【1844】 憂鬱人造人間  (まつのめ 2006-09-10 12:30:25)


舌の根が乾かぬうちとはこの事ですが、第二山百合会のリライトです。
あのエピソードより一年以上前から始まります。オリキャラによるリリアン話になります。

  ◇  ◇  ◇



 ――私はがんばってきた。
 近所からも良く出来た子だって評判だったし、両親からも「美春は良い子だね」って言われるようにがんばってきたし、学校の成績も中の上ぐらいをキープしていたし、先生からの評価も“問題のない子”だったし。
 そうやって、私はがんばって良い子をやってきたのだ――。



 act1 美春はあゆみに出会った


 率直に言って、氷原あゆみは変人である。
 どのくらい変人なのかというと、私と初めて会話を交わしたときの彼女の第一声がこれだった。
「あなたは人間ですか?」


 彼女は見た感じショートカットの良く似合う、まあ、言ってしまえば平凡な何処にでもいるタイプの子。ただし、お嬢様の集うここリリアンでは相対的にちょっと地味かなって思うくらいの、まあ彼女はそんな外見の女の子だった。自己紹介も可もなく不可もなくって感じ。趣味は読書だそうだ。
 私はというと、不良でもなくかといって、取り立てて優秀でもない“普通の良い子”を自認してきた人間で、もちろんいわゆる“お嬢様”でもない。だから、友人も普通の人が良かったのだ。家庭のことまで気兼ねなく話せるようになれれば尚良し。
 大層な家柄だったり資産家の娘だったり、社長令嬢だったりなんて、そんな人種は壁を隔てた向こう側の人。考えてみれば偏見なんだけど、私はいわゆる“お嬢様”と言われる人種が苦手だった。
 そんな私がリリアンなんていうお嬢様学校を受験してしまったのは、親戚一同の陰謀とかいろいろ黒い歴史があったのだけど、それはまあ過ぎてしまったことだから仕方がない。
 私は、入学式で右を見ても左を見てもお嬢さまの群れの中で、私の目の届く範囲で一人だけ、普通の人オーラを発している人を見つけた。それが彼女だった。
 私は彼女の、できとうに切りそろえた感じのお嬢様っぽくないショートヘアを見て、「仲間がいた」とほっとしたのを覚えている。
 そんな彼女が偶然にも同じクラスで、しかも席が近いとなったら、これは話かけない理由がないってものだ。
 だから、私はホームルームが終わってすぐに「あゆみさん」と話し掛けた。
 彼女はすぐに私の方を見たが返事はせずに不思議そうに見つめるだけだった。
 私は、続けて言った。
「ええと、これから部活とか見て回ろうと思っているんだけど、ご一緒しませんか?」
 抜かりは無い。話題が途切れて沈黙、なんてことにならないようにちゃんと話題とそのあとの行動も用意してあるのだ。
 まあ、受験や入学説明会では並木道ぐらいしか見てないので、もともと校内を散策してみようとは思っていたのだけど。
「……」
 彼女はまだ黙って私を見つめていた。
 私は内心、慣れ慣れしすぎたかな、などと思った。私の見込みが間違っていなければ、彼女はやたらと敬語を使う人種ではないはずなのだけど。
「あの?」
 そこで彼女は冒頭に挙げた台詞を放ったのだ。
 見込み違いだったのであろうか?
 いや、いきなり初対面の人間に「人間ですか?」なんて問いを発するなんでどんなお嬢様だ。
 つまり彼女は、私が苦手とするいわゆる“お嬢様”ではない。
 では、私が所望する“普通の友人”足りうる人なのかというと、どうやらそれも怪しいようだ。
 私は率直に聞いてみた。
「それってどういう意味?」
 人間ですか? と訊くのは、そうでない可能性があるってことだ。少なくとも彼女はそう考えているってことになる。
 人間じゃなかったらなんなんだ。宇宙人? それとも神や悪魔を持ってくるつもりか?
 彼女は表情を変えずに答えた。
「そのままの意味です。あなたは人間?」
 人間か、と訊かれて普通の人間ならなんと答えるであろうか?
 私は人間である。
 生物学的にみてそれは間違いないであろう。私の両親は人間だ。少なくとも父の先祖はゴリラだったとか、母が雪女の末裔だとか言う話は聞いたことがないし、私の知る限りでは母方も父方もそんなファンタジーな話とは無縁な家系なことは確かだ。
 だから、こう断言せざるをえないだろう。
「私は人間よ」
「そう」 
 なんでそんなことを訊くのか判らなかったので私は訊き返した。
「あなただって人間でしょ?」
 彼女はそれを聞くと何故か悲しそうな顔をして俯き、首を横に振ったのだ。
 なんて答えたらいいかわからず、私が絶句していると、彼女は悲しそうに言った。
「あなたが羨ましいわ。でも……」
 そして、顔を上げ笑顔を作って彼女は言った。
「部活を見て回るのはご一緒させてください。私も興味がありますから」
 それが彼女、氷原あゆみとの出会いだった。


 部活の見学は、運動部は二つの体育館と武道館、それからグランドと、あと文化部関係は部室棟と、演劇部、合唱部等の特定の活動場所があるクラブがあり、広範囲にわたっていて全部回るとなるとなかなか大変である。
 私はあゆみさんと一緒にまずは第二体育館に向かった。
 お目立ての部活があるのか彼女に聞いたら特にないとのこと。興味があるのは人間そのものだから運動部でも文化部でもかまわないとか。
 私は道すがら、その件について彼女に聞いた。
「どういうことなの?」
「え?」
「いや、あなた人間じゃないみたいな事いってたじゃない」
「ええ、私は人間じゃない。造られたモノだから人間なら普通もってるはずの感情が欠けてるの」
「は?」
 『造られた』と来たよ。ロボットか何かかだと言いたいのか?
「博士は私をほとんど人間そっくりに作ったわ。でも、感情の要素も与えたはずなのに、どこか上手くいってなくてちゃんと機能していないの」
 ……最近流行りの『不思議系』ってやつ?
 私は狭量な人間ではないつもりだ。でも真顔で「私は人造人間だ」なんていう人を信用する程、お人よしでも非常識でもない。
 でもいきなり否定したりはしない。“普通の良い子”は好き好んで不和を生じさせたりはしないのだ。
 一応、話をあわせてこう言った。
「だったら博士とやらに治してもらえば良いんじゃないの?」
「博士はもうこの世に居ないから。私が目を覚ました時、もう博士は相当にご高齢だったの」
「そっか……」
 『この世に居ない』と言うとき、彼女は“悲しそうな顔をした”。
 このとき、私は彼女と友達になろうという熱意が冷めるのを感じていた。


 第二体育館に着いて中を覗くと、バスケットコートが二面張ってあり、まだ練習している人は居なかった。ミーティングでもしているのだろうかと一歩中に入って見回すと、端っこの方に何故か茶色のバスケットボールがぶちまけたようにたくさん転がっているのが見えた。
 近くに短パンの体操服姿の生徒が一人、ボールと格闘している、いや拾い集めているようだった。
「部活、やってませんね」
 あゆみさんがそう言い、
「そのようね」
 私が答えたところ、そのボールを集めていた生徒が私たちに気付いて振り返った。
 彼女は少し癖のある黒髪を両側でゴムで縛ったお下げっぽい髪型をしていた。見たところ運動するのに邪魔だからとりあえずまとめたって感じ。
「そこのあなた!」
 振り返ってすぐに彼女は大声でそう叫んだ。
「はい?」
「そう、あなた、部活見学に来たのよね?」
「は、はい、そうです」
 なんで判ったんだろう、と思ったが、この時期、放課後制服姿で体育館に姿をあらわす生徒といったら、部活を見学にくる新一年生くらいなのであろう。
 手を振っておいでおいでをするので、私はボールが転がっている方へ歩いて行った。
 彼女は私が普通に話せるくらいの距離まで近づくと言った。
「もう何処にはいるか決めてるの?」
「いいえ、部活に入るかどうかもまだです。今日は校内散策も兼ねてるので」
 そう言うと彼女は人懐っこそうな顔でにっこりと笑った。
「それは良かったわ。じゃあちょっと手伝ってくれる?」
「えっ」
 近くにはバスケットボールが入っていたと思われる高さ1メートル程のキャスターのついた籠が二つあって、彼女は散らかったボールを拾ってはその籠に投げ込んでいた。
「この籠に集めればいいんですね」
「そうそう」
 断る理由もなく、その生徒も手伝うのが当然のような態度なので、そのまま黙々とボールを拾い集めた。
 そして、そんなにかからずに全部のボールが籠に収まった。
「いやあ、助かっちゃったわ。ええと名前なんての?」
「あ、神元美春です。一年菊組です」
「そっちは?」
「氷原あゆみ。同じクラスです」
 言い忘れてたけどあゆみさんも手伝っていた。
「あたしは那須野彩(なすのあや)、二年生よ」
 “彩さま”か。
「ええと、バスケット部の方ですか?」
「いやだ、違うわよ」
 彩さまはそう言って笑った。
 結局、彼女が何部所属なのか判らなかったのだけど、私はこの先輩が庶民ぽかったのに好感を持った。
 実はここから少しの未来、私は彼女からロザリオを貰って姉妹となることになる。もちろん、そんな事この時は知る由も無かったのだけど。






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