『桜の季節に揺れて』
【No:1746】act1〜act2
【No:1750】act3〜act4
【No:1756】act5〜act6
【No:1761】act7
【No:1775】act8
【No:1799】act9〜act10
【No:1823】act11
act.12 魔女と人魚
○月○日 学校
陸の世界には学校というものがあります。
そこには同じ歳の子供が集められていて、
価値ある人間と価値の無い人間が選別されます。
私は人間の振りをしている人魚なのでどちらの振りもできますが、
とりあえず価値の無い人間の振りをしています。
本当に人魚だとばれてしまってはいけないのでその方が都合が良いのです。
−−−−
先入観を持たないで付き合って欲しかったから、志摩子さんは学園長に虐待の話とかを口止めされていたそうだ。
学園長の話を志摩子さんから伝え聞いた。
もくずは、私と付き合った、たった一週間あまりで劇的に変化したそうだ。
それまでもくずは殆どコミュニケーションを拒否した態度で、話をしても聞いているのか判らないような受け答えしかしなかった。
なのに、先日の騒ぎで呼び出して話を聞いて、学園長は、これが同一人物かと目と耳を疑ったそうだ。
もくずは非常に理性的に自分を分析していて、言われたからでなく、はっきりと意志を持ってクラスメイトと喧嘩したことを素直に謝ったそうだ。そのとき学園長の目の前には何の問題も無い、むしろ知性的で優秀な一生徒がいた。
学園長は私ともくずのめぐり合わせを神さまに感謝したそうだ。
それがそう呼べるものなか私には判らないが、シスター上村はそれを『奇跡』と形容したという。
−−−−
○月○日 学校の魔女
私の通っている学校には魔女が居ます。
彼女はまだ新米の魔女です。
だからあまり魔法がつかえない
でも油断できません。
彼女は私が人魚だと見破ってしまいました。
−−−−
もくずは私のことを気にしていたそうだ。
いつか、もくずが私を傷つけてしまうかもしれないと恐れていたらしい。
私の前では決して過去の話をせずに、人魚の作り話ばかりしていたのは、もくずの過去が私を傷つけてしまうことを恐れていたからなのかもしれない。
果たして本当に私はもくずに好かれていたのだろうか?
それは私には判らない。
もくずから真摯に言われたことといえば、私が「友達になりたいの?」と聞いたときの、「なりたい」という答えだけだった。
もしかしたら、私が側にいたことで、もくずに余計な苦しみ与えていたのかもしれなかった。
−−−−
○月○日 怪獣
人間はどうしようもないことがあると怪獣になることがあります。
怪獣は暴れることしかしません。
暴れて周りのものを破壊しつくします。
どうしようもないことでなるから、
怪獣が暴れるのもどうしようもないんです。
−−−−
帰ってすぐ、もくずに電話をしたけど繋がらなかった。
携帯の電源が切れているようだった。
夕方、志摩子さんから連絡があって、もくずも明日は自宅静養だってことを教えてくれた。
私はもくずの意思を確認したかった。
どういうつもりで学校を移ることを決めたのか。
私と離れることをどう考えているのか――。
謹慎処分になったことを菫子さんに伝えたら、両親に合わす顔が無いと嘆かれた。
何をしたのか追求されたので、学園長とタイマンを張った、と答えておいた。
それを聞いた菫子さんは目を丸くして驚いた後、なぜが苦笑して「血は争えないねぇ」なんて言った。菫子さんもリリアン時代に何かやったのだろうか?
残念ながら詳細を聞き出すことは出来なかったけど、菫子さんにも大人のやり方に憤慨した時代があったんだ、なんて想像したらなんか可笑しくなった。
−−−−
○月○日 人魚と怪獣
人魚は怪獣がどうしようもないことを知っています。
だから怪獣が周りのものを壊しても放っておきます。
壊すだけ壊したら元に戻ることを知ってるからです。
海の怪獣が現れたら人魚は海の底に潜って、
じっと怪獣が物を壊し尽くすのを待つのです。
−−−−
私はインターネットでいつぞやの“バーチャルネット人魚”のサイトを見ていた。
このサイトでは日記のことを『人魚日記』と呼ぶようだ。
最新の人魚日記はなにやら、長い物語を髣髴させる内容だったのだけど、
過去ログを見るとそうでもなく、本当に短い日記が続いていた。
それは人魚の周辺の紹介だったり、本当に日記だったり、ぱらぱらと情報を断片的に出しているものだった。
−−−−
○月○日 魔女とのつきあい方
魔女は人魚を滅ぼす力を持っています
だから人間の中に魔女をみつけたら彼女を怒らせないように、
細心の注意を払って付き合わなくてはいけません
接触してきたらできるだけ友好的にして、
人魚のもつ知識が彼女に有益だって思わせなくてはなりません。
そうしないときっと不老不死の薬の材料にされてしまいます。
○月○日 クラスの男子
同じクラスの男子が怪獣になった
彼は魔女が好きだったのだ。
でも魔女は人間の恋愛なんかに興味は無い
それはどうしようもないことだ。
魔女が迷惑しているので、
私はそいつにどうしようもないってことを教えてあげた。
そうしたら彼は怪獣になった
その怪獣はあろうことかこの私を破壊の対象とした
教室は海の底と違って隠れるところがないから、
私は殴られながら、彼が私を破壊し尽くすのを待った
でも私は破壊し尽くされなかった
魔女がたすけてくれたのだ
魔女が泣きながら私を庇ったら、怪獣はもとの男子に戻ったのだ。
私が魔女の為にしたことだから、
魔女が助けてくれたのかもしれない。
○月○日 人間、嫌い
人間は嫌いです。
自分勝手で傲慢で、世界は人間だけのものだと思っている
それにとっても愚かです
訳の判らないもののために争ってます
人間同士でも殺しあいます
他の生き物に迷惑ですから、
そのまま殺しあってみんな死んでください
○月○日 魔女の学校
私は魔女の学校に通うことになりました。
保護者をしていた人間が怪獣になったからです。
次の保護者は魔女でした。
魔女は私が人魚だってことを知っています。
隠していても見抜かれてしまいます。
魔女は人魚の敵ではありませんが、味方でもないのです。
−−−−
人魚日記の内容は、時々、もくずを髣髴させる内容があってどきりとした。
もくずは私と会ってる時はへらへらしてて、よく判らない子だけど、学園長が言っていた通りもくずは頭が良い子だ。それは学力的に、と言う意味だけでなく、ちゃんの物事の道理の理解する力があるっていう意味で。
だから、もくずがこんなサイトを作って運営していたとしも不思議は無いって思えた。
そういえばインターネットをやっている(EメールとかWebサイト閲覧とかのことだ)かどうかは一度も聞いた事が無かった。
私は、人魚日記の著者である『海野桃子』宛てにメールを出してみることにした。
メールアドレスは無料メールのアカウントを一つ作ってそれを返信先とした。
ハンドル名は『学校の魔女』。
題 名:人魚日記読みました
送信者:学校の魔女
海野桃子さま、はじめまして、私は“学校の魔女”といいます。
人魚日記、興味深く拝見させていただきました。
内容がとてもユニークですね。
実は私の友人にも「私は人魚だ」って主張している人がいます。
彼女も陸に上がったのは勉強の為だって言ってます。
それから魔女の呪いのせいで早く親友を作らないと、
泡になって消えてしまうとも言ってました。
どうして人魚の話にはこんな悲しい設定が付きまとうのでしょうかね?
私は人魚の桃子さんには幸せになってもらいたいと思っています。
この内容なら、この『桃子さん』がもし、もくずなら送信者が私だって判るはずだ。
私は少しの期待と共に、このメールを送信した。
◇
題 名:Re:人魚日記読みました
送信者:海野桃子
学校の魔女さん、はじめまして。海野桃子です。
お手紙ありがとうございます。
ユニークといっていただけて大変光栄です。
『海野桃子』から返事が来た。
私は返信がもらえることをあまり期待していなかったのだけど、翌日の朝、メールをチェックしたら返信が来ていたのだ。
お友達の話ですがその方は本当に人魚なのかもしれません。
断言できないのは、人魚はみんな個人的理由で陸に上がるので、
陸にいる人魚同士ではとくにつながりが無いからです。
でも魔女が人魚に呪いをかけるのは本当です。
学校の魔女さんは『友人』ということですが、
まだ『親友』ではないのですか?
彼女の為に、是非親友になってあげてください。
魔女が人魚を呪うのは、もしかしたら、
人魚と人間が仲良くして欲しいからなのかもしれませんね。
なるほど、メールの返事も人魚の立場で書くんだ、と私は感心した。
妄想入っているものの、返事自体は丁寧に書いてくれているので、
私は『海野桃子』なる人物に好感を持った。
と、同時にこれではもくずかどうか判断がつかないな、とも思った。
PS.違っていたらごめんなさい、学校の魔女さんは本当に“魔女”なんですか?
謹慎中はやる事が無いので(とくに反省文を書けとも言われていなかった)、私はメールの返信を書くことにした。
題 名:Re[2]:人魚日記読みました
送信者:学校の魔女
学校の魔女です。
お返事ありがとうございます。
本当にお返事がもらえるなんて思っていなかったので驚いています。
「魔女ですか」というご質問ですが、私は残念ながら魔女ではありません
私は魔女になりたいです。
友人が本当に人魚で、私が魔女ならば、彼女のことを何でも見抜けたでしょう。
親友にも簡単になれたに違いありません。
なんだか、もくずのことを相談してるみたいだって思った。
返信はすぐには来なかった。
というか、平日の昼間なのだから、学生か社会人か知らないけど、そんなにインターネットに張り付いてもいないであろう。
とりあえず、『人魚日記』のことはここまでにして、私はもくずに電話をした。
携帯は電源が切れているので、家の電話の方。自宅療養ってことだからもくずが出ると思ったのだ。
でも、10回コールを待ったけど誰も出なかった。
お医者に診てもらいに行っているのだろうか?
お昼頃と午後にも一回づつかけてみたが全然だった。
居ないはずはないのに、どうして出てくれないのだろう?
夜は母親がいると話が出来ないので電話をするのは諦めた。
夕食後、部屋に戻ってメールをチェックすると『海野桃子』から返信が来ていた。
題 名:Re[3]:人魚日記読みました
送信者:海野桃子
学校の魔女さん、こんにちわ。海野桃子です。
学校の魔女さんは本当の魔女ではなかったのですね。
失礼しました。
でも魔女は生まれつき魔女なのではなく人間がなるので、
学校の魔女さんも魔女になれると思います。
それに、人魚と親友になるのに魔女である必要はありません。
私は互いの為に一生懸命になれることが親友だと思ってます。
「互いのためにか……」
私ともくずの関係は言ってみれば私の片思いだった。
もくずのことを受け止めようと思ってから、私は私なりに頑張ってきたつもりだけど、結局もくずはここを離れることを決めてしまった。
もくずを抱えて歩いてへとへとになったり、最後は学園長に向かってあんなことを言ったりして、停学にまでなって。
私のやってきた事は空回りばかりだ。
題 名:Re[4]:人魚日記読みました
送信者:学校の魔女
海野桃子さま、返信ありがとうございます。
魔女になれなくても親友にはなれる。
確かにその通りだと思います。
でも私には無理でした。私は魔女にも親友にもなれなかった。
私は彼女の為に一生懸命になろうと思ったけれど、
結局、空回りしただけで何も出来ませんでした。
こちらがどんなに想っていても、一方通行ではダメなんですよね。
なんか愚痴みたいなメールになってしまった。
でも、互いに匿名の気安さから、私はそのままそのメールを送った。
本当に一方通行だった。
別に見返りを期待してるわけじゃないけど、もくずは勝手に私の前に現れて、かき回すだけかき回して、また勝手に去っていくのだ。
私の影響でもくずが変わったかなんて私は知らない。
変わっているとしたら、もくずが勝手に変わっただけなんだ。
パソコンから手を離して椅子の背もたれに仰け反って愚痴愚痴していたら、返信が来ていた。
『桃子』氏もパソコンの前に居るのであろう。
題 名:Re[4]:人魚日記読みました
送信者:海野桃子
海野桃子です。
学校の魔女さんはお友達のことがほんとうに好きなんですね。
もう、あなたはそのお友達の親友ですよ。
一方通行ではダメ、なんてことはありません。
どうかお友達を嫌いにならないであげてください。
彼女の親友でいてあげてください。
学校の魔女さんの想いが本物ならきっとそのお友達にも伝わるはずです。
もしかしたらもう、お友達はあなたのために
一生懸命なにかをやっているかもしれませんよ?
……いい人だなあ。
と思った。
ちょっとメールを送っただけの得体の知れない人間をこんなに一生懸命励ましてくれるなんて。薄情なもくずと比べたら、この『海野桃子』の方がずっと親友だった。
(続)