ガザ。
表現し難い嫌な音が、右耳の奥から聞こえてくる。
こめかみ辺りを手の平で叩いても、何かが耳の奥で蟠るような感覚は、消えることがない。
ガザ。
再び、表現し難い嫌な音が、右耳の奥から聞こえてくる。
意を決して、小指を右耳に突っ込んでみても、当然奥には届かない。
ガザ。
「あー、もう!?」
我慢の限界に達したみたいで、テーブルを叩きながら立ち上がり、とうとう叫んでしまった白薔薇のつぼみ二条乃梨子。
本日最後の授業が水泳だったので、放課後にも関らず、若干髪が濡れていた。
「乃梨子、どうしたの?」
きょとんとした表情で、隣の席から乃梨子に問い掛けたのは、彼女の姉である白薔薇さま藤堂志摩子。
ここ、薔薇の館二階会議室には、志摩子のみならず、山百合会の同僚、上は薔薇さまから下は助っ人まで、現状におけるフルメンバーが一同に会している状態だった。
「え? あ、ごめんなさい。いえ、水泳の授業の時に、耳に水が入っちゃって」
眉を顰めつつ、耳に蓋をしながらパクパクさせている。
「そのせいか、ガサガサとうるさくって」
「あー、困るよねアレって」
納得とばかりに、相槌を打つ黄薔薇さま支倉令。
「温かいところに耳を当ててると、自然に取れるはずだけど」
「今は温かいどころか、熱いところしかないんですよ」
はっきり言って、この夏は異常に暑い。
耳を当てられるほどの程よい温度の場所なんて、プール周りですら皆無に等しい。
「跳んでみたらどうかしら?」
紅薔薇さま小笠原祥子が、恐らくは一番無難な方法を提案する。
「思いの他頑固でして、何度も試したんですがダメでした」
もっとも、乃梨子が既に試していないわけがなく、あっさりと否定した。
「仕方がないわね」
軽く鼻で息を吐きながら、カバンをガサゴソと漁り始めた志摩子。
シンプルな小物入れを取り出し、中から取り出した物。
それは、綿棒だった。
「いらっしゃい、乃梨子」
自身の太股をぽんぽんと叩きながら、乃梨子を誘う志摩子。
「うぇ? あの、いやその、自分で、そう自分で出来ます」
「いいからいらっしゃい」
顔は微笑んでいるが、有無を言わせない雰囲気に、流石の乃梨子も逆らえない。
言われた通り、志摩子の太股に頭を乗せた。
フッ。
「うひゃぁ!?」
耳に息を吹きかけられ、思わず起き上がってしまった乃梨子。
「何するですか!?」
混乱しているみたいで、言葉使いが変になってる。
「あら、ごめんなさい。ほら、もう一度」
再び頭を乗せた乃梨子の耳たぶを軽くつまみながら、耳に綿棒を入れる志摩子。
「にゃ!?」
「動かないで」
「そう言われても……、あにゃ!?」
くすぐったい感触に、変な声しか出てこない。
母親に耳掃除してもらうのとはまったく違った感覚に、乃梨子は始終悶えっぱなし。
「やぁん!?」
「むはぁ!?」
「あん!? ……あ?」
ようやく奥の何か、と言ってもただの水だが、が取れた。
「取れた?」
「はい、やっと」
「そう、良かった」
なんとなく勿体無くて、もうしばらくこのままで居たいかなと思いつつも、周りの視線が痛いので、仕方が無く身を起こした乃梨子。
祐巳と由乃は乃梨子を羨ましそうに見ており、瞳子と可南子はニヤニヤと嫌な笑み。
「どうしたの乃梨子? 顔が赤いわ」
「ん〜、えーとね志……お姉さま。多分同じ状況を体験すれば、私の気持ちが分かると思います」
「どういうこと?」
小首を傾げて、不思議そうな顔をする志摩子。
「ついでですから、お姉さまの耳も掃除してあげます。どうぞ」
「え? でも……」
いつに無く迫力のある乃梨子の眼力に、何故か逆らうことを躊躇った志摩子は、少し気恥ずかしい面持ちで、乃梨子の太股に頭を乗せた。
こうして、志摩子の色っぽくかつ艶かしい喘ぎ声を聞いた同僚たちは、いたたまれなくなって早々にお開きにしたのは言うまでもない。