はついに授業そっちのけで今日の放課後のお茶会で、祐巳ちゃんを是が非でもゲットする作戦を立てだした。
成績上位の江利子が真面目にノートに何か書き込んでいれば、まず先生によそ事をしているのではないかという疑いはかけられなかった。これも日ごろの努力の賜物だろう。最も、努力した事なんてほとんどないのだけれど。
「よし」
完成。我ながら完璧な作戦だ。
今はまだ2限。放課後が待ち遠しくてしょうがない。


「ごきげんよう。あら?祥子だけ?」
「ごきげんよう黄薔薇様。今は私だけですわ」
「そう。丁度いいわ、相談があるんだけど」
「なんでしょう?」
髪を掻き分け、祥子は江利子に向き直った。
「祐巳ちゃん頂戴」
「はっ?」
よっぽど驚いたのか、祥子は目と口を大きく開いて少し上ずった声で反応した。
「だから、祐巳ちゃんを私に貸して頂戴」
「な、何故ですか?」
「祐巳ちゃんが可愛いから。一日でいいわ。私の妹としてレンタルさせてくれないかしら?」
「何を馬鹿な事おっしゃってるんですか。そんなの無理に決まってます!」
まぁそうなるだろう。でもこんなのは想定の範囲内。
江利子は今日考えた秘策1を繰り出すことにした。
「どうしても・・・駄目?私ももうあと期末テストを終えれば受験生になって受験勉強に本腰を入れないといけなくなるわ。そうしたらもう今みたいに祥子や皆とこうしてお茶会なるものを一緒に出来なくなるわね。残念だわ。私が自由でいられるのはもう今しかないのよ。だから、このリリアンに後悔を残したくないのよ。別に祥子から祐巳ちゃんを奪おうという気では無いのよ?私はただ、この去り行くリリアンを違った視野で、そして違った世界を味わってみたいだけなの。。私のわがままだっていうのは分かってるわ。でも、祥子さえよければ一日祐巳ちゃんを貸して欲しい。それだけなの」
さらにここで追い討ちとばかりに少し潤んだ瞳をしてみせた。
「・・・・・・まぁ、一日だけだったら・・・」
「本当に?」
ちょろいちょろい。いくら祥子でも、卒業生の最後のお願いには逆らえないだろう。
「ただし。祐巳がなんというかは分かりませんからね」
祥子は顔をしかめて悔しそうに言った。勿論これは、結果が読めているからであろう。
「えぇ!勿論その通りよ!」
これでもう祐巳ちゃんはゲットしたも同然だろう。
「ごきげんよう皆様」
そうこうしてるうちに、祐巳ちゃんと志摩子が入ってきた。
よし、最大の難敵が来る前にさっさと祐巳ちゃんも同意させるとするか。
「ねぇ祐巳ちゃん?」
「はい?何でしょう?」
ぴょこんぴょこん。今日も祐巳ちゃんのツインテールはぴょんぴょん跳ねている。
「お願いがあるんだけど。いいかしら?」
「はい。どうぞ?」
「私の妹にならない?」
「ふぇ?」
「一日でいいのよ。勿論祥子の許可も得てるわ。ねぇ?祥子?」
「えぇ・・・」
祥子はうつむいたまま返事した。それを聞いた祐巳ちゃんはどうしたらいいという感じで、さっそく百面相をしている。
その隣では顔色一つ変えず優雅にコーヒーをすする志摩子。
「何も気にしなくてよくてよ?祥子も祐巳ちゃんを嫌いになったとかじゃないの
。そうね、言うなら餞別という所かしら。去り行くお姉さまからの、最後のお願いだと思って聞き入れてくれないかしら?」
祐巳ちゃんはしばらく考える顔をし、その後祥子に目で合図を送った。
祥子は「仕方ないわ」という顔をし、祐巳ちゃんもそれに同意する形となり、敢え無く祐巳ちゃんの了承を得る事に成功した。
「いいこと?このことは蓉子や聖には秘密よ?」
それを言い終わった直後、残りのメンバーがぞろぞろ入ってきた。
ギリギリセーフというところだ。秘策をもっと考えておいたのだが使わずに済んだ。
最も、その秘策も蓉子相手には通用するかは不安だったから助かった。



「ごきげんよう黄薔薇様・・・じゃなくて江利子様」
「それも不正解。お姉さまでしょう?」
「さすがにそれは・・・」
祐巳ちゃんは周りをチラチラ見ながら言った。
「まぁいいわ。名前で簡便してあげる。さっ、いきましょう!」
校門で10分ほど待っただろうか。江利子の乗るバスとは反対方向のバスの中から、ゾロゾロと生徒が降りてきた。その中から祐巳ちゃん発見。
周りの生徒たちが、何事?という感じで皆こっちを見ているのだが、そんなものは無視して祐巳ちゃんの手を取り歩き出した。
「凄い視線を浴びてるような・・・」
「そりゃそうよ。本来私の妹は令で、貴方の姉は祥子なんだから。」
「はぁ」
「なーに?祐巳ちゃん?私が姉では不満なの?」
ため息をつく祐巳ちゃんに、江利子は足を止め向かい合い顔を近づけて言った。
「い、いえ!めっそうもございません!ただ、あまり注目されるのには慣れてなくってですね・・・」
「そう。時期に慣れるわ」
そういってまた祐巳ちゃんの手を取り歩き出した。


「ど、どういう事なの祐巳さん?ロ、黄薔薇様と一緒に登校してくるなんて!」
教室に入るや否や、桂さんが駆け寄ってきて聞いてきた。
それを見るや、クラスの皆もこっちをこっそり伺っている。
早速学校中の噂になってしまったようだ。
「ま、まぁ色々あって今日だけは江利子様の妹をしなくてはいけなくって・・・」
「色々って何?!」
桂さんは凄い勢いで聞き返してきた。そんな事言われても。
「あら祐巳さん。それに桂さんも。ごきげんよう」
「あ、志摩子さんごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
志摩子さんは同情するような笑みで
「祐巳さん。早速学校中の噂になってるわね」
「ええ。もう。こうして今も桂さんに尋問されてまして」
トホホ、とばかりに祐巳は答えた。
「なんだかよく分からないけど、祐巳さん自身困っているようだしこれ以上は聞かないでおくわ。ごめんなさいね、祐巳さん」
桂さんは祐巳に気を使ったのかはたまた冷めたからなのか、すんなり引いて、手でごめんってポーズを取って、他の友達の輪へと混ざって行った。
「どうなる事やら」
「頑張ってね。祐巳さん」
今回、唯一の被害者は間違いなく祐巳だろう。


「どういう事なの江利子」
「なんのこと?」
「しらばっくれないで、祐巳ちゃんの事よ」
「あぁ。今日は祐巳ちゃんが私の妹なのよ」
「あぁ。じゃないわよ。一体何を考えてるの?」
「別に。ただ楽しそうだったから?そんなに悪い事かしら?」
蓉子の尋問に対し、予想通りと相手にしない感じで答える江利子に、蓉子は痺れを切らして今にも怒鳴ろうかというときに
「まぁいいじゃない。聞くところによると、祥子も祐巳ちゃんも了承してるみたいだし。一日ぐらい変わってみるのもいいんじゃない?」
蓉子の肩に手を置き、ニコニコ笑って聖が割り込んで来た。
「あら?よく分かってるじゃない。次は聖がやってみるといいわ」
「言われなくてもそのつもりだよん。江利子も突拍子も無い事思いつくんだから」
笑い転げる聖と江利子。その姿を見て、蓉子は怒りを通り越して呆れた表情に変わり、「もう好きにしなさい」とぼそりと二人につげ、いそいそと自分の教室へと帰っていった。



「令!ちょっといいかしら?」
「なーに祥子?」
祥子は令を廊下の隅まで呼び寄せて話し出した。
「江利子様のことよ。令は平気なわけ?」
「あぁ。祐巳ちゃんのやつ?まぁお姉さまがそうしたいなら仕方ないわ」
「貴方江利子様の妹でしょう?もっとなんとか言ってやったらどうなの?」
「そういう祥子は何も言わなかったわけ?」
「そ、それは」
「一緒よ。私が何言っても無駄。お姉さまがやる気になったら、もう誰が何言っても無駄なんだからさ。私だって複雑なのよ。でもまぁ相手は祐巳ちゃんだし、一日ぐらいお姉さまが楽しめるなら黙って見ておくのもいいでしょ」
じゃ、もう授業始まるから。と令は立ち去っていった。
呆然と立ち尽くす祥子。妹の令がお願いしたら江利子様も考えを改めると思ったのだが、見事に当てが外れてしまった。


やっと昼休み。今日は周りの注目の的と成ってしまった祐巳は、新聞部の恐れもあるしそそくさと薔薇の館へと非難することにした。が、
「祐〜巳ちゃ〜ん!お弁当食べましょう!」
一足早く江利子様は祐巳の教室へやってきた。
「あ、あはは」
祐巳はもうただ笑うしかなかった。


祐巳ちゃんの手を引っ張って廊下を歩く。周りの一年生達が皆こちらを見ている。
今日は気分がいいので、サービスに手を振ってあげた。
恥ずかしがって隠れる子や、嬉しそうに手を振り替えしてくる子と色々いてなんだか楽しい。
「あの、江利子様・・・?結局どちらへ?」
「そうね、中庭でいただきましょう」
そうして、祐巳ちゃんと一緒にランチを頂くこととなった。
食べながら、祐巳ちゃんは家の事や弟の事、それから祥子との近況なんかを話してくれた。
二つ下の可愛い女の子と二人でランチをするなんて始めてだ。何もかもが新鮮で、なんだか晴れ晴れな気分になった。
でも妹を持ったという感覚とは何か違う。
「今日は楽しかったわ。ありがとうね祐巳ちゃん。」
「いえ、こちらこそ」
最初は祐巳ちゃんは笑っても引きつっていたのだけれど、今では満面の笑みで返してくれる。
「でもよく分かったわ。私の妹はやっぱり令以外にはありえないって。」
「はぁ」
「ごめんなさいね、勝手ばかり言って。別に祐巳ちゃんといるのが苦痛とかそういうわけじゃないの。ただ、やっぱり上手くいえないのだけれど、私の妹は令しかいないのよ。こうして祐巳ちゃんと一緒に行動しても、やっぱりそれは可愛い後輩でしかなくて。そうね、祐巳ちゃんもそうなんじゃない?貴方のお姉さまはやっぱり祥子だけでしょう?」
「はい。そうですね・・・」
そうなのだ。やっぱりこうして別の子と仮初の姉妹になっても、本当の姉妹ほど強い繋がりは生まれやしないのだ。
「お互いさらなる姉妹愛に気づけたって事で、今回は良しって事にしましょうか」
「あはは。そうですね。でもですね、私もこうして初めて江利子様と一緒に行動して今思えば随分楽しめましたよ」
「あら。嬉しい事言ってくれるじゃない」
江利子は笑いながら祐巳ちゃんの頭をなでてあげた。
「よし。それじゃあ教室へ帰りましょうか」

教室へ帰る最中、江利子はちょっと令に悪い事したかな?と思い、今日は久々に一緒に帰ってあげようと思った。というか、令と一緒に帰りたい。
残り少ない時間、江利子は彼女にとって素敵なお姉さまでいれるよう心に決めた。
令の事が大好きでしょうがないのだから。



それにしても、由乃ちゃんが手術明けで学校休んでいて助かった。
由乃ちゃん対策はいくら考えてもきっと出て来ないだろうから。


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