【1814】 祐巳ちゃんはぷにぷに眠れる森の美狸  (朝生行幸 2006-08-29 23:22:17)


「あっはっはっは」
「くすくすくす」

 日付が変わるまであと数十分といった時間、リビングのテレビの前では、福沢姉弟がバラエティ番組を見ながら、笑い声を上げていた。

「だっはっはっは」
「うふふふふふふ」

 弟の福沢祐麒─花寺学院生徒会長─は、腹を抱えて大声で笑い、姉の福沢祐巳─リリアン女学園高等部生徒会役員─は、口元に手を添えて笑っている。

「わはははは」
「はは………」

「うはーははは…は………?」
「………」

 姉の笑い声が途絶えたことに気付いた祐麒は、彼女の方をそっと見やると。
「すー…くー………」
 いつの間にやら、寝息を立てていた。
「おい、祐巳」
「くー」
「祐巳ってば」
「すー」
 何度呼びかけても、一向に目を覚まさない。
 それもそのはず、何故だか祐巳は、暢気なのか図太いのかは分からないが、一度眠りに付くと、なかなか目を覚まさないのだ。
「おーい、こんな所で寝ると風邪ひくぞ?」
 無駄とは知りつつも、姉想いの祐麒は、声をかけずにいられない。
 寝入っている祐巳の顔はとても幸せそうで、ほのかに想いを寄せている祐麒からすれば、何時までも見ていたい気になるが、そこは姉と弟という関係、血の繋がりが彼を現実へと引き戻す。
「仕方がないな。部屋に運んでやるか」
 細身なのに肉感的で、ぷにぷにと柔らかく良い匂いがする祐巳を、若干頬を赤らめつつドギマギしながら彼女の身体に手を回し、お姫様抱っこの形で抱え上げた。
「う…ん………」
 祐巳の首が動き、祐麒の肩にもたれかかる形になり、彼女が吐く息が、胸の辺りに暖かい感覚をもたらした。
 そのせいか、さらに祐麒の動悸が早くなる。
 このままでいると、理性が吹っ飛んでしまいそうだ。
 惜しいと思う気持ちと、早く彼女を運ばなければという気持ちがせめぎあい、焦っているのに脚はゆっくりとしか動かないという、矛盾した状態に陥っていた。

 祐巳を抱っこしたままリビングを出たところで、
「祐麒!?」
「父さん!?」
 父の祐一郎が、姿を現した。
「なななななな何をしているのかね!?」
「なななななな何をって………。ゆゆゆゆ祐巳が寝ちまったから、へへへ部屋まで運んでやろうと思って」
 なぜかお互いに動揺している、変な親子。
「ふぅ、なんだそうか。いやてっきり、祐巳ちゃんをだな、お前が………」
「父さんは俺をなんだと思ってるんだ?」
 露骨に安堵している父を、ジト目で見やる祐麒。
「はっはっは、いやそのまぁなんだ。どうだ、父さんが代わってやろうか」
「いやいや、こんな機会は滅多にないからね。いくら父さんでもダメだよ」
 本音を漏らしつつ祐麒は、祐巳を守るように腕に力を入れて抱き締めた。
「そう言わずに、父さんと代わりなさい」
「ダメだってば。祐巳は、俺が運んでやるんだから」
 なんだか鼻息が荒く、目の色が変わっている父の言動に危機感を覚えた祐麒は、背を向けて、少しでも祐巳を遠ざけようとした。
「ととととと父さんと代わりなさい!?」
「だだだだダメだって!」
 慌てて逃げようとしたが、祐一郎は肩を掴んで引き寄せようとした。
「祐巳ちゃんを………」
「だからダメって………」

 ゴト。

『あ』
 手元が疎かになったのか、祐麒の手を離れてしまった祐巳は、万有引力に些かも逆らうことなく、廊下に音を立てて落っこちた。
「すー…くー………」
 結構鈍く大きな音がしたというのに、変わらず寝息を立てる祐巳に、呆れて正気に戻った祐麒と祐一郎。
「まーその、なんだ。………任せた」
「………うん」
 頭を振り振り去って行く父の背中を見ながら、祐巳を抱え直した祐麒は、そのまま真っ直ぐ彼女の部屋に運ぶと、ベッドに横たえ、布団を掛けて、姉の部屋を後にした。

「むぅ、親父の気持ちは分からんでもないけど、ちょっとあれは異常だったよな………」
 でも、会話中に微かなアルコール臭がしたことから、酔っていたのかもしれない。
「どっちにしろ、要注意ってことかな………」
 父に対する不信感を抱きながら、自室のベッドの上、自分を差し置いて、警戒心を露にする祐麒だった。


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