【1807】 雪だるまと江利子さま  (クリス・ベノワっち 2006-08-24 01:05:40)


「うわー、すごいすごい、真っ白ー」
昨日から降り続いた雪は今朝にはもう止んでいたけれど、それでも地面を覆うには充分だった。由乃は部屋の窓を開け庭を見下ろすと、足跡一つない綺麗な白が広がっていた。
「あーもう、何でこーゆー日にいないかな令ちゃんは」
受験する大学の下見に出かけた令ちゃん。おかげでせっかくの日曜日、しかも庭には新雪が積もっているというのに私は一人ぼっちだ。令ちゃんがいれば雪合戦して、『かまくら』つくって、その中でココアなんか飲んだりして、まぁ充実した一日を過ごせるはずだったのに。
「何しよう・・今日」
この雪を見た後では部屋で読書は有り得ない、外出したって一人で何をしたらいいのって感じするし。
「・・・令ちゃんの馬鹿」
考えていてもしかたない、とりあえずは1階に下りて遅めの朝食を取ることにした。

朝食をとり終えると玄関のチャイムが鳴った。令ちゃんにしては早いなと思いつつ玄関の戸を開けると、
「はい、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、そしてご機嫌よう」
会った時にも、別れるときにも使える挨拶って便利だな、と由乃は開けかけたドアをすぐに閉めようと、
「ふぬぅっっ!」
鼻息を荒げドアをがっしり掴む江利子さま。・・・ちっ、しぶとい。
「何の御用でしょう、江利子さま」
しぶしぶ相手をする私に、何事も無かったかのように本題を切り出す江利子さま。
「遊びましょ?」
「・・・はい?」

「何してるんだろ、私」
「何、って雪だるま作っているんじゃない」
楽しそうに雪だまをコロコロ転がして雪だるまの胴体部分作成中の江利子さま。
「いえ、そーいう事ではなく」
「いいから作りなさい」
「・・・はい」

10分後、いいかげん飽きてきた。雪だまは腰ぐらいの大きさにまでなっていたが、江利子さまが一向に頭部分に掛からないので、由乃も胴体を大きくしつづけていた。だって負けるのくやしいじゃない。
由乃に背中を見せ、子供の様に雪だま転がす江利子さま。・・・無防備だ。由乃の心の中の悪魔が囁く。
「・・・てやっ」
小さい掛け声と共に手のひらサイズの雪だまが宙を飛び、江利子さまの背中ではじける。
にっこり笑う私。にっこり笑い返す江利子さま。そして・・・

「逃げるな由乃ぉ!」
とても楽しそうにニコニコ笑う江利子さまの手から、雪だまがうなりをあげて飛んで来る、ちょ、まって、洒落になんない。
「か、加減しなさいよバカ凸!」
「あはははは、楽しいわね由乃ちゃん」
聞いちゃいない、観念した私は応戦する事にした。だってホラ攻撃は最大の防『ゴスッ』
「あったりーぃ」
手を叩いて喜ぶ江利子さまと、顔面に雪だまをくらってくず折れる私。
「・・・・・」
「あら由乃ちゃん降参かしら」
「・・・・・ふっふっふっふ、そこを動くな江利子ぉー!」
雪だまを両手に突進していく私に江利子さまは満足そうに返す。
「そうこなくっちゃ」

「・・・由乃ちゃん、意外としぶといわね」
「・・・江利子さまこそ、年の割に動けますね」
肩で息をしながらへらず口を返すが、お互いにもう体力の限界が近い。どうしたら決着をつけれるかと辺りを見まわすと、直径60cmくらいの雪だまを見つけた。作りかけだったアレだ。私がソレを持ち上げて振り返ると、同じようにバカでかいのを掲げた江利子さまがいた。
「考える事は一緒のようね」
「江利子さま、大丈夫なんですか。そんな重いものもつとギックリ腰になりますよ」
お互いにジリジリと距離をつめる。武器が重過ぎて投げれないのだ。やがて二人は一メートルの距離を置いて止まる。そして空を飛ぶ二つの大玉。それと轟く地響き。そして沈黙。

「空が高いわね・・・」
大の字で地面に仰向けになっている江利子さま。江利子さまの上には雪の塊があり、起き上がるのは無理っぽい。
「冬だからですよ・・・寒くて天気のいい日はそう感じるらしいですよ」
江利子さまの隣で仰向けの私。まぁ状況は似たりよったりだ。
「ふぅん」
空をじっと眺めつつ返す江利子さま。その顔は真顔に戻っていて、さっきまではしゃいでいたのがまるで嘘のようだった。真剣な眼差しで空を見つづける江利子さまの横顔に魅せられ、しばらく黙って江利子さまを眺めていると、空に向かって小さく笑ったかと思うとこちらをゆっくり向く。
「由乃ちゃん、今日はありがとう」
キュッと私の手を握りながら言う。今までそんな弱さを見たことが無かった私は、少しドギマギしたけれど、素直に返す事が出来たと思う。
「私も楽しかったです」

江利子さまに何かあったのかはわからないし、本当に遊びたかっただけなのかもしれない。でも今は何も聞かない事が正解なんだって、きっとそう思う。だから私達は黙って空を眺める。手を繋いでスールのように寄り添い、高い高い空を見つめ続ける。




ーーおまけーー
※依然として雪だまにつぶされ起き上がれない二人

「・・・雪が降ってきたわね」
「・・・冬ですからね」
「・・・」
「・・・」
「由乃ちゃん、ご両親は・・?」
「旅行中です」
「・・・そう」
「・・・」
「令、まだかしら・・」


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