久々に原点回帰のイニGシリーズ。
【No:1779】ラストシーンと、ROM人さまのコメントに触発されて書いてみました。
「どういうことなのよ…ありえないわ」
島津由乃は眉間にシワを寄せ、腕組みをして考え込んだ。
それほど散らかっているわけでもない、むしろ女子高生の部屋とは思えないほど
殺風景で片付いているこの部屋に、どうして『それ』がいるのか。
「どこかから迷い込んできたのかしら…」
その問いの答えは部屋の中から聞こえた。
『迷う?私たちはここにずっと住んでいたのよ』
「ああ、そうなの…って、誰なの!?」
『ここよ』
声のするほうを見ると、机近くの壁にGがへばりついている。
「ひ…ひっ…」
『落ち着きなさいよ、まだ何もしてないでしょ?』
「これが落ち着いていられますか!だいたいあんたどうして私の部屋なんかに来るのよ!」
由乃は叫ぶ。
しかしGはそれに答えることなく、どこかへと消えてしまった。
『間違いない…以前パチンコショットで私たちの仲間を殺したあの女です』
『偵察ご苦労さま。それで?私たちが生きられそうな環境は整っていたかしら?』
『あいにくとそれらしいものは存在しないようで…どうにも片付き過ぎていて、
とても落ち着いては暮らせません』
『餌になりそうなものもなく、温度湿度も私たちの生存には向かない、というわけね』
『そういうことです女王様、ここを我々の拠点にするのは無理があるかと』
『あら、別にこの部屋でなくてもいいじゃない?普段はこの家の冷蔵庫あたりに潜んでおいて、何かの拍子に驚かせてやれば?
それを何度も繰り返せば、たとえ人間界最強レベルの兵士でも堪えるはずよ』
『女王様、ずいぶんと強気ですね』
『勝算大有りだからよ。この女は突発的な戦闘には強いけれど、持久戦には弱いから。
私もこの部屋に時々訪れて観察していたけれど、勢いだけで進んでしまうから、あとが持たないの。で、何かあると"令ちゃんのバカ!"で終わり』
『ずいぶん細かく観察してますね…』
『当たり前でしょ。私もだてにGの女王やってないわよ』
『ではそこを一気に攻めれば…』
『島津家での新たな拠点構築は可能よ。ベッド下は盲点だろうし、あそこには適度な暗闇と餌になるホコリやハウスダストもある。
忘れないでね、私たちは雑食性なのよ』
…なんか嫌な会話が聞こえてきたが、それを「疲れたせいね」と強引に結論を出し、
由乃はそのまま眠ってしまった。
翌日由乃の話を聞いた山百合会メンバーは表情を変えた。
「由乃さま…すぐミッションを発動しなければ、大変なことになりますよ。
岡本家や安西家の例もあることですし」
乃梨子は断言した。
そのあとをちあきが受ける。
「乃梨子さまのおっしゃるとおりです…特に『持久戦には弱い』のくだりなど、
これほど的確に由乃さまを分析しているとは驚きです」
「まさかうちがミッションの舞台になるなんてね…」
ふだんのイケイケからは想像もつかないほどしおれているのは、眠ったあとも聞こえてくるガサガサという音のせい。
そのおかげで寝不足なのだ。
「どうなさいますか?すべては由乃さましだいですが」
ちあきの最終尋問。
言外に「絶対にノーとは言わせない」という強い意志を見てとったのか、
由乃はついに決断した。
「…分かった。発動するよ」
ちあきは表情を和らげてうなずくと、恒例のミッション・コールを発した。
『今回のミッションは、島津家におけるG軍団の拠点構築阻止!
全員個々の役割を完璧に果たせ!』
『ラジャー!』
「と、意気込んではみたものの…これが普通の女子高生の部屋とは、
とても思えないのよね」
祐巳は素朴な疑問を口にした。
無理もない。
まずこのインテリアの色合い。
白一色の壁の下半分はダークブラウンの木の板でコーディネートされている。
カーテンは薄い黄色地に、濃い黄色と緑のチェック柄。
部屋にある家具は、ミニコンポにベッドに小さなテーブル、そして本棚。
それ以外には何もない。
それに壁にも絵の1枚もかかっていない、まさに殺風景を地で行く部屋。
先ほどのG軍団の分析どおり、片付き過ぎて逆に居心地が悪そうにも思えるが、
本人は気にはしていないらしい。
「確かに掃除のしがいはなさそうな部屋よね」
志摩子はのんびりした口調で付け加えた。
現に、主だった部分の掃除はわずか20分ほどで終わってしまったのだ。
その傍らで祐巳は厳しい顔をしている。
「どうしたの?祐巳さん」
由乃の問いに、祐巳は答えることはなかった。
先ほどから部屋の片隅をじっと見つめたまま、まったく動こうとしないのだ。
「祐巳さん?」
志摩子もさすがに心配になってきた。
普段は厳しい表情など見せることのない祐巳が、身じろぎもせず憤怒の形相でいるのだから。
「…出てきなさい。私たちは逃げも隠れもしないわ」
やがて1匹のGが、意を決したように現れた。
『また私たちの邪魔をしにきたのかしら?いい加減に懲りたらどうなのよ』
祐巳はその挑発を鼻であしらった。
「おあいにくさま、これでも私ってば頑固者だから…あんたたちのたくらみを確実につぶすまでは逃げたくないのよ」
『あきれた意地っ張りね、あなたも…そんなふうに言っていられるのは、今のうちだけよ』
言い終わるとGは配下の軍団を引き連れて、祐巳たちに対峙した。
『全軍出撃!』
「くらえ、怒りのパチンコショット!」
正義のパチンコ玉がG軍団を確実にしとめていく。
『おのれ、こしゃくな〜!』
Gたちは集団で由乃に襲い掛かり、体中を我が物顔に這い回る。
「ぎゃ〜っ!」
あまりの驚きとショックで腰を抜かしかけた由乃に、救いの手が差し伸べられた。
「蜘蛛の網(スパイダーズ・ネット)!」
由乃に群がっていたG軍団を一網打尽にした網。
その技の使い手は、最近力をつけてきた菜々。
「菜々…あんたいつの間にそんな技を…」
菜々は不敵な笑みを見せた。
「由乃さまには分からない場所で、私もいろいろとやっているんです」
育ちのせいかプライドが高く意地っ張りなところがある由乃は、
なかなかその一言が口に出せない。
「…一度しか言わないから」
由乃は耳まで真っ赤にしつつ、小さな声で言った。
「…ありがとう」
『ええい、何をしておる!支倉家からの援軍はまだか!』
『それが…全員トラップに捕まって、身動きできる状況ではないと連絡が…!』
『あの役立たずどもめ…こうなったら我々だけで勝負だ!』
G軍団の攻撃はさらに激しくなり、部屋中を縦横無尽に飛び回っては、
容赦なくミッションを襲撃する。
「いやぁぁぁぁっ!」
美咲が甲高い悲鳴を上げる。
その指先を、Gは渾身の力で食いちぎろうとしていた。
「美咲ちゃん、大丈夫!?」
持っていた強力ゴムでGを払い落とすと、祐巳は指令を出した。
「美咲ちゃんをいったん下がらせて!指をケガしてる」
「了解!」
菜々に連れられて別室に下がる美咲の姿が目に入る。
祐巳の怒りはその瞬間、頂点に達した。
「あんたたち、よほど私を怒らせたいんだね…分かったよ。
私たちの本気を見るがいい…」
激しい怒りの念をこめて、インセンスに火をつけ、そして吹き消す。
あたりに広がる、聖なる煙。
呪文詠唱が始まった。
『今やこの戦いの勝利は我らにあり…
この煙の立つところ、正義が必ず支配し、悪しきたくらみは無に帰する…
神聖薫香竜巻(ホーリー・インセンス・トルネード)!』
白い煙は強烈な竜巻となって、G軍団すべてを大気の彼方へ吹き飛ばした。
「祐巳さん、そしてみんな、ありがとう…ひっ」
そのとき由乃が見た祐巳は。
血走った目に、つりあがる眉。
真一文字に結ばれた口元に、かすかに震える両手。
先ほどまでの戦いの余韻が残る、壮絶な形相で立ち尽くしていた。
『これで終わりだと思わないでね。私たちは不死身だから』
戦いのあとの空間に、敵の最後の言葉が響いた。
「祐巳さま…大丈夫ですか?」
指のケガを治療してもらった美咲が、祐巳を気遣う。
「私は平気よ…美咲ちゃんこそ、大丈夫なの?」
美咲は祐巳の異変を鋭く感じ取った。
声にまったく抑揚がなく、感情がこもっていないのだ。
「祐巳さま!」
悲痛な声で叫び、祐巳の肩を揺さぶる美咲。
「お願いです、戻ってきてください!」
しかし祐巳は美咲の言葉に返事をすることなく、そのまま床にくずおれた。
「祐巳さま!祐巳さま!」
祐巳の体を抱きしめ、美咲は必死にその名前を呼ぶが、反応はない。
「志摩子さま、救急車を早く!」
志摩子は階下へ急いで降りていった。
病院での診察の結果、急激なストレスと疲労による一時的なものと診断され、
ミッションメンバーは胸をなでおろした。
「ごめんね、心配させて…」
「祐巳さま、お願いですからあまり熱くならないでください。
毎回倒れていたのでは身が持ちませんよ?」
ちあきはため息をつきながら忠告した。
しかしそれを一笑に付してしまう祐巳。
「あら、この間『なんなのこの家庭科のテストは!』って智子ちゃんや美咲ちゃんを追い回していたのは誰?
2人がメールで言ってきたよ、『何とかしてください!』って」
「祐巳さま〜…」
「熱いのはお互い様だよね?」
有無を言わさぬ笑顔。
(ねえ…祐巳さん、なんか変わったよね)
(もしかして逆らったらミッションから追放?)
どうやら祐巳がいる限り、ミッションは安泰…かもしれない。