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穏やかに晴れ渡ったある日の昼休み、祐巳は目の前でお弁当を食べている由乃さんになんとなく言った。
「ねえ、由乃さん」
「んー」
口に物が入っているから、鼻だけで返事をする由乃さん。
「わたしね、世界の敵になっちゃった」
「ふうん……」
1 (由乃)
その始まりは、祐巳さんが膝に包帯を巻いて登校してきた日からだった。
「それ、どうしたの、祐巳さん?」
リリアンの制服のワンピースは、“時代遅れ”と形容されるように膝がしっかり隠れるくらいスカートが長いので、普通、膝に巻いた包帯が見えることは無い。
だから、由乃が祐巳さんの膝のそれに気づいたのは、体育の授業があって着替える時だった。
「怪我なの? 授業、休まなくて大丈夫?」
「うん、ちょっと擦りむいただけで、たいしたこと無いから」
「ふうん、でもなんか痛々しいわよ?」
「うん、本当に大したこと無いの。ただ、昨日、お父さんに見つかっちゃって、お医者さんに連れて行かれちゃったのよね」
なるほど、それで大げさに包帯を巻かれてしまった、ということらしい。
祐巳さんが言うには運動するには差し障り無いから、体育の授業には出るということだった。
「それよりさ、由乃さん」
「ん? なあに?」
「ううん、別になんでもない」
なんだろう、何か、打ち明けたいことでもあるかのよな言い方だ。なにか周りに人がいるから話すのをやめた、というような雰囲気だった。
「……変な祐巳さん」
「それより、授業、がんばろう?」
「そうね、久々の球技だし」
基礎、陸上、器械体操等々、体育の授業でやる内容の中で、球技となると妙に張り切りたくなるのは何故なのだろう?
やはり『敵がいる』という要素が人間の本能的な部分を刺激しているのであろうか?
でも、それなら柔道や空手、剣道など一対一で直接相手に攻撃を仕掛ける方がより本質的と言えるだろう。由乃はそういった一対一の武道も好きだが、バレーボールのようなチームプレイの球技には何かそれとは違った盛り上がり方を感じる。
なにか集団で敵と対峙するということに人間を高揚させる要素でもあるのだろうか?
まあ、そんな役に立ちそうに無い哲学的考察はともかく、由乃のクラスも体育の授業がバレーボールになって妙に盛り上がっていた。
授業は均一な押し付け授業ではなく、得手不得手に応じてグループに分かれて行われる。これは何もリリアン伝統のやり方というわけではなく、最近流行の教育方針らしい。
グループ分けはまず希望を取って、即試合が出来るようなAグループ、レシーブ、トス等の練習から入りたいBグループ、ボールに慣れることから始めたいCグループのように分かれ、あとは実際にやらせてみて教師が「おまえ上手いからAに行け」みたいに調整するという形だ。
由乃は観戦はするが実体験はゼロなのでCグループへ行った。祐巳さんが付き合っていっしょに来てくれた。でも祐巳さんならBグループでもよさそうだ。
人数比は大体1:2:2でバレー部員を含めた体育系の部活に所属する人がほとんどのAグループが一番少なく、残りは大体均等に二つに分かれた。
結局AグループとBグループは纏まってバレーコートで練習、Cグループは最初に手の形等を教えてもらって、二人ペアになって打ち合いの練習だった。
当然のように由乃は祐巳さんとペアになった。
「祐巳さん、いくわよー」
由乃はとりあえずアンダーハンドサーブの形でボールを打った。どういう風に打つのかはよく判っているのだけど、実際にボールに触って打つのはほぼ初めてなので不安だったが、意外と正確に打ってた。飛距離が足りなくて祐巳さんを数歩歩かせてしまったけど。
祐巳さんはレシーブの形で打ち返してきた。これは由乃の頭の上あたりに飛んで来た。そこで由乃はトスの形でそれを返した。
こんな感じで打ち合っていたけれど、もともとスポーツ観戦好きでイメージトレーニングが出来ているお陰で、数回打ち合ううちに勘が掴めてきてボールを正確に祐巳さんの前へ飛ばせるようになった。
一方の祐巳さんはというと、どのくらい経験があるのか判らないが、そこそこ無難にこなしていた。
そんな感じで、しばらく打ち合っていたっら先生が来て、二人ともBグループに行くように言われてしまった。
「由乃さん上手いじゃない」
「祐巳さんこそ」
そんなことを話しつつコートのところに集まっているAB混成グループのところへ行くと、早速チーム分けが始まっていた。4チーム作って練習試合をするそうだ。それで、人数合わせで、一番まともそうな由乃達が抜擢されたらしい。でもいきなり試合なんて、この教師ちゃんと教える気あるのだろうか?
チーム分けは戦力が均等になるようにAグループだった人が分散した。
当然、元Cグループの由乃も祐巳さんも“ハンデ”としてバレー部員のいるチームにそれぞれ配分された。
「ふふ、対戦できなくて残念だわ」
別れたのなら対戦したいと思ったが、残念ながらコートが違っていた。
試合は別に勝ち抜き戦とかじゃないので今日は一試合。二つあるコートでそれぞれ行うのだ。
2( あるバレー部員)
「相手のコートに入ればいいから!」
それは、味方チームの子がレシーブにしくじって大きくそれたボールを、私が何とか拾ってコートに押し戻した時だった。
私がボールを弾いた先はちょうど味方のコートの真中付近、そこには後衛のセンターだった子が居た。
彼女がアンダーハンドで無難に弾き返してくれれば良いと私は思っていた。練習試合だし、外しても文句は無い。
ところが、後衛の右側に居た祐巳さんが、何を考えたのかコートの外れから“ボールの落下途中を狙うように”助走してきたのだ。
「祐巳さ……!」
私は絶句した。
その瞬間、バンという、私には馴染みのある、アタッカーが全力でボールを叩いたような音が響いたのだ。敵方のチームは、バレーの経験者だった子も唖然として動けなかった。
「バックアタック……?」
祐巳さんのアタックは見事に敵のコートに叩きつけられた。
チームメイト達は祐巳さんの周りに集まって大騒ぎだった。
「いやあ、まぐれだよ」
祐巳さんはそんなことを言う。
でも私は見ていた。あれはまぐれなんかじゃない。
明らかにタイミングを図ってジャンプしていた。今思えば、彼女は私がボールを打ち返した瞬間、もうその準備に入っていた。
しかも、祐巳さんは私がコート外から放った弓なりの軌道で飛んでくるボールを途中で捕らえて半ば強引に敵陣地に叩き込んだのだ。あんなこと、私に真似しろといわれたってできっこない。
トスでちょうどいい位置に上げられたボールではないのだ。高い位置から斜めに落下していて速度もあった。そんなボールに手を出して、普通だったらまともな方向に飛ぶ訳がないのに、彼女はあたかもそれが“普通のアタック”かのように決めて見せたのだ。はっきり言おう。祐巳さんのしたことはバレーの技ですらない。
「どうしたの? 顔色悪いけど?」
祐巳さんへの賞賛が終わってポジションに散ったチームメイトの一人が私に話し掛けてきた。
「え? いや、大丈夫よ。大丈夫」
誰も、祐巳さんの異常性に気づいていない?
正面から見ていた敵方のみんなも何が起こったのか良く判っていないようだった。
それから、試合の終了までは祐巳さんは普通だった。
サーブもアンダーハンドで無難にこなして、特に目立ったことはなく、他の生徒もそれに何の疑問も抱いていない。
何故? Cグループだった筈の祐巳さんが異常なバックアタックを決めたことを何で誰も疑問に思わないの?
一人くらい、異常なことに気付かないまでも、祐巳さんの活躍に期待する人がいてもいい筈なのに、誰一人そんなことを口に出さないのは何故?
私は試合が終わって教師の集合がかかるまでの時間に祐巳さんに話し掛けた。
「あの、祐巳さん、どこかでバレー習ってたの?」
「ええ? なんで?」
「あのバックアタック、素人に出来る代物じゃないわ」
いや、素人でなくてもあんなことする人間はいないだろう。
「だから偶然だって」
「偶然? あの異様に高さのあるジャンプも偶然だっていうの?」
そう。もう一点。みんなボールの落下先に注目して気付かなかったのかもしれないが、あのときの祐巳さんのジャンプはかなり余裕があった。跳びすぎて少し落下してから打ったという感じだったのだ。
「バレーとは限らないわ、中国武術とかそういう体を操る技みたいなのの心得があるんじゃないの?」
「中国武術!? あはは、面白いこと言うのね?」
祐巳さんは笑ってそう言った。でも私は真剣だった。
「貴方、何者?」
その瞬間、祐巳さんの表情が変わった。
獲物を睨む目つきというか、普段の祐巳さんらしからぬ妙に鋭い目つきになって言った。
「さあ? 何者でしょう?」
その瞬間、集合の合図の笛が聞こえた。
「あ、集まんなきゃ」
もう表情は元に戻っていた。
「あ、由乃さーん、勝った?」
「負けたわよ。もう悔しいわねぇ」
由乃さんと会話する彼女の目にはもうさっきの鋭さは片鱗も見られなかった。
それは表情が変わった瞬間の祐巳さんがまるで夢だったかと思えるほど、普通の光景だった。
3(祐巳)
(危ない危ない)
祐巳はバレー部の彼女に話し掛けられて内心焦っていた。
あまり目立たないつもりだったのに。
ただ、“副産物”とはいえ“それ”が今までの自分を大きく進化させていると判ればつい試してみたくなるのが心情というものだ。
あの瞬間、祐巳の意識に変化が生じてボールの動きがゆっくりに見えた。
それだけではなく、自分の体の動きとその結果がはっきりと理解できたのだ。どのくらいのタイミングでどのくらいの跳躍力でジャンプしていつボールをどの角度でどのくらいの力で叩けばいいのかまで完全に把握していた。
判った瞬間、体が動いていた。
ほとんど注目されていないことも判っていた。それは、周りの人に気付かれない最良なタイミングを無数の可能性から選択していたのだ。
これが祐巳の“能力”だった。
“周りの状況から未来を読み取る力”である。異常な身体能力は“進化”の副産物だ。
『僕はただでは死なない。君を“進化”させることで奴らに一矢報いるつもりさ』
“彼”はそういって死んでいった。
そのとき祐巳は“彼”に何をされたのか判っていなかった。
それが発覚したのはその晩だ。
食卓で何気なく弟の顔を見た時だった。
一瞬時が止まったようになり、異常に意識が研ぎ澄まされ、対象の情報がなだれ込んでくる感覚があった。最初はなんだかわからなかったが、やがてそれは一つの形を形成していった。
それが過ぎ去った後、祐巳は言った。
「なんか祐麒、廊下で転びそうな顔してるよ?」
「はぁ? どんな顔だよ?」
「いや、なんとなくだけど、気をつけてね? 膝とか痛くなりそうだから」
「不吉なこというなよな」
祐麒はふざけているのだと思っているようだった。
だけど、夕食を終えて部屋に帰る途中、祐麒は廊下で見事に転んで膝を痛めたのだった。
「姉ちゃんが変なこと言うから本当にコケたじゃねえか!」
怒っていたが、偶然だと思ったみたいだった。
これは直感的な未来予知ではない。
対象から得られる情報、それは表情や顔色、立ち振る舞いなどの情報を極限まで微細に分析して予想されるいくつかの可能性を読み取るというものだった。
なぜなら“決定した未来”というものが判るわけではないから。
この“能力”で判るのはあくまで可能性の一つないし複数だった。
だから事前に忠告を与えてより良い方向へ結果を変えることが可能なように思えた。
“彼”は祐巳を“進化”させるといった。
まさに進化だ。それは観察力と分析力が異常に進化した結果得られた未来予測とでも言うべき能力だった。
でも、まだこのときは、個人のちょっと未来を予測する程度だった。
祐巳の“進化”はまだ終わっていなかったのだ。
“次”は通学のバスの中だった。
よく途中のバス停から一緒になる、ブレザーの制服の女の子。
祐巳が高等部に入った時から見かけるようになったから、多分、同学年だ。
偶に目があって挨拶すべきか悩むのだけど、向うも同じらしく、その度ちょっと気まずい思いをして目を逸らしていた。
まあ、他人だけど顔見知りといったところだ。
その彼女にまた目が合った。そのとき“能力が発現”した。
一瞬時が止まったようになり、彼女の情報が流れ込んできてそれがある形を形成したのだ。
ちょっと判りづらかったが、彼女は今、何かを迷っていてその選択を今日なすのだ。そしてその結果彼女はとても大きなダメージを食らう。
そんなことが顔や立ち姿を見て判るのか、と思うだろうが、判ってしまうのだから仕方が無い。確かにそう言う情報が彼女の外見に含まれているのだ。
祐巳はここでちょっと考えた。ここで彼女に話し掛けたらどうだろう、と。
その瞬間、データに異変が起きた。祐巳の干渉がその予測に加味されたのだ。
そして、形成された予測はいくつかに分岐した。そこで判った事は、祐巳がある選択をすれば彼女の「大きなダメージ」は回避できるってことだ。
祐巳は注意深く彼女の近くに移動して、その名も知らぬ顔見知りに声をかけた。
「ごきげんよう」
「え?」
「あ、違った、こんにちわ、じゃなくておはようございます、だね?」
祐巳が慌てて挨拶を三通りもするのを聞いて彼女は思わず噴出した。
「うふふ、そういえばリリアンの方ですよね?」
どうやらリリアンの挨拶の習慣は知っているようだ。話すのはこれが初めてだけど、感じのいい子だった。
やはり彼女の祐巳の事を知っていて話し掛けようかいつも迷っていたそうだ。
「どうして今日は話し掛けてくれたんですか?」
彼女はそう聞いてきた。
「あ、うんちょっとね」
あなたの未来を変えるためなんて言ったら変に思われるのが関の山だ。
でも、そんなことは言わない。
何故なら、この会話は“予測済み”の一つの選択肢をなぞっているだけなのだから。
そこからM駅前でバスを降りるまで、祐巳は彼女と他愛の無い会話を続け、駅前で別れた。
それだけだ。別に未来予告もアドバイスもしなかった。
これでいいのだ。
祐巳が話しかけなかったら彼女は緊張のあまり判断を誤ってしまっただろう。だが彼女の一つの迷いであった、よくバスで会う少女に話しかけたい、という悩みが解消された事により、彼女は最良の選択をする事が出来るのだ。
これが祐巳が“予測”した内容だ。
具体的じゃないがそれは仕方が無い。見えないところは予測できないのだ。
でも、彼女の“情報を見た”祐巳にはそれが確実に起こるであろう事がよく判っていた。
余程のイレギュラーが起らない限り、祐巳の“予測”通り事が運ぶであろう。
祐巳は最初、この異常な能力を隠しておこうと思っていた。
というか誰も信じてくれないだろうし、あることを証明するのも難しそうだと思ったのだ。
どのみちこの能力で何が出来るのか見当がつかなかったし。
でも、この二回目の後で、この能力のとんでもない可能性に気付いた。
一回目の発現と二回目で違っていたのは、祐巳自身をその未来予測に含めたってことだ。
祐巳は自分自身の動きでその未来を選択できることに気付いたのだ。
複数の可能性があった場合、祐巳はその可能性を選択できる。
これは迫り来る危険を事前に予測してそれを防ぐ事が出来るということを意味している。
そして三回目はバレーボールの授業の時の一件だった。
このとき初めて祐巳は能力を自覚的に使った。
身体能力の強化が“選択”する範囲を広げてくれている事にもこのとき気がついた。
4(由乃)
「志摩子さん、その荷物なに?」
薔薇の館で、由乃は志摩子さんがいつもの学生鞄ではなくスポルディングの大きなバックを抱えているのに気付いてそう言った。
「ああ、これ? 今日はちょっと帰りにお使いを頼まれてて荷物が多かったから」
「ふうん。でもお使いって?」
「家の用事よ。法事とかが立て続けでどうしようかって父が話していたから私が引き受けたの」
「お届け物屋さんか」
由乃がそういうと志摩子さんは微笑んで言った。
「ええ、そうなの」
やがてぎしぎしと階段を踏み鳴らす音が聞こえ、祐巳さんが会議室に顔を出した。
「「ごきげんよう、祐巳さん」」
由乃と志摩子さんがそういうと、祐巳さんは何を思ったのかドアのところで立ち止まり、
「ごきげんよう、ちょっと待って」
そういって部屋の中をきょろきょろと眺めた。
「どうしたの?」
由乃がそう聞くと、祐巳は言った。
「んー、なんか、志摩子さん、今日何処か行く?」
「ええ、家の用事でちょっとお使いにいくのだけど、どうして判ったの?」
「なんとなく。でも家の用事って本当?」
「あら、どうして?」
「なんか、えーと、まあいいや。」
そんな、何かを言い出そうとして止める祐巳さんを見て、由乃は思い出した。
「そういえば祐巳さん、私に何か言いたい事があったんじゃない?」
「え? そうだっけ?」
「なんか体育の授業の前に何か言いかけて止めなかった?」
「ああ、そんなことがあったような……」
どうも祐巳さんは歯切れが悪い。
もしかして志摩子さんがいたら話せないことなのか?
そのときだった。男性か女性か判断に困るような声が響いたののは。
「かまわないよ。問題は話すか話さないかではない」
「え?」
声がした方を振り返ると、志摩子さんが顔の半分だけ笑ったような奇妙な笑みを浮べていた。
「どういうこと?」
聞き返したのは祐巳さん。
祐巳さんは志摩子さんの方を見て話していた。
ということは今のは確かに志摩子さんの声だったのか。
「僕の敵になるかどうか。まだキミはどちらでもない」
「敵? 敵ってどういうこと?」
「世界の敵さ。キミは何処へ向かう気かい?」
その様子、話し方があまりに普段の志摩子さんからかけ離れていたので由乃はたまらずに言った。
「ちょっと志摩子さんふざけているの?」
「ふざけて? どうして? 私変なこと言ったかしら?」
「あれ?」
それは既にいつもの志摩子さんだった。
5(祐巳)
『世界の敵さ。キミは何処へ向かう気かい?』
あの志摩子さんが行った言葉が脳裏に反復していた。
(世界の敵ってどういうこと?)
祐巳が“世界の敵”になるって言うのか?
それに。
(何処へ向かう?)
祐巳は別に何処かへ行こうなんて思っていない。
いや場所のことではないのだろう。
“この能力”の行き着く先のことを言っていたのかもしれない。
祐巳はこの能力を使って何かをしてやろうなんて思っていなかった。
少なくとも今日、学校が終わるまでは。
四回目は街中だった。
祐巳は志摩子さんの言葉で気持ちが落ち着かなくなって、真っ直ぐ家に帰る気になれなかった。
だから、M駅で本屋にでも寄ろうかとJRの駅の方へ歩いて行った。
それを見かけたのは偶然だった。
祐巳は柄の悪そうな男子学生に囲まれているブレザーの制服姿の少女を見つけた。
「あれ、あの子は……」
ついこの間初めて会話をした、通学のバスでよく見かける子だった。
そういえば互いにまだ名前を紹介していないなんて思いながら、無意識にそちらに足を向けていた。
彼女を囲んでいる学生は一人は金髪に染めてツンツンに立った髪型で一人は長髪、もう一人はスポーツ刈りだ。
いわゆる“不良さん”なのかどうかは祐巳は判断つかなかったが、彼女が困っているようなので声をかけるために近づいた。
おっとその前に。
祐巳はその光景を見据えたまま意識を開放するように“緩めた”そう、これが祐巳が体得した“能力”を開放する方法だった。このように浅い意識を“緩める”事により“その意識”が祐巳の中に浮かび上がるのだ。
今回は四人分、いや祐巳もいれて五人分だった。その瞬間、情報の奔流がその意識に流れ込んで来た。“予測”するのは一瞬。そして浮かび上がった“予測”に従って祐巳は行動した。
祐巳が“能力”で知ったところによると、彼らはナンパしてただけだった。
ただ、彼女があまりに怖がるのでちょっと腹が立ってからかい半分しつこく迫っていたというところらしい。『らしい』というのは祐巳の“能力”は“未来”を形成する“現在の情報”を読み取るものだからだ。過去の経歴は直接“見える”訳ではなく“これからの行動”から類推するしかないのだ。
祐巳は、男子学生達の背後から近づいて、彼らを無視するように彼女に声をかけた。
「ごきげんよう、じゃなくてこんにちわ、だよね?」
「え?」
怯えていた彼女は、突然聞こえてきた緊張感のない声に目を瞬かせた。
「おまえ、なんだよ?」
金髪が振り返って聞いてきた。
祐巳はそのまま金髪と長髪の間を抜けて彼女の前に立った。
「どうしたの?」
「え? あの……」
「おい、無視すんなよ?」
金髪の手が祐巳の肩にかかった。どうやらこいつがリーダー格らしい。
男の手も無視して祐巳は続けた。
「あ、もし時間あるんだったらちょっと付き合わない?」
「え?」
「ね?」
そういって同意を促すようにちょっと首を傾げてみせる。本当はウィンクが良いんだけど祐巳は出来ないのだ。
「は、はい」
彼女が同意したので肩を抱くようにして横に抜けようとする。
「待てよ」
が、肩に置かれた手が当然掴んでくる。
祐巳の位置は金髪の目の前。金髪の右手は祐巳の左肩を掴んでいる。
そこで祐巳は金髪に“見下した”視線を向けた。
その瞬間、金髪の表情が変わり、激昂したように叫んだ。
「何とか言えよ!」
同時に掴んだ手で乱暴に祐巳を三人の囲んだ中に引き戻した。
そのまま祐巳はバランスを崩し、半回転してうつ伏せに地面に倒れた。
額をうって、ごん、と鈍い音がした。もちろん痛い。
「お。おい……」
金髪のじゃない男子の声がした。
祐巳が倒れたまま動かないから、驚いているのだろう。
まだだ。まだうつ伏せのまま動かない。
(そろそろかな?)
「ひっ……」
彼女の息を漏らすような声が聞こえた。
「うわっ!」
「血だ」
うめくような男達の声。
額を切ったので血が沢山流れているのだ。
次の瞬間、絹を引き裂くような彼女の悲鳴が響いた。
「きゃあああああぁぁ!!!」
なんだなんだ、と人が集まってくる気配がする。
これで終わりだ。
祐巳はゆっくりと体を起こした。
目の前に血だまりが出来てる。
額を触ってみると、べっとりとしていた。
多分鏡を見ると凄いことになっているだろう。
祐巳は立ち尽くしている彼女に向かって言った。
「あー、びっくりした。ねえ、あ、名前聞いてなかったね?」
「あ、あの、それ……」
彼女は震えながら私の顔を指差していた。
「あ、これ? 額をちょっと切っただけだよ。ほら頭ってさ、ちょっとの怪我で血が沢山出るじゃない」
そういって彼女を安心させるために微笑んだ。
本当にちょっと切っただけで、もう血はほとんど止まっていた。
そんなことをやっているうちに、三人の男子学生は集まってきた通勤帰りらしい大人に取り押さえられていた。
傷害の現行犯だから、一般人にも逮捕権が生じるのだ。
が、警察沙汰はいろいろと面倒なので逃げることにする。
「いこっ」
「あ、はい……」
祐巳は額についた血をハンカチで隠しながら彼女の手を引いてその場を離れた。
事情も知らずに集まってきた野次馬達のおかげで呼び止められることもなかった。
被害者が居なくなっても男子学生達は目撃者がいるから連行されて事情聴取はされる。
6(由乃)
「ねえ由乃さん、バタフライ効果って知ってる?」
祐巳さんが何気ない会話の中でそんなことを言っていた。
バタフライ効果っていうのはカオス理論で言われる思考実験の一つだそうだ。
『北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる』と、よく例えられる、初期状態の僅かな差が結果に大きな違いをもたらすようなことをいう。
これは世の中が決定論ではなく、予測不能なことを言い表す文脈でよく用いられる言葉だが、小さな初期動作で大きな結果を得られるという事も言い表わしているというのが祐巳さんの説明だった。
「それがどうしたの?」
「うん、それでね、もし、“前提となる要素を分析し切ったら”どうなるのかなって思ってさ」
これは奇異なことを聞いてくるな、なんて思いつつもどこかで聞きかじった科学の知識で回答した。
「それは不可能じゃないの? だってそれこそ結果に影響を及ぼすものはすべて、それこそ風の例だったら空気の分子一つ一つまで完全に、ってことでしょ?」
「うん、そうだね」
「それに何だっけ三体問題だっけ? 厳密には何もかもが“近似”でしか計算できないって」
「三体問題は天体だね。原子とかの方は“多体問題”でしょ」
「あー、とにかく条件が膨大な上に解法が存在しないから無理って結論じゃないの」
「まあ、そうなんだけど……」
祐巳さんは何が言いたかったのか、納得がいかないような顔をしていた。
*
「偶然って言葉があるよね」
「何の話?」
最近祐巳さんの話は、哲学的というのか、ちょっと理屈っぽい話が多かった。
「だから偶然誰かに会うとか、偶然なくなったものを見つけたとかさ」
「まあ、あるわね」
何を言いたいのか判らなかったのでとりあえずそう相槌を打った。
「それってさ、突き詰めて考えるとちっとも偶然じゃないって思わない?」
「またその話? 条件を突き詰めて考えたら結果は必然だって言いたいのよね?」
「うん。さすが由乃さんだ」
「誉めたって何もでないわよ。同じ事でしょ? どうしたって何処かで多体問題みたいなのが出てきてそこで分析できなくなるわ」
「うん、結局そこから逆に熱とか分子の運動とかの微妙な揺らぎが大きな差になって現れて、予測不可能になるってやつだよね」
「そうよ」
「でもね、私はそれは物理学に欠陥があるからだって思ってるんだ。予測できないのは考えている条件に“欠け”があるから。そこに干渉する要素が他にもあるからだって思ってるんだ」
「まあ、祐巳さんが現代物理学を否定しようがトンデモ科学を信奉していようが構わないわよ、どうせ実生活には関係ない話しだし」
「うーん、ちょっと例が判りにくかったかな? じゃあもっと簡単な例」
そういって祐巳さんはお財布を出して中から五百円玉を一つ取り出した。
「それは?」
「今日のお昼代」
にしては、半端な金額のような気がする。
「お弁当はどうしたのよ?」
「ご飯が間に合わなかったからおかずだけなの」
「それで五百円なのね?」
「うん、まあそれはいいから。表か裏か当ててみて」
そう言って祐巳さんは、硬貨を指で器用に弾(はじ)いて、空中で左手の甲と右掌で挟んで見せた。
「上手ね?」
「うん。練習したから。さあ、どっちだ?」
「うーん、じゃあ表」
祐巳さんは右手をどけて見せた。
これで硬貨がなくなっていたら手品なんだけどそんなことはない。ちゃんと硬貨はあった。
表だ。
「あたり。これってさ、力加減とか捕まえるタイミングとかで完全に予測可能だと思わない?」
「まあ、非常識に目が良ければ、捕まえた瞬間を見て当てられるんじゃない?」
「そうだよね。じゃ次」
そういって、また祐巳さんは硬貨を弾いた。
「表」
開くと表だった。
「はい、あたり。じゃ次」
「裏」
「はずれー」
また表だった。
「じゃ次」
「表」
四回目。
「あたり」
五回目。
「裏」
「はずれ」
六回目。
「表」
「あたり」
「ちょっと待ちなさいよ」
「ん、なあに?」
「さっきから表しか出てないじゃない」
「あ、気がついた? そうなんだよね。これでも偶然はあるって由乃さん思う?」
そう来たか。
これで何のトリックか知らないけど表しか出ないから偶然はないって主張するつもりなんだ。
「……その手には乗らないわよ? ちょっと貸しなさい」
「あげないよ?」
「判ってるわよ」
由乃は祐巳さんから五百円硬貨を受け取った。
一応裏返して確認する。
ちゃんと裏表のある普通の五百円硬貨だ。
「今度は私がやるわ」
「うん。いいよ。やってみて」
その瞬間ちょっと祐巳さんの目つきが代わったような気がした。
「……それはなに?」
祐巳さんは机の上に手を置いて人差し指を立ててタン、タンとリズムを刻むように机を叩きだしたのだ。
「ん? 気にしないで」
「気になるわよ」
「じゃあこれが“バタフライ”」
「干渉するってこと?」
馬鹿らしい。そんなことで偶然が左右できるなら世の中に博打なんて成立しない。
「やってみて」
祐巳さんのように硬貨を弾いてみる。
が、上手く飛ばないで大きくコースを外れたので、上体を動かし手を伸ばしてそれをキャッチした。
慌てていたので両手のひらに挟むようにキャッチしてしまった。
「えーっと」
「いいよ?」
「じゃあこう」
そういって左手が下になるように合わせた両手を机の上に置いた。
「どっち?」
「表」
手を開いてみる。
表だ。
「あたり。まあ一回目だし」
「次いって」
「うん」
また硬貨を弾く。今度はまっすぐ飛んだ。
空中で左手の甲と右手の平で挟むのも成功した。
「表」
開いてみる。
また表。
「んー、あたり。次」
硬貨を弾く。
祐巳はまだ机を叩きつづけている。
「表」
「どれ……あたりね」
四回目。
「表」
まだ弾いてないのに祐巳さんはそう言った。
「早いわよ」
「いいからやってみて」
弾く。
捕まえて開く。
「……」
表だった。
由乃は躍起になって弾く、開くを繰り返した。
「表、表、表」
「うそ……」
祐巳さんは何もしていない。
いや、一定のリズムで机を叩きつづけているだけだ。
なのに由乃が何回硬貨を投げても結果は表。
とうとう動揺した由乃は弾いた硬貨を取り損なって床に落としてしまった。
なのに祐巳さんは。
「表」
床に落ちた硬貨は表を上にしていた。
拾い上げた硬貨を手に唖然としている由乃に祐巳さんは言った。
「やっぱり偶然はないでしょ?」
「うそ。何かトリックがあるに決まってるわ。これは手品よ!」
「んー、まあ、そう思ってもいいけど。じゃあ由乃さん、おつりあげるから、それでパン適当に買ってきて」
ちょうど自習だった四時間目が終わって昼休みに入った。
「え? 良いけど……って私をつかいっぱにするつもり?」
「ほら、偶然がないよって話」
「何よ」
「今から書くから」
そういって祐巳さんはノートを千切ってその切れ端に何か書き込んでいた。
「なあに?」
「あ、見ないで。これは由乃さんがパンを買ってから見てね」
そう言って祐巳さんはその切れ端を折りたたんで由乃のスカートのポケットにねじ込んだ。
多分、これから買うものを予言したとかそんなところであろう。
「ま、良いけど。私が買う前に見ちゃうかもしれないわよ?」
「由乃さんはそんなことしないよ」
「ん、まあ、見ないつもりだけど」
「じゃあ良いじゃない。何か賭けるとかしないからさ」
「じゃ、私は働いた分損じゃない?」
「だからお釣りあげるって言ったじゃない。なにか自分の分買っていいよ?」
「ふう、わかったわ。私のお弁当もって先に薔薇の館に行ってて」
「了解」
というわけで由乃は購買に向かったのだが。
ご飯代わりって言ってたけど、パンじゃ合わないんじゃないかしら、なんて思ってたら、コンビニで売ってるようなおにぎりもあったので祐巳さん用にはそっちを二個買った。
流石にパンといわれたのにおにぎりを買うなんて予想できまい。
そう思うとなんだか祐巳さんに勝った気分になって嬉しくなった。
あと飲み物かな? なんて思いつつ、パックのイチゴ牛乳とコーヒー牛乳(カフェオレではない。ここ重要)を買ってお釣りが百円未満になってほとんど終わり。まあ薔薇の館では飲み物を用意できるけど、たまには良いかなんて思いつつ祐巳さんの待つ薔薇の館に向かった。
「由乃さま?」
「あれ?」
購買を出たところで菜々が声をかけてきた。
そういえば中等部も購買は一緒だ。
「由乃さまも購買ですか?」
「今日はちょっと特別。菜々はいつもなの?」
「いいえ、そういうわけでもありませんが……」
なにやらもの欲しそうに由乃の手を見ているが。
「どうしたの?」
「いえ、おにぎりをゲットするなんて由乃さま流石ですね」
「そうなの?」
「ええ、数が少ない上に人気商品なのですぐ売り切れてしまって」
菜々は惣菜パンが入った袋が抱えていた。
何気なく買ったが実は運が良かったらしい。
そこで由乃は思った。
ここで、さらに菜々におにぎりを売ってしまったらもう祐巳さんの予想は完全に外れるに違いないと。
「ねえ、菜々、おにぎり欲しい?」
「え?」
「そのパンと交換しない?」
「い、いいえ、そんな。せっかく由乃さまがゲットした物をいただくわけには」
「といいつつ、目が輝いてるわよ?」
「あ、いえその、良いんですか?」
「うん、実はちょっと、祐巳さんに私が何を買って行くか当ててもらう遊びをしてるのよ」
「ああ、それで予想を裏切るために?」
「そうなの」
「だったらおにぎりの方が予想しにくいと思いますけど?」
「うーん、そうか、そう言われてみればそうよね」
そのとき祐巳さんが押し込んだポケットの紙切れが気になった。
そうだ。今、見ちゃおうか?
一応、買った後だし、約束は守ってるわ。
「なんですか?」
「これ、祐巳さんの予想。菜々、これ開いてみて」
そう言って菜々に紙切れを渡した。
「はい」
受け取った菜々はかさかさと折り目のついた紙切れを開いた。
「……え?」
何故か菜々の目が見開かれた。
なにが書いてあったのだろう?
菜々は言った。
「あの、これ本当に祐巳さまの予想が書かれた紙ですか?」
「え? なんでよ?」
「どうして私へのメッセージが書いてあるんですか?」
「ええ!?」
由乃は慌てて紙を取り戻してそこに書かれている小さな字を読んだ。
『菜々ちゃんへ
由乃さんの持ってるおにぎりは一つ菜々ちゃんにあげます。
私のお金だから由乃さんに遠慮することないよ。
おかかと梅干の好きな方を取ってね』
由乃は紙を持ったまま震えていた。
「由乃さま?」
「……菜々」
「はい?」
「あんた、祐巳さんとグルね?」
「え? まさか。ここ最近祐巳さまとは会っていませんよ」
「そうよね。私がおにぎり買ったってことと菜々は関係ないもんね……」
「はい、そうですけど」
「でも、どうして祐巳さんは私がここで偶然菜々と会うって判ってたのよ!」
『――偶然はないでしょ?』
祐巳さんの言葉を思い出して、背筋が寒くなるのを感じた。
*
(中略)
*
いまや“進化”によって得た祐巳の“能力”を祐巳自身が把握していた。
これは単なる未来予知能力なんていう生易しいものではなかった。
“発現”が回数を重ねるにつれて、祐巳はその範囲の拡大とともに、予測する範囲もより長期間化し正確になっていくのを感じていた。
もちろんそれにつれて、“干渉”した場合の分岐の数も膨大になっていくのだが、そのとき何か目的をもっていれば、その目的を速やかに実現する為の“パス”が的確に浮かび上がるのだ。
また、予測に使用した“情報”はその場限りではなく、蓄積する。
それに関連があれば前に“発現”したときの情報を利用できるのだ。
思いのままに未来を変える能力。
そういって差し支えない力であった。
もちろん予測が外れることもある。
でもそれは“発現”した時に見た範囲外からの干渉があったときだ。
これは範囲を拡大することで減らすことが出来る。
『世界の敵』
あの時の言葉の意味がわかった気がする。
この力は使いようによっては世界を破滅に導く事だって出来る。
だから方向性が問題なのだ。
祐巳はこの力で何をする気なのか?
それが、祐巳が『世界の敵』たるか否かの分岐点になる。
E
穏やかに晴れ渡ったある日の昼休み、目の前では由乃さんが実に平和そうにお弁当を食べている。
祐巳には由乃さんの“未来”が見えていた。
由乃さんの未来は揺らぎながらも一つの方向を指し示している。
今、祐巳は意識的に“発現”したままの状態を保っていた。
情報は蓄積し、予測する未来はある大きな道筋に収束しつつあった。
それは近未来に来る分岐点。
それは“進化”した新しい種と従来の人間との生存競争の一つの大きなターニングポイント。そのときに巻き起こるカタルシスだった。
この流れはあまりにも大きすぎて祐巳一人の“干渉”でどうにかなるものではないが、方向を逸らすことくらいは出来そうだった。
それはもしかしたら“世界の意思”に反することなのかもしれない。
“世界”は生き残る種を選び取ろうとしているのかもしれないからだ。
でも祐巳の意思は決まっていた。
祐巳はなんとなく、本当にさりげなく話題を振るような口調で言った。
「ねえ、由乃さん」
「んー」
口に物が入っているから、鼻だけで返事をする由乃さん。
「わたしね、“世界の敵”になっちゃった」
「ふうん……」
志摩子さんが音もなく立ち上がり、部屋を出て行くのが見えた。
今日も志摩子さんはスポルディングの大きなバッグで登校している。
「でもさ、“世界の敵”って何をしたらいいのかな?」
「さあ、とりあえず、小テストの予習でしょ?」
「むぅ、信じてない」
そのとき、いつ現れたのか、祐巳の横には筒のようなシルエットが立っていた。
それは奇妙な非対称な笑顔を見せつつ、性別不明な口調でこう言った。
「今、“世界の敵”の話をしていたよね?」
――さあ、始めようか。
“Wishes time to stop” closed.