【1853】 私の妹になりなさい  (まつのめ 2006-09-12 21:56:02)


『憂鬱人造人間』(オリキャラメインのリリアン話です)
 act 1    は【No:1844】です。
 act 1.5   は【No:1845】です。
 act 2〜2.5は【No:1851】です。




  act3 那須野彩という人間


 私は調子のいい人間だ。
 自分は庶民だという自覚の反面、表面的ならばどんな人とでもうまく付き合っていける自信があったし、実際そう努力してきた。誰でも安心して付き合えるよな平凡な人間になるように努力してきたのだ。成績は数学以外は平均点。、特化した才能はなく、でも役に立つ程度に器用で、頼みごとは嫌な顔せずに引き受けるけど、良い子すぎない程度にわがまま。
 そうやって自分を『庶民』足らしめる努力を惜しまずに生きてきた。
 だから那須野彩さまのような人間を見たとき、自分の土台が揺るがされた気がしたのだ。


 私がバスケットボールの片付けを手伝って以降、最初に彩さまを見かけたのは、新入生獲得のための模範試合の時だった。
 彩さまは一方のチームの先鋒として試合に出ていたのだ。
 私はこの時、剣道部だったんだって思った。
 なのに次の週、彩さまはリリアンで行われたテニス部の交流試合でマネージャの仕事をしていた。
 と思えば、バレー部のジャージを着た彩さまがバレー部員たちとマイクロバスに乗り込むのを目撃したこともあった。
 ほかにもあゆみから聞いた情報を含めると、バスケ部、水泳部、陸上部、ソフトボール、バトミントンとあらゆる運動部に顔を出していることが判ったのだ。
 やっていることは選手のこともあり、マネージャーのこともあった。同じ部活で場合によって選手だったりマネージャーだったりと変わってることもあった。
 最初、ものすごいスポーツ万能な人で運動部の掛け持ちをやってるのかとも思った。でもあゆみの情報によると、スポーツの成績はそんなにずば抜けてるほどではないそうだ。でもそうなると、こんなにあちこちの部活に顔を出してる理由がわからない。マネージャーもやってるって話だからますます訳がわからなかった。

 そんな彩さまの謎を解明する機会が訪れたのは、緑の彩りも濃くなった初夏のとある放課後のことだった。
 そのころ、私はあゆみと一緒に彩さまウォッチングに励んでいた。
 なんでそんなことをしていたのかといえば、帰宅部生活がつまらなくってきていたというのがある。
 あの事件以来、あゆみがみんなから敬遠されるようになって、何故か私までセットでクラスの輪から遠ざかってしまったのだ。当初からあゆみと仲良くしていた(ように見られていた)私は、あゆみ側の人間と見られているらしく、要は“近寄りがたいあゆみさんの連絡係”みたいな地位が確立してしまっていたのだ。
 まあこれには、私のてきとうなことを言って笑いを取るような“庶民的ノリ”にリリアンのお嬢さま方が付いて来れないということも多分にあったのだけど、とにかく、クラスメイトたちと話をする機会がめっぽう少なくなってしまった私は放課後ただあゆみと帰るだけの生活に飽きてしまったのだ。
 やっていることは基本的に、放課後運動部を回って彩さまを探し見つけたら見学する、それだけなのだけど、あゆみは相変わらず人間観察が趣味の人間だったので文句ひとつ言わずに付き合ってくれた、というか効率よく観察するためにいろいろアドバイスまでしてくれたのだ。
 彩さまに対して憧れ、というほどのものでもなかったと思う。でも、放課後、あゆみと一緒に色々推理しながら彩さまを探して運動部の練習を眺めるのは楽しかった。

 その日も、私はあゆみと一緒に彩さまを探して、運良く卓球部にその姿を見つけることができた。
 『運良く』というのは、彩さまの活動予定は、週代わりでもローテーションでもなく、さっぱり規則性が無かったからだ。だから毎日適当に当たりをつけて探し回るのだけど、活動中の部活全部を回っても見つけられないこともあった。見つけられないときはお休みなのか、どこか郊外の活動に参加しているのか、単に追っかけの私に判るはずも無い。
 まあ、ともかく運が良かった私たちは、キャットウォークに登り、体育館の隅で卓球台を広げて球を打ち合っている生徒たちが見やすい位置まで移動した。
 基本的に私たちは観察が目的なので、こういう邪魔にならない場所で見ているだけだ。それで、部員たちや彩さま本人になにか言われたことは無かった。
 なのに、今日に限って何故か彩さまに見つかって声をかけられてしまった。
「あなたたち」
「えっ?」
「えっとたしか美春ちゃんとあゆみちゃん」
「は、はい」
「ちょっと降りてきて」
 最初に話をして名前を言ってから大分経つのに名前を覚えていたのにはちょっと驚いた。
 どういうつもりなのか判らないが、降りて来いということなので、私はあゆみと一緒に階段を回って一階に降り、ほかの部活の邪魔にならないように体育館の端っこを通って彩さまのもとまで行った。
 彩さまは卓球部員のおそろいのユニフォームに混じって学校指定のジャージを着ていたけど、それほど違和感は無く、むしろ運動着ばかりの体育館のフロアに二人だけ黒いローウエストのセーラー服がちょっと目立っている気がした。
 彩さまは卓球部の人に何か言ってから練習を抜けて、壁際に居る私たちの方へやってきた。
「あなたたち、よく運動部の見学にきてたわよね?」
 気さくに話しかけてくる彩さまだけど、私は緊張して少しドキドキしていた。
「は、はい」
 実は彩さまの観察に来てました。なんて言えない。
 ちなみに、今日の彩さまは髪を耳の後ろの両側でゴムでまとめ、前髪が邪魔にならないように額にははちまきをしていた。
「もしかして、部活鑑賞が趣味?」
「え、ええ、まあ、そんなようなもんです」
 愛想笑いを浮かべつつそう答えた。
 とりあえず嘘ではない。
「体動かすのはどう?」
 いきなり彩さまはそう聞いてきた。
「ええと、体動かすってどういうことですか?」
「そのままよ。見るだけじゃなくてやってみたいと思わない?」
「運動部をですか?」
「そう。いろんな部活で見かけたから、もしかして色々やってみたいのかなって思ったんだけど」
 これは、折角だから逆に聞いてみようと思った。
「あの、彩さまもいろんな部活で見かけますけど、全部の部活に所属してるんですか?」
「え? あー、あたしは無所属。ただの助っ人なのよ」
「助っ人?」
「あ、助っ人といっても戦力になるというより、なんていうか、ムードメーカー?」
 何だろう?
 彩さまが余りにフレンドリーなんで、私も最初の緊張を忘れて、思わずまた聞いてしまった。
「あの、同じ部活で、選手だったりマネージャーだったりもしますよね? どういう立場なんですか?」
「あー、それは話せば長くなるんだけど……」
 途中で彩さまは振り向いて卓球部員の一人にこういった。
「……ねえ早百合さん、今日はもういいかな?」
「いいわよ。今日は練習だけだし」
「ごめんね、あとで必ず埋め合わせするから」
「期待しとくわ」
 卓球部の早百合さんとやらとそう会話をしてから彩さまは私に言った。
「じゃ、行こうか」
「良いんですか?」
「うん、今はあなた達と話がしたい」
 よくわからないけど、本人が良いと言っているので逆らわないことにした。


 彩さまが私たちを連れて行った先は、昼休みなどに昼食を買ったり食べにくる人でごった返えすミルクホールだった。
 放課後のミルクホールは昼休みの喧騒が嘘のようにがらんとしていた。
 彩さまは、カップの自販機でミルク入りコーヒーを買い、私たちにも好きなのを選んで良いと言った。私はココアを。あゆみはミルクティーを選んだ。
 そしてテーブルのひとつで落ち着いてから、彩さまはこう切り出した。
「ねえ、もしかしてあなたたち、あたしの追っかけとかしてない?」
「えっ!?」
 私がびっくりして声をあげたら、
「あ、ごめん、違ってたら良いのよ。あたしったら自意識過剰で……」
 そう言って、へらへらと愛想笑いをしながら頭を掻いた。
 その反応を見て私は確信した。この人“庶民”だって。
 私の彩さまへの好感度が音を立ててアップした。
 ……隠す理由はない。
 私は言った。
「いえ、そうです。放課後は“彩さま探しをしてたんです”」
「えっ?」
「色々な部活で見かけるので、今日はどの部か予想したり、法則性を見つけようと推理したりとか、とにかく私が見てたのは彩さまです」
「そうだったんだ。いや、よく見かけるなって思ってたんだよね。そうか、そうなのか……」
 なにやら、うれしそうに感心して「そうか」を繰り返す彩さまだった。


   ◇


 最初は成り行きだったそうだ。
 ソフトボール部に所属してる友人が試合で人手が足りなくなったから手伝ってくれと頼んできたのが最初だったそうだ。その時、彩さまはマネージャーの補佐みたいに手伝いをしたのだけど、二回目、本当はまたマネージャー補佐のはずが、中学時代に経験ありってことで直前で病欠した選手の代理で試合に出て、いい線いってしまったとか。
 そこで普通ならソフトボール部に勧誘されるんだろうけど、その友人との約束で部活に入らないことになっていたから、助っ人契約を結んだそうだ。
 そこからが、なんと言うかとんでもない展開で、ソフト部の部長と知り合いの剣道部部長が助っ人の件を聞いて彼女に直談判に来た。マネージャーが足りないから練習試合の時手伝ってくれって。
 このとき運悪く、としかいいようが無いのだけど、彩さまは剣道の経験者だったのだ。小学生の時近所の道場に通わされていて、実は剣道初段だそうだ。そんな彩さまが遊びで竹刀を持って素振りをしたのを当時の部長さんが目ざとく見ていて、筋がいいとか言われて防具を付けさせられて部員と稽古させられて、練習試合までして、まかり間違って勝っちゃったからさあ大変。
 部長は彩さまを勧誘するつもりだったらしいのだけど、もともとソフト部の契約もあって何処の部にも所属しないって決めてたのでそこでちょっと揉めて、結局ソフト部と同様に助っ人契約を結ぶに至ったのだ。この場合、一定期間の練習への参加と試合への補欠参加だ。
 当時の剣道部は経験者が少ないこともあって彩さまのように小学生時とはいえ何年も経験がある人間は貴重だったんだそうだ。
 まあここまでは、彩さまの小学校時代と中学時代の経験からくるものなんだけど、どういうわけかこのあと運動部全般に人手不足のときに彩さまにお願いする流れがいつのまにか出来てしまって、最初は経験ないからとマネージャーだけを引き受けたりしているうちに「補欠で立ってるだけで良いから、試合放棄するよりマシだから」なんていわれて経験もないのに試合に出てしまったり、でも本当に立ってるだけじゃ悪いからと彩さまが頑張っちゃったりして、チームプレイのスポーツなら、それなりに何とかこなすようになってしまって、それで今に至ってるという話だった。

「まあ、成り行きだけどやっぱり手伝うからにはちゃんと手伝いたいじゃない?」
 彩さまはミルク入りコーヒーのカップをもてあそびながら言った。
「はぁ……」
「だから、自分で言うのもなんだけど、頑張ってきたつもり」
「そうですか」
 なんというか凄いんだか凄くないんだか。
 一つ言える事は、この人も変わり者だってことだった。
「これが今のスケジュールよ」
 そう言って彩さま市販のシステム手帳を開いて見せてくれた。
 土日も無くスケジュールはびっちりだった。
 試合の日取りにあわせて、どの部活の練習に参加するかを決めてあるので、単純なローテーションにはならいそうだ。よく見れば、土日などは必ず複数の部活を梯子している。
「これって……」
 私はそれを見てこう漏らした。
「……頑張りすぎではないですか?」
「あはは、よく言われちゃうのよね。でもさ、あたしがちょっと頑張れば『Yes』と言える事だったらやっぱり頑張って『Yes』って言いたいじゃない?」
 カラカラと人ごとみたいに笑いながら彼女は言った。
 頼りにされたらできれば『No』とは言いたくない。
 その気持ちは判る気がする。私も誰かに頼られたらそれが難しいことでも頑張って引き受けたいと思うだろう。それにしても、だ。
「彩さま、そのうち体壊しますよ?」
 見た感じ彩さまそんなに目だって体格の良い人ではない。なのに、これはどう見ても売れっ子アイドル並み、かどうかはわからないが、とにかくハードなスケジュールだった。
 彩さまは、テーブルに開かれた手帳を眺めつつ腕組みをして、「ふう」とため息をついた後で言った。
「そうなのよね。最近ちょっとヤバイかなって思い始めてて」
「だったら休んでください。休めない理由でもあるんですか? 報酬もらってるとか」
「基本、無料奉仕よ。まあ、いつもいろいろと奢ってもらってるけど」
「だったら、彩さまが言えば休ませてくれるでしょ?」
 恩を売ってるのは彩さまのほうだ。少しくらいの我侭は許してくれるはず。
「それはそうなんだけど、やっぱ事情を知ってるからねぇ。断るとやっぱり困るでしょうし……」
「そんなの、助っ人の彩さまを頭数に入れてる方が悪いんです! そんなの甘やかしちゃ駄目ですよ!」
「同じこと言われたことあるわ。あれは誰だったっけ?」
 そんなことを言いつつ、彩さまは遠い目をした。
「それに、どの部活もってどういうことなんですか? 人数多くて彩さま一人手伝いに入っても意味が無いような部活もありますよね?」
 テニス部とかは人数が溢れているはずだ。それに基本個人プレイだから素人の入り込む余地など無いはず。なのにスケジュールにはマネージャだけでなく練習や試合までしっかり入ってるのだ。
 彩さまは組んだ腕を解き、頬に指を当てながら、
「なんかね、縁起物なんだって、あたし」
「は? 縁起物?」
「対抗試合のとき、あたしがいるといい成績が残せるんだって」
「本当ですか?」
「さあ? でも、思い込みでもみんなが喜んでくれるならって」
「それで、試合にも出るんですか?」
「まあ、偶にだけど。試合に出した方が効果が高いとか」
 なんだか私は腹が立ってきた。
「彩さまは幸運を呼び込むグッズか何かですか! そんなことのために練習にまで参加して、体壊してたら意味ないじゃないですか!」
「そ、そうなのよ、だからね、」
「だからなんですか?」
 私が聞き返すと、何を考えたのが、彩さまは耳の後ろあたりで髪をまとめていたゴムをひっぱって解き、はちまきも解いて、頭を軽く振って髪を広げた。
 髪を解いた彩さまの顔は癖のある黒髪がかかって妙に色っぽくみえて、私はドキッとした。
 そして、私に向かって微笑んで言った。
「……怒鳴ってくれてありがとね?」
 私はその笑顔に見とれてしまってすぐに返事ができなかった。
 ただ、ヒートアップしていた私の頭はそこでようやくクールダウンした。
「い、……いえ、私つい、すみません」
 考えてみればいきなり先輩に何を怒鳴っているのだ。
 しかも話をしたのはまだ今日で二回目。そんなに親しい間柄でもないというのに。
 私が、謝って恐縮していると彩さまは言った。
「ううん、見込んだ通りだわ」
「あの、見込んだって?」
 そう聞き返すと彩さまは少しだけ真面目な顔をしてこう言った。
「私のマネージャーになってくれない?」


 彼女に言わせると、自分は頑張りすぎちゃう人間だからだれか歯止めになってくれる人が必要だとか。でも今までそういうことをしてくれる人間には出会えなかった。いや、歯止めなんていわずとも、自分と同じ側にたって話を聞いてくれる人間が欲しいと思っていたんだそうだ。
 私がそんな役目を負えるの? っていう疑問があったけど、彩さまいわく、最初に出会ってピンと来たそうだ。「この子は自分と同じ種類の人間だ」って。
 「どの辺が?」って考えて、実は思い当たってしまった私は、彩さまの勘の鋭さに恐怖すると共に、この件に関しては結局「考えさせてください」と保留の返事をしたのだった。
 ただ、あまり返事を引き延ばすことはできない。
 放っておけば、あの方はあの過密スケジュールにしたがって破滅への道を突き進んでしまうのだから。いやちょっとそれは大げさか。
 でも、これって引き受けることしか選択肢が無いような気がする。
 だって私があんなもの見せられたら放っておけるはずないじゃない。あ、まてよ。“同じ種類の人間”だって見抜いてたってことは、あのスケジュールを見せてくれたのってそれが目的?
 誤用を承知で表現すればいわゆる『確信犯』ってやつだ。
 彩さまが去って二人になってあゆみは私に話しかけてきた。
「美春さん」
「なに?」
「引き受けるの?」
「うん、なんか悔しいから保留にしたけど」
 私はいつもまわり折り合いを付けつつ目立たないように、平凡に見えるように頑張ってきた。
 でも彩さま際限なく頑張っちゃう人間だった。
 果たして私がしてきたことは正しいことだったのか否か。
 少なくとも彩さまは私の目には輝いて見えた。
 そんな彩さまの手助けができることに歓喜する自分がいた。










 オリキャラ話は茨の道ですかね?


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